<2>豊富なリファレンス作成と適確なチューニング
大ベテランのHoudiniアーティストである井上氏は、本プロジェクトを進めるにあたって現行のHoudini 14で可能な表現技法をまとめた1分半ほどのサンプルリールを作成した。それはプレビューでありながらHoudiniならではのシミュレーション能力を活かし応用した幾何学的で魅力的なアニメーションとなっており、そこから瀬賀氏が各シーンに使えそうな技法をセレクトし、各アーティストがブラッシュアップしていったという。
「抽象的なモーショングラフィックスということで、あえて絵コンテは描かずに最初からHoudini上でプリビズ的なアニメーションを作成し、それをメンバーに観てもらって、作り込んでいくかたちをとりました」(瀬賀氏)。
井上氏が作成したHoudiniエフェクトのサンプルリール。「Prismus(Houdiniの前身にあたるソフトウェア)の時代から使い続けているので、Houdiniの特性を最大限に活かすという本プロジェクトに参加できたことが感慨深いです。嬉しさのあまり、ついサンプルをつくり過ぎてしまいました(笑)」(井上氏)
また、Houdiniにまだ慣れていないスタッフも多いことから、井上氏は画づくりの源泉となるエフェクトのひながたとそのシーンファイルの作成に徹し、そのhipファイルを他のアーティストたちに配布するという役割を担った。これにより、Houdiniのオペレーションに慣れていないアーティストも技術を習得しながら実制作を進めることができたという。
先述のとおり、縁の下の力持ちを担ったのが鳥居TD。本作の特徴的なライン表現において、当初OpenVDBを用いてVelocityフィールドをカーブに適用し、ForEachノードのループ処理によってラインを作成していたのだが、処理が非常に遅くなってしまったため、Attribute Wrangleで直接ループ処理のためのコマンドを書くことで高速化を行なったという。
「MELやMAXScriptを書いてきた経験から考えるとHoudiniのVEX言語においてもそこまで大きな差はないと思っていました。でもネットの情報を見たらノードをプログラムで書くことで20倍は高速化できると書いてあったので試してみたところ、約40倍高速化させることに成功して驚きましたね」(鳥居氏)。その他にもオリジナルのノードを複数自作したり、Houdiniのレンダリングジョブを効率的にBackburnerへ投げるためのツールを開発したそうだ。
2−1:OpenVDBによるエフェクト
(左)OpenVDBを用いたラインエフェクトの全体のキャプチャ/(右)ガロのオブジェクトの表面にスキャッターノードを用いてポイントを発生させる
(左)そのポイントをVDB Velocityフィールドに沿って動かす/(右)生成されたラインの始点と終点に色を加え、幅のサイズを定義する
またHoudiniの強みを活かしたもうひとつの機能としてタイムシフト(Shift)が大活躍したとのこと。これは一度シミュレーションした結果がさえあればハイスピード化や高速再生が再度シミュレーションせずに行えるというもの。どうしても時間がかかってしまうシミュレーション時間が圧縮出来ることによって、他のソフトではどうしても発生するトライ&エラーの回数を劇的に減らすことができたという。
雨宮慶太総監督からのオーダーとしては、本作の物語におけるキーワードとなるゴールドストームや三角錐などをビジュアルで表現してほしいというものであった。そこから瀬賀氏によって全シリーズに共通する牙狼らしさを加味させつつイメージを膨らましていった。各シーンで具体的に使用された演出としては砂に落ちる魔導文字、Velocityによるライン表現、複雑な反射をするクリスタルなど、いずれもHoudiniの強みを活かしたテーマが採用されている。特に砂の表現に関してはHoudini 14の新機能であるPosition-Based Dynamicsが活用された。
2−2:Sandソルバを用いた表現
Sandソルバは標準のまま使用された
タイムシフトノードを使用し、120fまでしかシミュレーションしていないものを360fにストレッチさせている