ゲームデザインの本質的な要素が教えられていない
CGW:教育現場の話でいうと、ゲームエンジンの普及に伴い、ゲームデザイナー教育に活用する事例が増えています。僕自身もUnityを勉強しながら学生にも教えているんですね。その理由として自分が非常勤講師を勤めている東京クールジャパンという専門学校の特殊事情があります。学生の半分が留学生で、言葉だけでは概念がなかなか伝わりません。遊んで学べる教材ならまだ伝わるのではないかと。
また、ゲームデザイナー志望の学生で日本語がネイティブでないというのは大きなハンデです。だからこそ、せめてゲームエンジンが使えて企画がわかるスクリプターになれないと、就職が難しいだろうという問題意識があります。
塩川:なるほど。
CGW:その一方で採用側からも、ゲームの企画書をロジカルに書けるだけでなく、その付加価値としてゲームエンジンが使えて自分のフラッシュアイデアを形にできて、体験的にプレゼンできるようになれば選考面で有利になるという話も聞くようになってきました。
ただ、先ほど言われたように、自分で手を動かせればいいといった考え方から言葉の使い方がおろそかになっていくと、それはそれで良くないだろうなとも思います。ゲームデザイナー教育におけるゲームエンジンの使いどころについて、どのように思われますか?
塩川:ゲームエンジンの長所として、アイデアを形にしやすいところがありますね。それこそ、私も専門学校に通っていたころは企画志望でプログラミングは勉強していなかったので、Directorでゲームをつくっていました。そのときに「形にすることでわかることがある」と実感しました。それも中途半端な形ではなく、ちゃんとパッケージ化して展示会などで発表して他人の耳目にさらされることにとても意味があると思っています。だからUnityなりUE4なり、形にしやすい開発環境があることは学生さんにとってすごくハッピーなことだと思います。ただ、形にしきらないと意味がないですね。
その一方で、そこで綺麗に見えているアセットは別にあなたがつくったモノではないし、ちゃんと動いているように見えるゲームもあなたが動かしているものではないことを理解する必要もあります。でなければ、「ゲームエンジンに使われている」みたいな話になりますからね。本書などを読んでちゃんと本質的なことを理解した上で、形にもできることが大事だと思います。
実際、いろんな専門学校を回って講演をする中で、「ゲームデザインの本質的な話についてなかなか聞く機会がない」という感想を学生からよく聞きます。ツールの使い方や企画の立て方の話は多くても、その根底にあるものは何かという講義はあまりないとも。ゲームエンジンの使い方といった表面的なことはわかっても、いざ自分が現場に投入されたときにそれしかできないといった感じになると、もったいないですよね。そんなふうに、この両輪をどうやって身に付けるかが課題なのかなと思います。
CGW:そうした能力の中に言語化能力があり、現場で鍛えられたものだとお話されましたよね。若いころにそういったエピソードはありますか? 若いころが一番苦労して成長されたのではないかと思うのですが。
塩川:自分が若手のころの上司が企画書や仕様書を細かく書く人でした。雛の刷り込みではありませんが、ゲームデザイナーの仕事とはそういうものだと思ったところがあります。一方で発注を受けるプログラマーからも、これこれこういうことを決めてくれないとつくれないといった具合に、厳しめの指摘をされる方が多い環境でした。その両方に挟まれていたので、人にお願いするときはこのレベルまで詰めないと許されない、と学んだところがあります。
CGW:PlayStation2のアクションRPGの事例について話されていましたね。
塩川:若手のころにどっぷり携わって学びが多かったタイトルでした。会社的にも大きなタイトルだったし新規タイトルでもあったので、先輩方も試行錯誤を重ねていました。その中でどのように仕様書を書いたらちゃんと伝えられるかについて、上司とプログラマーの両方に挟まれながら必死に考えていました。
CGW:余談ですが、事例にあげられたタイトルのバトルシステムを初めて見たときは驚きました。敵キャラクターやカメラの立体的な動きをスクリプトで制御していると聞いて、いったいどうやっているんだろうと。
塩川:まさにバトルパートのプランナーだったので、日々スクリプトを大量に打っていました。
CGW:でも、打つ前に動きについて考えて紙に書くわけですよね。どうやって記述するんだろうって。
塩川:はじめに、それぞれのバトルの特徴や敵の動きなどを決めます。この敵は直線的に攻めてくるとか、この敵は周囲を回りながら、スキを窺って飛びかかってくるなどですね。その上で、敵のキャラクターAIをスクリプトで記述するわけです。スクリプトは簡易プログラム言語なので、曖昧なことを書くと思い通りに動かなかったり、バグが生じてしまったりします。
CGW:自分で書いたとおりにしか動かないですしね。
塩川:その上、例外処理も発生します。敵が床から落ちたら割り込み処理を発生させて、別のイベントに繫げたりだとか。そんな風にあらかじめ考えて記述しておくことがたくさんあります。ただ、かなりの部分は調整ですね。だからこそ、本書でも調整の重要性について強調しています。
CGW:しかも当時は今のように汎用ゲームエンジンがあるわけではなくて、タイトル固有の内製エンジンの全盛期でしたよね。バトルシステムのスクリプトエンジンも、事前にプログラマーにお願いしてつくってもらう必要があります。そのため企画側でやってほしいことを事前に要件定義してプログラマーに渡さなければ、自分が意図した動きや演出がつくれないエンジンになってしまいます。
塩川:まさにそうですね。そういう環境で鍛えられたかもしれないですね。
CGW:近年では企画ができるプログラマーやプログラム思考のある企画が求められています。そうした中、ゲームエンジンを触ることで企画志望の学生が学べることがたくさんあるのかなと改めて思いました。レベルデザインはまだしも、コードを書くようになるとタイプミスが頻発します。文字ひとつ打ち間違えだけで動きませんからね。
塩川:よくわかります。
CGW:ちなみに専門学校で講演をされたり大学で客員教授をされたりと、学生さんと付き合う中で教えていく過程でご自身が学ばれるようなことはありますか?
塩川:実務もさることながら、そうした機会をいただくことも自分の考えについて言語化する上で間接的に役立っていると思います。実際、自分の中で整理できなければ他人に教えられませんから。それに学生さんであれ他の業界のイベントであれ、喋るための準備が必要なので思考の棚卸しもになっていますし、言語化することでさらなる課題も見えてきます。
ゲームデザイナーのプロフェッショナルとは?
CGW:TEDトークをはじめとして、近年ではビジュアル要素の強いスライドが主流ですが、塩川さんのスライドは趣がちがいますね。
塩川:場合によってはもっと写真を入れることもありますが、「スライドを豪華にしても内容は豪華にならない」という考えを大切にしています。特に企業のプレゼンでは画や装飾をふんだんに使うことが多いですが、私が大切にしたいのは本質の部分なので、究極的に言えば白い紙に黒い字だけで書いても相手の心に響くというのがあるべき姿だなと。そのため、この前のイベントもそうですし専門学校の講演でもできるだけ装飾をしないで本質を伝えようと心がけています。これもある意味、言語化のトレーニングかもしれませんね。
CGW:この本が必要としているのは、ディライトワークスのように伸び盛りで若手がたくさんいる会社だと思います。裏を返せば、できるだけ早く若手を一人前にしなくてはいけない会社でもあり、多くの学生はそういった企業に惹かれる傾向にあります。そのため、この本が御社の社員教育にも役立っているのかなと。
塩川:それはこれから期待したいですね。1つ言えるのは、この本にはゲームデザインのことが書かれていますがプログラマーにもアーティストにも参考にしていただける内容だということです。ゲームデザイナーは一体何を考えて発注したり修正を依頼したりしているのかがわかれば、お互いに共通言語ができますよね。必ずしもゲームデザイナーだけに向けた内容ではないかなと思っています。
CGW:共通言語の重要性は各所で耳にします。また、本書で説明されているゲームデザインのノウハウは広く業界外の企業でも求められています。いろいろと参考になることが多そうです。
塩川:ありがとうございます。ただ、1つ事前に知っていただきたいことがあるんですよ。それは表紙に「『FGO』クリエイターの仕事術」と銘打たれていますが、実際は『FGO』の特定の事例などの話は、ほとんど出てこないということです。
CGW:ああ、なるほど。
塩川:『FGO』に限らず、ある特定の状況下で機能したことについてその表面だけをすくっても、状況や条件が違えば真似しようがないという思いがあります。自分自身も『FGO』や既存のコンテンツをテーマに講演をするとき、具体的な話と共に必ずコンテンツから切り離して、「それはつまりこういうことです」といった具合に事例を抽象化し、本質の話をするようにしています。でなければ「ふーん、なるほどね」で終わってしまうからです。自分の立場に置き換えたときに再現できるかが重要で、そのためには抽象化された話が必要だと考えています。
そのため、この本でも読者に対して『FGO』に固有の話だととらえられないように、抽象化した話にフォーカスしました。『FGO』の場合でも、他のコンテンツの場合でも、通用するやり方というのはこういうことなんです、と内容と事例を切り離したかったのです。また、せっかく本を書かせていただくからには、「10年間通用する本」を書こうという思いもありました。日々コンテンツの流行は移り変わっていきますが、本質は古びません。そのため、具体的な事例を意図的に入れないようにしました。
CGW:タイトルはどのように決まったのですか?
塩川:はじめにキーワードである「ゲームデザイン」という用語を入れたいという意図がありました。余談ですが、『問題解決プロフェッショナル―思考と技術』という本があり、個人的なリスペクトもあって、「ゲームデザイン」と「プロフェッショナル」を組み合わせることにしました。
CGW:『問題解決プロフェッショナル』はまさにビジネス書ですね。
塩川:そうですね、コンサルタントに求められる思考ツールについて解説されている本です。この本も「コンサルタントを名乗るからには、最低限これくらいのツールは使いこなせてほしい」という意図から付けられています。同じように、自分も「ゲームデザイナーとして仕事をする上で必要なことは何か」というメッセージを打ち出だそうと考えました。
CGW:ゲーム開発の大作化に伴い、ここ10年間でプロトタイプ制作の重要性が問われるようになっています。実際問題として、受発注はかなりカロリーの高い行為なので発注する前にしっかり考える必要がありますよね。そのためにキットバッシュ(※4)などを活用して、短期間でプロトタイプをつくってアイデアを検証する必要性が求められます。ゲームデザイナーがゲームエンジンを使えた方が良いという主張の背景には、こうした業界事情が影響しています。
※4:市販のモデルを組み合わせてオリジナルのモデルを制作する手法
こうした考え方は教育現場にも影響を与えていて、春からお世話になっている東京国際工科専門職大学では、コースにかかわらず全員がプログラムも3DCGもゲームデザインも学ぶことで、社会の諸問題を解決するためのプロトタイプがつくれる学生を育成しようとしています。こうした人材が、これからの社会で広く求められていくという仮説のもとに建学されました。そこには就職だけでなく、起業も視野に入れてほしいという考えがあります。
もっとも、一人で実現できることはたかが知れているのも事実です。プロトタイプが承認されて本開発の段階になれば、組織でモノをつくることが求められます。その際にゲームデザイナーにはこういったスキルが求められる、という自分の中でも抜けていたポイントを補完していただいたような感じがしてありがたかったです。
塩川:まさにそうですね。本書で書いた内容はマナーではありませんが、ゲームデザイナーとして最低限、知っておくべきことで、それを知らずにプロの現場に立つのは厳しい、ぐらいな話だと思っていて。その重要性に反して、誰かが教えてくれるようなことではなく、誰からも教わったことがなかったことなんですよね。
実際、新卒で入ってゲームデザイナーになって、はじめに教わることはマスターデータの触り方なんです。そこでパラメータの打ち方は勉強できるかもしれないし、そこからイベントスクリプトの組み方を教わるかもしれない。ただ、そこでなまじ形になってしまうと、それがゲームデザインだと思われてしまう危険性があります。特に有名タイトルだとそのリスクが高まります。
CGW:ゲームデザイナーはつぶしがきかないとよく言われるわけですね。
塩川:そうなんですよ。敵の配置はできるようになるかもしれないしマスターデータをつくれるかもしれない。でも、「ゲームデザインができますか」という質問に対してイエスと答えられるか、みたいな危機意識があります。それは業界全体にとって望ましいことではありませんよね。
10年ほど前、市場がAAAタイトルに集約されていく過程で業務の細分化が進み、次第に新人がゲームデザインを勉強する機会が乏しくなっていきました。それが昨今では、運営型タイトルが主流になったことで新人に運営を通して勉強させる例が増えました。そこでもまた、ゲームデザインについて学ぶ機会が乏しいのが事実です。その状態で5年くらい仕事を続けてしまうと、ゲームデザイナーとしての成長が止まってしまいます。そんな風に企業におけるゲームデザイナー教育のあり方はシビアな課題だと思っています。
CGW:おっしゃる通りですね。
塩川:こうした問題は業界の環境に起因するところもあるので、なかなか解決が難しいところがあります。それでも、本書がなんらかの助けになれば嬉しいですね。学生さんもさることながら、若手のゲームデザイナーでも現場でつまづいたときに手に取ってもらえれば嬉しいですし、広く業界外の方にも読んでいただければ、何かしら参考になることがあるのかなと思います。