3Gはガラケー、4Gはスマホ、5Gはスマートグラス
今回話を聞いたのは、KDDI サービス統括本部で5G・XRサービスの企画開発を進める上月勝博氏と王 健氏だ。上月氏は新卒でKDDIに入社後、一貫してモバイル分野のプロダクト、サービス企画開発の業務に従事。これまでモバイル向け動画・音楽サービス(着うた、LISMO)、電子書籍サービスの企画開発などを行なってきた。現在は5G・XR、eSports、「NrealLight」などのXRデバイスを含む新規技術関連サービス・商品の企画開発を担当している。
これに対して王氏はソニーでエンジニアとして、PCやデジカメの企画開発を経験。事業企画としてヘルスケアをはじめとした新規事業の起ち上げに参加した後、2014年にKDDIに移籍したエンジニアだ。VR技術を用いた概念実証を重ねて、法人向けのVRサービスを創出。2018年からスマートグラスに注目し、新規プロジェクトを起ち上げリサーチを行なってきた。現在は上月氏と共に、NrealLightの商用展開を推進している。
前述したように、NrealLightは北京に本社を構えるスタートアップ企業であるNreal Ltd.とKDDIの共同プロジェクトとしてスタートした。2020年8月に韓国で販売が始まり11月に日本がそれに続き、2021年には欧州で発売が予定されている。キャリアはそれぞれ、LG Uplus 、KDDI、Vodafoneとなる。
上月氏が米国クアルコムでXR分野に携わる知人から、Nreal Ltd.の紹介を受けたのが協業のきっかけだった。他にも多くのスマートグラスを視察したが、プロトタイプを見た瞬間に惹かれたという。スマートフォンに接続する形式でKDDIのビジネスと親和性が高いことや、他社製品と比べて画質が鮮明であること、Unity上でアプリを開発できる環境が用意されている点などがその理由だった。
「ポスト・スマートフォン時代を見据えて、弊社としても空間コンピューティング(Spatial Computing)分野に進出していきたいという思いがあり、リサーチを続けていました。プロトタイプの段階では完成度は決して高くありませんでしたが、ちゃんとブラッシュアップすればいける、という感覚がありました。早く日本市場でも扱えるようなクオリティに仕上げて発売したいと考えました」(上月氏)。
上月氏によると、「プロトタイプを見てから発売まで、2年弱の時間がかかった」という。後述するが、スマートグラスは5G時代のキラーデバイスとして各社が注目する商品群だ。日本で大手キャリアから本格的に発売される初めてのスマートグラスとして、社内でそれなりの議論があったことは容易に想像できる。もっとも上月氏は、「これまで部署として新しいものに積極的に取り組んできた経緯もあり、わりと理解されやすかった」と語った。
ここで、改めてNrealLightのスペックを解説しよう。重量は約106g(ケーブル含まず)。画面サイズは両眼で3,840✕1080ピクセルで、対応視野角は52度。文字通り「目の前に220インチ規模のスクリーンが広がる」感覚だ。搭載カメラは3基で、中央にRGBカメラ、左右に深度カメラ(赤外線距離測定)が設置されている。スマートフォンとはUSB Type-C規格で有線接続され、スマートフォンをコントローラに見立てて、傾ける・タップするなどして入力が可能だ。
他に多くのVR HMDと同じく6軸での空間認識(6DoF)に対応し(※3)、平面検出機能、画像認識、マルチプレイヤーモードを備えている。オーディオは眼鏡のつるの部分に左右に搭載されている。他に、周囲光センサ、加速度センサ、重力センサを搭載。NRSDKと専用アプリNebulaのアップデートに伴い、ハンドトラッキング機能も実装される予定だ。
※3:スマートフォンの検知は3軸のみ
▲画像認識とマルチプレイヤーモードをサポートするNrealLight専用ゲームとして、『NrealTower』がリリースされている
●NrealLight製品仕様
- サイズ
- 175mm×146mm×44mm(使用時)
156mm×52mm×44mm(収納時)
- 重量
- 106g
- ディスプレイ
- 解像度:単眼1,920✕1080、60Hz
- 光学
- 複合ライトガイド、視野角(FoV): 52°、瞳孔間距離(IPD): 53.5-73.5 mm
- 環境認識
- 6DoFスペーストラッキング、平面検査、画像検出
- オーディオ
- デュアルスピーカー、デュアルマイク
- センサ
- デュアル空間コンピューティングカメラ
写真/ビデオRGBカメラ
IMU(加速度センサ/重力センサ)
照度センサ
距離センサ
- 接続
- USB-Type C
- ボタン
- 輝度 :ディスプレイの明るさを調整
- アクセサリー
- 磁気近視レンズ用磁気フレーム
鼻パッド(4種類)
- 価格
- 69,799円(税込)
※公式サイト、開発者向けサイト、およびNreal Japanへの問い合わせを基に作成
続いて、NrealLightの2つのモードについて、より深掘りして紹介しよう。前述したように、ミラーリングモードはスマートフォンの画面がそのままミラーリングされるものだ。BluetoothコントローラやBluetoothイヤフォンなどと併用できるため、自分だけのゲーム空間やシアタールームが堪能できる。より鮮明にスクリーンを表示させたいユーザーのために、レンズ部に装着するVRカバーも付属している。
これに対して、MRモードでは2つの体験が得られる。1つ目は、専用アプリのNebulaを用いて既存のAndroidアプリを3つまで同時に起動し、マルチウィンドウで使用できる。YouTubeを再生しながらブラウザでニュースを読み、Twitterでツイートするといった具合だ。2つ目は『スペースチャンネル5 AR』体験版のような、専用アプリによるまったく新しいXR体験となる。
NrealLightの本体価格が約7万円。これに加えて対応スマートフォンが10万~15万円。一般ユーザーがゼロからNrealLightのXR体験を楽しむには、18万円前後の出費が必要となる。これを高いと見るか安いと見るかは人それぞれだが、売れ行きは好調で市場では品薄状態が続いている。筆者も本記事を執筆するにあたり自費で購入したが、大半の店舗で品切れ状態となっていた。
「一般消費者や個人開発者と、B2BやB2B2C需要でだいたい半々という状況です」と上月氏は述べている。その理由の1つに、個人でアプリをつくってすぐにストアに公開できる点が挙げられるだろう。「私たちもアプリケーションのエコシステムが非常に大事だと思っていたので、UnityでAndroidアプリを開発するのと同じ感覚で開発できる点を重視しました。これが独自OSだったり特定のアプリ開発の環境をつくらなければいけないとなると、敷居が高くなってしまいます」(上月氏)。
一方でB2B分野での採用事例も拡大中だ。大日本住友製薬はその1つで、コロナ禍で対面による情報提供活動が困難な中、医薬情報担当者と医療関係者のコミュニケーションの円滑化が課題となった。これを解決するために、医薬品情報の3D映像コンテンツなどの制作やバーチャルコミュニケーションスペースの構築をKDDIとの協業で進めている。NrealLightもそのためのデバイスとして活用中だ。
他に、渋谷PARCOの常設型ショールームストア「BOOSTER STUDIO by CAMPFIRE」で2019年11月、VRコンテンツアワード「NEWVIEW AWARDS 2019」のファイナリストの作品をNrealLightで体験する施策を実施。2020年2月に豊田スタジアムで開催されたJ1リーグホーム開幕戦では、試合中のシュート数やパス数といった情報をAR空間に表示する催しも計画されていた(コロナ禍の影響で実施延期)。
2020年8月には東京国立博物館で国宝「聖徳太子絵伝」の複製画とアニメーションが視聴できる催しを開催。2020年9月には、「バンクシー展 天才か反逆者か」の横浜展で、作品を鑑賞しながらARで解説が聞ける「NrealLightガイド付きチケット」の発売が行われるなど様々な実証実験が進められている。
他に王氏はB2B2C案件のユニークな事例として、VR/AR/MRクリエイティブプラットフォーム「STYLY」 を展開するPsychic VR Lab を挙げた。同社ではブラウザだけでXRコンテンツを制作できUnityとも連携する「STYLY Studio」を展開中で、ここに新たに「STYLY for Nreal」が加わった。NrealLightを使用して、STYLYに公開されているVR/ARのシーンやSTYLY Studioで制作したオリジナルのシーンをNrealLightで体験できる。
「これまで国内のスタートアップ企業の方々と協業して、様々な実証実験を行なってきました。最初は技術的な質問が来るだろうと思っていましたが、思ったより少なかったですね。様々な情報を収集しながら自由につくっていただいたようです。皆さん、優秀だなあと思いました」(王氏)。
これまで見てきたように、VRのコンテンツ体験が没入感をベースとしているのに対して、ARは現実世界との関係性をベースとしている。『Pokémon GO』のような「位置ゲー」を第1世代とした上で、まったく新しい第2世代の展開が始まりつつあるのだ。今後、様々なデバイスが各社から発売され、新しいコンテンツやサービスが展開されていくだろう。どのような可能性が考えられるだろうか。NrealLightにこだわらず、自由に語ってもらった。
▲「5Gで文化財 国宝 聖徳太子絵伝 ARでたどる聖徳太子の生涯」公式サイトより
「個人的にやりたいのはライブ配信ですね。コロナ禍で多くのアーティストがライブを開催できずに困っているので、それを補完するようなことができればと。2Dのストリーミングによるライブ配信はすでに行われていますが、これが3Dになって目の前にアーティストが飛び出してくるような体験になれば良いですね。背景から人物を切り出す技術などもAIで進化していますので、リアルタイムで人が転送されてくるような、テレポーテーションに近い体験ができるかもしれません。まさにPCでもスマートフォンでもできない、ARならではの体験に繋がると思います」(上月氏)。
「まず、NrealLightで楽しみたいのはゲームです。目の前に広がる仮想スクリーン上で、スマートフォンでもコンソールに近いゲーム体験ができます。その上で『Pokémon GO』のようなゲームが、もう少し直感的に遊べるようになると良いですね。もう少し先の話で言うと、地図アプリと組み合わせてARナビなどができればと思います。目の前に矢印が表示されて、行き先を案内してくれるイメージです。スマートフォンと同じように、日常的に使われるようなものにしていきたいです」(王氏)。
3Gはガラケー、4Gはスマートフォン、5Gではスマートグラスの世界になる......。そのように意気込む両氏。日本初の「GPSケータイ」となった「C3003P」(2002)、上月氏が企画に関わったという、携帯電話とPCを繋いで音楽が楽しめる「LISMO(au LISTEN MOBILE SERVICE)」、「auスマートパス」(2012~)など、同社ではハードとソフトが一体となった数々の施策を展開してきた。NrealLightがその後に続けるか、注目していきたい。