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2021年はスマートグラス元年!  先陣を切って発売されたNrealLightと『スペースチャンネル5 AR』体験版の可能性

2021年はスマートグラス元年! 先陣を切って発売されたNrealLightと『スペースチャンネル5 AR』体験版の可能性

NrealLight向けアプリ開発の3つの課題

VRと同じく、体験してみなければ得られないARの魅力。そこでKDDIではNrealLightの販売にあたり、5分程度で試せる店頭用のデモアプリや、誰でも気軽に遊べるNrealLight向けのゲームコンテンツを求めていた。そこで安藤氏から上月氏に『スペースチャンネル5』を用いた提案があり、IPを管理するセガの承認と監修のもとで開発がスタートした。

当初はVR版のゲームシステムをそのまま活用するアイデアもあったが、ARゲームということで新規にゲームデザインを行うことに。一方で背景素材などを削除し、『スペースチャンネル5 VR』を開発したグランディングの協力のもと、うららやモロ星人のCGモデルをUnityエディタ上に配置したところ、特に問題なく実機上で動作したためそのまま流用されることになった。

むしろ問題はそれ以外の点にあった。第1に、まずはデモ用として店頭でプレイさせること。第2に視野角をはじめとしたNrealLight側の技術的制約。そして第3にゲームの調整だ。

もともと「ダンスミュージカルアクション」と銘打たれているように、本作では音楽とダンスの一体感が強調されるようなゲームデザインが持ち味だ。中でも専用コントローラを両手に持ち、身体を動かしながら遊ぶVR版では、そのコンセプトが強調されていた。そのため本作でも、当初はスマートフォンを片手にその場で簡単なダンスをするといった内容が考えられたという。

しかし、「店頭デモ用として活用できる」という条件からこのアイデアは早々に見送られた。周囲の人にぶつかると危険だからだ。それでも、本作がもつ体感リズムゲーム的なエッセンスを盛り込むべく、スマートフォンをコントローラとして使用し、目の前に表示されるモロ星人を順番に指し示していく内容になった。

「もともと本シリーズはゲームコントローラで遊ぶゲームでした。つまり、空間を直接操作するのではなく、ゲームコントローラを介して間接的に操作して遊ぶものだったのです。これに対して本作では、スマートフォンを持って直接空間にアプローチするような内容を目指しました。本当は体を動かしたかったのですが、他のお客様に当たってしまうといけないので、空間を指し示すようなものにしました」(湯田氏)。

「まだ、このタイミングで正式発表できるわけではありませんが、ゆくゆくは『本編』をつくりたい......そうした思いを込めて『体験版』と名付けました。その際は当然、自宅で遊んでいただくことになると思います。そのため、家で遊ぶものという視点からアイデア出しを初めて、KDDI側とのやりとりを経て、最終的に店頭でも遊べる内容に仕様を固めていきました」(安藤氏)。

▲『スペースチャンネル5 AR』体験版のUnityエディタ上の画面

▲『スペースチャンネル5 AR』体験版を屋外でプレイした例

続いてNrealLight側の制約についてだ。VRゲームとはちがいARゲームでは目の前の空間にキャラクターが表示されるのみで、首を振ってもゲーム世界の全体像が見わたせるわけではない。本作でいえば、首の動きに合わせてうららやモロ星人が目の前に表示され続けるというしくみだ。そのため、ゲーム内容に即してうららを画面に配置すると、太ももから下が見切れてしまうことになった。通常のゲーム画面では問題ないが、現状では視野角が限られているため、ARゲームだと違和感があった。

そこで考えられたのが視線誘導を生かした演出だ。ゲームを起動すると、目の前にスペースチャンネル5のロゴマークが表示される。その後、ロゴマークがゆっくりと床面に移動し、そこからうららがホログラム的な演出で飛び出してくる。そしてゲームが始まる、といったシークエンスが加えられたのだ。これによって、プレイヤーは一度うららの全身像を把握してから、自然にゲームを遊ぶことができるようになる。うららの下半身が見切れていても、気になりにくい工夫がされているのだ。

「まず何かに注目させた上で、それをゆっくり動かしたら誰でも目を動かすだろうと。そうすることで、注目してもらいたい部分の視野角を確保するというフローにしました」(湯田氏)。

最後にゲームの調整だ。本作に限らず、ゲームエンジン上のエディタ画面と実機とでは、必ずと言って良いほど差異が生じる。これがVRそしてARデバイスとなるとなおさらだ。前述の通り、本作ではディレクションが日本、実装がロシアで行われた。ゲーム内容をビデオキャプチャしたり、スクリーンショットを撮って指示をするのでは齟齬が生じやすい。短期間で開発する上で、イテレーションの効率を高めるしくみが必要だった。

そこで開発されたのが、ディレクターが開発機上で試遊しながら細かい調整を行えるしくみだ。いわゆるデバッグモードに類する機能を盛り込み、実機側で手軽に調整できるようにしたのだ。調整項目はうららとモロ星人の大きさや、画面上の位置から細かいゲーム内容にいたるまで、多岐にわたる。ルイス氏も「今回のプロジェクトで最も大変だったのが、この実機上で調整できる環境を短期間でつくり上げることでした」とふり返った。

多くのゲームと同じく最適化も課題となった。これにはスマートフォンと接続して使用する、NrealLightならではの問題があった。

本作のようにNrealLightのMRモードでは、ステレオ3Dで画面が描写されるため、通常のアプリと比べてレンダリングコストが2倍になる。また、スマートフォン側からNrealLight側に信号が送られるだけでなく、NrealLight側からも本体の空間位置をはじめ様々な情報が転送される。ゲームをプレイする間、スマートフォンのSoC(System on a Chip)は常時フル回転している状態だが、VR HMDのように冷却ファンを搭載するわけにはいかない。スマートフォン本体の発熱やバッテリー容量の問題を回避するために、よりきめ細かい最適化への配慮が必要になった。

もっとも、こうした問題はガラケー時代のソーシャルゲーム開発やスマートフォンでの3Dゲーム開発でも見受けられた。モバイル端末のスペックをギリギリまで使うようなアプリを開発すると必ず直面する課題だ。その一方で、端末のスペックは毎年上がっていく。もちろん、その頃にはよりハイスペックなスマートグラスが発売され......といったイタチごっこも想定されるが、後述するようにクラウドARの技術開発も進められている。少なくともNrealLightにおいては過渡期の問題なのかもしれない。

こうした問題を除けば、開発自体は非常にやりやすかったとアレクサンダー氏は語る。「NRSDKが優秀ですぐに開発が進められました。スマートフォンのキャリブレーションも問題ないレベルでした。ただ、NrealLightとちがって3軸しか取れないので、空間上で位置がズレやすい問題があります。そのため、ゲーム開始時にスマートフォンの画面をタッチさせて、自動的にキャリブレーションするようにしました」(アレクサンダー氏)。

※『スペースチャンネル5 AR』体験版は、auショップKDDI直営全国23店舗の店頭体験できるほか、Google Playでもダウンロードして体験できる。



5Gとクラウド技術がもたらす新たな可能性

これまで見てきたように、ARゲームの文法はいまだ発展途上だ。スマートフォンの進化がカメラのスペック競争という様相を呈する中、スマートグラスは次世代のテクノロジードライバーとして高い注目を集めている。現実と空間が融合した、新たなユーザー体験を提供する「Spatial Computing」は、次世代のエンターテインメント制作においても、キーワードの1つになるだろう。

もっともNrealLightではスマートフォンの空間認識が現時点では3軸に留まり、赤外線による距離測定は可能なものの、LiDAR(Light Detection and Ranging)のような機能までは非搭載と、過渡的なスペックに留まっている部分もある。しかし、誰もが自由にアプリを開発して販売できるメリットは大きい。個人ゲーム開発者やインディゲーム開発者、XR分野で新しい表現をしてみたいアーティストにとって、注目すべきデバイスだといえるだろう。

また、本分野のようなまったく新しい分野では、実際に手を動かして何かをつくってみることではじめて得られる知見が少なくない。技術的制約の下でのアイデアの工夫もさることながら、技術の制約が外れたときに何ができるか。より具体的なイメージが描けるようになるからだ。それでは、『スペースチャンネル5 AR』体験版の開発を通して、それぞれが体感したARの未来像とはどのようなものだろうか。

「今後オクルージョンがきちんと取れるようになって、現実空間における物体の認識精度が上がれば、部屋のソファや椅子などで隠れている空間や、壁にかけられた絵が歪んでそこからモロ星人が飛び出してくるような演出も可能になります。そんなふうに現実空間とバーチャル(仮想)空間をどのようにつなげて新しい遊びや体験に変えていくかが求められてくるでしょう。テレビやスマートフォンの四角い画面から解放されたとき、どういう情報空間を演出するかが問われるようになります。そこをしっかり考えないと、スマートフォン上でのAR体験で十分という話になりかねません。現在、いろいろなプロジェクトで実証実験を重ねている最中です。インターフェイス1つとっても工夫のしがいがありますね」(安藤氏)。

「ARはVRと同じだ、ともすればVRの一歩手前の表現だと思われている人もいるのではないでしょうか。実際はまったくちがいます。VRではHMDを被ることで視界が遮断され、そこに新しい世界が生まれます。それは我々がこれまでテレビの画面で遊べるものを、360度に拡張したことに特徴があります。これは誤解を恐れずに言うと、これまでの映像表現の延長線上にあるものです。これに対してARでは体験者を取り巻く空間とコンテンツが、どれだけマッチングしているかが重要です。スマホをひっくり返すと画面から扉が開いて、キャラクターが出てくるなどのアイデアもあるでしょう。現実空間と仮想空間の重ね合わせが、そのままゲームになりそうな気がしています」(湯田氏)。

「ARで大切なのは環境をマッピングする技術です。それが進むことでもっと応用が広がると思います。実際の位置情報に結びつくようなものを開発したいですね。お気に入りのカフェに行って、コーヒーを飲みながら映画やアニメのようなストーリーが楽しめる。いろいろな乗り物が登場したりクエストをこなしたり、ARを通して環境を理解することで環境自体の変化を定義していくようなゲームやコンテンツを開発してみたいです」(アレクサンダー氏)。

最後にルイス氏から興味深いビジョンを聞いた。それがMawari Inc.が研究開発を進める「Mawari XR Cloud platform」だ。ARゲーム開発に限らず一般的にリッチなコンテンツを楽しむには、高性能なデバイスやゲーム機が必要になる。しかし、これを過去のものにする技術が存在する。それがクラウドゲームだ。サーバ側でレンダリングされたゲーム画面をフレーム単位でストリーミングする技術をベースにしており、端末側のスペックに依らずにリッチなゲームがプレイできる。国内でもPlayStation NowGeForce NOWなどのサービスが展開中だ。

これに対して「Mawari XR Streaming SDK」では画像だけではなく、3Dオブジェクトのデータを位置情報や屋内外マッピングシステムなどと組み合わせてストリーミングする点に特徴がある。これにより端末側のスペックに依らず、現実空間における特定の体験エリアや場所を限定できたうえで、リッチなXR体験が可能になる。その際、通信インフラを担うのが5Gというわけだ。前述した「5Gで文化財 国宝 聖徳太子絵伝 ARでたどる聖徳太子の生涯」展でも、NrealLightを来場者に装着してもらい、5Gで解説動画などをストリーミング配信する実証実験が行われており、Mawari Inc.の技術が活用されている。

「Mawari XR Streaming SDK」の概念図(公式サイトより)

5Gはまだまだサービスエリアが限定的でスマートグラスも商品化が始まったばかりだが、だからこそ多くの可能性を秘めている。そこにゲームデザインやエンタテインメントの技術・知見を投入することで、新たな可能性が開けていく。今回の取材ではそうした未来像が垣間見えた。「3Gはガラケー、4Gはスマートフォン、5Gはスマートグラス」の世界が実現したとき、自分たちの立ち位置はどこになるのか。クリエイターひとりひとりに提示された課題だろう。

●関連サイト
au 5G サイト
Nreal公式サイト
『スペースチャンネル5』公式ポータルサイト
『スペースチャンネル5 VR』公式サイト



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