>   >  都市をアソビ空間に変えてしまう! CEDEC 2020で示されたゲーム開発者と建築家の共創によるエンターテインメントの可能性
都市をアソビ空間に変えてしまう! CEDEC 2020で示されたゲーム開発者と建築家の共創によるエンターテインメントの可能性

都市をアソビ空間に変えてしまう! CEDEC 2020で示されたゲーム開発者と建築家の共創によるエンターテインメントの可能性

東宝スタジオを3DCG化し、レベルデザインに活用する

このようにゲームエンジンをキーワードに、デジタルとフィジカルの両方から同じ問題意識をもっていた本山氏と豊田氏。共創の第一歩となったのが、本年3月に行われた、東宝スタジオラボ周辺のデジタルデータ化だ。

実際の撮影はgluonでディレクターを務める瀬賀未久氏を中心に、レーザースキャン、フォトグラメトリ、ドローンを駆使して、2日間にわたって行われた。撮影対象はプロダクションセンターとステージ8を中心に、全体の敷地面積の約7割に及んでいる。またステージ8の内部や東宝スタジオラボの室内も撮影し、3DCG化されている。撮影された点群データや写真データはRealityCaptureで3DCG化され、破綻した部分などをCinema 4Dで修正した上で、バンダイナムコ研究所に納品された。

gluonは建築家が本業である豊田氏と、やはり建築エンジニアである金田充弘氏が、デジタル領域をはじめ、次世代都市のビジョン構築など、新しい分野に取り組むために設立した会社だ。これまでに名建築として高い評価を受けつつ、2019年に解体着工された旧都城市民会館(宮崎県都城市)の3Dデジタルアーカイブプロジェクトなどを手がけている。

本プロジェクトは建物の形状や外観・内装などをミリ単位で正確にデジタルデータ化しつつ様々な活用法を模索するというもので、第23回文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 審査委員会推薦作品に選出されるなど、高い評価を受けた。東宝スタジオの撮影でも、その際のノウハウが十二分に活かされた。

▲第23回 文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 審査委員会推薦作品「メタボリズム・クオンタイズド ~旧都城市民会館3D Digital Archive~」(公式サイトより)

  • 瀬賀未久/Miku Sega
    gluon ディレクター

  • 岩田永司/Eiji Iwata
    バンダイナムコ研究所 イノベーション戦略本部 フューチャーデザイン部 エンジニア

「東宝スタジオの撮影では、土木測量用のFARO FOCUS レーザースキャナを使用し、計測点は140箇所、総データは120GBに達しました。フォトグラメトリ用の写真にはデジタル一眼レフのソニー α7 IIIを使用し総撮影枚数は約8,500枚、総データは50GB程度です。ドローンによる空撮ではDJI Phantom 4 Proを使用しました。本来であれば光環境が変化しない曇天が望ましいのですが、あいにく晴天でしたので、午前中と午後とで向きを考えながら、建物の影を抑えるように撮影しています」(瀬賀氏)。

旧都城市民会館でのスキャン経験を生かして、デバイスごとに撮影範囲を分担したので、作業時間の効率化とモデル品質の向上ができたと語る瀬賀氏。それでも最終的な納品データ(便宜上Highモデルと呼称)は13.5GBに達し、UE4での展開にも支障が生じた。そのためgluonとバンダイナムコ研究所でデータを精査し、テクスチャデータの調整やモデルの分割、近景と遠景でフォトグラメトリのデータを使い分けるなど、さまざまな最適化を実施。UE4上でレベルデザインが可能なデータ(同Lowモデル)が作成された。また、データの精査にはバンダイナムコスタジオのテクニカルアーティスト(TA)、川上弘高氏も協力している。

ちなみに、本山氏は講演中で『PAC IN TOWN』で撮影された点群データと比較し、わずか3年でこれだけの進化がみられたとふり返った。その上で、仮に機材やソフトが進化しても、自分たちだけではこれだけ精度の高い屋外のデジタルデータを短期間で作成することは困難だったと述べた。もっとも、撮影されたデータのレベルデザイン最適化では同社のエンジニアによる知見が活かされており、まさに共創の成果だと指摘した。

▲HoloLensで撮影されたオーストリアのアルスエレクトロニカセンター内部と、最新機器で撮影された東宝スタジオにおける点群データの比較。わずか3年でこれだけの技術進化が見られた。東宝スタジオの点群データは120GBにおよび、データを展開するのにNVIDIA Quadro RTX 8000が搭載されたワークステーションも用意された。48GBのVRAMを搭載し、ビデオカードだけで約100万円近くするモンスターマシンだ。

Dell Precision 5820 タワー XCTO ベース
CPU:Intel Core i7-9800X 3.8GHz, 4.5GHz ターボ, 8C, 16.5MB キャッシュ, HT
GPU:NVIDIA Quadro RTX 8000
メモリ:128GB(8x16GB)2,666MHz DDR4 UDIMM 非-ECC
OS:Windows10 Professional 64bit(日本語版)

▲3次元計測では旧都城市民会館のアーカイブプロジェクトで培った計測手法が活かされ、レーザースキャンはクモノスコーポレーション、フォトグラメトリはCGデザイナーの長坂匡幸氏、ドローンによる空撮は福岡大学工学部社会デザイン工学科の大隣昭作氏が担当した。実験的なプロジェクトを通して、3次元計測のノウハウを蓄積している

▲レーザースキャン、フォトグラメトリ、ドローンで撮影されたデータを基にRealityCaptureで3DCG化し、Highモデルを作成。容量は13.5GBに達した。画像はこのデータをMaya上で開いたものだ

▲gluonとバンダイナムコ研究所でデータを検証し、UE4上でレベルデザインが可能なように、542MBのLowモデルを作成。画像はLowモデルをUE4上で展開したものだ。Highモデルと比較して、データ容量ベースで98.7%、ポリゴン数ベースで98.4%減少となる(2596万214ポリゴン→40万4796ポリゴン、東宝スタジオ全景のモデルで比較)。これにより一般的な3DCGの制作用PC(CPU:Corei7-7700 3.6GHz/GPU:GTX1080/メモリ:64GB)で作業が可能になった。本山氏は「自分ごととしてやってみたことで、スキャンデータをゲームエンジンにインポートする大変さを実感するなど、貴重なノウハウが得られた」と語った。

このように、一度デジタルデータにしてゲームエンジンにインポートすれば、様々な活用が可能になる。同社でエンジニアを務める岩田永司氏が動画で紹介したのは、東宝スタジオラボのデジタルデータ上に同社のイメージキャラクター「ミライ小町」を配置し、HoloLens 2越しに視聴するデモだ。他にHoloLens 2を装着した体験者がラボ内を歩き回る様子を、Web上でデジタルデータと重ね合わせながらモニタリングする様子も紹介した。

ここで本山氏は再び『蚊取りパッチン大作戦』に触れ、当時は現地でスキャンした粗いデータを基に、細部を推測しながらレベルデザインを行なったため、ゲームのクオリティを上げるのにも限界があったと述べた。蚊が建物の換気口などから出現してほしいシチュエーションでも、空間合わせが厳密にできず、空中から出現するように見えてしまう、といった具合だ。

これに対して東宝スタジオラボの事例のように、高品質な空間スキャンデータをベースにレベルデザインを行えば、現実世界に紐づいた、より緻密なコンテンツが制作できる。「たとえば、部屋の中にある机の引き出し一つひとつを指定して、宝探しをさせるようなコンテンツも制作可能です」(本山氏)。また一度データを作成すれば、リモート開発にも活用可能だ。コロナ禍で移動が制限される中、様々な開発スタイルが可能になるという。

※2 バンダイナムコスタジオでデータ検証に協力した川上弘高氏は2004年にナムコ入社後、ソウルキャリバーシリーズの開発などを経て、現在はコンシューマ部門でUE4やSubstanceのマテリアル作成、次世代グラフィックの検証を行っているTAだ。なお、同社ではデータ精査の一環として、Photogrammetryデータのリダクションとリトポロジーのテスト発注を中国企業に対して行っている。その際のワークフローは以下の通り。

1.ハイモデルをZBrushにObj形式で読み込む
2.Decimation Master(ZBrush)を使用してオブジェクトの形状と保ったままポリゴンを減らす
3.ZRemesher(ZBrush)でさらにポリゴンを減らす
4.Mayaのモデリングツールでリトポロジーを行う
5.リトポロジーメッシュのUVを展開する
6.リトポロジーでできたモデルからCageモデルを作成する
7. xNormalにハイモデルとリトポロジーモデル、Cage Meshを読込む
8.ColorMap、Normal、AmbientOccluion、BentNormalの4種類を出力する
9.ColorMapのDe-Light(ライティング成分の除去)作業を行う

▲共創前は現実空間をスキャンした後、オフィスでレベルデザインを行い、屋内でプレイをしていた。これが共創後はゲームエンジン上で、スキャンしたデータの中に入るようにしてレベルデザインを行い、屋外でプレイができるようになった

その後、本山氏は東宝スタジオのデジタルデータを活用したレベルデザインの例として、東宝スタジオの敷地内やステージ8内に『パックマン』のステージを設置するなどの例を紹介した。また、道路上に『パックマン』のドットやチェリーなどを配置して道案内に利用したり、新しい遊びに活用したり、といったアイデアも披露した。いずれも屋内ではなく、屋外で体験できるアソビになる。MRデバイスやスマートデバイスなどを用いて空間情報を認識し、活用するイメージだ。

他に『パックマン』のステージをエディットして、小学校の校庭や街中にステージを出現させたり、アイテムに地元の名物やお土産物を登場させたりして、地方創生に役立てるといった用途もあり得る。デジタルデータ化した建物を別の場所に召喚したり、そこで現地の人と協業したりすることもできる。このように現実空間をスキャンして、ゲームエンジン側にスキャンデータを展開しレベルデザインすることで、ゲーム開発に新たな領域が広がり、開発者の役割も広がる......そのように続けた。

「ゲームの求めるデジタルの精度と建築の求める現実空間の精度をゲームエンジン上でレベルデザインとしてかけ合わせることで、従来の位置ゲーに留まらない、非常に高いレベルの精度と価値を生むのではないかという予感が、確信に変わってきています。そして、この新しい世界を担うことができるのは、ゲームエンジンとそれを扱えるゲーム開発者であること。そしてモニタの中だけでなく、現実世界の魅力を最大化し、人がもっている想像力を刺激したり、人を笑顔にする役割を、ゲーム開発者が担える時代が来ると思います」(本山氏)。

人間の活動は現実世界からデジタル世界に拡大していく

このように現実空間のデジタル化はゲーム開発者にとって、ゲームをモニタの外側に拡張する意味合いをもたらす。その一方で建築家にとっては、現実世界がどのように情報世界に拡張していくか、という関心をもたらす......講演内で豊田氏はそのように述べた。

ゲームと異なり、都市ははるかに複雑で変化の速度が遅いが、それでも着々と世界のデジタル化は進行中だ。トヨタが静岡県裾野市で進める「ウーブン・シティ」の建設計画は好例だろう。本年1月に開催されたCESで、同社はモノやサービスが情報でつながる実証都市の建設を発表し、注目を集めた。2021年初頭に着工する予定で、様々なパートナー企業や研究者と連携しながら、新たな街をつくり上げていくという。

また、6月にはIT企業大手のテンセントが、広東省深セン市にモナコと同サイズの「未来都市」を建設する計画を明らかにした。200万平方メートルの都市領域に、社員向けの住居やオフィスが置かれるほか、周辺には店舗や学校、公共の施設も設けられる。完成後は約8万人が生活する企業城下町となり、歩行者や自動走行車などが優先される予定だという。

こうした企業城下町では、2018年にユネスコの世界文化遺産に登録された、イタリアのイヴレーア市の例が有名だ。タイプライターで有名なオリベッティによるもので、市内にはモダニズム様式の社屋やアパートが並び、活況を呈した。同社はビジネス、政治、建築と、社員の日常生活を調和させようとしたのだ。ここから20世紀の工業社会の例と、21世紀の情報化社会における対比を感じ取るのは容易だろう。

一方でGoogleの親会社である、アルファベット傘下のSidewalk Labsは、カナダのトロントで進めてきた「未来都市」プロジェクトから5月に撤退を表明した。ウォーターフロント地区の一部を再開発するプロジェクトに5,000万ドル規模を投じると発表したのが2017年で、わずか3年で破綻したかたちだ。住民から収集したデータの扱いなどで反発を受けたことが背景にあるといわれる。

豊田氏は「情報しか扱ってこなかったリアリティの欠如のようなものが、根底にあったのではないか。一方でテンセントが街づくりに乗り出すということは、ゲームエンジンで都市を記述し、人とモノや、モノと情報を結びつけるという発想があるのではないか」と推測する。

▲トヨタ自動車による、実証都市「ウーブン・シティ」プロジェクトのイメージビデオ

いずれにせよ、このように大企業が都市のデジタル化に注目する背景には歴史的な要因があるというのが、豊田氏の見立てだ。

良く言われるように、人の移動距離と経済活動には相関関係がある。村から街、国、そして世界へと人の移動が広がる中で、経済成長は続いた。しかし、宇宙開発に関する経済効果を疑問視する声は大きい。それよりも、今後はデジタル世界に広がっていくはずで、そこで求められるのが現実世界とデジタル世界をつなぐ、コモングラウンド的な概念というわけだ。

実際に都市OSの開発と標準化に成功した企業が、次の時代の派遣を握ることは想像に難くないだろう。日本企業においても、豊田氏が誘致会場計画のアドバイザーを務めた大阪・関西万博(2025年日本国際博覧会)がスーパーシティの実験場になるとする向きもある。コロナ禍の影響もあり、具体的にどのような規格になるのか、透明性や公共性の担保はどうかなど、課題点は山積みだが、注目すべき動きであることは間違いないだろう。

また、都市や建造物には歴史的・文化的なコンテキストが存在する。国立新美術館で開催中の企画展「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020」が示すように、東京には破壊と再生というキーワードがあり、多様なポップカルチャーを生み出す源泉にもなってきた。本山氏は「そうした文脈をもつ都市だからこそ、現実とデジタルが相互流通することで生まれる価値は大きい」と指摘する。

「2016年のリオ五輪閉会式で安倍前首相はマリオのコスプレで登場し、世界中から大きな注目を集めました。今まさにそうした世界が現実になろうとしています。そのためにはゲーム側、建築・都市領域側、それぞれの知見が必要になります。その中心にあるのがゲームエンジンでしょう」(豊田氏)。

もっとも、コモングラウンドや都市OSといった広大なビジョンを前にすると、一体何から取りかかるべきか、途方に暮れてしまうのも事実だ。こうしたビジョンを見すえつつ、小さな成功体験を積み重ねていくことも重要になる。

物理空間に依拠しながら、フィジカルとデジタルのインターフェイスをどのように連携させていくか。豊田氏からは、アーケードゲームに強いバンダイナムコグループの優位性や、ゲーミングハウスといったキーワードも飛び出した。これに対して本山氏も前職のバンダイナムコスタジオでアーケードゲームの開発に携わっていた経歴を披露。今後も共創を進めていきたいと締めくくった。現実とゲームのオーバーラップが何を生み出すのか、今後も注目していきたい。

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