>   >  新卒社員がいきなりアートディレクター?!>>開発中止もいとわない、ディライトワークスの新卒研修とボードゲーム開発の舞台裏を徹底取材
新卒社員がいきなりアートディレクター?!>>開発中止もいとわない、ディライトワークスの新卒研修とボードゲーム開発の舞台裏を徹底取材

新卒社員がいきなりアートディレクター?!>>開発中止もいとわない、ディライトワークスの新卒研修とボードゲーム開発の舞台裏を徹底取材

ネットで調べることからスタートすると、似たり寄ったりの絵になる

C:トラブルの詳細も後ほどじっくり伺いたいのですが、その前に、松田さんが入社するまでの経緯を聞かせていただけますか?

松田:昔からゲームが好きで、『ファイナルファンタジーX』(2001)や『キングダム ハーツ』(2002)は特にやり込んでいて、小学校6年次には将来の夢として「ゲームをつくる人になりたい」と書きました。父と兄もゲームが好きで、2人がプレイするのを見て楽しんだりもしていましたね。

C:直良さん(※)は『ファイナルファンタジーX』のアートディレクターをなさっていますから、素敵なご縁ですね。

※直良有祐氏のこと。2016年に20年以上勤めたスクウェア・エニックスを退職し、現在は島根県の出雲市を拠点に活動。自身の会社であるIZM designworksの代表取締役と兼任で、ディライトワークスのクリエイティブオフィサーとして同社のディライトアートワークスとディライトグラフィックワークスを統括している。


松田:絵を描くこともすごく好きだったので、2浪して美術大学に入り、油画を専攻し、3年次の中頃までは作品制作に没頭していました。徐々に周囲が就職を意識しだしたのを見て「今後の人生で、何をしていこう?」と自分も考えるようになり、「やっぱりゲームが好きだから、ゲームをつくる人になろう」と思い直し、ゲーム会社をいろいろ調べたり、ポートフォリオ用の絵を描くようになったんです。

C:美大の油画の教授が評価する絵と、ゲーム会社の採用担当者が評価する絵は、全然ちがいますよね。

松田:はい。私は油画専攻でしたが、現代美術寄りの作品をつくっていたので、抽象的な絵を描いたり、インスタレーションをつくったりしていました。大学でつくった作品の場合は、近代美術や現代美術の歴史と文脈を理解し、その延長線上にある今の時代と、自分の置かれている状況を踏まえ、世間に対して何かを訴えかけるようなものが評価されました。

C:そういう作品だけだと、ゲーム会社への就職はかなり厳しいですね。

松田:そうなんです。「就職用の絵を描かねばならない」と思うようになり、3年次の10月くらいから描き始めました。なるべく毎日絵を描く時間をつくり、1日1枚、あるいは2日で1枚くらいのペースで描き溜めて、年末の夜に24時間営業のキンコーズへ行って製本しました。年末提出締切のゲーム会社が1社あり、それに間に合わせるために必死で作業したんです。少部数の制作だったので、1冊あたり9千円近くかかったんですが、誤字がいっぱいあって、表紙にまで誤字がありました(苦笑)。当社の提出締切は年明けだったので、その後につくり直したものを送付しました。

▲就職活動時のポートフォリオを見返す松田氏。ポートフォリオは1種類だが、初期に製本したものはA3サイズで、その後、誤字などを修正したA4サイズのものをつくり直したそうだ


田口:今もそうですが、うっかり体質なんですよ。

C:(そこは遠坂クオリティ......)。さすが、手が早いですね。市販のクリアファイルを使っても問題ないはずですが、意地でも製本するところに松田さんのこだわりや美意識を感じます。

澤川:製本する人はほとんどいないので「気合いがちがうな」と思いました。

田口:値札が付いたままのクリアファイルで送ってくる人もいるので、それと比べれば気合いの差は歴然ですね。会社によっては、大きな会議室に100、200という数のポートフォリオを並べて、担当者たちが片っ端から見ていくんです。現実問題、全てのポートフォリオの全ページに対し、隅々まで目を通すことは困難です。次のページをめくりたくなる作品や、見る人への気遣いができているデザインの方が引き込まれますし、「本人に会いたい」という気持ちにもなりますよね。そういう点で、松田のポートフォリオはよくできているなと思いました。

澤川:松田の絵は、独自の世界観があって、どこかで見たような切り口ではない点が、すごく良いなと思いました。「みんなが好きなものって、こうだよね」という固定観念にとらわれすぎてしまっている絵は、私にはあまり刺さらないんです。どちらかというと、自分の中に表現したい何かがあって「こういう絵を描きました」というものの方に惹かれます。

C:「どこかで見たような切り口」というのは、すごく具体的に言うと「どこかで見たような美少女やイケメン」が延々と並んでいるポートフォリオ......みたいな感じでしょうか?

田口:そういうことです。今の学生の多くは、自分が描きたい絵をネットで調べることからスタートする傾向にあります。そうすると、既存の何かを真似したような、似たり寄ったりの絵になってしまいます。

▲松田氏のポートフォリオに掲載された作品のひとつ。「光の表現が印象的で、油画専攻ならではの独自の視点をもった、良い絵だなと思いました」(澤川氏)


▲松田氏のポートフォリオに掲載されたデッサン。高校時代と浪人時代を通算すると、5年近くデッサンを学んでいたそうだ。「僕がセガで勤務していた頃は周囲に藝大生、美大生がいっぱいいて、みんなデッサンがすごく上手でした。ただ、デッサンが上手いからといって、カッコ良いものをつくれるとは限らないんです。もちろん描写力が必要とされる場面は多くありますが、『デッサンが上手いだけ』で終わってほしくないですね。自分で生み出す力が何より大事だなと思います」(田口氏)

ゴールを見失わないために、コンセプトがすごく大事

C:晴れて採用が決まり、2019年の5月からは『シブヤ ストラグル』を手がけ、今は開発中タイトルに携わっているわけですが、学生時代の作品制作と、会社での制作は、何がちがうと思いますか。

松田:すごく難しい質問ですね。何でしょうか。

田口:こういう学生作品の場合は、わりと自由気ままに、気に入らないところは変更できます。でも仕事だと、そうはいかないんですよね。

松田:そうなんですよね。学生時代と今とでは「濃さ」が全然ちがいます。ポートフォリオ用の絵は、自分1人で考えて描くだけだったんですが、『シブヤ ストラグル』のときは、同期の5人のチームメンバーと、いろんなことを話し合いながら開発しました。

  • さらに、田口や澤川に加え、先輩社員や、プロデューサーの立山(※)や、監修のカナイさんと白坂さんにも相談しながらつくったので、ものすごく濃厚でした。しかも、お客様に喜んでいただけるもので、工数や、予算や、スケジュールも考慮する必要があって、いろんな要素が絡まりすぎて、幾重にも枝分かれして、パニックになりました。

※立山幸介氏のこと。ディライトワークス 第1制作部 プロデューサー。同社がこれまでに発売したボードゲーム『Dominate Grail War -Fate/stay night on Board Game-』(2019)、『CHAINsomnia~アクマの城と子どもたち~』(2018)などのプロデュースも担当している。


澤川:だから「ゴールを見失わないために、コンセプトがすごく大事」というアドバイスをしましたね。これは、私自身が直良から学んだことでもあります。

松田:ああ、そうです。何を、どうやって、お客様に届けるのか、根っこの部分のコンセプトがすごく大事なんです。今まさに、そこを勉強中です。

▲カナイ氏(手前の左端)と白坂氏(奥の左端)も交えた、『シブヤ ストラグル』開発時のミーティングの様子。6名の新卒社員は、アート1名(松田氏)、エンジニア1名、企画2名、ディレクター1名、一般職1名で構成されており、本作のアートディレクションは松田氏が担当した
写真提供:ディライトワークス


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