臨場感のあるグラフィックと「余白」の演出
本作はバックパック型のPCを背負いながらのプレイとなるため、高品質のVR空間が堪能できる。そこで、高性能のマシンスペックを最大限に引き出すための演出と映像制作がなされているのだが、Unityで構築されたハイクオリティなアセットがホラーの雰囲気を十二分に引き出している。とりわけ、ライティングと霧が織りなす不気味な世界は一見の価値アリなので、ぜひ体験してほしい。
さて、ハイスペックPCとはいえ、こういったリアルタイム系のCG作品ではレンダリング負荷の軽減が課題となる。本作において、レンダリング負荷の軽減で最も力を入れたのは、カーニバル会場に灯る無数のライトである。電球のようなライトが点滅するアニメーションが施されているが、これら電球の全てをライトとして配置するとレンダリング負荷が高くなりすぎてしまう。そこで本作では、エミッシブルテクスチャにベイクして、UVベースのアニメーションにしてコントロールするという手法が採用された。
▲Unityでアセットをレイアウトしただけの状態
▲ライティング風のテクスチャを入れたUnity画面。電球の数は多く見えるがライトは置いていない。シェーディングやライトを極力使用せず、テクスチャをアニメーションさせることで負荷を下げた
▲エミッシブルテクスチャにベイクしてUVベースでアニメーションさせることで、レンダリング負荷がかからないようにしている
また、不気味さと不安感を煽る「霧」の表現は、演出のポイントとして印象的に使用されているわけだが、ここでもレンダリング負荷の軽減は課題となった。今回はプレーンにプロシージャルテクスチャとして貼り付けた霧とボリュームフォグとを混在させて負荷を軽くすることで、カーニバル会場に立ち込める不気味な霧の演出に成功した。
これらのシーンでシェーダとライティングを担当したジャーメイン・デニス氏は、「ライティングにおいてチャレンジングだったのは、冒頭で狭いテントの中を歩いて広い空間に見せたところや、クライマックスでスムーズに緑から青にライティングを変化させるところでした」とふり返る。このシーンに関してはネタバレ回避のため触れないでおくが、デニス氏こだわりのクライマックスは必見だ。
▲本作でとても印象的な霧の表現。プロシージャルテクスチャとボリュームフォグを混在させて、マシン負荷を抑えつつも雰囲気のあるクオリティの高い演出を実現した
▲手前のプレーンにプロシージャルテクスチャとして霧が貼られている
このように、レンダリング負荷を抑えつつも美しいグラフィックを実現した一方で、深澤氏は「あえて見えない怖さ」にもこだわったという。「VRは視覚的な体験だからこそ、霧の中のような見えないものへの恐怖や、もしかしたらそこに何かあるのではないか......という『余白』をつくり、プレイヤーの感情に訴えかけるよう意識しました」と演出意図を語る。美しく臨場感のあるグラフィックと深澤氏による「余白」の演出。フィジカルとメンタルの両方からリアルなホラー体験をつくり出している。
そのほか、雨の演出にもこだわっており、テントやプレイヤーが身に着けているレインコートに雨粒が跳ね返る飛沫までつくり込まれている。実際、ボタボタと雨粒が当たる感覚があったと言うプレイヤーも多いという。
感覚にダイレクトに訴えるリアルな演出
~音響演出と床の振動~
フィジカルな演出についてもう少しふれておこう。本作では、音響効果がリアルなVR体験をさらに盛り上げている。サウンドデザイナーの邵 逸川氏は、「平面的な5.1chや7.1chのステレオとはちがい、高さも含めた360度の3Dで音を表現しています」と話す。音源の再生方式は大きく分けて、そのまま再生する「チャンネルベース」、音源の移動を含めた「オブジェクトベース(ヘリコプターが移動するときなど)」、人間の移動を考慮した「シーンベース(ヘリコプターを目で追うとき、ヘッドホンの回転を考慮した再生方法)」の3つがあり、これらを適材適所で使い分けているとのことだ。
「VRコンテンツの開発とアトラクション施設の運営を並行して手がけるメリットは、こういった音響効果にも大きく寄与しています。ティフォニウムで使用するヘッドホンは決まっているため、機材のダイナミックレンジを最大限に使うことができました」(邵氏)。小雨の音や風の音、クライマックスで味わう大音量にいたるまで、「そこにいる」という臨場感を最高まで高めるために、音量に幅をもたせることが可能となったという。また、例えば霧の中ではプレイヤーごとに音が聞こえてくる方向が異なるなど、「音の方向性」を活かして一緒に歩いているプレイヤーを混乱させるというトリックも施されている。これは、通常のステレオヘッドホンではできない手法で、作中の各所でこのようなトリックがバリエーション豊かにしかけられている。
さらに、これら音響効果に床の振動が加わることで、よりリアルなVR体験が実現している。床振動システムは、耳には聞こえない低周波が出力される強力なスピーカーが床下に32個配置されており、3000Wの大電力/8チャンネルで個別に振動させている。例えば、足元の板が崩れるシーンでは大きくガタンと揺れるという振動による演出が施されているのだが、このとき床を振動させている低周波は音として耳には聞こえず、床下から振動が伝わってくるだけとなっている。ちなみに、これらの制御はWindowsサーバからコマンドを送って音(低周波)を出しており、同社がゼロベースで開発したものだ。
▲床下にしかけられた振動装置。しくみはスピーカーと同じだという。家庭用VRでは味わえないギミックだ
BGMとしては、「メリーゴーランド」、「ダークライド」、「クライマックス」の3曲が用意された。冒頭で登場するメリーゴーランドのBGMは、楽曲をギターアンプで実際に鳴らし、それをマイクで録音したものを使用するというひと手間が、カーニバル会場の雰囲気を忠実に再現している。BGMを担当したサウンドデザイナーの神谷昌臣氏は、「遊園地に行ってみるとこういったアンプで音楽を鳴らしていますよね。実際のメリーゴーランドでも、上部に小型のアンプがしかけられていてそこから音楽がながれていたりします。アンプのサイズから設置する位置まで、割と忠実に再現しています」と説明してくれた。そうやってつくられた音源はVRの中でも天井位置に点音源として置かれ、レンダリングしているとのことだ。
人間の身体感覚と心理をフルに刺激する没入体験
VRは視覚だけのコンテンツと思われがちだが、今回の取材を通して、音や振動、風といった物理的な刺激から、知らない場所を迷いながら歩くときの不安な感覚まで、人間の身体感覚と心理をフルに刺激する技術がふんだんに採り入れられていることがわかった。VRコンテンツの開発からエンターテインメント施設の運営まで一貫して手がけているからこそ実現した特別な没入体験であり、ソフト(コンテンツ)の面白さをハード(設備)で倍増させて、極めてクオリティの高いVR体験を提供しているのだ。
プレイヤーが存分にVRを楽しむために、制作の裏側では体験の質や方法、安全面など様々なことが考え抜かれている。今回、本作を実際に体験し、リアルな雨の音や感触、風まで感じるVRの世界を自分の意志で自由(実際は深澤氏の設計どおり)に歩き回ることができたのだが、実在するカーニバル会場に迷い込んでしまったようにさえ感じた。ストーリーの先がわからない不安と、冒険心を刺激するワクワク感。子供の頃に、夕方遅くまで探検ごっこをして遊んだときのような不思議な郷愁。ホラー作品としてただ怖いだけではなく、どこか懐かしさを覚える新しい感覚は、家庭用VRでは味わえない体験と言えるだろう。