アーティスト向けの「就活/転職アイテム」として認知が進むポートフォリオ。しかし、実際にはゲームデザイナーやアーティストなど、幅広い職種でそのエッセンスが役に立つという。ゲーム業界を対象とした人材育成を手がけるファリアーのポートフォリオ制作講座を取材した。
TEXT&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
そもそもポートフォリオとは何なのか
未来のクリエイターを「探し、育て、活躍する環境を整える」ために、2017年に創業したファリアー。そんな同社が主催する、ゲーム業界をめざす学生を対象とした勉強会が「駿馬(しゅんめ)」だ。「東京の学生に比べて、地方在住の学生は様々なハンデを負っている」として、これまで札幌・横浜・名古屋・京都・福岡・新潟・大阪で開催。就職活動で必要な企画書やポートフォリオの作成法を中心に、座学とワークショップを組み合わせた、ユニークなセミナーを続けてきた。
そんな同社が8月31日(土)に名古屋で開催した第29回勉強会が「ゲームクリエイターの『足元から支える』ポートフォリオ制作講座」だ。ポートフォリオと聞くとアーティスト志望の学生が対象になりそうだが、このワークショップではゲームデザイナー志望やプログラマー志望の学生にも役に立つ内容が学べるという。実際、会場に集まった46人(うち女性が13人)の学生も、志望職種はバラバラだった。
根岸 遼氏
講師を務めたのは自動車業界の設計開発者を振り出しに、ソーシャルゲーム会社大手のコロプラ、そしてファリアーと、唯一無二のキャリアを歩んできた根岸 遼氏だ。コロプラではアーティストの新卒採用を担当し、年間2,000冊を超えるポートフォリオの評価や、学生向けのアドバイスなどを行なってきた。2017年にファリアーにジョインすると、代表の馬場保仁氏とともに、駿馬などを通して学生の育成を励んでいる。
はじめに根岸氏は「ポートフォリオをつくる前に、何のためにつくるのか、その意味を考えてほしい」と切り出した。なお、ここでいうポートフォリオとは、「アーティストやアーティスト志望の学生が、転職/就職活動の際に、自分のスキルを説明するための資料」の意味。ただし、これを「他人に自分の考えを説明する」という視点にまで広げれば、企画書やプレゼン資料も含まれる。そのため、こうした資料をつくる際も、「なぜつくるのか」を意識することが重要だという。
続いて根岸氏は「ポートフォリオの役割」について、以下の3点に整理した。
①他人に「この人に会ってみたい」と思わせるための「宣伝担当」
②面接で話す際に「カンペ」として助けてくれる「サポート役」
③外観や話し方、話す内容以外で「印象に残る」スペシャル要素(印象操作)
①はポートフォリオで最も重要な要素だ。人気企業では毎日、大量のポートフォリオが届く。その中から人事担当者に「会ってみたい」と思わせられる内容でなければならない。他に自分のスキルを説明するための資料として持参し、面接で説明する材料にも使える。ポートフォリオの内容で、自分自身を相手に印象づけることも可能だ。根岸氏も「以前、カエルがモチーフの作品が大量に入ったポートフォリオを見たことがあり、良くも悪くも印象づけられた」という。
もっとも、そうしたポートフォリオをつくるためには、「圧倒的なクオリティを示す」か、「他の人との差別化を図る」ことが求められる。理想は前者だが、実際には大半の学生で優劣をつけがたいのが現状だ。そこで求められるのが後者で、「自分を伝えきる」ことが重要だという。そのためにはポートフォリオに「自分が最も得意な内容を入れる」ことと、「相手にあわせて少しずつ内容を変えること」が肝心。そのためには作品制作の積み重ねが最重要だと述べた。
ポートフォリオをつくるときの意識
続いてトピックは「ポートフォリオをつくる前の意識」に移った。根岸氏は「同じ内容でも、ちょっとした工夫で見る側の印象がずいぶん変わる」として、「レイアウト」、「カラー」、「フォント」という3つのキーワードを提示。それぞれ具体例を示しながら、解説していった。
「レイアウト」とはイラストや文章など、ポートフォリオを構成する要素(コンテンツ)の配置のことだ。同じキャラクターを配置するのでも、中央に大きく単体で表示すれば、自然と主人公的なイメージが付与される。色や形の異なる2体のキャラクターが左右に同じ大きさで並べば、主人公とライバルという関係性が連想されるだろう。中央に大きく単体で配置し、その左右に小さく別のキャラクターを並べれば、ヒーローと仲間といった具合だ。
「カラー」では色の意味や、組み合わせ方に気を配ることが重要だ。戦隊ヒーローは好例で、熱血漢の赤、クールな青、元気な黃など、色のもつ意味が効果的に使われている。マンガ『ドラゴンボール』の敵キャラクター、フリーザの配色に紫が効果的に使われているのも、知性・富・高級感を表す色だからだ。もっとも、色の意味や組み合わせは国や文化によって異なる。純粋・清潔などプラスのイメージが多い白色も、中国では陰湿・極悪など縁起の悪い色になる。こうしたちがいを理解することが重要になる。
他に学生がやりがちな失敗例として、目がチカチカする配色をしてしまうことがある。補色(色相環における対面同士の色の組み合わせ)を使いすぎるのが原因で、赤とシアン、青と黄、緑とマゼンタなどが、それぞれ補色関係となる。これに対して色相環上で近しい色の組み合わせは、落ち着きを与える。赤と黄、緑とシアン、青とマゼンタなどだ。根岸氏は「はじめにベースカラーを決め、ワンポイントで補色を加えるなど、配色のバランスを考えることが重要だ」と指摘した。
最後の「フォント」では、映画『君の名は。』のロゴが例に挙げられた。A1明朝が使用され、上品な印象を与えているが、これが游ゴシックだと大人しめになり、新ゴだと体育会的になる。新丸ゴだと子ども向けといった具合に、フォントが変わるだけで受ける印象が変化するのだ。そのためポートフォリオに添える文章やタイトルにおいても、内容に即したフォント選びが必要になる。逆に「何となく格好良いからアルファベットにする」などは避けるべきだと釘を刺した。
もっとも学生のうちから、これらを意識して使いこなすことは難しい。そこで根岸氏は、日常生活に潜むヒントに敏感になってほしいと述べた。広告はそうしたヒントの宝庫で、つくり手の意図がふんだんに含まれているという。根岸氏もWeb上の画像をスクラップできるWebサービス「Pinterest」を通して、様々な広告画像を収集し、暇を見て見返していると述べた。「なぜそうした選択をしたのか、常に説明できるようになってほしいですね」。
また、「黄金比」に関する説明もなされた。古来より人間が最も美しいと感じる比率「1:1.618」で、歴史的建造物や美術品をはじめ、様々な分野に採り入れられている。ミロのヴィーナス、パルテノン神殿、パリの凱旋門などは好例だ。オウムガイの殻、ひまわりの種など、自然界にも黄金比を基にした造形美が見られる。Twitterのロゴも黄金比で構成されたデザインとなっている。「こうした知識を知ることで、日常を注意して観察できるようになる」と根岸氏は語る。
最後に根岸氏はポートフォリオの制作ステップを次のようにまとめた。
①自分のこれまでをふり返る
②伝えたいことをリストアップする
③リストを並び替えてストーリーをつくる
④ストーリーに合わせて作品をはめこむ(作品がないならつくる)
⑤意図が伝わるか確認してから作業を始める
⑥完成したら周囲に見せて確認する
その上で、ストーリーづくりの一例として「起承転結」を挙げ、例として10ページの構成を示した。
① 表紙(一番の自信作)
②~③ 起(自分の一番のこだわり)
④~⑤ 承(こだわりを伸ばすための工夫)
⑥~⑦ 転(それ以外の要素)
⑧~⑨ 結(基礎力/デッサンなど)
⑩ 自己紹介など
もちろん、それぞれのボリュームは人によって変更可能だ。根岸氏は「ポートフォリオには答えはないが、型はある」として、参考にしてほしいと語った。
[[SplitPage]]写真を言葉で説明するワークショップに四苦八苦
「駿馬」の特徴は座学とワークショップがセットになっている点だ。今回も後半で「お題に合わせて絵を描く」ワークショップが行われた。一見簡単そうに思えるが、一筋縄ではいかない内容だったのは、言うまでもない。学生たちも「言葉で伝える不自由さ」と、その上で正確にものごとを伝える重要さについて、改めて考えさせられていた。
はじめに根岸氏は「楽しそうなリンゴを描く」という課題を課した。「上手に描く必要はない」と説明されたが、学生はみな「楽しそうなリンゴって何?」と面食らうことに。数分後、様々な「楽しそうなリンゴ」の絵が並んだ。根岸氏はリンゴに目鼻を描いた、まわりにエフェクトを描いた、背景を描いた、カットされたリンゴを描いたなど、パターンが見受けられると指摘。これらはリンゴの絵に対して、各自が考える「楽しさの記号」が付け加えられた結果だといえる。
これに対して根岸氏は「楽しそうなリンゴの絵といっても、様々なバリエーションがみられた」と指摘。ここから「人は同じ言葉からちがう意味を連想する」と語った。その上で、こうしたちがいはゲームをつくる上でしばしば大きな問題を引き越すと解説。「意味のちがい」について自覚的になると共に、正確な言葉で説明する訓練を行うことが重要だと述べた。その後2人1組でペアになり、下記の手順で本番のワークショップがスタートした。
①主催者が用意したくじを引き、周囲にわからないように、くじに書かれた単語を確認する
②スマートフォンで単語について画像検索する
③検索した画像の説明を、シートに箇条書きで書き込んでいく(ただし、そのものズバリを説明するのはNG)
④相手とシートを交換する
⑤シートの説明を読みながら、内容をイメージしつつ、白紙にイラストを描く
⑥イラストとシートを相手と交換する
⑦相手が描いたイラストと自分の画像検索の結果を比較する
⑧より正確に相手に対してイメージが伝わるように、説明文を補足する
⑨再びシートを相手と交換する
⑩補足された説明を基に、2枚目のイラストを描く
⑪イラストとシートを相手と交換して、1枚目のイラストと差分を確認する
くじに書かれた単語は「犬」、「クルマ」、「カーネーション」だった。もっとも、ここから具体的にどのようなイラストを描くかは、画像検索の結果に委ねられる。その上で「画像検索の内容を忠実に反映するような」イラストが描けるように説明してほしいと注意された。くじの内容がクルマで、画像検索の結果が街中を走るカローラなら、状況も含めて伝えなければいけない。別の車種、別の情景であってはならない、というわけだ。
ここまでの時点で、参加者の手元にイラスト2点と説明シートができ上がった。ここで互いにイラストとシートを見せ合い(ただし検索結果は共有しないように注意)、内容がキチンと伝わっているか、どんな説明が有効だったか、もっと適切な説明を行うにはどのような表現が適切か、などのディスカッションが始まった。大半の参加者で1枚目より2枚目のイラストの方が、画像検索の結果に近づいていたが、中には逆に離れてしまうものもみられた。
最後にディスカッションを踏まえて、改めて説明文を補足。それを基に3枚目のイラストが作成された。イラストが完成すると、満を持して互いの画像検索の結果を見せ合い、答え合わせをすることに。説明文のブラッシュアップが2回行われたにもかかわらず、様々なズレが見られた。犬が寝そべっている写真では、写真とイラストで向きが異なっていた。クルマの写真では、セダンのはずがハッチバックになっていた、などだ。
これに対して根岸氏から「属人的な物言いをすると誤解を招きやすい。お互いの共通言語で会話をすることが重要で、身近なものに置き換えて説明するなどは、その第一歩」などと説明がなされた。犬を説明するのに「ワンと鳴く」のはOK。ただしトヨタ自動車を説明する上で「愛知県を代表する企業」と説明するのはNGというわけだ。愛知県を代表する企業が何であるか、人によって捉え方のちがいがあるからだ。
ゲームデザイナーとアーティスト、互いの理解を深めるには
続いてワークショップの講評をふまえつつ、意義に関する説明がなされた。そもそも、ビジュアルイメージを言葉で説明するのは非常に難しい。しかし、実際のゲーム開発では、こうした状況が頻繁に発生する。ゲームデザイナーからアーティストにイラストやアート素材を発注する場合などがそれだ。このとき、自分の意図した内容を正確に言語化できなければ、リテイクが頻出し、開発効率が低下してしまう。これは聞く側のアーティストも同様で、正しい質問力が求められる。
根岸氏は「アーティストには言葉から映像が浮かぶ人が多い。これに対してゲームデザイナーはテキストで発注し、テキストでリテイクする。互いが認識を合わせる努力をしなければ、ズレが生じやすい」と説明した。重要なのは「相手に伝わらないという前提で、それでも相互理解に向けた努力をする」姿勢だ。そのためには相手がイメージできる言葉で、具体的に説明することが求められる。相手に質問するときも抽象的な物言いではなく、具体的な質問をすることが重要だ。
もっとも完成後の修正はプロでも避けたいのが本音だ。そこで大切なのが「たくさんラフを描いて、早めに指示を受ける」こと。1枚描くのであれば、5%の労力で10枚のラフを描き、7枚を捨てる。次に30%の労力で3枚を下塗りし、2枚を捨てる。最後に残った1枚を100%の労力で仕上げる、といった具合だ。学生のうちは、これを何度もくり返すと良いという。完成した絵に課題を加え、再び0%に戻す。そこから再びラフを10枚描き、3枚に絞り、1枚を仕上げる。これをくり返すのだ。
最後に根岸氏は「何かモノをつくるときは、必ず目的がある」と指摘した。前述したように、ポートフォリオを作成する目的は、相手に会いたいと思わせることだ。そのためにレイアウト・カラー・フォントなどを選び、構成を工夫することが重要になる。これに対してワークショップのねらいは、相手に正確に伝える、伝わる物言いを工夫することだった。こうした目的を理解した上でつくるか否かで、成果物のクオリティは大きく変化する。裏を返せば、常に目的を意識することが重要だ。
その上で根岸氏は「クリエイター人生という尺度で見ると、ポートフォリオの作成は職を得るための手段であって、目的ではない」と釘を刺した。ポートフォリオの作成よりも大事なことは、自分が自発的にのめりこめる分野を見つけて、作品をつくり続けていくことだ。つくればつくるほど、自分の特徴が際立っていく。そうしてつくり貯めたものが、ポートフォリオの材料になる。「そのためにも、これからつくるものは、全て残しておいてください。全て、皆さんを表現する要素なのですから」。
ファリアー代表取締役の馬場保仁氏(左)と、根岸 遼氏(右)