ひとくちに「コンセプトアート」と言っても、その内幕はクライアントの企業やプロジェクト内容によって大きく変化する。アメリカに在住し、ゲーム、テーマパーク、映画産業向けのエンバイロンメントやキャラクターのコンセプトアートを手がけてきた宮川英久氏にゲーム用コンセプトアートならではの考え方や、クライアントから期待されることを解説してもらった。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 253(2019年9月号)掲載の「レベルデザインまで考慮したゲーム用コンセプトアートの思考法」を再編集したものです。
TEXT_宮川英久 / Hidehisa Miyagawa(www.artstation.com/supratio)
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
空間の「広がり」を意識して、一枚画に留まらない情報を提供する
はじめまして、宮川英久です。近年は、Disney California Adventure内のアトラクション『Guardians of the Galaxy - Mission: Breakout!』(2017)、映画『A Wrinkle in Time』(2018)などを中心に、世界的なプロジェクトの第一線で活動しています。7月下旬からは、マイクロソフトの343 Industriesに所属し、ゲーム『HALO Infinite』のコンセプトアートを手がけています。
▲2019年のE3に合わせて公開された『Halo Infinite』の最新トレイラー
今年の6月にCGWORLD.jpに寄稿したキャラクターコンセプトアートの記事に続き、本記事ではAAAクラスの3Dのビデオゲームにおける、エンバイロンメントのコンセプトアートに焦点を当てます。映画とはちがい、ゲームはインタラクティブなコンテンツなので、デザインする空間の「広がり」を意識する必要があります。一方で、安全基準などへの配慮が求められるテーマパークとはちがい、よりダイナミックなデザインが可能ですし、期待もされます。
以降では、上に掲載したゲーム用コンセプトアートを例に、私の仕事の進め方や考え方、クライアントから期待されることなどを解説していきます。本作の設定は「打ち捨てられた地下鉄駅の最奥部に、ひっそりと存在しているハッカーの隠れ家」です。現代よりも少し未来、発展しすぎたテクノロジーにより、ややディストピア化し、管理社会化もされた世界を嫌うハッカーが、電力を盗みつつ管理社会の目から逃れるため、打ち捨てられた地下鉄駅の最奥部、容易にはたどり着けない場所に潜伏しています。車両内は、ハッカーが趣味全開でいじくりまわした結果、狭いながらも快適な空間になっていることを意識してデザインしました。
ただしゲームのコンセプトアートでは、前述したように空間の「広がり」も意識して、上のような一枚画に留まらない情報を提供することが期待されます。例えば、別方向からの空間の見え方や、ゲームの「遊び」をつかさどるレベルデザインまで考慮し、画を練り上げることが求められる場合も珍しくありません。
コンセプトアートでは、別方向からの空間の見え方も考慮する
▲12世紀のヨーロッパ、アンティオキアをモチーフにしたオリジナル作品です。当時の帆船技術などを可能な限りリサーチし、それに基づいて描いています
▲上の港を、別方向から表現しています。このような一枚画に留まらない情報提供が、ゲームのコンセプトアートでは特に期待されます
リファレンス画像を収集し、アイデアを練る
エンバイロンメントのコンセプトアートにおいて、最初に取り組むのはリサーチです。前述の設定を指針に、プロジェクトの方向性に沿う未来的な雰囲気をもつリファレンス画像を、インターネット検索などを駆使して見つけていきます。なお、本記事の事例は私のオリジナル作品なので、全て私が判断していますが、実際のプロジェクトではクライアントの意向を確認しながら進めます。
▲未来的な雰囲気をもつリファレンス画像の中でも、無骨な鉄骨とコンクリートが組み合わさったものに焦点を当てました
続いて、収集したリファレンス画像を参照しながらラフスケッチを描き、「どんな方向性を目指すのか」を模索していきます。収集した地下鉄駅のリファレンス画像の中には、非日常的で未来的な雰囲気をもつものがあり、その「名状しがたい感覚」こそが本プロジェクトには必要だと感じました。ですから、最終成果物となる一枚画に活かすためのデザインを考えるだけに留まらず、その「感覚」をつかむためにラフスケッチを描きました。
描いていく中で、機能性を優先した鉄骨とコンクリートの組み合わせや、「地下ゆえ」の制約からくる独特の建築様式がもたらす非日常感などに着眼していきました。一方で、欧州の地下鉄駅に見られる、日本とはちがうシンプルなデザインが、本プロジェクトの空間を魅力的に演出することに役立つように感じました。
▲現実的で説得力のあるデザインの提案と、自分自身の感覚とプロジェクトで求められることの擦り合わせを目標に、リファレンス画像を模写するような感覚で、ラフスケッチを描きながら方向性を模索していきます
「何となくカッコイイ雰囲気」を伝えるだけでは不十分
前述のような感覚を基に、この空間(地下鉄駅構内)の一番の目玉である「ハッカーの隠れ家」のカラーラフも描きました。ここでは、ひとつひとつの詳細なデザインよりも、全体的な色や雰囲気を優先して考えています。描きながら「この空間の主は、どんな人間なのだろう」といった想像を膨らませ、漠然とではあるものの、その人間性を感じさせるアイテムの配置も想定しています。
▲「ハッカーの隠れ家」のカラーラフ
ラフの制作を通してアイデアがまとまったら、詳細な線画を起こしていきます。これに際し、追加のリサーチをすることも多いです。線画には、個々のオブジェクトの詳細なデザインや、オブジェクトの前後関係を、わかりやすく伝えられるというメリットがあります。コンセプトアートは、チーム制作での使用を前提としたものなので、「何となくカッコイイ雰囲気」を伝えるだけでは不十分です。カラーのコンセプトアートではごまかされがちな部分まで、しっかりと定義しておくことが肝要です。
▲この空間の一番の目玉になるよう、魅力的な雰囲気を模索していきます。一方で、感覚的なごまかし一辺倒にならないよう、最終デザインを線画で描き起こします
また、壮大な遠景のコンセプトアートとちがい、本作のような室内の場合は、特にスケール感の間違いを犯しやすいです。この種の間違いは致命的なミスにつながることが多く、最悪の場合、せっかく描いたカッコイイ雰囲気をイチから修正する事態に発展してしまうことすらありえます。
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目的地までのレベルデザインも考慮し、空間をデザイン
プレイヤーが楽しめるよう、道中の風景を自然と変化させる
さて、前述したようにゲームというインタラクティブなコンテンツにおけるエンバイロンメントのコンセプトアートでは、「よりダイナミックで、広がりのある空間」が求められます。その期待は、先に掲載したような一枚画だけではカバーしきれません。別方向からの空間の見え方はもちろん、ゲームのレベルデザインとの連携まで考慮することが求められます。
本作の地下鉄駅は、表層にある駅舎(1階)、途中駅である地下1階、終着駅である地下2階の3層からなり、その立体的かつ複雑な空間を、エスカレーター、階段、エレベーターでつないでいます。地下鉄駅は打ち捨てられており、目的地である「ハッカーの隠れ家」にダイレクトにたどり着けないレベルデザインを想定しています。途中のエスカレーターや階段は、事故車両や防災シャッター、瓦礫などの説得力のある「合理的な理由」でところどころが封鎖されており、プレイヤーは違和感なく回り道をすることになります。その上で、プレイヤーに楽しんでもらうため、デザインの統一感を意識しつつも、道中の風景が自然と変化するように配慮してあります。
2方向の線画で、複雑なレベルデザインをわかりやすく伝える
▲駅舎の外観。この地下鉄駅は特に立体的で複雑な構造なので、チームが円滑にコミュニケーションできるようにするため、オブジェクトの上下の重なりを整理整頓し、パースのついた画(左側)と上面図(右側)からなる、2方向の線画を用意しました。
▲駅舎(1階)
▲1階と地下1階を結ぶ階段やエスカレーター
▲地下1階。1階と地下1階を結ぶエスカレーターは、下方の昇降口が事故車両で塞がれており、地下2階にある「ハッカーの隠れ家」へ向かうプレイヤーに違和感なく回り道をさせるレベルデザインになっています
▲地下1階と地下2階を結ぶ階段やエスカレーター
▲地下2階
▲1階、地下1階、地下2階を結ぶエレベーター。このエレベーターが、1階と目的地を結ぶ最短ルートですが、「合理的な理由」によって封鎖するレベルデザインになっています。なお一連の線画は、補助的に3Dツールも使っていますが、基本的に2Dベースで制作しています
▲赤色の線は、目的地である「ハッカーの隠れ家」(赤色で着色した2つの車両)までのプレイヤーの経路を表しています。この画では、プレイヤーの目線も考慮し、空間全体のデザインを示しました。レベルデザインを伝える画の描き方に明確な決まりやフォーマットはありませんが、「複雑な情報をわかりやすく伝える」ことが肝要です
目的地までのレベルデザインも考慮し、空間をデザイン
目的地まで一直線に進めるようでは、ゲームとしてのボリューム感に欠けます。一方で、ボリューム感を出すために、あからさまに単調な回り道をさせてしまうと、プレイヤーにとっては苦痛でしかありません。こういった遊びの要素がどこまでコンセプトアーティストに委ねられるかは、プロジェクトにおけるレベルデザイナーの仕事量によるところが大きいです。本記事の事例のように、大きく委ねられることも珍しくありません。
本作の地下鉄駅は複雑な構造になっているので、パースのついた画に加え、オブジェクトの位置関係をわかりやすく伝えるための上面図も用意しました。いずれも、情報を整頓して見やすくした線画にしてあります。デザインする際には、この地下鉄駅を実際に運用した場合も想定し、スケール感には特に細心の注意を払っています。この空間の利便性に説得力をもたせること、前述のラフスケッチでつかんだ感覚を具体的に演出することにも注力しています。
▲「ハッカーの隠れ家」の完成画。画の右側には、地下1階と地下2階を結ぶ、階段やエスカレーターを描いています。車両の出入口や窓から見える打ち捨てられた地下鉄駅の風景と、ハッカーがいじくりまわした車両内の風景のコントラストが際立つように、両者の配色や演出をガラリと変えてあります。車両内には、ハッカーの人間性を感じさせるアイテムを配置しました
本作のような複雑な空間をつくり上げるときには、「見せ場」や「特に演出に重きを置くべき場所」に関連する一枚画を、さらに数点描くよう求められる場合もあります。また、特に重要なオブジェクトを単体で描いたコンセプトアート(スケッチ)を求められる場合も多々あります。
本記事は以上です。エンバイロンメントのゲーム用コンセプトアートの思考法が、いくらかでも伝わったなら幸いです。
プロフィール
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宮川英久
コンセプトアーティスト
熊本県出身。リードシネマティクスコンセプトアーティストとして携わった『Disneyland Resort: Guardians of the Galaxy - Mission Breakout!』(2017)をはじめ、『The Marvel Experience』(2014)、 映画『A Wrinkle in Time』(2018)、インドネシア最大級のテーマパーク『MNC Park』などを中心に、世界的なプロジェクトの第一線で活動しています。7月下旬からは、マイクロソフトの343 Industriesに所属し、ゲーム『HALO Infinite』のコンセプトアートを手がけています。
www.artstation.com/supratio
twitter.com/HidehisaM
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