>   >  コロナ禍でも制作を止めないスタジオコロリドのテレワーク移行 ~Netflix映画『泣きたい私は猫をかぶる』
コロナ禍でも制作を止めないスタジオコロリドのテレワーク移行 ~Netflix映画『泣きたい私は猫をかぶる』

コロナ禍でも制作を止めないスタジオコロリドのテレワーク移行 ~Netflix映画『泣きたい私は猫をかぶる』

スタジオの拡張に応じて進化してきたスタジオコロリドのシステム

CGW:それでは、スタジオコロリドのシステムを担当することになった経緯を教えてください。

若狭:大学のアニメ学科の卒業生たちがアニメ会社に就職していくなかで、「大学のときみたいにオンライン化ってできないか」っていう相談を受けるようになっていました。そうしたながれで、卒業生が所属していたスタジオコロリドの創業者である宇田英男さんに、2014年頃「一緒にアニメーションスタジオのデジタル化、作画のデジタル化を研究しないか?」とお誘いをいただいて。それ以降、コロリドさんとはお付き合いをさせていただいています。

最初はフリーランスとして私ひとりで対応していたんですが、『台風のノルダ』(2015)からは、リトルビットの前身となるようなチームで対応させてもらって、そのまま『泣きたい私は猫をかぶる(以下、泣き猫)』でも変わらずシステム管理を続けさせてもらっています。

『台風のノルダ』予告

CGW:『泣き猫』では新しくシステム環境は構築したのでしょうか。

若狭:『泣き猫』のために新しい環境を用意したということではなく、スタジオコロリドさんの豪徳寺スタジオを起ち上げた際に設計したシステムをアップデートしていった感じですね。豪徳寺スタジオは2016年の『ペンギン・ハイウェイ』の制作に入る頃に起ち上げたのですが、今後は劇場作品の制作を中心にやっていくとのことでしたので、劇場アニメーションの制作を走りきることができるようなスケールで設計しました。

映画『ペンギン・ハイウェイ』 予告2

その後、2018年冬に明大前スタジオ、2019年春に国分寺スタジオと広がっていった感じです。国分寺スタジオは、まさに『泣き猫』の作画作業が佳境に入っているころでしたね。作品の進捗に合わせて、アーティストさんが順調に増えていっているスタジオさんだなと感じています。

コロリドのネットワークシステムの変遷。初期(左上)はスタジオも豪徳寺スタジオのみということもあり、構成はシンプル。次の段階(右上)ではファイル共有のシステムとしてNASから、より拡張性や柔軟性の高いサーバへと変更している。ファイルの送受信にはリンクアグリゲーション(LAG)を採用し、速度面の改善も意識されていることがわかる。左下は緊急事態宣言以前の構成。新設された2つのスタジオとはVPNではなく専用線とつなぐことで、高速大容量通信や安定性を確保。今後それぞれのスタジオ規模が拡大していっても安定して各拠点をつなぐことができそうだ。自動バックアップも実施されるようになり、不測の事態の際にも安心の構成だ。右下は緊急事態宣言後の構成。自宅とスタジオをつなぐためにVPNサーバが追加され、柔軟で安心の環境が構築された。このネットワークシステムの変遷からは、コロリドの爆発的な成長に対応してきたリトルビットの奮闘の様子が窺える

CGW:具体的に『泣き猫』のシステム管理について教えてください。

柴田雅之氏(以下、柴田):豪徳寺スタジオは若狭が以前から構築していたものをアップデートするかたちで使用しているので、私は明大前スタジオ、国分寺スタジオのシステムの構築を担当しました。

まず各スタジオ内にサーバ室をつくり、そこにファイルサーバを導入します。さらにインターネット回線の引き込み、各アーティストさんのマシンまでLANケーブルを配線していくといった作業を行いました。

各拠点の環境を整えた上で、次に離れたスタジオ間で遅滞なくデータの連携ができるように、それぞれのスタジオ内で閉じていたネットワークを相互通信できるように広げるところまでを構築させていただきました。

柴田:豪徳寺スタジオでつくったデータをFTPやGoogleドライブみたいなクラウドストレージを使わずに、直接、マイコンピュータから取りに行けるようなしくみをつくっています。バックアップシステムも、アーティストさんや制作進行の皆さんが意識せずとも自動で定期的にバックアップを取ってくれるようなしくみにしています。

また場所が離れるほど、当然スタジオ間の通信にかかる時間が長くなっていく問題がありますので、速度面も考慮した設計を行なっています。あとは、ユーザー管理を一元化しなければセキュリティ面に問題がありますので、そちらに関しても我々が担当しております。

若狭:縁の下の力持ちというと格好良い言い方になってしまうんですけれども、負担を我々が引き取ることで、スタジオのみなさんの負担を減らす。そういうかたちで作品に貢献させていただけたかなと思っております。そして、さらにもう少しクライアント寄りのところを担当したのが、こちらの小町なんですけども、そちらもポイントをご紹介させていただきます。

小町 直氏(以下、小町):柴田がネットワークやサーバなどのインフラ周りを基本的にみていて、私はアーティストさんや制作進行さんが使う末端のPCのトラブルに対応しています。

例えば、PCが急に動かなくなりましたとか、サーバへアクセスできなくなりましたというようなトラブルです。100台単位で稼働するとなると、どうしてもトラブルもそれなりの頻度で発生してしまうので、代替機を素早く用意して入れ替えたり。ほかにも「こういった用途のマシンが欲しいんだけどっていう要望があればニーズに合わせたマシンをご提案したり、既製品にない場合には自分たちでつくって納品することもあります。こうした直接皆さんが触れられるPCやアプリケーションの管理についても弊社で担当している部分ですね。

テレワークになる以前にはスタジオコロリドさんの社内に常駐して、何か起きればすぐに対応するという体制にしていました。

CGW:劇場作品に対応できるスケールでシステム設計をされたとのことでしたが、作品規模に合わせた設計をする際に、参考にされるデータや基準というのはどういうものがあるのでしょうか。

若狭:これは非常に難しいところなんです。『泣き猫』にしても『ペンギン・ハイウェイ』にしてもフルデジタル作品ということでスタートしたんですけれども、どうしても外部の協力会社さんや個人のアーティストさんなどは、紙での制作を中心にされている場合があります。

そうするとデジタルカットと紙のカットが混ざってしまって、事前に「この作品は必ずデータ量が何TBで収まる」という予測を立てるのは非常に難しいですね。ただ、ファイルサーバの使用量を常にモニタリングしていますので、先回りして容量や回線を少しずつ大きくしましょうとご提案して、システムがパンクしないようにしています。

あと、利用される人数も1つの基準になりますね。データ量はそう多くなかったとしても、何十人という方がアクセスをすると、掛け算的に重くなることがあります。状況に応じて柔軟に調整を続けていくことが必要になってくると思います。

CGW:サーバの状況のモニタリングは、そのシステムを利用している各社全てで毎日行われているということですか?

柴田:そうですね。基本的には全て自動化してありまして、NASの機能でレポーティングを出してくれます。レポーティングは毎日やっているんですが、週1回メールで送られてきて今週のデータ利用量などが全てわかるようになっております。

若狭:監視システムを構築しているというのが弊社の売りのひとつです。通信が途絶してしまったとか、容量が残り少なくなっているなどの異常、また電源が切れてしまったなどの様々なトラブルに対してリアルタイムでエラー通知が来て、それに応じて休日昼夜問わずの対応を随時続けていくという感じです。

アニメ制作会社さんに絞っていうと、現状20社から30社ほどのシステムやデータをお預かりしています。管理しているサーバは100台ぐらいですね。

CGW:スタジオコロリドさんの、リモートワークシステムへの移行のながれを教えてください。

柴田:コロナウイルスの影響で3月上旬頃からツインエンジングループ全体で基本的にスタジオへの出勤が禁止となりまして、その段階でスタジオコロリドさんからは「テレワークへ移行したい」というご相談をいただきました。

ただ、単純にリモート化するだけではなくて、リモート化した上で今まで使っていた制作用のアプリケーションを変わりなく使いたいとの要望がありましたので、そこも含めてのシステム設計および構築を行なっています。

まず、本当にアプリケーションがインターネット経由で自宅から使えるのかというところの検証から行いました。想定していたよりも早く、1日2日で動作確認ができましたので、インターネット回線を強化しつつ、自宅から社内のライセンスサーバにアクセスできるように新たにVPNを導入しました。

VPN網を介することで、社外からでもライセンスサーバにアクセスできるようになるので、アーティストさんの自宅からでもスタジオと同じアプリケーションが起動できるようになりました。

それと同時に、「社内のファイルサーバに保管されているファイルに対してどのようにアクセスすれば良いか」という課題が同時並行で動いていました。こちらはVPNはいっさい使わず、インターネット回線経由で社内のサーバにアクセスできるという機能を元々もっているNAS(ネットワークストレージ)を豪徳寺スタジオに導入しました。

コロリド内のサーバルーム。各拠点につくられるサーバルーム内に置かれるこちらのブレードサーバ。ブレードサーバにすることで、少ないスペースで済み、一元的な管理が可能になる。リトルビットではこのようにスタジオ内にサーバを設置することもあれば、リトルビット所有のデータセンターをサーバとして利用することもできる。近年、このしくみを利用して、物理的なスタジオをもたない制作スタジオも現れているという。仮想的なスタジオをデータセンター上につくり、スタッフは自宅マシンからリモート作業をする。こうした完全リモート作業で1つのスタジオを構築するというシステム構築もリトルビットでは手がけているそうだ

柴田:これでファイルの保管に関しても、アプリに関しても、社内と同様の環境にすることができました。3月上旬からこの移行を始めたんですけれども、スタジオコロリドさんはなるべく早くやりたいと、できれば3月下旬までに完全移行させたいとご要望でしたので、導入開始から約2週間ですね。2週間でいただいた要望を全て満たせる状況にまでもっていけました。

若狭:かなり短期間で整えられたかなと思います。例えば「他のクラウドサービスに移行できないのか?」という意見もあるかと思いますが、その時点で50~60TBほどのデータの規模になっていたので、そもそも移しようがなかったんです。コピーだけで何週間もかかるような話になってしまうので、サーバを完全に外に出すしかなかろうということになりました。

アプリケーションの面でも、ライセンスサーバを使うアプリケーションがかなりの量ありました。自宅から社内のライセンスサーバにスムーズにアクセスできて、遅滞なく起ち上がらなければいけないということで、最終的に自宅内にスタジオの出島のようなものをこしらえなければという話になりましたので、けっこうバタバタとしました。スケジュール的にはかなりタイトなものだったと思います。

CGW:マシンについては各アーティストさんがご自身のものを使用されたのですか?

柴田:マシンはもともとスタジオで使っていたスタジオコロリドさんの資産であるパソコンを各アーティストさんがご自宅にもち帰っています。パソコンを会社に置いておき、「リモートデスクトップで接続すれば、もち帰る必要もないのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、他のスタジオさんとちがってスタジオコロリドさんはほぼ皆さんが液晶タブレットを使ったデジタル作画で作業されますので、リモートデスクトップになったとしても、少なくとも液晶タブレットは必ずもって帰らなければいけないというのがありました。リモートデスクトップでの検証もしてみたのですが、筆圧の感知や、線を引いたときの応答性という点で、リモートデスクトップではほぼ無理であるということが判明しました。

若狭:クライアントPCに関してはもち帰っていただいて、後はシステム面で社内とまったく同じように使えるようにするというのがテレワーク環境の最短距離だったかなと。おそらくリモートデスクストップとかにこだわって、遅延や筆圧の問題を解決するための検証をやっていたら、もっともっと時間がかかってしまっていただろうなというのが感想です。

CGW:実際にテレワークシステムを導入してみて、上手く行ったところは?

柴田:上手く行ったところとしましては、やはりスタジオにいるときとほとんど同じ感覚で作業ができましたというのがまず1点目です。2点目は、インターネット経由でファイルにアクセスできるようなシステムを構築したことで、参画されていた外部の方々に対してデータを連携したいときにも、今回つくったシステムがそのまま利用できるということです。

外部の方とのデータ連携がかなりスムーズに行われるようになりました。

若狭:そもそも、協力会社さんとか外注先さんなど、連携して作業を行うことが多い業界です。それにも関わらず、FTPなどのレガシーな通信手段でデータをやりとりしたり、外部の方とのやりとり専用のクラウドサービスを別途契約して、社内とは別で運用されていたりというところが多かったんです。

スタジオコロリドさんは、今回のNASの導入でそこを一元化することができるようになったので、相手によってストレージや通信方法を切り替えたりせずに済むようになりました。 副産物として、外部との連携がスムーズなシステムにスケールアップすることができたのかなと思っています。

CGW:一方で課題はありましたか?

柴田:先ほどご説明したように、新しくNASの筐体を1基導入したんですけれども、時間的な制約もあって、高スペックなものを入れられなかったんですね。それによる影響で、想像していた以上にNASに負荷がかかってしまいまして、若干性能が足りなくなったタイミングがありました。

NASには、「何百万ファイルぐらいまでは保証します」といった性能の上限値というものがありまして、そこはさすがに超えないだろうと思っていたらあっさり超えてしまったんですね......。如実にアクセスが遅くなったり、コピーやダウンロードが遅くなったり、あるいは途中で中断してしまったりというトラブルが起こるようになってしまって、慌てて通信方法を変えたり、メモリを足したり、あとは必要に応じてハードディスクをどんどん足していったりしました。そうしてスペックをギリギリ押し上げることができました。

若狭:想像以上にアクセスが同時に集中するというのと、あとデータのアップロード、ダウンロードの発生頻度が予想を上回った部分がありまして、「作業を止めずに性能を向上しなければいけない」というところでかなり苦しみました。

小町:正直なところ、メモリを増やすという対応は一時しのぎです。増やしたところでまた負荷が溜まっていって、スタッフさんの数が増え、扱うデータ量も増えていくと思うので、いずれ今よりも負荷に強いNASを導入しなければいけないなっていうのは感じていて。

制作さんからも、「使い勝手はもう申し分ないし、むしろ今までよりも使いやすくて高機能なので、同じメーカーのものでもっと負荷に強いものにスペックアップしてください」といった話をいただいているので、現在も対応を進めているところです。

CGW:テレワークシステム運用中にもスタッフさんのトラブルというのは発生してくると思いますが、その場合は小町さんが直接ご自宅に伺って対応されたのですか?

小町:なるべくチャットベースでやりとりをして、遠隔で対応するようにしていました。どうしても遠隔では無理だという場合のみお伺いすることはあります。システムを支えるSEというのは、今まではスタジオを見ていれば良かったのが、リモートデスクトップの対応や、チャットで素早く先方の状況をキャッチアップしていかに早く答えをお伝えすることができるかという、これまでとはちがうスキルが必要になってきたと感じております。

今までは同じ建物内にいるので自分の目で見ればすぐにわかる事象も、遠隔では把握しづらくなるという部分が出てきていますので、そこは難しい課題のひとつですね。

CGW:今後の目標はありますか?

若狭:アーティストさんの中には、自宅だと気が散ってしまって作業できないので、アフターコロナと呼ばれるフェーズに入ったらスタジオに戻りたいという方もいらっしゃるでしょうし、逆に自宅が遠い方、家の方が捗るという方もいらっしゃるので、どちらを選択されてもまったく同じサービスで仕事ができるというような環境をつくりたいです。

そうすることで同様の事態が起こったときにも困らないように、強固なバックボーンをつくるというのが、今後の目標として出てきています。

柴田:現在は出勤するのに公共機関を使ったりするような方については基本的に自宅での作業、スタジオが近くて徒歩や自転車で通えるような方であれば出社してもOKといったハイブリッドな働き方になっているそうです(※6月時点)が、そういった状態でも現在のシステムであれば問題はありません。

若狭:クラウドにデータを全部バーンと移してよろしくっていう風にするのは簡単ではあるんですけれども、クラウドではどうしてもインターネットの速度以上の速度は出ないので、スタジオの高速なネットワークとは比べものになりません。

それからレンダーファームなどの演算のためのシステムや、ライセンスサーバをクラウドへ移行させることは不可能ですので、あえてクラウドに寄りかからない、アフターコロナのハイブリッド状態にも今まで通り対応できるようなかたちというものを最初から考えるようにはしていました。

インターネットの速度というところでは、日本全国でインターネット速度がとても遅くなっているって問題が出てきていまして、そのソリューションをいろいろ実験しているところです。社内インターネットのLAN速度を超えられるような、遠隔地同士の高速通信システムの構築に取り組んでいます。

実験環境に限ってですが、すでにLANよりもやや速いファイルのやりとりができつつあるので、今後はそういった方向でいかに遅延をなくすか、物理的な距離を乗り越えていくかというところを頑張っていきたいなと思っています。



これまでと生活様式そのものが変わってしまった昨今だが、そんな中でも映像作品は変わらずに我々に癒しを与えてくれる。その癒しを支えているのがこうしたIT技術なのだとよくわかった。これから訪れるwithコロナの時代、全ての人が健康に暮らし、安心して働き、そして娯楽を楽しむために、テレワークシステムは欠かせないものになっていくことだろう。テレワークによって明るい生活が戻ってくることを願いたい。

特集