>   >  新卒社員がいきなりアートディレクター?!>>開発中止もいとわない、ディライトワークスの新卒研修とボードゲーム開発の舞台裏を徹底取材
新卒社員がいきなりアートディレクター?!>>開発中止もいとわない、ディライトワークスの新卒研修とボードゲーム開発の舞台裏を徹底取材

新卒社員がいきなりアートディレクター?!>>開発中止もいとわない、ディライトワークスの新卒研修とボードゲーム開発の舞台裏を徹底取材

開発中止もいとわないですがクリエイターが壊れるのは「NO!!」です

C:では、いよいよ本題(?)に入ります。トラブル発生のピークはいつ頃でしたか?

田口:8月上旬ですね。SIGGRAPH 2019(7月28日〜8月1日)の直後あたりでした。去年も同様だったんですが、新卒社員のメンバーたちの根底には「自分たちの考えた世界観でゲームをつくりたい」という夢がありまして、コンセプトが詰まりきらないまま、キャラクターを立てることに夢中になり、結果的に収集がつかなくなるんです。「情報量を削ぎ落とした、幾何学的なデザインのボードゲームにしないと終わらないよ」と事前に忠告はするんですが、実際に自分たちのゲームの世界観を考え始めると、その忠告が霞んでしまう(笑)。案の定、6月頃からキャラクターを立て始めたので「これは後々苦労するな」と思いながら遠巻きに見ていました。

澤川:新卒社員たちは、見映えのするものをつくりたくて、アサインされている人数や、自分たちの力量とのバランスがとれていないことに気付かないまま、いろいろと詰め込んでしまうんです。「例えば『バーバパパ』みたいなシンプルなデザインにしないと、松田1人では監修しきれないよ」という話はしたんですけどね。

松田:当時は、夢が広がっていましたね......。

C:その頃のキャラクターが、このバニーガールたち(下図)ですか?

▲6月頃に松田氏の依頼を受けた協力会社のアーティストが描いたデザイン案のひとつ


松田:当時は「近未来マフィア」という世界観でゲーム開発を進めており、全くちがうデザインのキャラクターをつくっていました。でも、7月下旬に社内で実施したテストプレイ会で「このゲームのコンセプトは何?」と指摘され、コンセプトと世界観を根底から見直すことになったんです。次第に「覇権争奪ギャングバトルゲーム」という今のコンセプトへとシフトし、「KING」(大ボス)と「四天王」(中ボス)というキャラクターが生まれました。その過程で、中二病感を意識するようになり、最終的には「ダサかっこいい」世界観がチームメンバーの共通認識になったんです。

▲『シブヤ ストラグル』の四天王カード。ディープトーン、ハイコントラストの配色で、頭身の高いキャラクターが描かれており、先のデザイン案から大きく様変わりしている


C:すごい大改造ですね。しかも、ちゃんと中二病的なキャラクターが立っている。

松田:そこはもう、協力会社さんの多大なるご協力のおかげです。

田口:テストプレイ会の時点では「SF」と「マフィア」という2つの世界観が混在していたのに加え、「シブヤの裏社会」というハードな設定を、ポップなデザインで表現していました。それに対し「もっと素直にコンセプトや世界観を表現しないと、お客様に伝わりにくい」「コンセプトの詰めが甘いから、ゲームシステムに落とし込みきれていない」という指摘がテストプレイ会の参加者たちから入り、コンセプトを見直すことになったんです。

澤川:先ほど言ったように、締切を意識しながら「実現可能なクオリティの担保」と「デザイン工数の確保」を両立させることは、アートディレクターの重要な役割ですが、非常に難しい問題です。松田の場合は「頭身の高いキャラクターをシンプルな塗りで表現することで、情報量が増えすぎるのを防ぎつつ、『ダサかっこいい』世界観に沿ったデザインを実現する」という答えを出してくれました。

▲テストプレイ会の様子。先輩社員たちから、様々なフィードバックがなされた
写真提供:ディライトワークス


C:9月下旬入稿で、7月下旬にコンセプトの見直し......。なかなかにシビアなスケジュールですね。

田口:そのあたりから、メンバーの意見が分かれ始め、チームの結束が怪しくなりました。なかなか意見がまとまらず、作業が進められなくなり、松田が限界を感じるようになったんです。

松田:週報に「もう限界です」「メンバー相手にキレ散らかしてしまいました」といったことを書いた記憶があります。2週間くらい膠着(こうちゃく)状態が続いてしまい、意見がぶつかって会議室で大号泣したこともありました。

澤川:その当時は、ひたすら慰めて、良いところを褒めるようにしていました。その一方で、ちょうどSIGGRAPH 2019(ロサンゼルス)に出張中だった今井(※)に報告したんです。

※今井仁氏のこと。ディライトワークス ディライトアートワークス 副ジェネラルマネージャー。ディライトアートワークスの組織マネジメントとゲーム開発に従事。澤川氏と松田氏の上司にあたる。


田口:松田の上司の今井と、僕自身に加え、直良もSIGGRAPH 2019に参加していたので、ロサンゼルスのホテルの部屋に集まって「まずいぞ、これは」と緊急会議をしました。このあたりが、トラブル発生のピークでしたね。

松田:ロサンゼルスにまで話が飛んでいたとは、知りませんでした。

田口:先ほども言ったように、われわれはトラブル発生も開発中止もいとわないですが、松田をはじめ、クリエイターが壊れるのは「NO!!」なんです。で、帰国早々、週報やSlackに書かれた6人全員の意見を今井と僕とで確認しました。チームの6人は、各々の視点から、自分の意見を主張していました。そんな中で、締切までにデザインというかたちで完成形を可視化する役割を担っていた松田が、苦しい立場に立たされていたんです。本件に限らず、アートディレクターは、企画や設計などによるスケジュール遅延の影響を受けやすい役回りなんですよ。そこで僕が出て行くことを決め、立山も含めた関係者全員を会議室に集め、「本来、僕には決定権がないけど、今すぐこのプロジェクトを中止にしてもいい?」と聞いたんです。

C:怖い。優雅に怖い。

田口:「チームはバラバラで、開発も上手くいっていないのだから、解放されれば楽になるでしょ。今、開発中止の決定ボタンがあったら押すよ」とも言いましたね。

松田:確かに「ボタンがあったら押す」と言っていましたね。優雅に怖かったです。

田口:そしたら、6人全員が「嫌です」と言うんです。「じゃあ、やりたいの?」と聞いたら、「やりたいです」「完成させたいです」と言い、そこからムードが変わったなと、僕は感じています。

松田:その通りです。翌日、6人で会議をして「各々、意見は言うけど、最終決定はディレクター役のメンバーに委ねます。ディレクターが決めてくれれば、全員それに付いて行きます」という話でまとまりました。

澤川:ディレクター役の新卒社員は「松田さんが『どんな決定になっても一生懸命やります』と言ってくれたから、判断できました」と何回も言っていましたね。

田口:そのときの僕は、脅しでもなんでもなく、返答次第では本当にプロジェクトを中止する勢いでした。自社の新人クリエイターが壊れるほど傷つくプロジェクトなら、中止してもいいと思っていましたし、本当に中止になったらほかのプロジェクトに松田をアサインしようとも考えていました(笑)。

C:(非情に怖い)。

松田:メンバーは全員同期なので、力関係が均衡していて、誰も相手を納得させられるだけの経験や知識をもっていなかったんです。だから、ずっと意見が折り合わず、2週間くらい平行線をたどっていました。でも、去年の新卒社員の先輩たちはボードゲームを完成させていたので、私たちが失敗して、もし来年の後輩たちが同じようなプロジェクトを成功させたら、悔しいなと思ったんです。

C:ディライトワークスにいる限り、その黒歴史が語り継がれ、耳に入ってくるでしょうね。

松田:はい。「私たちは失敗したんですけどね。ハハハハハ」みたいな自虐ネタを言い続けることになるぞと。ちょっとはあるプライドが「それだけは嫌だ。そんなことがあってはならない」と声を上げたので、「やりたいです」と言いました。当時は、ほかのメンバーも私もパニック状態になっていましたが、それでも深い溝ができたわけではなく、開発中はずっと一緒にお昼ご飯を食べていました。その関係があったおかげで、踏みとどまれた面もありますね。ディレクター役と、プロジェクトマネージャー役のメンバーが「仕事とプライベートは切り分けたい」と最初から言っていたんです。「仕事で険悪なムードになっても、それをプライベートには絶対もちこまないようにしよう」と決めていたので、仕事以外のときは、仲良くご飯を食べたり、遊んだりしていました。だから、同期とは今も仲が良いんです。

田口:そうなんだ。それは、なかなかできないことですよ。


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協力会社さんには、一生、頭が上がりません

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