>   >  ゲームデザイナーの真の仕事、そして業務で80点を取るための秘訣とは?/『FGO』塩川洋介氏が上梓した『ゲームデザインプロフェッショナル』が語るもの
ゲームデザイナーの真の仕事、そして業務で80点を取るための秘訣とは?/『FGO』塩川洋介氏が上梓した『ゲームデザインプロフェッショナル』が語るもの

ゲームデザイナーの真の仕事、そして業務で80点を取るための秘訣とは?/『FGO』塩川洋介氏が上梓した『ゲームデザインプロフェッショナル』が語るもの

ゴール思考ベースのゲームデザイン本がなかった

CGWORLD(以下、CGW):自己紹介をお願いします。

塩川洋介氏(以下、塩川):ディライトワークスでクリエイティブオフィサーをしている塩川洋介です。ゲームデザイナー、ゲームプランナーといわれる仕事をふり出しに、ゲームディレクターを続けてきました。

現在はスマートフォン向けゲーム『Fate/GrandOrder』を含む、『FGO PROJECT』全般に関わっています。『Fate/GrandOrder』(2015)や、VRドラマ『Fate/Grand Order VR feat.マシュ・キリエライト』(2017)、アーケードゲーム『Fate/Grand Order Arcade』(2018)などですね。直近では音楽ゲームの『Fate/Grand Order Waltz in the MOONLIGHT/LOSTROOM』(2020)をスマートフォンでリリースしました。それぞれのコンテンツでかかわり方は異なりますが、主にゲームのディレクションをしています。

キャリアのスタートは2000年にスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社したことですね。そこから2015年まで、同グループで家庭用ゲームの開発を担当していました。2016年にディライトワークスに移籍し、『FGO PROJECT』を手がけるようになり現在にいたります。

CGW:前職ではアメリカにもいらっしゃいましたよね?

塩川:2009年から2014年の4年半くらいです。スクウェア・エニックスの北米支社に出向し、アドベンチャーゲーム『MURDERED 魂の呼ぶ声』(2014)のディレクターを務めました。

CGW:ゲーム開発に加えて、大阪成蹊大学の芸術学部で客員教授も務められていますね。

塩川:MayaやPhotoshopなど、ツールを教える先生方が大勢いらっしゃる中で、技術以外の部分について教えています。日本画家志望、漫画家志望、イラストレーター志望など、様々な学生さんに対して、クリエイティブをする上での「モノの考え方」みたいなことを教えています。

  • 塩川洋介/Yosuke Shiokawa
    ディライトワークス株式会社
    クリエイティブオフィサー

CGW:ありがとうございます。さっそくですが、まず本の感想について共有させてください。いわゆるゲームの企画術に関する本だと思って読み進めたら、良い意味で裏切られました。

塩川:ははは、ありがとうございます。

CGW:企画の部分は最小限で、むしろゲームデザイナーの実務に関する内容や現場での仕事の回し方などが体系的に書かれている点に驚きました。他に類を見ない内容ですし、出版不況と呼ばれるなか企画が通りにくい内容だとも思うのですが、出版にいたる経緯をおしえてください。

塩川:きっかけは、CEDEC2018で「Fate/Grand Order Arcadeを支える、"非常識"な企画術」という講演を行なったことです。講演後、同著を出版していただいた技術評論社の方とお話をする機会があり、そこで執筆に関する興味を聞かれ、それがご縁となりました。

CGW:それまで本を書きたいといった思いはあったのですか?

塩川:2010年くらいから専門学校や大学で講義・講演などを続けてきました。そこで話してきた内容を本としてまとめるのも良いのかなと思いました。編集の方と講義内容を説明して打ち合わせを重ねていく過程で、本のテーマや構成が決まっていきました。

CGW:ゲームデザインの本といっても、様々な切り口がありますよね。その中で「ゴール思考」を軸に据えた内容となった理由は?

塩川:仕事柄、日本で出版されたゲームデザインに関係する本についてはだいたい目を通しています。また、それと並行して海外で出版された書籍の翻訳や監訳も行なってきました。その過程で、本書のようなゲームデザインのマニュアル的な内容の本がどこにもないことがわかってきたのです。その一方で、自分自身が若手の頃にこういった本があればすごく役立ったのではないかと思います。本当に必要な本がどこにもない。そこに需要があるんじゃないかと。同じように現場で具体的なゲームデザインの手法や上達方法がわからず悩んでいる若い世代の方に向けて、自分のノウハウをまとめて伝えることに、多少なりとも意義があるのではと思いました。

CGW:ゲームデザイナーの育成は、映画の助監督やテレビ局のADに似たところがありますよね。いずれも職分が明確でなく、会社ごとにちがったやり方があり、言語化しにくい特性があります。その結果、現場でしごかれながら学ぶといったやり方が一般的でした。類書がないことで、編集側が難色を示したことはありませんでしたか?

塩川:そこは必要性をちゃんと説明して、理解してもらいました。特定の事例にフォーカスせず、本質的な部分に言及するという点でも編集側とのやりとりがありました。その一方で、編集側にもゲーム業界に関係なく、様々な分野で役立つ本にしたいという要望があり、そんなふうに議論を重ねながら最終的に「この本にまとめられているノウハウには普遍性があり、幅広い読者にリーチできる。ゆえに需要がある」と信じてもらうことができました。

CGW:ゲームデザインメソッドの普遍化ですね。過去に同じような趣旨の相談を受けたことがあり、そのときは企画が流れたのでなおさら本書が出たときは驚きました。日本ではプログラミングやアート分野と比べて、ゲームデザインに関する技術書の出版は乏しいですよね。どういった理由からでしょうか?

塩川:CEDECでもゲームデザインに関する講演数は圧倒的に少ないですよね。一方で業界にはゲームデザイナーも大勢いるので、需要はあると思います。ただ、自分自身が仕事をしていて思うこととして、結果と原因のつながりが可視化しづらい点があるんですよね。プログラミングならこのコードを書けばこうなる。CGツールならこのフィルタを使えばこうなるといった具合に、誰の目から見ても結果が可視化しやすい点があります。これに対してゲームデザインでは、原因と結果の関連性について本人にもわからないことが少なくありません。そうした状態で事例だけを紹介しても、話を聞いた人もわからないと思うんですよね。言語化が難しいところがあると、自分でも思います。

CGW:なるほど。

塩川:だからこそ、業務を通して受け継がれてきたところがあるのではないでしょうか。実際、ゲーム業界ができて数十年がたっても、会社以外では体系的な資料が少ないですよね。そのためノウハウの継承が先細りになっています。これに対してプログラムやアートでは過去の積み上げがあるので、新しい技術や新しいハードが出てきてもすぐに対応できます。書籍にしろ動画にしろ、大量の資料があります。しかし、ゲームデザインにはそのような資料がほとんどない。そのことに対する問題意識がありました。

CGW:その上で今回、切り口にされたのがゴールから逆算して考える「ゴール思考」ですよね。ロジカルシンキングのゲーム版といった感じで、読んでいてMBA(経営学修士)の教科書のようにも感じました。そこに焦点を当てた理由は?

塩川:本の中でも「パレートの法則」として紹介していますが、ゲームデザインの中でもゴール思考が一番重要だと思うからです。他にも大切なことはたくさんありますが、ゴール思考が抜けていると全部台無しになってしまうというキモの部分です。ゲームデザインで一番大切なことは何か。身に付けることで、働き方やモノの考え方が全面的に変わってくるものは何か。そんなふうに、一番大切なことにフォーカスを当てたかったんです。

CGW:それだけ重要なことにもかかわらず、そうした本がなかったわけですね。

塩川:そうですね。ビジネス書ではロジカルシンキングに関する書籍はたくさんありますが、クリエイティブ分野やエンターテインメント分野、さらにはゲームデザイン分野に置き換えた本はありませんでした。それこそ企画書の書き方やアイデアの出し方といった、技法に関する本はまだあると思うんですが......。

それよりも、エンターテインメント制作でも常にゴールを意識して、そこから逆算して物事を考えることがより重要な要素です。ここをきちんと解説している本はなかったので、やっぱり外せないなと思いました。

CGW:塩川さんはアメリカでのゲーム開発に関する経験も豊富なのでぜひお伺いしたいのですが、日本ではゲームデザイナーではなく「ゲームプランナー」という呼称が一般的ですよね。そこにはゲームをデザインするだけでなく、「物事の計画を立てる人=進行管理」という意味合いも含まれています。にもかかわらず、ゲームプランナーを対象にした進行管理の本はありませんでした。だからこそ、本書は日本のゲーム開発現場に即した内容になっているとも言えます。その一方でアメリカではどうでしょうか? アメリカのゲームデザイナーも進行管理的な業務は行いますか?

塩川:会社の規模やスタイルによってもちがうと思いますが、自分が経験した中では完全に分業化されていました。ゲームデザイナーの仕事はゲームデザインに特化していて、それ以外の仕事は他の人がサポートする。そんなふうに、専門職の集合体で開発を進める例が多いのかなと。インディーゲームなどは別だと思いますが。

CGW:欧米のゲームデザインの本が企画面に焦点を当てているのは、そういった現地ならではのニーズがあるのでしょうか?

塩川:そうですね。あとは日本と比べると、特定のジャンルの具体的なノウハウに特化している本が多い印象もあります。例えばアクションゲームをつくるときに考えることとは何か。それはカメラのことだったり、移動のことだったり、当たり判定のことだったり、いろいろあります。そんなふうに項目を立ててチェックリストを埋めていけば、アクションゲームがつくれる......そういったものが多い印象があります。

これには良い面も悪い面もありますね。良い面としては、それさえ読めばそのジャンルのことがある程度わかるし、仕事を進める上でのマニュアルになっている点です。特にアメリカの企業は人の出入りが激しいので、業務のマニュアル化が求められるといった下地もあります。

一方で、それを読めば確かにアクションゲームはつくれるようになるかもしれないけれど、ゲームデザインの本質的なことがわかるかというと、それはちょっとちがうかな......とも思います。そういう意味からも、本書は他のゲームデザイン本と完全に差別化できるんじゃないでしょうか。

CGW:最近ではロジカルシンキングと共に、デザイン思考という考え方も一般的で、両者はコインの裏表だと良くいわれますよね。トークイベントの質疑応答でも、ゴール思考の重要性はよくわかるが、肝心のゴールの立て方がわからない、という質問が多かったですね。

例えば、本書でははじめに「世界一怖いホラーゲームをつくるには」というゴールが掲げられていて、そこから必要な要素が分解されて解説されていきます。ただ、実際には「世界一怖いホラーゲームで良いのか」という問題があります。もっとも、そうした大元となるゴールを設定するのはプロデューサーやディレクターの仕事です。一方で、個々の仕様レベルでは全てのゴールが設定されるわけではありません。そこにモヤモヤしながら仕事をしている人が多いんだろうなあと。

塩川:なるほど。

CGW:気の早い話ですが、次の本でゴール設定に関する内容について書かれる予定はありませんか?

塩川:さすがに次の本については未定ですが、そこは順番だと思うんですね。「ゲームデザイナーとして80点を取るためにみんなに覚えてほしい、当たり前のようにできてほしい、それがゴール思考の習得である」というのがこの本の目的です。一方でゴールをどう設定するかは、残りの20点側の話かなあと。実際、仕事で80点が簡単に取れるようになって、そこから100点、120点を目指していこうというときに、強度のあるゴール設定が求められるようになります。そういった区切りが自分の中ではありますね。

それに、たぶん20点の部分まで網羅しようと思うと、本のページが倍になります。テーマをわかりやすくするという意味も含めて、80点の内容にフォーカスしました。

CGW:トークイベントに参加された方は、オンラインでも講演が聞ける中で、あえて直接聞きたい、質問したいという熱量の高い人が多かったのかもしれません。だからこそ、ゴール設定に関する質問があったのかもしれませんね。

塩川:そうかもしれませんね。


強度のあるゴールを設定するための方法論

CGW:ちなみに、強度のあるゴールを設定する上で実践されていることはありますか? 質疑応答で「深く考え続ける、自分の中で課題を掘り下げる」という回答されていたのを聞いて、トヨタの「なぜなぜ分析」(※2)を思い出しました。

※2:ある問題を解決する上で、「なぜ」「なぜ」と、原因を論理的・段階的に自問自答しながら突き詰めていくやり方。トヨタ生産方式を構成する代表的な手段の1つ

塩川:そこは自分の中でまだ言語化できてないところがあります。強度のあるゴールを設定すること自体は業務で日々やっているので、おそらく自分の中でちゃんとしたやり方があると思いますし、そこは言語化する必要性を感じています。ちなみに、ゴールの設定方法について、知りたい人は多いと思いますか?

CGW:コロナ禍ではありませんが、先が見えない中で日々の決定をする必要性が高まっていますから、みんな知りたいと思います。実際に大企業のエグゼクティブの間でアート分野が改めて注目されているのも、そうした背景があると言われています。サイモン・シネックのゴールデンサークル理論が好例ですが、正しいゴールを立てれば、正しいロジックが導かれて、正しい結論に到達できる。そうした共通理解が過去10年間でかなり広まってきました。

CGW:ただ、問題は「正しいゴールを立てることが容易ではない」ことです。中でも日本社会はデフレ経済・景気低迷・人口減少・超高齢化社会・財政赤字・環境問題・そしてコロナ禍と、社会問題のショウケースと言われるほどです。どれをとっても解決が困難なうえ、それぞれが密接に関係しています。そうした中でスティーブ・ジョブズではありませんが、カオスの中から正しいゴールを立てるには直感力が重要で、だからこそアートが重要だ、という考え方が注目されています(※3)。

※3:「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?~経営における『アート』と『サイエンス』~」参照

塩川:なるほど。まだ順序立てたロジックにはなっていませんが、自分がゴールを設定する上で意識することの1つに「人をどれだけ引き付けられるか」があります。ゲーム開発は集団作業なので、チーム全体がやりたいとかすごいと思えるようなゴールでなければ、より多くのお客様に広がらないと思うんです。

では、そこで必要なゴールとは何かというと、シンプルで力強い言葉ではないでしょうか。なにか一言でも、聞いた人が面白そうだな、興味ある、やってみたいという風に、身近な人が思えるかどうか。そういうことは意識していますね。それをどうつくるかはまた別の話ですが。そんなふうにゴールを設定する上で、いくつかガイドではありませんが、これとこれを抑えるようにしようかな、みたいな話は言語化しやすいかなと思います。

CGW:キーワードを最初に立てる感じですか? 「友情・努力・勝利」ではありませんが。

塩川:そうしたことは多いと思います。人を惹きつけるには色々な理由がありますよね。その中にはコンテンツが魅力的だというのもあるでしょう。一方で経営側の視点で言えば、なぜこれをつくるのか、つくる意義とは何かみたいな点も含まれていなければ、「面白そうだね。以上!」で終わりかねません。そのため、様々な立場の人に響くことを念頭に、一番上に掲げるゴールにはいくつかの要素を詰め込むようにしています。

CGW:興味深いですね。こうしてお話を伺っている中でも、言語化能力に長けた方だなという印象を改めて強くしました。ただ、ゲーム業界でメジャータイトルを手がけられているプロデューサーやディレクターは、同じように言語化能力が高い方が多い気がします。仕事をしていく中で、トレーニングにつながるようなことがありますか?

塩川:「立場が人をつくる」ではありませんが、ディレクターというのは人にモノを伝えてナンボだったりするんですよね。それはお客様に対しても、開発の現場に対しても、宣伝チームのように開発以外の部署に対してもそうです。伝えることが仕事の大半を占める中で、場数を踏めば踏むほど鍛えられていくところがありますね。

これが、いざとなれば自分で手を動かしてどうにかできてしまうような仕事だと、伝える部分をおろそかにしがちになります。逆に人を動かす立場になり、自分にできることは話したり、資料をつくったりすることしかできない、コミュニケーションをとることしかできないと腹をくくると、他に逃げ道がなくなるんです。そうなると、余計に伝えることに必死になりますね。

また、個人的な事情でいえば、先ほど話したとおりアメリカで4年間ゲーム開発した中で鍛えられたところがありました。それこそ、「あうんの呼吸」が存在しませんし、人の出入りも多いので正確に伝えることが全てでした。「これをカッコよくしておいて」といった言い方だと通用しないんです。その結果、どんどん要素をそぎ落として、事象でなるべく伝えるようにしていきました。


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ゲームデザインの本質的な要素が教えられていない

Profileプロフィール

塩川洋介/Yosuke Shiokawa

塩川洋介/Yosuke Shiokawa

ディライトワークス株式会社
クリエイティブオフィサー

スペシャルインタビュー