写真を言葉で説明するワークショップに四苦八苦
「駿馬」の特徴は座学とワークショップがセットになっている点だ。今回も後半で「お題に合わせて絵を描く」ワークショップが行われた。一見簡単そうに思えるが、一筋縄ではいかない内容だったのは、言うまでもない。学生たちも「言葉で伝える不自由さ」と、その上で正確にものごとを伝える重要さについて、改めて考えさせられていた。
はじめに根岸氏は「楽しそうなリンゴを描く」という課題を課した。「上手に描く必要はない」と説明されたが、学生はみな「楽しそうなリンゴって何?」と面食らうことに。数分後、様々な「楽しそうなリンゴ」の絵が並んだ。根岸氏はリンゴに目鼻を描いた、まわりにエフェクトを描いた、背景を描いた、カットされたリンゴを描いたなど、パターンが見受けられると指摘。これらはリンゴの絵に対して、各自が考える「楽しさの記号」が付け加えられた結果だといえる。
これに対して根岸氏は「楽しそうなリンゴの絵といっても、様々なバリエーションがみられた」と指摘。ここから「人は同じ言葉からちがう意味を連想する」と語った。その上で、こうしたちがいはゲームをつくる上でしばしば大きな問題を引き越すと解説。「意味のちがい」について自覚的になると共に、正確な言葉で説明する訓練を行うことが重要だと述べた。その後2人1組でペアになり、下記の手順で本番のワークショップがスタートした。
①主催者が用意したくじを引き、周囲にわからないように、くじに書かれた単語を確認する
②スマートフォンで単語について画像検索する
③検索した画像の説明を、シートに箇条書きで書き込んでいく(ただし、そのものズバリを説明するのはNG)
④相手とシートを交換する
⑤シートの説明を読みながら、内容をイメージしつつ、白紙にイラストを描く
⑥イラストとシートを相手と交換する
⑦相手が描いたイラストと自分の画像検索の結果を比較する
⑧より正確に相手に対してイメージが伝わるように、説明文を補足する
⑨再びシートを相手と交換する
⑩補足された説明を基に、2枚目のイラストを描く
⑪イラストとシートを相手と交換して、1枚目のイラストと差分を確認する
くじに書かれた単語は「犬」、「クルマ」、「カーネーション」だった。もっとも、ここから具体的にどのようなイラストを描くかは、画像検索の結果に委ねられる。その上で「画像検索の内容を忠実に反映するような」イラストが描けるように説明してほしいと注意された。くじの内容がクルマで、画像検索の結果が街中を走るカローラなら、状況も含めて伝えなければいけない。別の車種、別の情景であってはならない、というわけだ。
ここまでの時点で、参加者の手元にイラスト2点と説明シートができ上がった。ここで互いにイラストとシートを見せ合い(ただし検索結果は共有しないように注意)、内容がキチンと伝わっているか、どんな説明が有効だったか、もっと適切な説明を行うにはどのような表現が適切か、などのディスカッションが始まった。大半の参加者で1枚目より2枚目のイラストの方が、画像検索の結果に近づいていたが、中には逆に離れてしまうものもみられた。
最後にディスカッションを踏まえて、改めて説明文を補足。それを基に3枚目のイラストが作成された。イラストが完成すると、満を持して互いの画像検索の結果を見せ合い、答え合わせをすることに。説明文のブラッシュアップが2回行われたにもかかわらず、様々なズレが見られた。犬が寝そべっている写真では、写真とイラストで向きが異なっていた。クルマの写真では、セダンのはずがハッチバックになっていた、などだ。
これに対して根岸氏から「属人的な物言いをすると誤解を招きやすい。お互いの共通言語で会話をすることが重要で、身近なものに置き換えて説明するなどは、その第一歩」などと説明がなされた。犬を説明するのに「ワンと鳴く」のはOK。ただしトヨタ自動車を説明する上で「愛知県を代表する企業」と説明するのはNGというわけだ。愛知県を代表する企業が何であるか、人によって捉え方のちがいがあるからだ。
ゲームデザイナーとアーティスト、互いの理解を深めるには
続いてワークショップの講評をふまえつつ、意義に関する説明がなされた。そもそも、ビジュアルイメージを言葉で説明するのは非常に難しい。しかし、実際のゲーム開発では、こうした状況が頻繁に発生する。ゲームデザイナーからアーティストにイラストやアート素材を発注する場合などがそれだ。このとき、自分の意図した内容を正確に言語化できなければ、リテイクが頻出し、開発効率が低下してしまう。これは聞く側のアーティストも同様で、正しい質問力が求められる。
根岸氏は「アーティストには言葉から映像が浮かぶ人が多い。これに対してゲームデザイナーはテキストで発注し、テキストでリテイクする。互いが認識を合わせる努力をしなければ、ズレが生じやすい」と説明した。重要なのは「相手に伝わらないという前提で、それでも相互理解に向けた努力をする」姿勢だ。そのためには相手がイメージできる言葉で、具体的に説明することが求められる。相手に質問するときも抽象的な物言いではなく、具体的な質問をすることが重要だ。
もっとも完成後の修正はプロでも避けたいのが本音だ。そこで大切なのが「たくさんラフを描いて、早めに指示を受ける」こと。1枚描くのであれば、5%の労力で10枚のラフを描き、7枚を捨てる。次に30%の労力で3枚を下塗りし、2枚を捨てる。最後に残った1枚を100%の労力で仕上げる、といった具合だ。学生のうちは、これを何度もくり返すと良いという。完成した絵に課題を加え、再び0%に戻す。そこから再びラフを10枚描き、3枚に絞り、1枚を仕上げる。これをくり返すのだ。
最後に根岸氏は「何かモノをつくるときは、必ず目的がある」と指摘した。前述したように、ポートフォリオを作成する目的は、相手に会いたいと思わせることだ。そのためにレイアウト・カラー・フォントなどを選び、構成を工夫することが重要になる。これに対してワークショップのねらいは、相手に正確に伝える、伝わる物言いを工夫することだった。こうした目的を理解した上でつくるか否かで、成果物のクオリティは大きく変化する。裏を返せば、常に目的を意識することが重要だ。
その上で根岸氏は「クリエイター人生という尺度で見ると、ポートフォリオの作成は職を得るための手段であって、目的ではない」と釘を刺した。ポートフォリオの作成よりも大事なことは、自分が自発的にのめりこめる分野を見つけて、作品をつくり続けていくことだ。つくればつくるほど、自分の特徴が際立っていく。そうしてつくり貯めたものが、ポートフォリオの材料になる。「そのためにも、これからつくるものは、全て残しておいてください。全て、皆さんを表現する要素なのですから」。
ファリアー代表取締役の馬場保仁氏(左)と、根岸 遼氏(右)