<3>『スター・トレック BEYOND』では、良質なインビジブルエフェクトを短期間で実現
ーーそれでは、本題の『スター・トレック BEYOND』プロジェクトについて聞かせください。Base FXとしては、どれくらいの規模で制作に臨んだのでしょうか?
リー:関わったアーティストはピーク時で260名以上、平均150名ほど。スケジュールとしては、全120ショットを約3ヶ月で完成させる必要がありました。
『スター・トレック BEYOND』ブルーレイ&DVD 予告編
ーー非常に短期間での制作になったようですね。
リー:そうですね。実は、われわれはポストプロダクションのかなり後期になってからの参加でした。当初担当する予定だった他社がやりきれないことが発覚し、Kelvin Opticalから、手伝ってほしいと相談をうけたのです。Kelvin Opticalは、本作のエグゼクティブ・プロデューサー J・J・エイブラムス自身のプロダクションBad RobtがつくったVFXスタジオになるのですが、Kelvin OpticalのVFXスーパーバイザーとやりとりするかたちで作業を進めました。打ち合わせやレビューの際はcineSyncを利用しました。
ーーどのようなVFXを担当されたのでしょう?
リー:大きくは4種類です。1つ目は、様々なキャラクターのフェイス・リプレイスメント。2つ目は、クラールのアジト(地下)のエンバイロンメントの制作。3つ目は、本作の敵となるクラール(イドリス・エルバ)が率いるロボット兵士、通称「マローダー(marauder)」のキャラクター・アニメーション。そして4つ目が、エンタープライズ号内部のセット・エクステンションです。特にフェイス・リプレイスメントは今回初めて取り組んだ表現だったこともあり、苦労しましたね。
ーー4種類のVFX制作について具体的に教えていただけますか。まずはフェイス・リプレイスメントからお願いします。
メイキング(1):フェイスリプレイスメント
リー:いくつかの難題があったのですが、最もシンプルだったのはジェームス・T・カーク船長(クリス・パイン)らメインキャストの顔の差し替えです。スタントマンが演じた実写プレートに対して、各キャストの3Dスキャンデータを基に作成したデジタルダブルで動きを合わせて顔を入れ替えていきました。デジタルダブルのモデルやテクスチャは、Kelvin Opticalから提供された素材をわれわれの方で適宜調整しています。一連のショットは大抵ワイドショットだったので、顔のディテールがはっきり見えることが少ないことに助けられましたね。逆に難しかったのが、CGで何らかの要素を追加する必要のあるキャラクターです。顔の一部を変形させる、顔だけでなく頭部全体を3DCGのものに入れ替えるといった類です。シル少尉(メリッサ・ロクスバーグ)というキャラクターは後頭部に甲殻類のような指(足)が付いているのですが、撮影時にガイドとなった特殊メイクによる指をペイントで消して、3DCGで作成した動いている指に置き換えなければなりませんでした。また、スールー(ジョン・チョウ)がクラールの特殊能力によって生命力を吸いとられる表現では、顔に血管が浮き出る効果をCGで加える必要がありました。
ーーひとくちにフェイス・リプレイスメントといっても、多岐にわたったわけですね。
リー:後半にU.S.S.エンタープライズ号の乗組員がクラールに生命力を吸い取られた瀕死の状態で倒れているというシーンが登場するのですが、これもまたデジタルダブルの顔に置き換える必要がありました。ですが、メインキャストではないため、その俳優の顔の3Dスキャンデータがなかったため、写真からモデルを起こす必要がありました。細かく動く目の表情を全てデジタルダブルで置き換えるのは大変だったので、目の部分だけは実写素材を活かしています。
image courtesy of Base FX
劇中後半に登場する、U.S.S.エンタープライズからの脱出をはかるクラールに生命力を吸い取られて瀕死状態で廊下に倒れているクルーのフェイスリプレイスメント。(左図)実写プレート/(右図)リプレイスメント処理を施した完成形
リー:フェイス・リプレイスメントの中で最も苦労したのが、クラールの顔がCGの頭から実写の特殊メイクの顔へと徐々に変化していく表現ですね。完全にエイリアンの風貌(CGの顔)、俳優のスキャンモデルに写真から起こしたテクスチャを貼って形状を調整した途中段階のもの、生身の俳優に特殊メイクを施したものという、3段階で徐々に変化させるのですが、そのアニメーションが自然に見えるよう細かな調整を繰り返しました。ジャスティン・リン監督からは、顔全体が同時に変化するのではなく、部位ごとに段階が異なっているという複雑な変化を求められたので、予め3つの状態で動きの合った素材を用意し、どの部分がどの段階にあるかをコントロールするためのマスクをエフェクトチームで作成。そのマスクを使ってNUKE上で変化の段階を細かく調整しながらコンポジットしました。
特殊メイクアップが施されたクラール役のイドリス・エルバに演技指導を行うジャスティン・リン監督
メイキング(2):敵アジトの3DCG環境
ーー続いて、クラールのアジトの3DCG環境(Environment)の制作についてお聞かせください。
リー:実は、この制作のためにBase FXとしては初めてエンバイロンメントの専門チームを起ち上げました。背景アセットについてもKelvin Opticalから提供されたものをベースに、モデラー3名体制で2〜3週間かけてブラッシュアップしていきました。岩や橋などのモデルが非常に精密だったことに加え、いずれもClarisse iFXで作成されていたため、われわれもClarisseベースのパイプラインを構築しました(これもまた初めてとのこと)。Clarisseでは、数千単位の膨大なモデル数を扱ったシーンであってもリアルタイムでプレビューできるのが利点ですね。とは言え、導入した当初は問題もありました。例えば、Base FXが通常カラーグレーディングに使っているCDLフォーマットが非対応だったり、十分な数のレンダリング用ライセンスを確保できなかったりと......。そうした問題については、制作を進めながらひとつひとつ解決していきました。
image courtesy of Base FX
クラールのアジト地下の環境はフルCGで作成された。(左上)実写プレート/(右上)3DCGで作成した環境/(左下)Houdiniのcrowd機能による群衆表現/(右下)完成形
リー:囚われたエンタープライズ号のクルーたちの群衆表現には、Houdiniのcrowdを利用しています。アニメーターがデジタルダブルでアニメーション・サイクルを作成し、それをライブラリ化したものをHoudiniで配置しました。全部で32ショット制作したのですが、そのうちの1ショットはまるまる1ヶ月かかったものもあります。フェイスリプレイスメントに次いで多くの時間を費やしましたね。