PCゲーム『Fate/stay night(フェイト・ステイナイト)』に始まり、小説・アニメ・マンガ・ゲームと、メディアを越えて成長を続ける『Fate』シリーズ。その中でもスマートフォン向けゲーム『Fate/Grand Order(フェイト・グランドオーダー)』(以下、FGO)と派生シリーズの存在感は圧倒的で、多くのファンに愛されている。そんな『FGO PROJECT』のキーパーソンともいえるのが、ゲーム会社のディライトワークスでクリエイティブオフィサーを務める塩川洋介氏だ。一介のゲームデザイナーからキャリアを重ね、今やプロジェクトの舵取りに重要な人物となった。
そんな塩川氏が2020年9月に上梓した初の著作が『ゲームデザインプロフェッショナルー誰もが成果を生み出せる、『FGO』クリエイターの仕事術』(技術評論社)だ。10月30日(金)には、刊行にあわせたトークイベント「『ゲームデザインプロフェッショナル』集中講座」がBook & Cafe Bar BAG ONE(東京都渋谷区)で行われ、同著のエッセンスを紹介。会場とオンラインで数十人が受講し、講義終了後も熱心な質疑応答が続いた。本稿では、後日行なった塩川氏へのインタビューも含め、その概要をレポートする。
INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE)
ゲームデザインの8割はマニュアル化できる
はじめに塩川氏は、本の構成を紹介しながら講演のテーマについて説明した。
第1章:ゲームデザインに才能はいらない
第2章:ゲームデザイナーの「本当の仕事」
第3章:ゲームにおもしろさをもたらすゲームデザイン術
第4章:ゲーム開発を成功に導くリーダーシップ術
第5章:ゲームデザイン力を高めるレベルアップ術
第6章:ゲームデザイナーとしての戦いに挑む
ここからもわかるように、同著は一般的なゲームデザイン本とは大きく内容が異なっている。多くのゲームデザイン本が「ゲームの面白さとは何か」、「企画の立て方」、「アイデアの出し方」、「企画書の書き方」など、ゲーム業界に就職するための指南書といった様相を呈しているのに対し、同著はゲームデザイナーが実務を行う上で注意すべき点やノウハウの解説が中心になっている。象徴的なのが第1章で、塩川氏は「ゲームデザインの8割はマニュアル化できる」と言い切る。
もっとも、これにはゲームデザイナーの職務内容が正しく理解されていない点もあるという。一般的にゲームデザインというと、ゲームの企画書を書いたりゲームの目玉となる新システムを考案したりと、華やかな仕事が連想されがちだ。しかし多くの場合、これらはプロデューサーやディレクターの職分で、現場のゲームデザイナーが担当することは少ない。それよりもゲームデザイナーの仕事は、「ゲームの構成要素を1つずつ考案し、面白くするための作業」となる。
しかしこうした要素を各自がバラバラに考案していては、ゲームが空中分解してしまう。そのためには、プロデューサーやディレクターが設定したゴールに即して作業を進めていくことが求められる。仮にゴールが「世界一怖いホラーゲームをつくる」ことであれば、ステージ・敵・キャラクター・武器・エフェクト・UIなど、あらゆる要素でこの条件を満たすことが求められる。塩川氏は「どれだけ画期的なアイデアでも、ゴールに貢献しないものは意味がない」と強調した。
その上で塩川氏は、「5つのステップを身に付けるだけで、ゲームは誰にでも面白くできる」と指摘する。同著の内容でいうと、第3章の「ゲームにおもしろさをもたらすゲームデザイン術」に相当する部分だ。続いて塩川氏は、パレートの法則(※1)を引き合いに出し、この章が同著で最も重要な部分であること、そしてこの内容を理解することで、講演テーマである「どんなゲームでも普遍的に活かせるゲームデザインの最強スキル」が身に付けられると話している。
※1:イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが発見した、全体の2割が8割の要素を規定するという冪乗則。80:20の法則などとも呼ばれる。「売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している」「住民税の8割は、全住民のうち2割の富裕層が担っている」など、さまざまな事象を説明する上で用いられている。
ゲームを面白くするための5つのステップ
1:ゴール設定
2:アイデア出し
3:発注
4:実装
5:調整
この中で最も重要な部分が「ゴール設定」だ。ゴールとは「成し遂げたいこと」であり、ゲーム全体から個々の仕様にいたるまで様々なレベルでゴールが存在する。そして、全てのゴールが1つの方向に向かって、向きを揃えていることが求められる。裏を返せば、下位のゴール設定は上位のゴール設定に影響を受ける。その上で具体的なアイデアを出し、グラフィック素材などを発注し、プログラマーに実装してもらい、調整を重ねていく。これが徹底できれば、必ずゲームは面白くなるというわけだ。
講演では具体的なエピソードも明かされた。塩川氏が新人のころにかかわったアクションRPGの敵キャラクター考案や、『FGO PROJECT』の一環として制作されたアーケードゲーム『Fate/Grand Order Arcade』(2018)のティザービジュアル制作。そしてRPGシリーズの主要キャラクターが1対1で戦うアクションバトルゲームのバトルシステム発注などだ。いずれも書籍には盛り込まれなかった内容で、受講者には嬉しいサプライズとなった。
アクションRPGのプロジェクトでは、バトルシステムができあがる前の段階で「最初に戦う敵キャラクター」を考案することが求められた。ここで塩川氏は、RPGにおける「最初の敵」に必要な要素を洗い出し、整理することから始めた。モーション数、主人公とのサイズ比、攻撃を受けたときのリアクションなどだ。こうして生まれた敵キャラクターは、以後のシリーズにも登場する、印象的な存在となった。
▲『Fate/Grand Order Arcade』ティザービジュアル
また『Fate/Grand Order Arcade』のティザービジュアルは、発注に必要な「要件と裁量を明確にする」についての具体例として紹介された。このとき、塩川氏が提示した3つの要件は、それぞれに細かな条件はあるものの、大きくわけて「一目見て『FGO』に見えること」、「敵と味方がわからないように戦いあっていること」、「スマートフォンの『FGO』の新規イラストに見えないこと」だ。これらは、いずれもティザーイラストならではのゴール設定だったという。その上で、これらの要件やキャラクターの造形などを満たしていれば、イラストのタッチやキャラクターのポーズなどの細部はイラストレーターの裁量に任せたと説明された。
逆に失敗談として語られたのが、過去に携わったアクションバトルゲームの件だ。本作でディレクターを担当した塩川氏は、バトルシステム制作を担当ゲームデザイナーに発注した。バトルシステムは半年後に完成したが、採用されることはなかった。完成度は高かったが、アクション要素が強すぎて、原典となるRPGシリーズの既存ユーザーが楽しめるものではなくなっていたのだ。塩川氏は「本作のゴールは『原典となるRPGシリーズの既存ユーザーに楽しんでもらえるゲームにすること』だった。今から思えば、正確に発注できなかった自分のミスだった」とふり返った。
最後に塩川氏は「ゴールを制するものはゲームデザインを制する」と改めて指摘した。ゲームデザインで大切なことは、正しいゴールに基づいて正しく運用すること。ゴールありきのゲームデザインができるようになれば、仕事の上で80点が取れるようになる。そこで役に立つのが同著というわけだ。「本書の目的は、そのために下駄を履いてもらうことです。ゲームデザインにとっての『当たり前』をマニュアルとして学び、早く80点が取れるようになることを目指して執筆しました」(塩川氏)。
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ゴール思考ベースのゲームデザイン本がなかった
CGWORLD(以下、CGW):自己紹介をお願いします。
塩川洋介氏(以下、塩川):ディライトワークスでクリエイティブオフィサーをしている塩川洋介です。ゲームデザイナー、ゲームプランナーといわれる仕事をふり出しに、ゲームディレクターを続けてきました。
現在はスマートフォン向けゲーム『Fate/GrandOrder』を含む、『FGO PROJECT』全般に関わっています。『Fate/GrandOrder』(2015)や、VRドラマ『Fate/Grand Order VR feat.マシュ・キリエライト』(2017)、アーケードゲーム『Fate/Grand Order Arcade』(2018)などですね。直近では音楽ゲームの『Fate/Grand Order Waltz in the MOONLIGHT/LOSTROOM』(2020)をスマートフォンでリリースしました。それぞれのコンテンツでかかわり方は異なりますが、主にゲームのディレクションをしています。
キャリアのスタートは2000年にスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社したことですね。そこから2015年まで、同グループで家庭用ゲームの開発を担当していました。2016年にディライトワークスに移籍し、『FGO PROJECT』を手がけるようになり現在にいたります。
CGW:前職ではアメリカにもいらっしゃいましたよね?
塩川:2009年から2014年の4年半くらいです。スクウェア・エニックスの北米支社に出向し、アドベンチャーゲーム『MURDERED 魂の呼ぶ声』(2014)のディレクターを務めました。
CGW:ゲーム開発に加えて、大阪成蹊大学の芸術学部で客員教授も務められていますね。
塩川:MayaやPhotoshopなど、ツールを教える先生方が大勢いらっしゃる中で、技術以外の部分について教えています。日本画家志望、漫画家志望、イラストレーター志望など、様々な学生さんに対して、クリエイティブをする上での「モノの考え方」みたいなことを教えています。
CGW:ありがとうございます。さっそくですが、まず本の感想について共有させてください。いわゆるゲームの企画術に関する本だと思って読み進めたら、良い意味で裏切られました。
塩川:ははは、ありがとうございます。
CGW:企画の部分は最小限で、むしろゲームデザイナーの実務に関する内容や現場での仕事の回し方などが体系的に書かれている点に驚きました。他に類を見ない内容ですし、出版不況と呼ばれるなか企画が通りにくい内容だとも思うのですが、出版にいたる経緯をおしえてください。
塩川:きっかけは、CEDEC2018で「Fate/Grand Order Arcadeを支える、"非常識"な企画術」という講演を行なったことです。講演後、同著を出版していただいた技術評論社の方とお話をする機会があり、そこで執筆に関する興味を聞かれ、それがご縁となりました。
CGW:それまで本を書きたいといった思いはあったのですか?
塩川:2010年くらいから専門学校や大学で講義・講演などを続けてきました。そこで話してきた内容を本としてまとめるのも良いのかなと思いました。編集の方と講義内容を説明して打ち合わせを重ねていく過程で、本のテーマや構成が決まっていきました。
CGW:ゲームデザインの本といっても、様々な切り口がありますよね。その中で「ゴール思考」を軸に据えた内容となった理由は?
塩川:仕事柄、日本で出版されたゲームデザインに関係する本についてはだいたい目を通しています。また、それと並行して海外で出版された書籍の翻訳や監訳も行なってきました。その過程で、本書のようなゲームデザインのマニュアル的な内容の本がどこにもないことがわかってきたのです。その一方で、自分自身が若手の頃にこういった本があればすごく役立ったのではないかと思います。本当に必要な本がどこにもない。そこに需要があるんじゃないかと。同じように現場で具体的なゲームデザインの手法や上達方法がわからず悩んでいる若い世代の方に向けて、自分のノウハウをまとめて伝えることに、多少なりとも意義があるのではと思いました。
CGW:ゲームデザイナーの育成は、映画の助監督やテレビ局のADに似たところがありますよね。いずれも職分が明確でなく、会社ごとにちがったやり方があり、言語化しにくい特性があります。その結果、現場でしごかれながら学ぶといったやり方が一般的でした。類書がないことで、編集側が難色を示したことはありませんでしたか?
塩川:そこは必要性をちゃんと説明して、理解してもらいました。特定の事例にフォーカスせず、本質的な部分に言及するという点でも編集側とのやりとりがありました。その一方で、編集側にもゲーム業界に関係なく、様々な分野で役立つ本にしたいという要望があり、そんなふうに議論を重ねながら最終的に「この本にまとめられているノウハウには普遍性があり、幅広い読者にリーチできる。ゆえに需要がある」と信じてもらうことができました。
CGW:ゲームデザインメソッドの普遍化ですね。過去に同じような趣旨の相談を受けたことがあり、そのときは企画が流れたのでなおさら本書が出たときは驚きました。日本ではプログラミングやアート分野と比べて、ゲームデザインに関する技術書の出版は乏しいですよね。どういった理由からでしょうか?
塩川:CEDECでもゲームデザインに関する講演数は圧倒的に少ないですよね。一方で業界にはゲームデザイナーも大勢いるので、需要はあると思います。ただ、自分自身が仕事をしていて思うこととして、結果と原因のつながりが可視化しづらい点があるんですよね。プログラミングならこのコードを書けばこうなる。CGツールならこのフィルタを使えばこうなるといった具合に、誰の目から見ても結果が可視化しやすい点があります。これに対してゲームデザインでは、原因と結果の関連性について本人にもわからないことが少なくありません。そうした状態で事例だけを紹介しても、話を聞いた人もわからないと思うんですよね。言語化が難しいところがあると、自分でも思います。
CGW:なるほど。
塩川:だからこそ、業務を通して受け継がれてきたところがあるのではないでしょうか。実際、ゲーム業界ができて数十年がたっても、会社以外では体系的な資料が少ないですよね。そのためノウハウの継承が先細りになっています。これに対してプログラムやアートでは過去の積み上げがあるので、新しい技術や新しいハードが出てきてもすぐに対応できます。書籍にしろ動画にしろ、大量の資料があります。しかし、ゲームデザインにはそのような資料がほとんどない。そのことに対する問題意識がありました。
CGW:その上で今回、切り口にされたのがゴールから逆算して考える「ゴール思考」ですよね。ロジカルシンキングのゲーム版といった感じで、読んでいてMBA(経営学修士)の教科書のようにも感じました。そこに焦点を当てた理由は?
塩川:本の中でも「パレートの法則」として紹介していますが、ゲームデザインの中でもゴール思考が一番重要だと思うからです。他にも大切なことはたくさんありますが、ゴール思考が抜けていると全部台無しになってしまうというキモの部分です。ゲームデザインで一番大切なことは何か。身に付けることで、働き方やモノの考え方が全面的に変わってくるものは何か。そんなふうに、一番大切なことにフォーカスを当てたかったんです。
CGW:それだけ重要なことにもかかわらず、そうした本がなかったわけですね。
塩川:そうですね。ビジネス書ではロジカルシンキングに関する書籍はたくさんありますが、クリエイティブ分野やエンターテインメント分野、さらにはゲームデザイン分野に置き換えた本はありませんでした。それこそ企画書の書き方やアイデアの出し方といった、技法に関する本はまだあると思うんですが......。
それよりも、エンターテインメント制作でも常にゴールを意識して、そこから逆算して物事を考えることがより重要な要素です。ここをきちんと解説している本はなかったので、やっぱり外せないなと思いました。
CGW:塩川さんはアメリカでのゲーム開発に関する経験も豊富なのでぜひお伺いしたいのですが、日本ではゲームデザイナーではなく「ゲームプランナー」という呼称が一般的ですよね。そこにはゲームをデザインするだけでなく、「物事の計画を立てる人=進行管理」という意味合いも含まれています。にもかかわらず、ゲームプランナーを対象にした進行管理の本はありませんでした。だからこそ、本書は日本のゲーム開発現場に即した内容になっているとも言えます。その一方でアメリカではどうでしょうか? アメリカのゲームデザイナーも進行管理的な業務は行いますか?
塩川:会社の規模やスタイルによってもちがうと思いますが、自分が経験した中では完全に分業化されていました。ゲームデザイナーの仕事はゲームデザインに特化していて、それ以外の仕事は他の人がサポートする。そんなふうに、専門職の集合体で開発を進める例が多いのかなと。インディーゲームなどは別だと思いますが。
CGW:欧米のゲームデザインの本が企画面に焦点を当てているのは、そういった現地ならではのニーズがあるのでしょうか?
塩川:そうですね。あとは日本と比べると、特定のジャンルの具体的なノウハウに特化している本が多い印象もあります。例えばアクションゲームをつくるときに考えることとは何か。それはカメラのことだったり、移動のことだったり、当たり判定のことだったり、いろいろあります。そんなふうに項目を立ててチェックリストを埋めていけば、アクションゲームがつくれる......そういったものが多い印象があります。
これには良い面も悪い面もありますね。良い面としては、それさえ読めばそのジャンルのことがある程度わかるし、仕事を進める上でのマニュアルになっている点です。特にアメリカの企業は人の出入りが激しいので、業務のマニュアル化が求められるといった下地もあります。
一方で、それを読めば確かにアクションゲームはつくれるようになるかもしれないけれど、ゲームデザインの本質的なことがわかるかというと、それはちょっとちがうかな......とも思います。そういう意味からも、本書は他のゲームデザイン本と完全に差別化できるんじゃないでしょうか。
CGW:最近ではロジカルシンキングと共に、デザイン思考という考え方も一般的で、両者はコインの裏表だと良くいわれますよね。トークイベントの質疑応答でも、ゴール思考の重要性はよくわかるが、肝心のゴールの立て方がわからない、という質問が多かったですね。
例えば、本書でははじめに「世界一怖いホラーゲームをつくるには」というゴールが掲げられていて、そこから必要な要素が分解されて解説されていきます。ただ、実際には「世界一怖いホラーゲームで良いのか」という問題があります。もっとも、そうした大元となるゴールを設定するのはプロデューサーやディレクターの仕事です。一方で、個々の仕様レベルでは全てのゴールが設定されるわけではありません。そこにモヤモヤしながら仕事をしている人が多いんだろうなあと。
塩川:なるほど。
CGW:気の早い話ですが、次の本でゴール設定に関する内容について書かれる予定はありませんか?
塩川:さすがに次の本については未定ですが、そこは順番だと思うんですね。「ゲームデザイナーとして80点を取るためにみんなに覚えてほしい、当たり前のようにできてほしい、それがゴール思考の習得である」というのがこの本の目的です。一方でゴールをどう設定するかは、残りの20点側の話かなあと。実際、仕事で80点が簡単に取れるようになって、そこから100点、120点を目指していこうというときに、強度のあるゴール設定が求められるようになります。そういった区切りが自分の中ではありますね。
それに、たぶん20点の部分まで網羅しようと思うと、本のページが倍になります。テーマをわかりやすくするという意味も含めて、80点の内容にフォーカスしました。
CGW:トークイベントに参加された方は、オンラインでも講演が聞ける中で、あえて直接聞きたい、質問したいという熱量の高い人が多かったのかもしれません。だからこそ、ゴール設定に関する質問があったのかもしれませんね。
塩川:そうかもしれませんね。
強度のあるゴールを設定するための方法論
CGW:ちなみに、強度のあるゴールを設定する上で実践されていることはありますか? 質疑応答で「深く考え続ける、自分の中で課題を掘り下げる」という回答されていたのを聞いて、トヨタの「なぜなぜ分析」(※2)を思い出しました。
※2:ある問題を解決する上で、「なぜ」「なぜ」と、原因を論理的・段階的に自問自答しながら突き詰めていくやり方。トヨタ生産方式を構成する代表的な手段の1つ
塩川:そこは自分の中でまだ言語化できてないところがあります。強度のあるゴールを設定すること自体は業務で日々やっているので、おそらく自分の中でちゃんとしたやり方があると思いますし、そこは言語化する必要性を感じています。ちなみに、ゴールの設定方法について、知りたい人は多いと思いますか?
CGW:コロナ禍ではありませんが、先が見えない中で日々の決定をする必要性が高まっていますから、みんな知りたいと思います。実際に大企業のエグゼクティブの間でアート分野が改めて注目されているのも、そうした背景があると言われています。サイモン・シネックのゴールデンサークル理論が好例ですが、正しいゴールを立てれば、正しいロジックが導かれて、正しい結論に到達できる。そうした共通理解が過去10年間でかなり広まってきました。
CGW:ただ、問題は「正しいゴールを立てることが容易ではない」ことです。中でも日本社会はデフレ経済・景気低迷・人口減少・超高齢化社会・財政赤字・環境問題・そしてコロナ禍と、社会問題のショウケースと言われるほどです。どれをとっても解決が困難なうえ、それぞれが密接に関係しています。そうした中でスティーブ・ジョブズではありませんが、カオスの中から正しいゴールを立てるには直感力が重要で、だからこそアートが重要だ、という考え方が注目されています(※3)。
※3:「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?~経営における『アート』と『サイエンス』~」参照
塩川:なるほど。まだ順序立てたロジックにはなっていませんが、自分がゴールを設定する上で意識することの1つに「人をどれだけ引き付けられるか」があります。ゲーム開発は集団作業なので、チーム全体がやりたいとかすごいと思えるようなゴールでなければ、より多くのお客様に広がらないと思うんです。
では、そこで必要なゴールとは何かというと、シンプルで力強い言葉ではないでしょうか。なにか一言でも、聞いた人が面白そうだな、興味ある、やってみたいという風に、身近な人が思えるかどうか。そういうことは意識していますね。それをどうつくるかはまた別の話ですが。そんなふうにゴールを設定する上で、いくつかガイドではありませんが、これとこれを抑えるようにしようかな、みたいな話は言語化しやすいかなと思います。
CGW:キーワードを最初に立てる感じですか? 「友情・努力・勝利」ではありませんが。
塩川:そうしたことは多いと思います。人を惹きつけるには色々な理由がありますよね。その中にはコンテンツが魅力的だというのもあるでしょう。一方で経営側の視点で言えば、なぜこれをつくるのか、つくる意義とは何かみたいな点も含まれていなければ、「面白そうだね。以上!」で終わりかねません。そのため、様々な立場の人に響くことを念頭に、一番上に掲げるゴールにはいくつかの要素を詰め込むようにしています。
CGW:興味深いですね。こうしてお話を伺っている中でも、言語化能力に長けた方だなという印象を改めて強くしました。ただ、ゲーム業界でメジャータイトルを手がけられているプロデューサーやディレクターは、同じように言語化能力が高い方が多い気がします。仕事をしていく中で、トレーニングにつながるようなことがありますか?
塩川:「立場が人をつくる」ではありませんが、ディレクターというのは人にモノを伝えてナンボだったりするんですよね。それはお客様に対しても、開発の現場に対しても、宣伝チームのように開発以外の部署に対してもそうです。伝えることが仕事の大半を占める中で、場数を踏めば踏むほど鍛えられていくところがありますね。
これが、いざとなれば自分で手を動かしてどうにかできてしまうような仕事だと、伝える部分をおろそかにしがちになります。逆に人を動かす立場になり、自分にできることは話したり、資料をつくったりすることしかできない、コミュニケーションをとることしかできないと腹をくくると、他に逃げ道がなくなるんです。そうなると、余計に伝えることに必死になりますね。
また、個人的な事情でいえば、先ほど話したとおりアメリカで4年間ゲーム開発した中で鍛えられたところがありました。それこそ、「あうんの呼吸」が存在しませんし、人の出入りも多いので正確に伝えることが全てでした。「これをカッコよくしておいて」といった言い方だと通用しないんです。その結果、どんどん要素をそぎ落として、事象でなるべく伝えるようにしていきました。
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ゲームデザインの本質的な要素が教えられていない
CGW:教育現場の話でいうと、ゲームエンジンの普及に伴い、ゲームデザイナー教育に活用する事例が増えています。僕自身もUnityを勉強しながら学生にも教えているんですね。その理由として自分が非常勤講師を勤めている東京クールジャパンという専門学校の特殊事情があります。学生の半分が留学生で、言葉だけでは概念がなかなか伝わりません。遊んで学べる教材ならまだ伝わるのではないかと。
また、ゲームデザイナー志望の学生で日本語がネイティブでないというのは大きなハンデです。だからこそ、せめてゲームエンジンが使えて企画がわかるスクリプターになれないと、就職が難しいだろうという問題意識があります。
塩川:なるほど。
CGW:その一方で採用側からも、ゲームの企画書をロジカルに書けるだけでなく、その付加価値としてゲームエンジンが使えて自分のフラッシュアイデアを形にできて、体験的にプレゼンできるようになれば選考面で有利になるという話も聞くようになってきました。
ただ、先ほど言われたように、自分で手を動かせればいいといった考え方から言葉の使い方がおろそかになっていくと、それはそれで良くないだろうなとも思います。ゲームデザイナー教育におけるゲームエンジンの使いどころについて、どのように思われますか?
塩川:ゲームエンジンの長所として、アイデアを形にしやすいところがありますね。それこそ、私も専門学校に通っていたころは企画志望でプログラミングは勉強していなかったので、Directorでゲームをつくっていました。そのときに「形にすることでわかることがある」と実感しました。それも中途半端な形ではなく、ちゃんとパッケージ化して展示会などで発表して他人の耳目にさらされることにとても意味があると思っています。だからUnityなりUE4なり、形にしやすい開発環境があることは学生さんにとってすごくハッピーなことだと思います。ただ、形にしきらないと意味がないですね。
その一方で、そこで綺麗に見えているアセットは別にあなたがつくったモノではないし、ちゃんと動いているように見えるゲームもあなたが動かしているものではないことを理解する必要もあります。でなければ、「ゲームエンジンに使われている」みたいな話になりますからね。本書などを読んでちゃんと本質的なことを理解した上で、形にもできることが大事だと思います。
実際、いろんな専門学校を回って講演をする中で、「ゲームデザインの本質的な話についてなかなか聞く機会がない」という感想を学生からよく聞きます。ツールの使い方や企画の立て方の話は多くても、その根底にあるものは何かという講義はあまりないとも。ゲームエンジンの使い方といった表面的なことはわかっても、いざ自分が現場に投入されたときにそれしかできないといった感じになると、もったいないですよね。そんなふうに、この両輪をどうやって身に付けるかが課題なのかなと思います。
CGW:そうした能力の中に言語化能力があり、現場で鍛えられたものだとお話されましたよね。若いころにそういったエピソードはありますか? 若いころが一番苦労して成長されたのではないかと思うのですが。
塩川:自分が若手のころの上司が企画書や仕様書を細かく書く人でした。雛の刷り込みではありませんが、ゲームデザイナーの仕事とはそういうものだと思ったところがあります。一方で発注を受けるプログラマーからも、これこれこういうことを決めてくれないとつくれないといった具合に、厳しめの指摘をされる方が多い環境でした。その両方に挟まれていたので、人にお願いするときはこのレベルまで詰めないと許されない、と学んだところがあります。
CGW:PlayStation2のアクションRPGの事例について話されていましたね。
塩川:若手のころにどっぷり携わって学びが多かったタイトルでした。会社的にも大きなタイトルだったし新規タイトルでもあったので、先輩方も試行錯誤を重ねていました。その中でどのように仕様書を書いたらちゃんと伝えられるかについて、上司とプログラマーの両方に挟まれながら必死に考えていました。
CGW:余談ですが、事例にあげられたタイトルのバトルシステムを初めて見たときは驚きました。敵キャラクターやカメラの立体的な動きをスクリプトで制御していると聞いて、いったいどうやっているんだろうと。
塩川:まさにバトルパートのプランナーだったので、日々スクリプトを大量に打っていました。
CGW:でも、打つ前に動きについて考えて紙に書くわけですよね。どうやって記述するんだろうって。
塩川:はじめに、それぞれのバトルの特徴や敵の動きなどを決めます。この敵は直線的に攻めてくるとか、この敵は周囲を回りながら、スキを窺って飛びかかってくるなどですね。その上で、敵のキャラクターAIをスクリプトで記述するわけです。スクリプトは簡易プログラム言語なので、曖昧なことを書くと思い通りに動かなかったり、バグが生じてしまったりします。
CGW:自分で書いたとおりにしか動かないですしね。
塩川:その上、例外処理も発生します。敵が床から落ちたら割り込み処理を発生させて、別のイベントに繫げたりだとか。そんな風にあらかじめ考えて記述しておくことがたくさんあります。ただ、かなりの部分は調整ですね。だからこそ、本書でも調整の重要性について強調しています。
CGW:しかも当時は今のように汎用ゲームエンジンがあるわけではなくて、タイトル固有の内製エンジンの全盛期でしたよね。バトルシステムのスクリプトエンジンも、事前にプログラマーにお願いしてつくってもらう必要があります。そのため企画側でやってほしいことを事前に要件定義してプログラマーに渡さなければ、自分が意図した動きや演出がつくれないエンジンになってしまいます。
塩川:まさにそうですね。そういう環境で鍛えられたかもしれないですね。
CGW:近年では企画ができるプログラマーやプログラム思考のある企画が求められています。そうした中、ゲームエンジンを触ることで企画志望の学生が学べることがたくさんあるのかなと改めて思いました。レベルデザインはまだしも、コードを書くようになるとタイプミスが頻発します。文字ひとつ打ち間違えだけで動きませんからね。
塩川:よくわかります。
CGW:ちなみに専門学校で講演をされたり大学で客員教授をされたりと、学生さんと付き合う中で教えていく過程でご自身が学ばれるようなことはありますか?
塩川:実務もさることながら、そうした機会をいただくことも自分の考えについて言語化する上で間接的に役立っていると思います。実際、自分の中で整理できなければ他人に教えられませんから。それに学生さんであれ他の業界のイベントであれ、喋るための準備が必要なので思考の棚卸しもになっていますし、言語化することでさらなる課題も見えてきます。
ゲームデザイナーのプロフェッショナルとは?
CGW:TEDトークをはじめとして、近年ではビジュアル要素の強いスライドが主流ですが、塩川さんのスライドは趣がちがいますね。
塩川:場合によってはもっと写真を入れることもありますが、「スライドを豪華にしても内容は豪華にならない」という考えを大切にしています。特に企業のプレゼンでは画や装飾をふんだんに使うことが多いですが、私が大切にしたいのは本質の部分なので、究極的に言えば白い紙に黒い字だけで書いても相手の心に響くというのがあるべき姿だなと。そのため、この前のイベントもそうですし専門学校の講演でもできるだけ装飾をしないで本質を伝えようと心がけています。これもある意味、言語化のトレーニングかもしれませんね。
CGW:この本が必要としているのは、ディライトワークスのように伸び盛りで若手がたくさんいる会社だと思います。裏を返せば、できるだけ早く若手を一人前にしなくてはいけない会社でもあり、多くの学生はそういった企業に惹かれる傾向にあります。そのため、この本が御社の社員教育にも役立っているのかなと。
塩川:それはこれから期待したいですね。1つ言えるのは、この本にはゲームデザインのことが書かれていますがプログラマーにもアーティストにも参考にしていただける内容だということです。ゲームデザイナーは一体何を考えて発注したり修正を依頼したりしているのかがわかれば、お互いに共通言語ができますよね。必ずしもゲームデザイナーだけに向けた内容ではないかなと思っています。
CGW:共通言語の重要性は各所で耳にします。また、本書で説明されているゲームデザインのノウハウは広く業界外の企業でも求められています。いろいろと参考になることが多そうです。
塩川:ありがとうございます。ただ、1つ事前に知っていただきたいことがあるんですよ。それは表紙に「『FGO』クリエイターの仕事術」と銘打たれていますが、実際は『FGO』の特定の事例などの話は、ほとんど出てこないということです。
CGW:ああ、なるほど。
塩川:『FGO』に限らず、ある特定の状況下で機能したことについてその表面だけをすくっても、状況や条件が違えば真似しようがないという思いがあります。自分自身も『FGO』や既存のコンテンツをテーマに講演をするとき、具体的な話と共に必ずコンテンツから切り離して、「それはつまりこういうことです」といった具合に事例を抽象化し、本質の話をするようにしています。でなければ「ふーん、なるほどね」で終わってしまうからです。自分の立場に置き換えたときに再現できるかが重要で、そのためには抽象化された話が必要だと考えています。
そのため、この本でも読者に対して『FGO』に固有の話だととらえられないように、抽象化した話にフォーカスしました。『FGO』の場合でも、他のコンテンツの場合でも、通用するやり方というのはこういうことなんです、と内容と事例を切り離したかったのです。また、せっかく本を書かせていただくからには、「10年間通用する本」を書こうという思いもありました。日々コンテンツの流行は移り変わっていきますが、本質は古びません。そのため、具体的な事例を意図的に入れないようにしました。
CGW:タイトルはどのように決まったのですか?
塩川:はじめにキーワードである「ゲームデザイン」という用語を入れたいという意図がありました。余談ですが、『問題解決プロフェッショナル―思考と技術』という本があり、個人的なリスペクトもあって、「ゲームデザイン」と「プロフェッショナル」を組み合わせることにしました。
CGW:『問題解決プロフェッショナル』はまさにビジネス書ですね。
塩川:そうですね、コンサルタントに求められる思考ツールについて解説されている本です。この本も「コンサルタントを名乗るからには、最低限これくらいのツールは使いこなせてほしい」という意図から付けられています。同じように、自分も「ゲームデザイナーとして仕事をする上で必要なことは何か」というメッセージを打ち出だそうと考えました。
CGW:ゲーム開発の大作化に伴い、ここ10年間でプロトタイプ制作の重要性が問われるようになっています。実際問題として、受発注はかなりカロリーの高い行為なので発注する前にしっかり考える必要がありますよね。そのためにキットバッシュ(※4)などを活用して、短期間でプロトタイプをつくってアイデアを検証する必要性が求められます。ゲームデザイナーがゲームエンジンを使えた方が良いという主張の背景には、こうした業界事情が影響しています。
※4:市販のモデルを組み合わせてオリジナルのモデルを制作する手法
こうした考え方は教育現場にも影響を与えていて、春からお世話になっている東京国際工科専門職大学では、コースにかかわらず全員がプログラムも3DCGもゲームデザインも学ぶことで、社会の諸問題を解決するためのプロトタイプがつくれる学生を育成しようとしています。こうした人材が、これからの社会で広く求められていくという仮説のもとに建学されました。そこには就職だけでなく、起業も視野に入れてほしいという考えがあります。
もっとも、一人で実現できることはたかが知れているのも事実です。プロトタイプが承認されて本開発の段階になれば、組織でモノをつくることが求められます。その際にゲームデザイナーにはこういったスキルが求められる、という自分の中でも抜けていたポイントを補完していただいたような感じがしてありがたかったです。
塩川:まさにそうですね。本書で書いた内容はマナーではありませんが、ゲームデザイナーとして最低限、知っておくべきことで、それを知らずにプロの現場に立つのは厳しい、ぐらいな話だと思っていて。その重要性に反して、誰かが教えてくれるようなことではなく、誰からも教わったことがなかったことなんですよね。
実際、新卒で入ってゲームデザイナーになって、はじめに教わることはマスターデータの触り方なんです。そこでパラメータの打ち方は勉強できるかもしれないし、そこからイベントスクリプトの組み方を教わるかもしれない。ただ、そこでなまじ形になってしまうと、それがゲームデザインだと思われてしまう危険性があります。特に有名タイトルだとそのリスクが高まります。
CGW:ゲームデザイナーはつぶしがきかないとよく言われるわけですね。
塩川:そうなんですよ。敵の配置はできるようになるかもしれないしマスターデータをつくれるかもしれない。でも、「ゲームデザインができますか」という質問に対してイエスと答えられるか、みたいな危機意識があります。それは業界全体にとって望ましいことではありませんよね。
10年ほど前、市場がAAAタイトルに集約されていく過程で業務の細分化が進み、次第に新人がゲームデザインを勉強する機会が乏しくなっていきました。それが昨今では、運営型タイトルが主流になったことで新人に運営を通して勉強させる例が増えました。そこでもまた、ゲームデザインについて学ぶ機会が乏しいのが事実です。その状態で5年くらい仕事を続けてしまうと、ゲームデザイナーとしての成長が止まってしまいます。そんな風に企業におけるゲームデザイナー教育のあり方はシビアな課題だと思っています。
CGW:おっしゃる通りですね。
塩川:こうした問題は業界の環境に起因するところもあるので、なかなか解決が難しいところがあります。それでも、本書がなんらかの助けになれば嬉しいですね。学生さんもさることながら、若手のゲームデザイナーでも現場でつまづいたときに手に取ってもらえれば嬉しいですし、広く業界外の方にも読んでいただければ、何かしら参考になることがあるのかなと思います。