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OVA『.hack//Quantum』メイキング_01

OVA『.hack//Quantum』メイキング_01

「ザワン・シン」〜Pencil+ 2.6によるセルルック

アニメ向けCG表現の場合、作画的な輪郭線をいかにして描くかも常に課題となるが、本作ではPencil+ 2.6でラインを描画したという。その際、ラインの太さにはかなり大胆に強弱が付けられた。「CGは正確すぎる故に作画と比較すると見栄えがどうしても硬くなってしまい、それが嫌悪感やチープ感につながっています。そこで、ラインの太さに極端な変化を加えることで、一種の"ゆらぎ(ノイズ)"を出すことでそれを緩和させ、画面全体のバランスをとっています」。SD規格の時代、ビデオで撮影された実写素材に対してフィルムルックと呼ばれるノイズやグレインを加える処理が多用されたものだが、アナログ的なニュアンスを出すという意味では相通じるものがありそうだ。
 

「ザワン・シン」Pencil+ 2.6の設定 Pencil+ 2.6で描画した「ザワン・シン」のライン素材

「ザワン・シン」Pencil+ 2.6設定(上)と描画されたライン素材(下)。かなり強めにラインの太さにメリハリが付けられていることが判る。「CGは物理的に正確な描画をするため、作画と比較するとどうしても見た目が硬くなりがちです。そして長年の経験を通してアニメ表現の場合、その硬質な印象が嫌悪感やチープ感につながるケースが多いように感じています」(井野元氏)。作画の輪郭線とはかなり違いがあるというが、これくらい極端にラインの変化を入れることで硬質な印象を和らげ、画面全体の統一感が増すわけだ

「ザワン・シン」ルックデヴ01 「ザワン・シン」ルックデヴ02 「ザワン・シン」ルックデヴ03 「ザワン・シン」ルックデヴ04

左上から順に、<1>「ザワン・シン」のモデル(ワイヤーフレームを重ねた状態)、<2>カラー素材、<3>キズ形状をモデリングで追加、<4>さらにライン素材を重ねた最終的なルック
 
 

「ザワン・シン」のセットアップ

セットアップでは、CATをベースにしつつ、羽根や尾、頭部についてはIKの方が制御しやすいと考え、通常のボーンでリグを組み込んだという。「CATは、『創聖のアクエリオン』(2005)の頃から使っています。Bipedに替わる、より効率的にキャラクター・アニメーションを作成できないかと、HumanIKをはじめ様々なツールを試していく中でCATに行き着きました」。CATは豊富なリグのプリセットが用意されていることでも知られているが、「ザワン・シン」の場合も西洋風ドラゴンのプリセットをベースにすることで比較的短時間でリギングが行えたという。「動きとしては、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(2002〜2003)の頃は、タチコマの動きはフルモーションの中に1コマ打ちと2コマ打ちを混ぜるといった感じで作っていたのですが、『M8』以降の最近手掛けた作品では、積極的に3コマ打ち(8コマ/秒)も用いるようになりました。作画とCGを融合させる上では、CGはどうしてもかっちりと硬く見えてしまうので、これまでの経験上、形状やルックと同様に動きについても意図的に粗さを出した方が馴染みが良くなりますね」。余談だが、井野元氏は元々は漫画家を志し、そこからイラストレータとしてPhotoshopによるデジタルベースの2Dグラフィックの技法を培っていく過程でCGアニメーションに辿り着いたというユニークなキャリアの持ち主である。しかし、そうしたアナログな思考に基づいた"絵画"の豊かな素養を持っているからこそ、目指す表現に応じて有効な3DCGの制作アプローチを見出せるのだと言えよう。

「ザワン・シン」CATベースのセットアップ

「ザワン・シン」は基本部分をCATでセットアップしている。豊富なプリセットを持つことでも知られるCATだが、今回も「EnglishDragon」というプリセットをベースにカスタマイズしたそうだ。画像を見て判るように、尻尾や翼は通常のボーンとスプリングでリギングされているが、その理由はボディの動きに自動で追従して動くようにするためである。ただし、単純な自動化だけでは、地面に簡単にめり込んでしまうため、補佐的に手付けでも簡単に修正できるようにも組まれてある。同様に、首から頭にかけてもIKの方が制御しやすいと考え、通常のボーンでリグが組まれた

Flashで生み出す、デジタル作画の炎エフェクト

「ザワン・シン」ではドラゴン自体のみならず、ドラゴンが吐く炎の表現も大きな見どころとなっている。近年、作画の領域でもデジタル技法が浸透し始めていることをご存知だろうか? もちろん、Photoshopで作画するという意味ではなく、Flashで作画するアニメーターが増え始めているのだ。俗に"ウェブ系"などと呼ばれる、インターネット上の個人サイトでオリジナルの絵やFlashアニメーションを発表していたクリエイターたちが、アニメ制作会社のスタッフや演出家に見出されて抜擢され、原画や動画スタッフとして制作に参加するという、比較的若い世代のアニメーターと言えるが、「ザワン・シン」の炎を作画したまじろ氏もそうした新世代アニメーターの1人である。美術系高校在学中にFlashアニメーターとして知られる沓名健一氏に見出されたことからアニメ制作に携わるようになったという、まじろ氏。本作ではデジタル動画ならびに原画スタッフとしてクレジットされているが、デジタルで作画する利点の1つとして、原画と動画を分け隔てることなく1つのアニメーションを1人で完結できることにあるそうだ。
 
 

 
「ザワン・シン」が吐くブレス(炎)のFlashアニメーション(#57)。ドラゴンの頭部に描かれた赤ラインは、まじろ氏が炎作画する際のパースのガイドである。炎のディテールがぼやけないように、シンプルな動きを複数レイヤー重ねることで、CGとの親和性の高い動きに仕上げられた
 

一般的なアニメ制作とは逆のアプローチ(今日でも有機的なキャラクターは作画が主流で、3DCGはエフェクトやメカ描写に用いられるのが一般的)で、フルCGのドラゴンが吐く炎を作画で表現した次第だが、まじろ氏は「3DCGで描かれた要素は、作画されたものに比べパースが正確で、立体的なニュアンスが細かく付いてくるので、炎を描く際にはなるべくディテールが薄っぺらくならないよう、単純な画を何枚も重ねて全体として立体的になるように心がけました」とふり返る。こうして、作画に精通した井野元氏率いるオレンジの3DCGドラゴンと、Flashで描いたまじろ氏の炎アニメーションが双方に歩み寄ることで、デジタルとアナログの利点が絶妙に組み合わさったアニメーションが出来上がったわけだ。
 
 

 
「ザワン・シン」を回り込もうとするシャムロックのカット(#59)の作業フローをまとめたもの。順に、<1>作画のラフのみで仮撮影したもの、<2>そこにCGドラゴンだけを重ねた状態、<3>カット内に登場する炎のFlash素材をまとめたもの、<4>ドラゴンが吐く炎の動きをテスト撮影したもの、<4>炎を画面に組み込んだテストショット、<5>背景を美術の本番素材に置き換え、セルを組んだ状態、<6>さらに撮影処理を施した最終形

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