>   >  新卒社員がいきなりアートディレクター?!>>開発中止もいとわない、ディライトワークスの新卒研修とボードゲーム開発の舞台裏を徹底取材
新卒社員がいきなりアートディレクター?!>>開発中止もいとわない、ディライトワークスの新卒研修とボードゲーム開発の舞台裏を徹底取材

新卒社員がいきなりアートディレクター?!>>開発中止もいとわない、ディライトワークスの新卒研修とボードゲーム開発の舞台裏を徹底取材

協力会社さんには、一生、頭が上がりません

C:協力会社のアーティストに対するディレクションというのも、新卒社員にはかなりハードルの高い役割ですよね? ディレクションされる側の負担も相当だと思いますが。

田口:これまでにも、いろいろとお世話になってきた会社さんにご依頼しました。最初から「新卒社員がディレクションするので、ひどい発注になると思います。制作費とは別に相談料を請求してもらってもかまわないので、何卒、ご協力をお願いします」と事情をお伝えしたんです。そうしたら、ご担当者が本当に親身に対応してくださって「発注書はね......」という具合に書き方を逆指導してくれたりもしました。協力会社さんの方でもチームを組まれて、入社2年目の人を入れ、一緒に育成したりもなさっていましたね。

松田:これ以上ないほどの対応をしていただき、感謝しかありません。ご担当者が女性の方で「女性がこの業界で仕事をするのは大変だから」と、ご依頼内容を超えたアドバイスもしてくださったんです。一生、頭が上がりません。将来偉くなって、いっぱい発注しますとお約束しました。

田口:窮地からの起死回生ができた要因のひとつに、この協力会社さんの存在がありました。ただ、トラブルを経てチームのムードが変わった後も、経験値がないから、いたるところがフワッとしていたんです。そのままだと、さらに協力会社さんに迷惑をかけることは明らかだったので、発注書には口を出さざるをえなくなりました。僕から「こうしなさい」という指示はいっさいしなかったのですが、松田たちが考えていることを整理させて「何をしたいのかが伝わる資料をつくりなさい」という指導はしました。

▲松田氏によるキービジュアルの案。試行錯誤している様子が見てとれる。「キービジュアルの発注書を書く段階でも、かなり迷走していました。初期の案では『KING』(大ボス)と『四天王』(中ボス)がドーンと手前にいたので、プレイヤーがこれらのキャラクターになりきってプレイできるゲームなんだと、お客様に誤解させてしまうレイアウトになっていました。実際には、これらは倒すべき敵で、プレイヤーに相当するキャラクターのビジュアルは存在しません。ゲームのコンセプトや世界観が誤解なくお客様に伝わり、なおかつインパクトのあるキービジュアルにするにはどうすればいいのか......、メンバー全員で田口に相談しに行きました」(松田氏)


  • ◀田口氏のアドバイスを受けて、松田氏が描き直したキービジュアルのラフ。「KING」と「四天王」は画面中央に小さく描かれ、プレイヤーの分身である「ギャング」の手が四隅に大きく描かれている


▲先のラフを使ってつくられたキービジュアルの明度計画。四隅の「ギャング」の手と、画面中央の「KING」と「四天王」の明度に大きく差をつけることで、見る人の視線を「ギャング」の手に誘導している。「ユーザーは『1番目立つものが自分である』と無意識に考えるので、なるべく『KING』と『四天王』が奥にいくような配色のやり方を教えました」(田口氏)


  • ◀完成した『シブヤ ストラグル』のキービジュアル。ユーザーの視線誘導を計算しつくした、黄・白・黒がベースの配色になっている。さらに「四天王」のカラーである緑・紫・青・赤も、アクセントとして効果的に使われている(四天王の片側の目は各々のカラーで塗られているので、画像を拡大して確認してほしい)


田口:「明度計画っていうのがあってね、協力会社さんには、こういう依頼をするんだよ......」という具合に、教えながらやってもらう必要があったので、自分自身でも「新人育成は大変だなぁ」と思うことがありました。終盤になると、毎日のように松田が僕を追いかけて来たんですよ(笑)。

松田:田口はいつも忙しくしているので、社内で見かけたら「今、お時間大丈夫ですか?」と、すかさず話しかけていました。「捕まえなければ、開発が終わらない!」みたいな感じでした。

C:田口さんが高レアキャラクターに見えてきました(笑)。

田口:(笑)。残り時間はほとんどないし、僕はなかなか捕まらないし、という切迫した状況だったので、報告と相談がどんどん上手くなっていきましたね。

松田:そうでした。最初は何を聞けばいいのかわからず、聞きに行けなかったんです。

澤川:「何がわからないのか、自分にもわからない」とよく言っていましたね。その頃の発注書に比べれば、終盤はかなりわかりやすくなって、成長しているなと思いました。

田口:新人は、つじつまが合っていなくても、やってほしいことを全部書くんです。例えば、発注書の最初の方には「『ギャング』の手が目立つようにしてください」と書いてあるのに、最後の方には「『四天王』を目立たせたい」と書いてあったりして、発注書内で矛盾が生じていたりします。

松田:田口からは「邪念を捨てなさい」「つじつまが合わない部分は削ぎなさい」と何度も言われました。協力会社さんには「ありがとうございます」と「ごめんなさい」を何回お伝えしたかわからないです。ドタバタの入稿を経て、なんとか完成し、ゲームマーケットで『シブヤ ストラグル』の先行販売と体験会をしたときには、わざわざ協力会社のご担当さんが会場まで見に来てくださって、本当に感謝しかありません。

田口:もはや「慈愛」の域ですね。

▲「ゲームマーケット2019秋」にて、開場前の搬入をする松田氏(当時は髪がピンク色)とチームメンバー。ディライトワークスのブースでは、同社の人気ボードゲームである『Dominate Grail War -Fate/stay night on Board Game-』(2019)や『The Last Brave』(2018)などと共に『シブヤ ストラグル』が販売された
写真提供:ディライトワークス


▲「ゲームマーケット2019秋」のディライトワークスのブースにて、自社のボードゲームを販売する松田氏。「お客様から『シブヤ ストラグル』をご注文いただく度に、内心で「やったあ」と小躍りしていました。ほかのボードゲームをご注文いただくと「『シブヤ ストラグル』もよろしくお願いします!」と内心で思ってしまったりと、一日中、一喜一憂していました」(松田氏)
写真提供:ディライトワークス


▲「ゲームマーケット2019秋」での、『シブヤ ストラグル』の体験会の様子。「体験会スペースで、スタッフとしてお客様に遊び方を説明したりもしました。お互いに面識のないお客様同士が笑いながらプレイしてくださり、「おもしろかったから、買います」と販売スペースに直行してくださる方もいて、何度も喜びを噛みしめていました」(松田氏)
写真提供:ディライトワークス

自分の仕事は、自分だけで完結するわけではない

C:企画、開発、入稿、手売りでの販売に加え、トラブルまでセットの新卒研修になったことで、悲喜こもごもの半年だったと思います。松田さんにとって最もインパクトのあったポジティブ体験とネガティブ体験を、それぞれひとつずつ教えていただけますか?

松田:ポジティブ体験は、製品が完成し、販売までこぎ着けられたことです。ネガティブ体験は、企画のひっくり返しなどのトラブルがあったことと、そのときに自分がいろいろと背負い過ぎて、つらい思いをしたことですね。

C:ロサンゼルス緊急会議からの、あわや開発中止という事態にまで発展しましたから、どなたにとっても相当なインパクトがあったでしょうね。

松田:そうですね。いろいろありました。でも今は「そんなこともあったな」「もっとこうすれば良かったな」と冷静にふり返れるようになりました。あの経験があったから、精神面で強くなれたし、同期との絆が深まりました。それに、私が本当に弱っていたときには、社内のいろんな人が話を聞いてくれて、助けてくれたので「社会って優しい」と心が救われました。ネガティブ体験も、今では自分の糧になっているんです。目の前の仕事でつらいことがあっても「あのときに比べたら全然マシだ」と思えます。

それから、『シブヤ ストラグル』をお披露目するときには、宣伝や広報の人たちが「どうやって売ろうか」「こういう発表イベントをやろう」というように、いろんなことを考えてくれたんです。自分たちが開発した後で、さらに宣伝フェーズがあり、販売フェーズがあるんだと、すごい数の人が関わっているんだと実感できたことも、貴重な体験でした。

澤川:まさにゲーム開発の縮図ですね。「自分の仕事は、自分だけで完結するわけではない」と新人研修の段階でわかってくれたことが素晴らしいなと思います。

田口:完成した『シブヤ ストラグル』のパッケージを見たとき、松田に加え、澤川までウルッときてたんです。それだけ感動が大きかったんでしょうね。途中で(開発中止の)ボタンを押さなくて良かったなと、今、思いました(笑)。

C:そうなっていたら、黒歴史の爆誕でしたね(笑)。

松田:そうならなくて良かったです(笑)。本当にありがとうございました。


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