11月27日より、バンダイビジュアル主催の期間限定上映イベント「ANIME FES. "VS"」にて、『.hack』シリーズ最新作『.hack//Quantum(ドットハック クワンタム)』第1話が公開中だ。本作は、2009年度「文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門」優秀賞を受賞するなど、話題を集めたTVシリーズ『東京マグニチュード8.0』を手掛けたキネマシトラス(制作)とオレンジ(3Dパート)が再びタッグを組んだ注目作である。次世代の日本アニメーションを担うであろう新進気鋭のスタッフたちが、本OVAシリーズにおいて3DCGをはじめとするデジタル技法をいかに効果的に用いているのか、全3回に分けてレポートする。

3DCGによる作画的なアニメーション表現の追求

『.hack』シリーズと言えば、主に「The World(ザ・ワールド)」と呼ばれる作中のゲーム世界で物語が進行していくというイメージがあるが、最新作『.hack//Quantum』(以下、Quantum)では、従来のシリーズ作品よりも現実世界の要素を増やすことで、リアルとバーチャルがよりいっそう混在した新たな『.hack』の世界を見事に描き出している。「せっかくネットワークゲームをやっているという題材なので、リアルの部分とゲームの部分を対比したドラマにすれば面白くなるというイメージがあったので、それを最大限活そうと考えました」と橘 正紀監督は語る。リアルとバーチャルの対比を象徴するのが、大型の剣を持ち、ドラゴンが登場するなど華やかで極彩色な世界観を持つ、ゲーム「The World」が重さや暑さ寒さなどの物理法則から解放された自由な空間であるのに対し、主人公たちが暮らす現実世界は雪降る冬の青森であり、受験を控えた女子高校生たちという一見、束縛された空間を舞台にしたことだ(現在、公式サイトにて第1話の冒頭7分が公開中であり、そこでもリアルとバーチャルの対比が効果的に描かれているのでぜひ観てもらいたい)。

そして、橘監督の掲げた「リアルとバーチャルの混在」を映像で表現するために、大きな役割を担っているのが3DCGをはじめとするデジタル技法だという。「僕はセルの時代からアニメ制作に携わって来ているのですが、数年前から作画の限界を感じ始めていました。例えば、カメラが被写体を回り込む(1枚画のパース変化)や群衆描写といった表現を作画で行おうとすると莫大なコストが発生してしまうし、制作アプローチとしても非効率ですよね。そこで見出したのが、3DCGをはじめとするデジタル技法というわけです」。
『Quantum』第3話では、数百体のプレイヤーが織り成す戦闘シーンが登場するが、そのうちの1カットは6秒以上の長尺で描かれている。そして、そこには『東京マグニチュード8.0』(以下、M8)で培ったCGキャラクターによる群衆表現の制作ノウハウが活かされているそうだ。それでは、第1話におけるデジタル技法の見どころを次ページから具体的に見ていこう。

『.hack//Quantum』場面写真01 『.hack//Quantum』場面写真02 『.hack//Quantum』場面写真03 『.hack//Quantum』場面写真04
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「ザワン・シン」〜フルCGによる有機的なドラゴンの表現

『Quantum』第1話の見どころの1つが、"ザワン・シン"と呼ばれるゲーム中の攻略不可能なイベントに登場する巨大なドラゴンの描写である。このドラゴン型モンスターはフルCGで作られているのだが、一見するだけでは作画との区別がつかないほど、画面に馴染んでいる。そして、それと同時に作画では不可能な(仮に実現可能だとしても膨大な手間暇がかかる)3DCGならではの細かなディテールと大胆なカメラワークが加わったことで、ダイナミックなアニメーション表現に仕上げることに成功しているのだ。
本作の3Dパートを手掛けているのが、 有限会社オレンジである。アニメ作品における3D表現のエキスパートと言えば、サンジゲンが知られているが、『マクロスF(フロンティア)』シリーズや『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの3D表現を手掛けてきた同社もその双璧を成す存在と言えよう。そんなオレンジの代表取締役であり、本作では3D監督を務める井野元英二氏は常に心掛けていることとして、「画面の中でCGが如何に浮かない様にするか」だと語る。『Quantum』の3D描写も日本アニメ特有のセル描写の中にCG要素が違和感なく馴染んでいて、見ていて実に心地よい。

「ザワン・シン」の制作では、まずベースとなるドラゴンのモデルをmodoのサブディビジョンサーフェイス機能を用いて作成。そのモデルを.obj方式で3ds Maxに読み込み、Pencil+のマテリアルを適用しつつ、ターボスムースモディファイヤで細かな部分を作り込んだという。ここで注目したいのが、鱗などその表面に突起物の多い"ザワン・シン"のディテールをテクスチャではなく、敢えてモデリングで表現したこと。その理由は、物理的な正確さではなく、表現者の感性をベースにするという作画の表現において、陰影や鱗の質感をライティングで描くのでは何かと不都合が生じてしまうため。カメラビューからの見た目重視で、ポリゴンで凹凸を付けた方が意図した部分に質感を加えることができるわけだ。またテクスチャの場合、解像度に依存するため、カメラからの距離に応じてテクスチャを作り分けない限りは、テクスチャを高解像度で作らねばならず、データが重くなりがちだが、モデリングの場合はそうした制約はない。さらに、ザワン・シンの場合は4種類の色指定があったそうだが、テクスチャではなくMaxのマテリアルで色を設定することで効率よく作ることができたという。

「生物系のモノをトゥーンシェーディングだけで表現しようとすると、どうしてもチープな見栄えになりがち。テクスチャの場合も解像度の制約や意図しない部分に変なラインが出てしまうといった問題が生じやすいです。したがい、『ザワン・シン』の場合もテクスチャは使わずに、ハイライトやシワの形状等、作画だとこう描くだろうなという部位はオブジェクトをモデリングすることで表現しました」。また今回は、ドラゴンということで表皮のウロコが常に変化するため、ディテールのモデルが上手く追従できるのかが焦点となったが、Maxのスキンラップモディファイヤで制御することで、比較的上手く対応できたそうだ。

「ザワン・シン」デザイン画

「ザワン・シン」と呼ばれる巨大なドラゴンのデザイン画。本作のクリーチャーデザインを手掛けた安藤賢司氏が描いたもの
 

「ザワン・シン」modoによるスカルプティング

ベースモデルは、最初にmodoを使いサブディビジョンサーフェイスによるモデリングされた。modoを用いた理由は、動作が軽くポリゴンモデリングが使いやすからとのこと。「サブディビジョンサーフェイスをオンにした状態で表示ポリゴンが100万ポリゴンを超えても軽快に動作するので形状の作り込みがしやすかったです。特にメッシュベースのスカルプトツールは形状を整えるのに役立ちました」(井野元氏)。なお、modoでスカルプティングしたモデルは、サブディビジョンサーフェイスをOFFにした状態で、obj形式でMaxに読み込む。Pencil+のマテリアル、ターボスムースモディファイアを適用し、適宜レンダリングをしながら細かい部分を仕上げていく。その際、シェルモディファイヤやシンメトリモディファイヤなどを使ってデータを整理し、セットアップ用にパーツが分けられた
 

「ザワン・シン」傷をモデリングで表現

表面の細かな凹凸やキズの質感は、テクスチャではなく、モデリングで描かれた。テクスチャと違い、解像度に依存しないためカメラの距離にかかわらず、綺麗にレンダリングで描画できることに加え、各シーンの色指定に合わせて色を変更する際は、Maxのマテリアルのみで色を変更できるため。「ザワン・シン」の場合、4種類の色指定が用意され、カットごとに色を変える必要があったそうだが、比較的早く作業を終えることができたそうだ
 

「ザワン・シン」完成モデル・フロント 「ザワン・シン」完成モデル・リア

完成した「ザワン・シン」モデル。実際のシーンに配置する際は、本作では比較的影が目立たないルックが目指されたため、ライティングはシンプルにまとめたとのこと
 

「ザワン・シン」完成モデル・アップ閉口 「ザワン・シン」完成モデル・アップ開口

「ザワン・シン」頭部のアップ。顔周りはかなりハイポリで作られていることが窺える(逆にボディはそれほど細かくないそうだ)。口腔をモデリングする際は、見た目よりも奥に支点があるようにベンドモディファイヤで調整された

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「ザワン・シン」〜Pencil+ 2.6によるセルルック

アニメ向けCG表現の場合、作画的な輪郭線をいかにして描くかも常に課題となるが、本作ではPencil+ 2.6でラインを描画したという。その際、ラインの太さにはかなり大胆に強弱が付けられた。「CGは正確すぎる故に作画と比較すると見栄えがどうしても硬くなってしまい、それが嫌悪感やチープ感につながっています。そこで、ラインの太さに極端な変化を加えることで、一種の"ゆらぎ(ノイズ)"を出すことでそれを緩和させ、画面全体のバランスをとっています」。SD規格の時代、ビデオで撮影された実写素材に対してフィルムルックと呼ばれるノイズやグレインを加える処理が多用されたものだが、アナログ的なニュアンスを出すという意味では相通じるものがありそうだ。
 

「ザワン・シン」Pencil+ 2.6の設定 Pencil+ 2.6で描画した「ザワン・シン」のライン素材

「ザワン・シン」Pencil+ 2.6設定(上)と描画されたライン素材(下)。かなり強めにラインの太さにメリハリが付けられていることが判る。「CGは物理的に正確な描画をするため、作画と比較するとどうしても見た目が硬くなりがちです。そして長年の経験を通してアニメ表現の場合、その硬質な印象が嫌悪感やチープ感につながるケースが多いように感じています」(井野元氏)。作画の輪郭線とはかなり違いがあるというが、これくらい極端にラインの変化を入れることで硬質な印象を和らげ、画面全体の統一感が増すわけだ

「ザワン・シン」ルックデヴ01 「ザワン・シン」ルックデヴ02 「ザワン・シン」ルックデヴ03 「ザワン・シン」ルックデヴ04

左上から順に、<1>「ザワン・シン」のモデル(ワイヤーフレームを重ねた状態)、<2>カラー素材、<3>キズ形状をモデリングで追加、<4>さらにライン素材を重ねた最終的なルック
 
 

「ザワン・シン」のセットアップ

セットアップでは、CATをベースにしつつ、羽根や尾、頭部についてはIKの方が制御しやすいと考え、通常のボーンでリグを組み込んだという。「CATは、『創聖のアクエリオン』(2005)の頃から使っています。Bipedに替わる、より効率的にキャラクター・アニメーションを作成できないかと、HumanIKをはじめ様々なツールを試していく中でCATに行き着きました」。CATは豊富なリグのプリセットが用意されていることでも知られているが、「ザワン・シン」の場合も西洋風ドラゴンのプリセットをベースにすることで比較的短時間でリギングが行えたという。「動きとしては、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(2002〜2003)の頃は、タチコマの動きはフルモーションの中に1コマ打ちと2コマ打ちを混ぜるといった感じで作っていたのですが、『M8』以降の最近手掛けた作品では、積極的に3コマ打ち(8コマ/秒)も用いるようになりました。作画とCGを融合させる上では、CGはどうしてもかっちりと硬く見えてしまうので、これまでの経験上、形状やルックと同様に動きについても意図的に粗さを出した方が馴染みが良くなりますね」。余談だが、井野元氏は元々は漫画家を志し、そこからイラストレータとしてPhotoshopによるデジタルベースの2Dグラフィックの技法を培っていく過程でCGアニメーションに辿り着いたというユニークなキャリアの持ち主である。しかし、そうしたアナログな思考に基づいた"絵画"の豊かな素養を持っているからこそ、目指す表現に応じて有効な3DCGの制作アプローチを見出せるのだと言えよう。

「ザワン・シン」CATベースのセットアップ

「ザワン・シン」は基本部分をCATでセットアップしている。豊富なプリセットを持つことでも知られるCATだが、今回も「EnglishDragon」というプリセットをベースにカスタマイズしたそうだ。画像を見て判るように、尻尾や翼は通常のボーンとスプリングでリギングされているが、その理由はボディの動きに自動で追従して動くようにするためである。ただし、単純な自動化だけでは、地面に簡単にめり込んでしまうため、補佐的に手付けでも簡単に修正できるようにも組まれてある。同様に、首から頭にかけてもIKの方が制御しやすいと考え、通常のボーンでリグが組まれた

Flashで生み出す、デジタル作画の炎エフェクト

「ザワン・シン」ではドラゴン自体のみならず、ドラゴンが吐く炎の表現も大きな見どころとなっている。近年、作画の領域でもデジタル技法が浸透し始めていることをご存知だろうか? もちろん、Photoshopで作画するという意味ではなく、Flashで作画するアニメーターが増え始めているのだ。俗に"ウェブ系"などと呼ばれる、インターネット上の個人サイトでオリジナルの絵やFlashアニメーションを発表していたクリエイターたちが、アニメ制作会社のスタッフや演出家に見出されて抜擢され、原画や動画スタッフとして制作に参加するという、比較的若い世代のアニメーターと言えるが、「ザワン・シン」の炎を作画したまじろ氏もそうした新世代アニメーターの1人である。美術系高校在学中にFlashアニメーターとして知られる沓名健一氏に見出されたことからアニメ制作に携わるようになったという、まじろ氏。本作ではデジタル動画ならびに原画スタッフとしてクレジットされているが、デジタルで作画する利点の1つとして、原画と動画を分け隔てることなく1つのアニメーションを1人で完結できることにあるそうだ。
 
 

 
「ザワン・シン」が吐くブレス(炎)のFlashアニメーション(#57)。ドラゴンの頭部に描かれた赤ラインは、まじろ氏が炎作画する際のパースのガイドである。炎のディテールがぼやけないように、シンプルな動きを複数レイヤー重ねることで、CGとの親和性の高い動きに仕上げられた
 

一般的なアニメ制作とは逆のアプローチ(今日でも有機的なキャラクターは作画が主流で、3DCGはエフェクトやメカ描写に用いられるのが一般的)で、フルCGのドラゴンが吐く炎を作画で表現した次第だが、まじろ氏は「3DCGで描かれた要素は、作画されたものに比べパースが正確で、立体的なニュアンスが細かく付いてくるので、炎を描く際にはなるべくディテールが薄っぺらくならないよう、単純な画を何枚も重ねて全体として立体的になるように心がけました」とふり返る。こうして、作画に精通した井野元氏率いるオレンジの3DCGドラゴンと、Flashで描いたまじろ氏の炎アニメーションが双方に歩み寄ることで、デジタルとアナログの利点が絶妙に組み合わさったアニメーションが出来上がったわけだ。
 
 

 
「ザワン・シン」を回り込もうとするシャムロックのカット(#59)の作業フローをまとめたもの。順に、<1>作画のラフのみで仮撮影したもの、<2>そこにCGドラゴンだけを重ねた状態、<3>カット内に登場する炎のFlash素材をまとめたもの、<4>ドラゴンが吐く炎の動きをテスト撮影したもの、<4>炎を画面に組み込んだテストショット、<5>背景を美術の本番素材に置き換え、セルを組んだ状態、<6>さらに撮影処理を施した最終形

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モーションキャプチャをベースにしたキャラクターアニメーション

リミテッドかフルモーションかを問わず、アニメーション表現においてよく議論になるのが「モーションキャプチャを用いることの是非」だろう。これは日本に限ったことではなく、実際にアカデミー賞の長編アニメーション部門では、第80回から「主要キャラクターはアニメートされていなければならない(a significant number of the major characters must be animated)」という条項が加えられ、今年度(第83回)の条項ではさらに「モーションキャプチャはアニメーション技法に該当しない(Motion capture by itself is not an animation technique.)」と明記されてしまった(参考)。
本記事では、モーションキャプチャの是非を問うのが主題ではないので、これ以上は割愛するが、実写映像をトレースする"ロトメーション/Rotomation"のようなアニメーション技法があることを考えれば、大きな問題ではないと言えるだろう。事実、オレンジでは目指す表現に応じてモーションキャプチャを積極的に導入している。「オレンジは社員7名の小さな組織ということもあり、5年ぐらい前からモーションキャプチャには作業効率の面で注目していました。本格的に導入したのは『M8』が最初で、その時は米Animazoo社の"IGS-190"を使っていたのですが、『Quantum』ではテストした結果、よりデータ精度が高かった蘭Xsens社の"MVN"を導入しました」。MVNは慣性式のモーキャプシステムだが、光学式のような専用スタジオが不要であり、なおかつキャプチャ作業を行うオペレータとアクターの2人だけで収録できてしまうという機動性の高さが魅力だという。

MVNによるモーションキャプチャ

オレンジでは、Xsens社の「MVN」を使用している。慣性式のため、シーンを選ばず(ただし屋外では電波障害を受けることがあるとのこと)、アクターとオペレータが各1人づついれば、モーキャプが可能という機動性の高さが魅力だという。なおアクターは井野元氏自身が演じることが多いとか。優れたアニメーターは自身の体の動きを熟知しているものだが、その表れと言えるだろう
 

オレンジでは街中のモブシーンなど、日常芝居や単純なモーションを作る際にモーキャプを利用しているそうだが、「今回はより一歩踏み込んだ動きに挑戦しようと、通常は手付けで作成する外連味が求められるアクションにもモーションキャプチャを利用してみました」。その好例が1話の後半に登場する"太陽系儀の間"と呼ばれるシーンに登場する階段を駆け上がるトービアス(CV:沢城みゆき)のカットだ。ここでは、井野元氏自身がアクターとなり、階段を駆け上がるような動きをキャプチャし、そのデータを下処理した上でMotionBuilderに持ち込み、実際のシーン内にある階段オブジェクトに合わせた動きへとブラッシュアップされた。

トービアスのCGモデル

トービアスのCGモデル。画面に対してあまり寄ったカットでは使用しないことを前提に、約6〜8万ポリゴンで仕上げられた。主人公クラスのCGキャラクター(サクヤ、メアリ、ハーミット)はほぼ同じポリゴン数で作っているそうだ。なお、第2話・第3話で登場するモブシーン用のCGキャラクターは1万ポリゴン前後で作られているとのこと

トービアスのセットアップ

CGトービアスのセットアップには、CATを使用。マントは布モディファイヤではなく、ボーンで制御されていることが判る
 

 
MVNのキャプチャデータの加工手順をまとめたもの。(1)元のキャプチャデータ、(2)階段を上がるように調整された状態、(3)そのデータをCGトービアスに流し込み、実際のシーンに合うようにMotionBuilderにて調整した状態

モーキャプの利用はデータ管理の上でも有効だという。例えば、街中のモブ向けの動きの場合、「歩く、立ち止まる、ふり返る、また別の方向へと歩き出す」といった様々な動きを1〜2分の一連の芝居としてキャプチャすることでマスターデータを1つにまとめることができる。後は、使いどころを変えていくことで複雑な表情を持ったモブシーンが生成できるというわけだ。その他にも、作画のガイドとしてメインキャラクターの演技をモーションキャプチャするといった形で利用しているとのこと。「ただし、モーキャプだけではどうしてもアニメとしては物足りない動きに止まってしまうため、階段を駆け上がるトービアスの動きでは、キャプチャデータをMotionBuilderで加工した後、さらにMax上で修正をしつつ、最終的にAfrer Effectsで作画に合わせてタイムリマップによる微調整を行うといった具合に4段階にわたって丁寧にブラッシュアップさせました」(井野元氏)。手付けと同等の動きがモーキャプを用いた作業フローで生み出せるのであれば、コスト面で大きなアドバンテージになるとの思いから初めて外連味のある動きにチャレンジした井野元氏。まだまだ改善の余地があると語るが、アニメ表現におけるCGの新たな活用を考えていく上で確かな手応えがあったようだ。

AE上でタイムリマップによるコマ数を調整する

AE上で最終的な動きの調整が施された。作画のキャラクターの動きに合わせるために、トービアスは61コマ目まで、タイムリマップ機能で動きを止めてある。動き出してからは3コマ打ち(8コマ/秒)の動きになるように、3コマおきにタイムリマップを打ち停止させている
 

 
階段を駆け上がるトービアスのカット(#244)の作業フローをまとめたもの。(1)MVNによるモーキャプデータをMBで調整した状態(フルモーション)、(2)MBのデータをMaxで調整した上で、さらにAEのタイムリマップ機能を使い、リミテッドに仕上げる、(3)カメラワークを加えたCGアニメーションの完成形、(4)さらに撮影処理を施した最終形

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作画キャラとCGオブジェクトのマッチング

第1話のクライマックスに登場する、太陽系を模した巨大な機械仕掛けの時計台のようなオブジェクトが設置された"太陽系儀の間"。複雑なモーションかつ、規則的なデザインが求められるため太陽系儀はフルCGで作成されたが、回転する柱の上をヒロイン達が走り回るというアクションは一部を除き、大半が作画によって描かれている。つまり、作画キャラと柱CGのモーションのパースや接地に寸分違わずに合わせる必要があったわけだが、両者が絶妙に調和した見事な仕上がりだ。その制作手順は、まず作画のラフ原画のタイミングに合わせて柱CGのモーションを作り、静止画連番として書き出す。その連番をガイドに作画スタッフが接地ズレが生じないように本番の作画を行なっていくという流れである。作画を2回に分けて行う必要があるもの、作画班と3D班が密にやり取りを行うことで確実にブラッシュアップできるわけだ。
 
 

 
#270を例に、太陽系儀(CG)とキャラクター(作画)双方のアニメーション制作手順を解説したもの。上述したように、最初にラフ原画を描き、そのタイミングに合わせて太陽系儀のCGアニメーションを付けていく。太陽系儀の動きがFIXしたら連番素材を書き出し、それをアタリとしてCGとズレが発生しないようにキャラクターの動きが作画された

複雑なギミックと豊かな表情を持つルック

複雑な動きをする太陽系儀だが、そのアニメーションはエクスプレッションで制御するのではなく、敢えて手付けで行われた。「手付けで仕上げた理由は、作画のキャラクターが太陽系儀に乗ることが多く、カットごとに回転のスタート位置やスピードを細かく調整する必要があったからです。アニメは見た目の印象が全てなので、積極的に色々なツールを試すようにしていますが、最終的な調整は手付けで行えるようにしています」(井野元氏)。

太陽系儀ヒキ 太陽系儀ヨリ

太陽系儀のモデル全身(上)と根元の歯車ヨリ(下)。「ザワン・シン」と同様に細密なモデリングが施されていることが判る
 

太陽系儀周辺の足場ワイヤーフレーム

太陽系儀周辺の足場ワイヤーフレーム
 

フルCGで作られた太陽系儀。「ザワン・シン」に対して、こちらは一種のメカ描写であり、CGとの相性は比較的良いと思われるが、そうした機械の質感表現であっても細かな配慮が随所に施されている。「CGの質感は、事前に上がってきた美術さんが描いた『太陽系儀の間ボード』と大きくズレないように仕上げていきます。このシーンの背景は、CGと美術班による背景が複雑に切り替わったり混在したりするため、両者の差が大きすぎると観客の意識が冷めてしまうからです」(井野元氏)。CGと作画の馴染みを向上させる上では、美術班が描いた背景画を切り分けカメラマップする、カットによってはオレンジの方で撮影の仮組みまでAEで行なっておくといった対応をしているそうだ。

太陽系儀アニメーションの構造 回転アニメーション用のダミーモデル

太陽系儀のモデルとダミーを重ねた状態(上)と、回転アニメーション用のダミーモデルだけを表示させた状態(下)。太陽系儀の回転アニメーションは基点にダミーを配置し、それを回転させることによって表現。作画キャラクターが上に乗るカットが大分め、カットごとに速度やタイミングを調整しやすいように敢えてエクスプレッションは用いていない
 

太陽系儀レンダーパス

太陽系儀のレンダーパス。左上から順に(1)カラー、(2)ヘアライン(金属質感を強調する白いスジ)、(3)陰影用のグラデーション、(4)アンビデント・オクルージョン、(5)特効処理の素材、(6)太陽の形状となる球体、(7)太陽の光源、(8)ステンドグラスからの光の回り込み素材、(9)Pencil+ 2.6で生成したライン、(10)全てのパスを重ね合わせた状態
 

太陽系儀ショットブレイク

太陽系儀のショットブレイク。左上から順に、<1>作画レイアウトを元にMax上で3DCGカメラの位置を決めた状態(この段階では背景もCGモデルも全て仮)、<2>太陽系儀のアニメーションがFIXしたら、本番素材に差し替えていく。まず、太陽系儀の下地となる素材には、PhotoshopとAEで加工したテクスチャ素材を貼り込む、<3>太陽系儀の下地にライン素材を追加、<4>下地の素材には陰影がなく質感もないためため、陰影素材・特効素材を追加、<5>金属としての質感を出すため、ヘアライン(白スジ)の素材を追加、<6>ステンドグラスから差し込む光の回り込みを表現する素材を追加、<7>太陽部分のグロー処理、人魂素材を追加、<8>BGを本番用の背景素材に差し替えて完成
 

作業の効率化、作画では不可能な表現の追求という両面において、アニメ業界におけるCGの活用は今後さらに増えていくだろう。しかし、それはCGが作画に取って代わるということでは決してない。日本のアニメ業界が長い年月をかけて積み上げてきた、その独特な表現をCGで描く上では作画のノウハウをないがしろにできないからだ。「最大の課題は、"CGっぽさ"をいかに効果的に制御していくかですね」(井野元氏)。「続く第2話、第3話では100体以上のキャラクターが織り成す戦闘描写があるのですが、同等の表現を作画で描こうとした場合、制作規模にもよりますが2ヶ月で2秒ぐらいが限界でしょう。ですが、CGをはじめとするデジタル技法を活用することで、それが可能になる。井野元さんには、ついつい難しい表現をお願いしてしまうのですが(苦笑)、いつも期待以上の表現に仕上げてくれるので感謝しています。CGがさらに作画と馴染んでいくことで、より効果的に観客を作品世界へと誘うことができるので今後も積極的に活用していきたいですね」(橘監督)。一見ではCGと作画が判別できない、高い次元で両者が融和している『Quantamu』のアニメーション。ぜひ劇場で確認してもらえればと思う。
 
 

 
第1話本編に登場する「太陽系儀の間」カット例(#253、#254)。作画と自然にマッチしつつ、3DCG特有の細かなディテールも兼ね備えていることが判る

TEXT_宮田悠輔
PHOTO_大沼洋平

「ANIME FES.

『.hack//Quantum』全3話
「ANIME FES. "VS"」にて順次上映スタート!

バンダイビジュアル新作OVAを一挙上映する劇場上映イベント「ANIME FES. "VS"」にて、『.hack//Quantum』全3話が順次公開されます。ぜひ劇場でいち早くご覧ください!(詳細は公式サイトを参照)
[第1話]11月27日〜
[第2話]12月25日〜
[第3話]1月22日〜
 
「ANIME FES. "VS"」公式サイト
 

『.hack//Quantum』パッケージ画像

Blu-ray&DVD 第1巻
2011年1月28日発売!

販売元:バンダイビジュアル
価格:5,040円(Blu-ray)、3,990円(DVD)
発売日:2011年1月28日 ※第2巻:2月25日、第3巻:3月25日
 
原作:.hack Conglemerate
監督:橘 正紀
脚本:浜崎達也
キャラクター原案:貞本義行、細川誠一郎、喜久屋めがね
キャラクターデザイン・総作画監督:長谷部敦志
クリーチャーデザイン:安藤賢司
メカニカルデザイン:高倉武史
撮影監督:木村俊也
3D監督:井野元英二
アニメーション制作:キネマシトラス
 
『.hack//Quantum』公式サイト
 

『.hack//Quantum』メインスタッフ

『.hack//Quantum』メインスタッフ

右から順に
監督・橘 正紀氏(キネマシトラス)
デジタル動画/原画・まじろ氏(フリー)
3D監督・井野元英二氏(オレンジ)

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