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OVA『.hack//Quantum』メイキング_01

OVA『.hack//Quantum』メイキング_01

モーションキャプチャをベースにしたキャラクターアニメーション

リミテッドかフルモーションかを問わず、アニメーション表現においてよく議論になるのが「モーションキャプチャを用いることの是非」だろう。これは日本に限ったことではなく、実際にアカデミー賞の長編アニメーション部門では、第80回から「主要キャラクターはアニメートされていなければならない(a significant number of the major characters must be animated)」という条項が加えられ、今年度(第83回)の条項ではさらに「モーションキャプチャはアニメーション技法に該当しない(Motion capture by itself is not an animation technique.)」と明記されてしまった(参考)。
本記事では、モーションキャプチャの是非を問うのが主題ではないので、これ以上は割愛するが、実写映像をトレースする"ロトメーション/Rotomation"のようなアニメーション技法があることを考えれば、大きな問題ではないと言えるだろう。事実、オレンジでは目指す表現に応じてモーションキャプチャを積極的に導入している。「オレンジは社員7名の小さな組織ということもあり、5年ぐらい前からモーションキャプチャには作業効率の面で注目していました。本格的に導入したのは『M8』が最初で、その時は米Animazoo社の"IGS-190"を使っていたのですが、『Quantum』ではテストした結果、よりデータ精度が高かった蘭Xsens社の"MVN"を導入しました」。MVNは慣性式のモーキャプシステムだが、光学式のような専用スタジオが不要であり、なおかつキャプチャ作業を行うオペレータとアクターの2人だけで収録できてしまうという機動性の高さが魅力だという。

MVNによるモーションキャプチャ

オレンジでは、Xsens社の「MVN」を使用している。慣性式のため、シーンを選ばず(ただし屋外では電波障害を受けることがあるとのこと)、アクターとオペレータが各1人づついれば、モーキャプが可能という機動性の高さが魅力だという。なおアクターは井野元氏自身が演じることが多いとか。優れたアニメーターは自身の体の動きを熟知しているものだが、その表れと言えるだろう
 

オレンジでは街中のモブシーンなど、日常芝居や単純なモーションを作る際にモーキャプを利用しているそうだが、「今回はより一歩踏み込んだ動きに挑戦しようと、通常は手付けで作成する外連味が求められるアクションにもモーションキャプチャを利用してみました」。その好例が1話の後半に登場する"太陽系儀の間"と呼ばれるシーンに登場する階段を駆け上がるトービアス(CV:沢城みゆき)のカットだ。ここでは、井野元氏自身がアクターとなり、階段を駆け上がるような動きをキャプチャし、そのデータを下処理した上でMotionBuilderに持ち込み、実際のシーン内にある階段オブジェクトに合わせた動きへとブラッシュアップされた。

トービアスのCGモデル

トービアスのCGモデル。画面に対してあまり寄ったカットでは使用しないことを前提に、約6〜8万ポリゴンで仕上げられた。主人公クラスのCGキャラクター(サクヤ、メアリ、ハーミット)はほぼ同じポリゴン数で作っているそうだ。なお、第2話・第3話で登場するモブシーン用のCGキャラクターは1万ポリゴン前後で作られているとのこと

トービアスのセットアップ

CGトービアスのセットアップには、CATを使用。マントは布モディファイヤではなく、ボーンで制御されていることが判る
 

 
MVNのキャプチャデータの加工手順をまとめたもの。(1)元のキャプチャデータ、(2)階段を上がるように調整された状態、(3)そのデータをCGトービアスに流し込み、実際のシーンに合うようにMotionBuilderにて調整した状態

モーキャプの利用はデータ管理の上でも有効だという。例えば、街中のモブ向けの動きの場合、「歩く、立ち止まる、ふり返る、また別の方向へと歩き出す」といった様々な動きを1〜2分の一連の芝居としてキャプチャすることでマスターデータを1つにまとめることができる。後は、使いどころを変えていくことで複雑な表情を持ったモブシーンが生成できるというわけだ。その他にも、作画のガイドとしてメインキャラクターの演技をモーションキャプチャするといった形で利用しているとのこと。「ただし、モーキャプだけではどうしてもアニメとしては物足りない動きに止まってしまうため、階段を駆け上がるトービアスの動きでは、キャプチャデータをMotionBuilderで加工した後、さらにMax上で修正をしつつ、最終的にAfrer Effectsで作画に合わせてタイムリマップによる微調整を行うといった具合に4段階にわたって丁寧にブラッシュアップさせました」(井野元氏)。手付けと同等の動きがモーキャプを用いた作業フローで生み出せるのであれば、コスト面で大きなアドバンテージになるとの思いから初めて外連味のある動きにチャレンジした井野元氏。まだまだ改善の余地があると語るが、アニメ表現におけるCGの新たな活用を考えていく上で確かな手応えがあったようだ。

AE上でタイムリマップによるコマ数を調整する

AE上で最終的な動きの調整が施された。作画のキャラクターの動きに合わせるために、トービアスは61コマ目まで、タイムリマップ機能で動きを止めてある。動き出してからは3コマ打ち(8コマ/秒)の動きになるように、3コマおきにタイムリマップを打ち停止させている
 

 
階段を駆け上がるトービアスのカット(#244)の作業フローをまとめたもの。(1)MVNによるモーキャプデータをMBで調整した状態(フルモーション)、(2)MBのデータをMaxで調整した上で、さらにAEのタイムリマップ機能を使い、リミテッドに仕上げる、(3)カメラワークを加えたCGアニメーションの完成形、(4)さらに撮影処理を施した最終形

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