<3>ILM4拠点の連携体制とシンガポールのCG教育事情
最後にフィル・ファム氏の所属するILMシンガポールについて伺った。「ILMシンガポールは11年前に開設されました。実はその前から準備は進んでいたので、もっと前から働いている人たちもいます。今はILMには世界中にクライアントがいますが、サンフランシスコ、ロンドン、バンクーバー、シンガポールと4か所に拠点をもつことで、どの時間帯にも、どのエリアにも対応できるように考えています。例えば監督がアジアにいる場合、その時間帯に合わせて我々が動くことができます。映像産業におけるアジアマーケットの重要性は年々増しています。アジアのVFXのクオリティも非常に速いスピードで向上し、良いアーティストたちが育っています。また、シンガポールは非常に高速な通信インフラが整っています。英語を第一公用語とする国だというメリットもあります。これらを総合してシンガポールにILMの拠点をつくっておきたかったのです」。
ILM公式サイトより、シンガポールスタジオの外観4つの異なる地域にあるILMの各ブランチを連携させるためには様々な工夫がされているようだ。「まず作品ごとにハブとなる拠点が決まります。そこが集約する役割を担って、各作業をそれぞれの拠点が分担します。各拠点のデータ・サーバーは互いにマルチ・ギガバイトのネットワークで結ばれていて、1週間ごとに自動でデータの同期を取るようになっています。このシステムを構築するまでは大変な道のりでした。ハブとなるブランチが主にクライアントとなる監督たちとやり取りすることになります。各ブランチ間には時差がありますが、それぞれ数時間ずつはワーキング・タイムが重なっていますので、その間にミーティングを行います。SHOTGUNのRVでビデオを見ながら、注釈を入れてレビューしたり、アニメーション・スーパーバイザーたちは身振り手振りも多いのでビデオ会議も行なっていますね」。
ジェダイ・マスター・プログラムILMシンガポールでは優秀な人材をアジア圏で育成するために独特のトレーニング・システムを構築中である。「"ジェダイ・マスター・プログラム"というトレーニング・プログラムです。学生たちを受け入れて、数ヵ月間プロの現場で教育します。学校を出てすぐに会社で働けるようにするためです。10年ほど前にスーパーバイザーを育てるために始めたものなのですが、今はその他の職種にも適用しています。当時育ったスーパーバイザーたちは今でもILMシンガポールに残って戦力になっています」。
また、ジェダイ・マスター・プログラムでは共同制作プロジェクトも行うという。「シンガポールの学校では共同制作のプログラムはまだまだ発展途上のようです。1人、もしくは数人での作品制作を行なっても大人数での制作の機会はありません。しかし実際のプロの制作は圧倒的に多い人数で進めるわけです。これこそ、学生とプロの最大のちがいではないでしょうか。また、各社によって求めるスキルが異なりますので、学校も全ての企業に合わせて対応することは難しいのでしょう。このジェダイ・マスター・プログラムでの成果が各人の能力を伸ばし、大変良い結果を生んでいます」。
このようなILMシンガポールに入ってくる学生たちを輩出する、シンガポールの教育状況はどのようなものなのだろう。「シンガポールは政府が映像産業を国の成長産業の1つとして捉えていて、会社の誘致や学校の設立にも大きな支援をしています。そのおかげで企業も、デジタル・アートスクールも沢山増えています。そのことが今のシンガポールの活況を生み出しているのだと思います。私見ですが、シンガポールの学校の教育レベルは非常に高く、教えている人材や内容については私が学んだサンフランシスコのアートスクールにも劣らないと思っています。学生たちもUSと同じくらいの才能はもっているのではないかと思います。しかしちがいがあるとすれば、それは学生のモチベーションではないでしょうか。サンフランシスコの学生たちはただ教わるだけではなく、自ら様々なことを模索・探求し、実行していますので」。