プレイヤーが楽しめるよう、道中の風景を自然と変化させる
さて、前述したようにゲームというインタラクティブなコンテンツにおけるエンバイロンメントのコンセプトアートでは、「よりダイナミックで、広がりのある空間」が求められます。その期待は、先に掲載したような一枚画だけではカバーしきれません。別方向からの空間の見え方はもちろん、ゲームのレベルデザインとの連携まで考慮することが求められます。
本作の地下鉄駅は、表層にある駅舎(1階)、途中駅である地下1階、終着駅である地下2階の3層からなり、その立体的かつ複雑な空間を、エスカレーター、階段、エレベーターでつないでいます。地下鉄駅は打ち捨てられており、目的地である「ハッカーの隠れ家」にダイレクトにたどり着けないレベルデザインを想定しています。途中のエスカレーターや階段は、事故車両や防災シャッター、瓦礫などの説得力のある「合理的な理由」でところどころが封鎖されており、プレイヤーは違和感なく回り道をすることになります。その上で、プレイヤーに楽しんでもらうため、デザインの統一感を意識しつつも、道中の風景が自然と変化するように配慮してあります。
2方向の線画で、複雑なレベルデザインをわかりやすく伝える
▲駅舎の外観。この地下鉄駅は特に立体的で複雑な構造なので、チームが円滑にコミュニケーションできるようにするため、オブジェクトの上下の重なりを整理整頓し、パースのついた画(左側)と上面図(右側)からなる、2方向の線画を用意しました。
▲駅舎(1階)
▲1階と地下1階を結ぶ階段やエスカレーター
▲地下1階。1階と地下1階を結ぶエスカレーターは、下方の昇降口が事故車両で塞がれており、地下2階にある「ハッカーの隠れ家」へ向かうプレイヤーに違和感なく回り道をさせるレベルデザインになっています
▲地下1階と地下2階を結ぶ階段やエスカレーター
▲地下2階
▲1階、地下1階、地下2階を結ぶエレベーター。このエレベーターが、1階と目的地を結ぶ最短ルートですが、「合理的な理由」によって封鎖するレベルデザインになっています。なお一連の線画は、補助的に3Dツールも使っていますが、基本的に2Dベースで制作しています
▲赤色の線は、目的地である「ハッカーの隠れ家」(赤色で着色した2つの車両)までのプレイヤーの経路を表しています。この画では、プレイヤーの目線も考慮し、空間全体のデザインを示しました。レベルデザインを伝える画の描き方に明確な決まりやフォーマットはありませんが、「複雑な情報をわかりやすく伝える」ことが肝要です
目的地までのレベルデザインも考慮し、空間をデザイン
目的地まで一直線に進めるようでは、ゲームとしてのボリューム感に欠けます。一方で、ボリューム感を出すために、あからさまに単調な回り道をさせてしまうと、プレイヤーにとっては苦痛でしかありません。こういった遊びの要素がどこまでコンセプトアーティストに委ねられるかは、プロジェクトにおけるレベルデザイナーの仕事量によるところが大きいです。本記事の事例のように、大きく委ねられることも珍しくありません。
本作の地下鉄駅は複雑な構造になっているので、パースのついた画に加え、オブジェクトの位置関係をわかりやすく伝えるための上面図も用意しました。いずれも、情報を整頓して見やすくした線画にしてあります。デザインする際には、この地下鉄駅を実際に運用した場合も想定し、スケール感には特に細心の注意を払っています。この空間の利便性に説得力をもたせること、前述のラフスケッチでつかんだ感覚を具体的に演出することにも注力しています。
▲「ハッカーの隠れ家」の完成画。画の右側には、地下1階と地下2階を結ぶ、階段やエスカレーターを描いています。車両の出入口や窓から見える打ち捨てられた地下鉄駅の風景と、ハッカーがいじくりまわした車両内の風景のコントラストが際立つように、両者の配色や演出をガラリと変えてあります。車両内には、ハッカーの人間性を感じさせるアイテムを配置しました
本作のような複雑な空間をつくり上げるときには、「見せ場」や「特に演出に重きを置くべき場所」に関連する一枚画を、さらに数点描くよう求められる場合もあります。また、特に重要なオブジェクトを単体で描いたコンセプトアート(スケッチ)を求められる場合も多々あります。
本記事は以上です。エンバイロンメントのゲーム用コンセプトアートの思考法が、いくらかでも伝わったなら幸いです。
プロフィール
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宮川英久
コンセプトアーティスト
熊本県出身。リードシネマティクスコンセプトアーティストとして携わった『Disneyland Resort: Guardians of the Galaxy - Mission Breakout!』(2017)をはじめ、『The Marvel Experience』(2014)、 映画『A Wrinkle in Time』(2018)、インドネシア最大級のテーマパーク『MNC Park』などを中心に、世界的なプロジェクトの第一線で活動しています。7月下旬からは、マイクロソフトの343 Industriesに所属し、ゲーム『HALO Infinite』のコンセプトアートを手がけています。
www.artstation.com/supratio
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