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黄金時代の80年代ナムコに学ぶ! CEDEC 2020で明かされたゲーム教育の最前線

黄金時代の80年代ナムコに学ぶ! CEDEC 2020で明かされたゲーム教育の最前線

EMS Frameworkを用いてアイデアを広げ、収束させる

続いて行うのがテーマに沿ったブレストだ。ここで活躍するのが、中村氏が考案したゲームの企画ツール「EMS Framework」。ゲームのアイデアを「手段のアクション」と「目的のアクション」の組み合わせで記述するもので、「○○を××して(手段)、△△を□□する(目的)」という書式を基に、ゲームのアイデアを付箋などに書き出していく。ゲームデザインの知識がない人でも、簡単にゲームのアイデアを発想することができる上、企画者の願望や欲求が出やすい傾向があり、結果的に「面白い」「楽しそう」「やってみたい」ゲームのアイデアが出やすいのだという。

▲EMS Frameworkの説明スライド。詳細は日本デジタルゲーム学会2015年度年次大会予稿集『ゲームアクションの手段目的構造を用いたゲームアイデア発想ワークショップ 』を参照

実際、「千三つ(センミツ)」というマーケティング用語があるように、本当に使えるアイデアは0.3%程度しかないことが経験則として知られている。そのため、この段階では大量のアイデアを出すことが重要で、EMS Freamworkはそのために適したツールというわけだ。アイデアは付箋に書いて模造紙に貼ってもいいし、クラウド上で表計算ソフトを共有しそこに記入していっても良い。1,000個という数にひるむ人がいるかもしれないが、5人のグループで行えば一人200個で現実的な数となる。グループでゲームをつくるメリットがよく活かされる段階だ。

もっとも、グループによってはアイデアが出にくい場合がある。特に、付箋に向かって黙々とアイデア出しをしているとそうした状況になりがちだ。そのため、アイデアを付箋に書く(または表計算ソフトに記入する)ときは、必ず声を出して記入することが重要だとした。人が考えたアイデアが耳に入ると、自分のアイデアのヒントになる。ときにはそこから笑いが起きることもある。これがアイデアの創造やブレストの活性化にもつながっていくのだ。

また、アイデアを出すだけでなくそこから絞り込みを行うことも重要だ。ここで役立つのがCEDEC 2019で行われた講演「チームの力でアイデアを絞り込む~」である。実際、EMS Frameworkでつくられるのはアイデアの種でしかない。そのため、単純にその中から1つを選ぶのではなく、それらを基に優れたアイデアに育てることが重要だ。中村氏はこのプロセスを踏むことでチームの合意をもって最終アイデアをつくるため、チームにとって納得がいくものになり自然とチームの団結力が高まる効果があると説明した。

具体的なプロセスは以下の通りだ。まず、5~6人のグループで出たアイデアに対して投票する(1人3票程度)。この段階で1票でも得たアイデアを抽出しそれ以外を脇によけておく。その後、票を投票した人が理由を簡単に述べていき全員で共有する。次に優先順位をつけた評価軸を3つ程度用意し、評価軸に沿って得票が高かったアイデアから手を挙げていき、点数をつけていく。最後に全ての評価軸(もしくは優先順位の高い評価軸)の得点が高くなるようにグループ内で話し合い、アイデアを改良していく。このとき、必要であれば脇に寄せたアイデアと組み合わせるのもアリだ。最終的にメンバー全員が納得するアイデアができれば完成となる。

ここでキモとなるのが評価軸の設定だ。神奈川工科大学の東京ゲームショウ展示作品では「①良い意味で口コミになる」「②自分たちの技術力の高さがわかる」「③入出力デバイスで面白くできる」という3点が設定されている。これに対して一般的なゲームコンテストでは「①面白そう」「②インパクトがある」「③チャレンジがある」という3点が考えられるだろう。評価軸によって最終アイデアが左右されるため、開発現場ではプロデューサーやディレクター、教育現場では教員が設定しても良いという。

▲EMS Framworkで出されたアイディアが絞り込まれていく例。主人公が織田信長から明智光秀になり、最終的に歴史上の人物になっている。また、ゲームもアクションゲームから育成ゲームになっている。ゲーム画面のメモが添えられるなど、チームのモチベーションが伝わってくる点もポイント

中村氏はこのとき、絶対に多数決では決めずに、良いと感じた理由をチーム内で共有することで、新しいアイデアに全員でつくり替えていく姿勢が重要だと強調した。前述の通り、本プロセスにはチームビルディングを行う意図も込められているからだ。「多数決で決めると、必ずメンバーの一部に不満が残ります。多数決で決めるくらいなら、リーダーが独断で決める方が、時間がかからないだけましです」。

こうしたプロセスを踏むことで、最終アイデアが決まったら、チームがそのアイデアをもとにゲームが作りたくて、ウズウズしている状態になっているのが理想となる。なお、このように本手法は機械的に進行する部分が多いため、学生チームや即席チームがときおり陥るリーダー役がリーダーシップを発揮しにくい状況でも有効だ。

なお、前述の通り本プロセスは中村氏がナムコ時代に、『もじぴったん』シリーズを開発する上で得た知見がベースになっている。もっとも、評価軸の設定に売上を加える際は注意が必要だ。商業ゲーム開発を行う上で避けては通れない項目だが、比重が大きすぎるため、アイデアが萎縮する危険性が出てくるためだ。「そのため『市場性がある』程度に抑えた方が無難でしょう」。

また、グループメンバーが8名以上になると、全員の合意をとることが難しくなる。そのため6名以下に抑えた方が良いとも補足された。

他に、本プロセスに沿ってアイデアの絞り込みや改良・改善を行った結果、上手くまとまらないケースも出てくる。その際は「テーマ自体のブレスト」や「テーマに沿ったブレスト」に戻り、やり直すことになる。もっとも、一度手法をマスターしてしまえば手戻りに要する時間もそこまでではない。実際に『湯切りノ頂』を開発した学生チームは、アイデアが上手くまとまらず、EMS Frameworkを用いたネタ出しから再挑戦した。それでも、約1ヶ月で「湯切りをゲームにする」というアイデアが生まれ、本作の開発につながったという。


80年代ナムコと大学でのゲーム開発の類似点

最後に中村氏は本手法の利点として「人に依存しにくくチームの力とプロセスを重視した手法のため、ユニークで魅力的なゲームアイデアをコンスタントに生み出せる」「ゲームデザインに関する熟練度が低くても参加できるため、学生や新人でもユニークで魅力的なアイデアが生み出せる」「複数チームで実施すれば、1~2日程度で、ユニークで魅力的なアイデアを複数得られる」という3点を挙げた。

また昨今ではコロナ禍に伴い、オンライン上で企画会議が行われる例が増えている。神奈川工科大学でも授業がオンラインで進行中だ。対面でのやりとりに比べた難しさが指定されているが、本手法については、Miroなどのツールを活用することでオンライン上でも実施できる。実際に中村氏の授業ではMiroが大活躍中だという。

とはいえ、天才のアイデア出しに比べるとかなり時間がかかるのは事実だ。また、それだけ時間をかけても、天才が生み出したアイデアと同じレベルのものが生み出せるとは限らない。中村氏は「最終的には『天才の出現を待つ』しかないのかもしれないが、時間対効果を考えれば許容できる範囲ではないか」とふり返った。

また、『パックマン』におけるパワーエサの事例のように、最初のアイデアは完璧でなくてもかまわない。中村氏は「あくまで経験則だが、粗削りなアイデアでも、内容が本当に良ければ、次から次へと別のアイデアを呼び込める」と述べた。だからこそ核となるアイデアを固めて、何度も試作を繰り返し、アイデアをブラッシュアップしていくことが重要になるというわけだ。

▲CEDEC 2020「『リングフィット アドベンチャー』~混ぜるな危険! ゲームとフィットネスを両立させるゲームデザイン~」より。本作を象徴するリングコントローラは企画当初は存在せず、開発途中で加わったアイデアだった

質疑応答では「学生開発やインディゲームだけでなく、大規模ゲームでも適用できるか」という質問があった。これについては「試作を繰り返す環境や、社風があるか否かが重要だ」と返答。リングコントローラが当初の企画案には存在せず、試作の過程で加えられた『リングフィットアドベンチャー』(CEDEC 2020における一連のセッションで明かされた)は好例だ。このように任天堂のゲーム制作は80年代ナムコの開発体制と似た点が感じられるという。

また、大作ゲームの中にはミニゲーム集のような体裁のものもある。ゲーム本編とはべつに、「おまけモード」としてミニゲームが実装される例もある。こうした事例では有効ではないかとした。このほか近年ではスマートフォンゲームで「ハイパーカジュアル」系ゲームが盛り上がりを見せており、そうしたジャンルでも有効だとした。

最後に「完成したアイデアからゲームのコンセプトをつくり出す上で、どのような工夫が行われているか」という質問もあった。これについては、現在研究を進めている最中であり、来年度に持ち越させてほしいと回答された。

以上、説明してきたように本講演では前半で「学生が短期間で入れ替わることを前提とした環境下で、集合天才によるゲーム制作を進めるしくみづくり」、後半で「EMS Framworkを中核としたアイデアの広げ方とたたみ方」について解説された。その前提となっているのが、中村氏が実務家として活躍した「90年代ナムコの開発スタイルを大学で再現すること」だ。これは、言ってみれば「大学をナムコにしてしまう」取り組みだと言える。まさに実務家教員ならではの発想だろう。

ちなみに中村氏は現在、北陸先端科学技術大学院大学の博士課程後期に在籍する学生でもあり、ゲームデザイン教育をテーマに博士号の取得に挑戦中だ。いわば実務家教員から研究者教員へのキャリアチェンジを進めている最中となる。来年への持ち越しとなった「ゲームアイデアからコンセプトへの飛翔」も含めて、日本ならではのゲーム教育論への結実に期待したい。

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