大学の授業に、新人研修に......広がる用途
CGW:三宅さんから「自分が読みたい本をつくった」的な発言がありましたが、向井さんは大学で教えられている立場として、対象となる読者をどのように想定されましたでしょうか?
向井:自分が読みたい本をつくったという思いは、多かれ少なかれ自分も同じですね。自分もスクウェア・エニックスに入社したとき、「リグ」や「ブレンドツリー」という言葉を知りませんでした。そこで調べようと思っても、きちんと日本語で定義されている文章が見つからなかったんです。こうした状況は今でも同じではないでしょうか。そこで本書を執筆するにあたり、海外の文献も含めていろいろ調査して、自分なりの定義を盛り込みました。そのため本書を読めば、アーティストやエンジニアが職種を超えて議論をするときの、共通の言葉が得られると思います。
CGW:なるほど。
向井:その上で本書では、卒業研究などで指導教員が専門じゃないのにキャラクタアニメーションを題材にしたい学生が、最初に手に取る本をイメージして書きました。具体的には情報系や理工系の学生が、4年生になって卒業研究に取り組んだり、大学院などで本格的な研究を始めるときに、最初に読むとスムーズに研究が進められる本、という感じでしょうか。
またゲームの開発現場で、それまでキャラクタアニメーションが専門ではなかった人が、新しくチームに配属されることになったとき、とっかかりになる本というか。もちろん会社ごとに様々な方言やバリエーションみたいなものはあると思いますが、その中でも最大公約数的なものというか。きっかけのひとつになれば良いなと思って書きました。
書籍より
CGW:盛り込みたかったけど、残念ながら抜け落ちてしまった、というトピックはありましたか?
向井:最初は3DCGの全般的なトピックや、DCCツールの中のしくみについても盛り込むというアイデアがありました。ただ、途中でリアルタイムキャラクタアニメーションに絞り込もうということになりまして、そこからはブレずに進みました。そのため、書きたいことは書けたかな、という思いがあります。
川地:大学の教科書という意味で言えば、一章につき2回の講義で読み込んでいくと、だいたい半期(15回)で終わるボリュームになっているので、ちょうど良いかもしれません。実際に、そのように活用される想定で構成した部分があります。ただ、本書は理論編に特化しているので、実習に相当する分野は完全に抜け落ちています。数学の教科書に練習問題が載っているように、本書でも実習編に相当するものがあれば、より授業で使いやすい内容になったかもしれませんね。
CGW:ゲーム会社のプログラマーの新人研修的な用途にも使えますか?
川地:会社によって新人研修の方法もいろいろだと思うのですが、具体的なコンテンツ開発を通して、徐々に現場で学んでいく方が多いのではないかと思うんですね。場合によっては、新人同士で簡単なゲームをつくることがあるかもしれません。ゲームエンジンの普及で、開発の敷居が非常に下がりましたからね。ただ、そのときに疑問に感じることがあると思うんです。どうしてキャラクタアニメーションするんだろうとか。なぜオブジェクトがエディタ上で変形するんだろうとか。こうした疑問を解決するには、ゲームエンジンのしくみやデータの構造に対する理解が求められます。そんなときに本書が役立つと思います。
また、これは新人研修では少ないかもしれませんが、ゲームを開発中にゲームエンジン自体の改造や拡張が必要になるかもしれません。そんなとき、ゲームエンジンにおけるキャラクタアニメーションの基本技術と、データのながれが理解できていれば、改造や拡張が容易になります。
CGW:なるほど。
川地:ゲームの構造が非常に複雑になってきていて、ゼロからつくるのが大変な時代になっています。ただ、商用エンジンでも内製エンジンでも、おおむね共通した知見が使われています。本書で解説した知見は、ほとんどのゲームエンジンで共通して使われている内容だと思います。それを足がかりにして、自分のやりたいことや、不足している部分を考えてもらえば良いなと。
書籍より
ゲームAIとキャラクタアニメーションの溝
CGW:ゲームの開発現場では、例えばどういったことが問題になっていて、本書を読むと、どういった職種の人が、どういった場面で役に立つと考えられるのでしょうか?
向井:テクニカルアーティストがゲームの企画にあわせてMayaの機能を拡張していく、といったことが良くあると思います。そういったときに、それぞれの機能の基礎について理解していると、拡張が容易になります。本書ではブレンドシェイプやIK、FKなどの解説も盛り込みましたので、参考になるのではないでしょうか。近年のDCCツールは非常に良くできているので、理屈を知らなくても使えてしまいますが、他社とちがうことをしようとすると、独自に手を加えることが必要になると思います。
川地:今のキャラクタアニメーションは、短いアニメーションクリップを組み合わせて一連の動きをつくっていくやり方が主流です。キャラクタアニメーション担当のアーティスト、いわゆるアニメータの業務の大半は、このアニメーションクリップを制作することに費やされます。それぞれのアニメーションクリップの品質は非常に素晴らしいもので、キャラクタの息づかいまで感じられるようなものがたくさんあります。
ただ、それを実際にゲームエンジンに載せて、ゲームAIでコントロールして、実行してみると、ずいぶん印象が変わってしまうことがあります。なんでこんな動きになっちゃうんだろう......そんなふうにストレスに感じるアニメータが少なくありません。
もちろん、同じような思いはプログラマも感じていると思います。ただ、それを修正する方法は、データをつくったアニメータが一番良く知っています。ここをこんな風に直したいとか。あるいは全体の制約がある中で、どういう風にクオリティを上げていけば効果的かだとか。そうした要望をプログラマに伝えるためには、ある程度、背景となる知識が必要になります。そんなとき、アニメータとプログラマで共通の言葉が増えれば、相談がしやすくなります。
実際、個々のアニメーションクリップの組み合わせによって、動きに不連続性が発生してしまうことは、現状のDCCツールのしくみ上、避けては通れないところがあります。そんなときでも、ある程度のしくみを知っていれば、何か技術的な相談や提案をするときに、スムーズに進むのではないでしょうか。
CGW:近年ではVTuberをはじめ、これまでゲームと呼ばれていなかった分野に、どんどんゲームの開発技術が転用される動きが強まっています。そんなふうにゲーム業界以外のプログラマやアニメータも、本書によって新たな知見を得られそうですね。
川地:バーチャルなキャラクタを画面上に出して、自由に動かしたいと思ったとき、ゲームエンジンを使うのが一番簡単なんですね。そこで、何かプラスアルファのことをしたいと思ったとき、本書を読むと背景知識として役立つと思います。中でもロボティクスの専門家の方が本書を読んで活用する、といったことが考えられます。ロボットを実際につくらなくても、バーチャル空間上でシミュレートさせられますからね。そんなふうに「何かとキャラクタアニメーションを組み合わせる」といった事例が、これからどんどん増えていくと思います。
向井:一方でゲームやCGとロボティクスのちがいとして、アーティストの有無があります。ロボティクスの場合は、現実空間に置かれたロボットが、自律的に行動しなければいけません。一方でゲームやCGではエンターテインメント性が求められます。そこで必要になるのがアーティストです。そこに技術が上手くつながると良いなと思っています。だからこそアーティストの側にも、原理原則の理解が求められるというか。
書籍より
CGW:一章から六章までの内容はキャラクタアニメーションにおける過去の知識の体系化という意味合いがありますね。一方で七章のゲームAIの部分は、まさに今、研究開発が進んでいる分野です。そうした中でゲームAIの研究者が本書を読むメリットはなんでしょうか?
三宅:ゲームAI側からも、キャラクタアニメーションの原理原則について理解を深めることは重要です。実際、アニメーションクリップの中身って、アニメータと同じように、ゲームAI側からみてもブラックボックスの部分が大きいんですよ。例えば、腕を振り上げるときに、もう少し動きにタメが欲しいだとか。肘のIKの感じをもう少し調整したいだとか。そういった細かい調整を行うとき、ゲームAIとキャラクタアニメーションが分断されたままだと、会話が成立しにくいですから。
CGW:はいはい。
三宅:また、先ほども言いましたが、ゲームAIとキャラクタアニメーションは、お見合い状態になりやすいんです。これは本書でも説明しましたが、ジャンプして高いところにあるアイテムを取るシチュエーションがあるとします。そんなとき、ゲームAI側からすると、アニメータの側で担当してもらえないかなと思うわけです。ジャンプしてアイテムを取るには、そのためのアニメーションデータが必要で、それをつくるのはアニメータの仕事ですから。一方でアニメータの側では、ゲームAIが主導する仕事のように見える。キャラクタがジャンプに最適な位置まで移動するには、ナビゲーションAIが必要になるので。
こんなふうにキャラクタがゲームエンジンのような仮想の物理空間上で、何か意思決定を伴う動きをしようとすると、アニメータとゲームAIで高度な連携が必要になります。しかも近年では、プロシージャルなAIアニメーションに関する研究開発が、各社で進んでいます。個々のアニメーションクリップの粒度をもっと小さくして、プロシージャルにアニメーションを作成する。そこにゲームAIを組み合わせて、よりインタラクティブで、現実味のあるキャラクタアニメーションをつくる、という考え方ですね。そのためには、より両者の連携が求められます。そのための足がかりとして、本書は必読ではないでしょうか。
グラフィックスとアニメーションで進化のギャップを埋める
CGW:プロシージャルAIアニメーションは、まさにホットな研究分野ですね。本書でも各章の「発展的な話題」のパートで、そうしたヒントが散りばめられています。他にこれから、こういった研究が求められそうだ、といった予想はありますか?
三宅:ゲームAI側からすると、今はすでに用意されているアニメーションクリップを再生する命令を出しているだけで、それらがどんな意味や特徴をもっているか、理解していないという問題があります。
人間は自分自身の動作について、ものすごく細かく理解した上で、個々の動作を選択していますよね。これくらいの距離なら飛び越えられるだろうとか。これくらいの高さなら届くだろうとか。ゲームもキャラクタの動きがものすごく細かくなっていて、剣を振り下ろす方向で届く距離がちがう、といったことが表現できるようになっています。
ただ、それに応じてゲームAIが自分の運動特性、ひらたくいうと個々のアニメーションクリップの意味や特徴について理解していないと、具体的な運動が組み立てられない......そんな時代になりつつあります。そのため、ゲームAI側からみたアニメーションの特徴抽出や意味理解といった分野が、発展的なテーマとして挙げられます。
向井:先ほど川地さんからもアニメーションクリップの不連続性についての話がありましたが、動作と動作のつなぎ目をどのようにするかは、まさにこれからの研究課題ですね。全ての動きを事前に用意することは現実的ではないので、ある程度の種類の動きを用意してあげて、その間の動きを良い感じで埋めることができるようになれば、ゲーム以外でも広く使われるようになるのではないかと。
例えば、最近では個人でモーションキャプチャが手軽に録れるような環境やデバイスが整いつつありますね。そこで基本的な動きをキャプチャして、あとは自動補完してくれるようになれば、様々な表現やコンテンツの制作が可能になります。SIGGRAPHでも有力な研究成果が出始めていますが、まだまだこれからの分野だと思います。
書籍より
川地:今後もゲーム機の描画性能がどんどん向上して、グラフィックが精緻になっていくと思われます。モニターが2Kから4K、そして8Kになったり、VRデバイスがより進化して、普及していくといったながれですね。そうなるとキャラクタの挙動なり、フェイシャルなりといった部分で、より自然な表現を追求していく必要がありますね。今はそういった部分をアニメータが手でつけていますが、それだけだと限界があるので、何らかの自動化を進めていく必要があります。また、これは完全に個人的な予測なのですが、より「ゆっくりと進むコンテンツ」が出てくるかもしれないですね。
CGW:それは興味深いですね。どういった意味でしょうか?
川地:いまファミコンの頃のゲームを遊ぶと、相当ペースが速いんです。モニタの解像度も粗かったですし、物理的な大きさも小さかったので、せかせかしているように見える。なにしろ14インチのテレビなどでゲームを遊んでいたわけですからね。それがテレビが次第に大型化して、解像度も上がってきたことで、キャラクタの動く速度がどんどんゆっくりになってきています。リアルな速度に近くなってきたんです。ただ、それでも現実に比べると、相当速い。サードパーソンのアクションゲームなどを遊ぶと、そのことが理解できると思います。これは今の標準的なテレビサイズである2Kモニタと、プレイヤーと画面との距離のバランスを、各社が考慮した結果だと思われます。
ただ、これがもっと高解像度になって、VRのようにモニタとの距離が近くなると、もっと現実に近い速度感の動きが求められるようになると考えられます。そうなるとキャラクタのフェイシャルなどによりフォーカスが当たるようになりますし、これまで無視されてきた動作......例えばモノを掴むといった行為でも、ボタンを押せばすぐに掴むといったユーザーインターフェイスではなく、何かを掴んだり、操作すること自体がコンテンツになる......。そんな発想が生まれてくるかもしれません。そこに新しいゲームAIやキャラクタアニメーションの技術が使われていくのではないかと思っています。
書籍より
キャラクタアニメーションの底上げのために
CGW:話を聞いていて、PS3で発売された『BEYOND: Two Souls』(2013)というアドベンチャーゲームの開発者にインタビューしたときのことを思い出しました。「現実味のあるキャラクタをゲームで表現するとき、最も重視する技術は何ですか?」という質問に対して、得られた答えは「ライティング」でした。確かにライティングは画づくりにおいて重要ですからね。実写の映像作品でも、非常に重視される要素です。
一方で同じ開発会社がPS4で制作した『Detroit: Become Human』(2018)では、ライティングもさることながら、キャラクタアニメーションに格段の向上が見られました。しかし、どこかぎこちなさが感じられたことも事実で、そのギャップが「主人公が人間ではなく、アンドロイドである」というゲームデザインと良くマッチしているようにも感じられました。これがPS5世代で、どのような進化を遂げていくのか、今から楽しみですね。
ただ、そのためには本書のようなゲームAIとキャラクタアニメーションを橋渡しするような書籍が、もっともっと増えていくことが求められます。お三方は一読者として、こんな本を読んでみたい、という希望はありますか?
向井:先ほど川地さんからもご指摘がありましたが、キャラクタアニメーションの実装部分について、もっと知りたいですね。効率的なプログラミングの方法だとか、具体的なやり方だとか。
川地:改めて読み返してみて、キャラクタアニメーションとゲームAIの接続の部分について、もう少し丁寧に説明した方が良かったかなとは思います。ゲームAIの意思決定があって、それをキャラクタアニメーションで表現する際、どのような手順で進んでいくのか。そうした点について、ゲームAIやゲームプレイを担当されるプログラマの方が書かれた本があれば、読んでみたいですね。
書籍より
三宅:今回は最初の本ということで、まず全体像をつかむというコンセプトで進めましたので、けっこう足早にまとめたところがあります。例えばアニメーションに必要な数学の説明などは、かなり駆け足になっています。4✕4の行列だとか、空間回転だとか......その程度で良いんですけどね。なので大学でまず線形代数を習って、アニメーションに必要な数学を学んだ上で、実際にアニメーションを動かすといった、一連のながれについて学べる本があるといいですね。
また、ゲームAIのパートで言えば、川地さんが指摘されたように、より実践向きの本があっても良いですね。キャラクタがUターンするという動きひとつとっても、ゲームではコントローラの操作に機敏に反応してほしいので、良い感じに動きを省略することがあります。こうした動きの誇張や省略はNPCでも同様です。そうした場合、ゲームAIとキャラクタアニメーションの接続をどうするか。
最後に学術的な話でいえば、人工生命が学習によって新しい動作を獲得していくといった研究分野があります。かつてはムカデみたいなキャラクタで自律的に動きを学習させていましたが、最近ではヒト型のキャラクタでできるようになるなど、研究の積み重ねがあります。近年ではゲームでもそれなりのシミュレーション空間が表現できるようになってきたので、ゲームエンジンを用いた学習ベースのアニメーション獲得といった文献が、あっても良いのかなと思います。架空生物のリアルなアニメーションを追求するといったテーマは、ゲーム業界らしくて良いですしね。
CGW:ありがとうございました。最後に読者に対してメッセージなどがあれば、お願いします。
三宅:くり返しになりますが、僕は「リグ」という言葉の意味を知らずにゲーム業界に入ってきました。同じように、アニメーションに関する断片的な知識は全て業務を通して自分で勉強してきました。ただ、結局今でも、多くの人はそんなふうに、業務を通して専門用語を習得し、漠然と理解しているという状況ではないでしょうか。本書を読むと、そうした時間を一気に省略できます。本書の巻末には用語一覧も載っています。ベテランの方でも、改めて読むと「これが欲しかった」と思っていただける内容になっていると思いますし、僕自身もそうした手応えがあります。ゲーム業界全体で活用してほしいですし、学校の授業などでも採り入れてもらえれば良いかなと思います。
川地:三宅さんの仰るとおりで、ハンドブックとして活用していただき、これを起点に知見を広げていってほしいですね。これまで本書のような内容は、ゲーム業界に入ってタイトルを何本か手がけて、十数年かけてまさに体験から学ぶしかありませんでした。そうした知見が凝縮して掲載されています。参考文献もかなり充実していると思いますので、長く活用していただけると思います。
向井:三宅さん、川地さんと同じで、僕も15~20年前に自分が読みたかった本をつくったところがあります。卒業研究や修了研究を始めたときだとか、就職したときに、この本があればどれだけ良かったか......。同じように感じている人は多いと思いますし、そうした人に向けて最適な一冊ができたのではないかと思っています。この本をきっかけにして、プログラマとアーティストが同じ言葉で話せるようになって、もっと素晴らしいキャラクタアニメーションが実現されれば嬉しいですね。