>   >  テーマパークのアトラクション体験『スペースチャンネル5 VR あらかた★ダンシングショー』が開拓した新たなファン層とは?(前篇)
テーマパークのアトラクション体験『スペースチャンネル5 VR あらかた★ダンシングショー』が開拓した新たなファン層とは?(前篇)

テーマパークのアトラクション体験『スペースチャンネル5 VR あらかた★ダンシングショー』が開拓した新たなファン層とは?(前篇)

Twitterのタイムラインが『スペチャン』であふれた

『スペチャン』の第一作を開発したのは、セガ・エンタープライゼス(当時)の第9ソフト研究開発部だ。部署を率いたのは、後に『ルミネス』(2004)、『Child Of Eden』(2011)などをリリースする水口哲也氏。開発子会社の分社化に伴い、ユナイテッド・ゲーム・アーティスツ(UGA)として2000年に独立し、『パート2』を制作する。

その後、2003年のセガとサミーの経営統合と、それに伴う一連の過程でUGAは解体・吸収され、主だったメンバーもセガを離れた。そこから紆余曲折を経て2007年に設立されたのがグランディングだ。

代表取締役は『スペチャン』シリーズでアシスタント・プロデューサーを務めた岡村氏。取締役に『Rez』(2001)の制作にかかわった堀田氏と、『パンツァードラグーン』シリーズでプランナーなどを手がけた二木幸生氏が名を連ねるなど、セガの遺伝子を受け継いだスタジオだ。『スペチャンVR』の制作メンバーにも、シリーズの開発に関わったメンバーが含まれているという。

ただし、社内の誰もが『スペチャン』の新作をつくることになるとは、夢にも思っていなかった。ニンテンドー3DS『ひらり 桜侍』(2011)や『任天童子』(2013)など、従来の枠に囚われない新感覚のゲームを発表し、着々と力をつけていった。

他にアナログカードゲーム『街コロ』(2012)でテレビゲーム以外の分野にも進出。hakuhodo-VRARスケルトンクルースタジオとの協業で、「MI-TECH CONCEPT VR Experience」(2019)を制作したのも、同社京都スタジオとなる。

※「MI-TECH CONCEPT VR Experience」の紹介記事はこちら

そうした中、きっかけになったのが「Game Symphony Japan 14th Concert SEGA Special」(2015)だ。セガのゲーム音楽がテーマのオーケストラコンサートで、シリーズの開発メンバーが楽屋に集まり、ちょっとした同窓会になっていた。

Game Symphony Japan 14th Concert SEGA Specialの模様(公式サイトより)

その際、テーマ曲『メキシカン・フライヤー』の演奏が始まると、Twitterを見ていた1人が驚きの声を上げた。タイムラインが『スペチャン』に関するツイートで一斉にあふれたのだ。その中には新作を期待する声もあった。

『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』(1991)、『ナイツ NiGHTS into Dreams...』(1996)、『バーニングレンジャー』(1998)など、セガを代表するゲーム音楽が次々に演奏される中、『スペチャン』ではタイムラインが予想を超えるほどの盛り上がりを見せたという。

「正直言って、意外でした。その当時ですら、もう15年も前のゲームでしたし、たかだか曲が1曲、ながれただけなのに......。この熱の熱さに、みんなが驚きました。その場で、『オカミネ(岡村氏のニックネーム)のところでつくってほしい』と言われて。そこからブレストが始まりました」。

これには開発メンバーの特殊性もあった。開発子会社のUGAは従来のセガファンに留まらない、新しいファンを開拓するゲームづくりをミッションに掲げていた。そのためゲーム業界内外から、様々なメンバーが集まっていた。岡村氏自身、レコード会社のエイベックスからの転職組というほどだ。新作の開発には貪欲でも、過去作に対する執着心は、それほど強くなかった。

それが発売15年を経て、これだけ多くのファンが熱い思いを届けてくれたことに戸惑いがあった。そうした感情は「ファンに対する恩返し」という思いにつながっていく。「本当に、そうした思いに突き動かされたというのが大きかったですね」。

もっとも、ゲーム開発が大型化する中で、自社開発に踏み切るには敷居が高かった。起爆剤を探していた同社に、たまたまKDDIが将来に向けてVRコンテンツの実証実験を進めているという情報が入った。

KDDIが展開するauも、ドリキャスのイメージカラーも、同じオレンジだ。オレンジ繋がりで、何か盛り上がれるかもしれない......。伝手を頼ってプレゼンをしたところ、担当者が『スペチャン』のファンだったこともあり、トントン拍子で話が進んだ。

この内容を基にセガにプレゼンすると、企画が承認された。ディレクターを務めた堀田氏が中心となり、1~2ヶ月の短期集中プロジェクトとして開発することになった。

『スペースチャンネル5 VR ウキウキビューイングショー』(左)と、HTC auブースの模様(右)

こうして完成したのが、『スペースチャンネル5 VR ウキウキビューイングショー』(2016)だ。東京ゲームショウ2016のHTC Viveブースにデモ版として登場し、話題を集めた。

同じUGAでも『Rez』チームにいた堀田氏にとって、『スペチャン』は自分好みの世界観でもあり、気になっていたタイトルだった。デモ版とはいえ新作の開発に関われることは、嬉しかった。タイムラインに流れた、新作を期待するファンへの回答という思いもあった。

もっとも、本コンテンツは音楽ゲームをVRでプレイする内容ではなく、"うらら"のリポートショーを、番組観覧者の1人として体感できるコンテンツだった。大半の来場者がVR未体験の中、いきなり複雑な操作を要求しても難しいだろうという考えからだ。

しかし、多くの来場者が単に鑑賞するだけでなく、体を動かしたり、手を突き上げたりと、ノリノリで踊っていた。ブースでこの光景を見た岡村氏は、本格的なVRゲームをつくる決意をしたという。

「素直に『スペチャン』らしいコンテンツをつくって大丈夫なんだなっていう確信を得たというか。そっちに行かないとダメだって、本当に思って。そこからゲームとしてどういう風に仕上げていくかという、本格的なプリプロダクションが始まりました」。

熱い思いを届けてくれたファンに対する回答として制作された『ウキウキビューイングショー』。しかし、それは思いがけず、新作開発の引き金になった。発端になったのがTwitterのタイムラインだ。岡村氏も堀田氏も、こうした展開で開発が進んだのは、初めての経験だったという。

「あらかた」なVR体感ゲームを目指す

このようにして開発への道筋が着いた『スペチャンVR』。準備期間を経て、開発が本格的にスタートしたのは2018年の半ばだ。堀田氏をはじめ、プロジェクトは数名で始まり、プロトタイプ開発が続いた。実質的な開発期間は1年半で、最大でもメンバーは十数名に留まったという。

同社にとって、本作はコンソールゲームでは初の自社開発・自社販売だ。セガからIPのライセンスを受けているとはいえ、限りなくインディ(独立系)ゲームに近いスタイルとなる。社員数が数十人規模の同社にとって、開発の負担は少なくなかった。

新たに黃色が基調になった"うらら"のコスチューム

その一方で、受託開発とは異なり、自分たちの判断でゲームづくりが進められるメリットもあった。一般的なゲームコントローラに対応せず、ハンドコントローラのみに限定したのは好例だ。

本作はPS VR、HTC Vive、SteamVROculus Quest向けのマルチタイトルとして企画された。もっとも、その中でも先行して開発されたのが、発売中のPS VR版だ。母艦となるPS4の仕様上、他のハードと異なり、一般的なゲームコントローラ(DUALSHOCK 4)が標準コントローラとなる。

そのため『スペチャンVR』をプレイするためには、別売りのPlayStation Moveモーションコントローラー(以下PS Move)を2本、購入する必要がある。PS Moveの価格は2本で1万円以上するため、本体の装着率を考えると、DUALSHOCK 4にも対応させた方が良いのは明らかだった。

「ビジネス的な考えでいえば、かなりのチャレンジです。開発初期の段階で、DUALSHOCK 4を両手で持ち、上下左右に動かすスタイルも試作してみました。しかし、どうやっても中途半端なものになってしまい、覚悟を決めました。とても『スペチャン』らしい体験になると思ったので」(岡村氏)。

「ギリギリまで両対応させる話もありましたが、PS Move専用にして、きれいにつくった方が良いよってことで、そっちに振り切りました。また、試作の段階でPS Moveによるプレイが気持ち良かったということもありました」(堀田氏)。

確かにPS Moveを両手で1本ずつ持ち、体を動かしながら楽しむVR体験は、本作ならではのものだ。指ではなく、体全体を動かす入力方法は、VR酔いの軽減にもつながる。一度体験してしまうと他のスタイルに戻れなくなるほどだ。こうした決断ができたのも、自社開発ならではだろう。

ジャガーズをはじめシリーズでお馴染みのキャラクターも登場

もっともPS Moveに限定することで、思わぬデメリットも生じた。出題される動きを覚えて、身体を動かし再現するという行為は、多くの人にとって非常に難しい......このことがプロトタイプの開発中に判明したのだ。

後述するが、本作のモーション制作には過去作のデータを再活用したり、当時と同じモーションアクターが参加したりと、並々ならぬ力が入っていた。しかし、堀田氏は「最初に収録したモーションデータは8割方、没になった」という。

前述の通り、本作のベースは「旗揚げゲーム」だ。試作も過去作の出題をそのままVRゲームに落とし込むところから始まった。ところが実際に遊んでみると、指の入力では簡単すぎる問題でも体を動かすとなると、ミスが連発したのだ。

「ダンスが覚えられない」、「ダンサーのように体が動かせない」、「自分では正確に動かしているつもりでも、実際は動きが不正確で、ミスと判定されてしまう」、「最初は良くても、疲れてだんだんミスが増えてくる」などだ。

せっかくキレキレのモーションを多数収録したのに、VR体感ゲームとしたことで、実装できない......。ここで判断の基準になったのが、前述の「あらかた」というキーワードだ。

「判定をシビアにすると楽しくなくなってしまうので、できるだけ判定を大きくしました。正しく踊っているつもりなのにミスになってしまうのが一番嫌だったので、『あらかた設定』にしたんです。その方が『スペチャン』っぽくて良いかなと」(堀田氏)。

本作で初登場した唄うモロ星人こと、ベツモロ。「リポート02」で唄いながら攻撃してくる

共通イメージになったのが、テーマパークのアトラクション体験だ。テーマパークにはゲーマーだけでなく、老若男女様々な層が訪れる。事業者側は、そうしたユーザーに対して説明もそこそこに非日常の体験を提供し、楽しんで帰ってもらう必要がある。くり返しプレイされることが前提のゲームと、デザインの方向性が異なるのは明らかだ。

「同じように本作についても、家庭でVRアトラクションが気軽に体験できるくらいの落としどころが良いかなと。意外とそういうゲームがないよねっていう話もありました」(岡村氏)。

PS VRの販売台数が500万台を突破したとはいえ、まだまだVRゲームは市場の拡大期にある。VRゴーグルをかぶってタイミング良くコントローラを操作させるのは、多くのユーザーにとって、依然として敷居の高い行為だ。

それよりも、言われたとおりに体を動かしていけば、すごい体験ができる。自分がチームの一員になって、事件に巻き込まれ、みんなで力を合わせて解決する。ミュージカルの中に入って、非日常の体験ができる。それだけで、すごく良いコンテンツを提供できるのではないか......。プロトタイプの開発を通して、これが共通認識となっていったのだ。

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Profileプロフィール

グランディング株式会社

グランディング株式会社

左から岡村峰子氏(グランディング株式会社 代表取締役/プロデューサー)、堀田 昇氏(グランディング株式会社 取締役/アートディレクター )

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