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ILMシンガポールのスーパーバイザーが語る『スター・ウォーズ』&『キング・コング』近作の制作秘話とシンガポールのCG事情

ILMシンガポールのスーパーバイザーが語る『スター・ウォーズ』&『キング・コング』近作の制作秘話とシンガポールのCG事情

TOPIC 1.オリジナル・モデルの取材

まずILMシンガポールのメンバーはアセット制作に先だって、サンフランシスコにあるルーカスフィルム本社スタジオスカイウォーカーランチ (Skywalker Ranch)のアーカイブを訪れ、『スター・ウォーズ』で撮影に使用された実際のミニチュアを取材したという。「あそこは本当にすごかったです! まるで映画の美術館のようでした。『スター・ウォーズ』シリーズだけではなく、ルーカス作品に使用された全てのプロップ、マットペイントなどが無数に置かれていて天国のようでした。そこに置かれていたものは美術品のようなもので、外から来た人間は一切触ってはいけないのです」(ファム氏)。

ミニチュアの撮影は2度に渡って行われた。「膨大な量がありましたので、2回に分けました。1回目はジオメトリの計測、2回目はテクスチャ用の撮影に主眼を置きました。2回目の撮影時は、全てのモデルを同一条件で撮影し、照明情報を得るため、グレーボールとクロムボール、カラーチャートを一緒に撮影しました」(ファム氏)。ミニチュア・モデルは40年の時を経て、表面の塗装色がかなり退色していたという。「正しい色を再現するため、同じモデルの中の他のパーツで、影になっていたりして退色していない箇所を探して色をサンプリングしています。そしてMARIに取り込み、様々なパーツの中から共通した塗料が使われた部分を互いに関連づけてライブラリ化しました」。


TOPIC 2.MaterialX

ILM内部ではMaterialXというシステムを導入している。今年SIGGRAPHでも発表された(レポート記事はこちら)が、MaterialXは複数の異なるアプリケーションやレンダラで同じルックになるようにマテリアルを標準化するためのツールである。「ILM内部では以前から開発を進めながら使ってきましたが、今年オープンソース化し、外部の方にも使っていただけるようになりました。ILMシンガポールではFoundryのルックデヴ・ソフトKATANAと組み合わせて使用しています。実際に業界のスタンダードとして浸透するにはOpenEXRのように数年はかかると思いますが、外のスタジオとILMの協業がやりやすくなるので、ぜひ普及してほしいですね」


MaterialX公式サイト


TOPIC 3.キット・バッシング

今回モデリング・システムにおいては、『ローグ・ワン』だけにとどまらず、現在劇場公開中の『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017)以降の制作にも役立てられるように構築された。『スター・ウォーズ』シリーズのミニチュア制作では、よく知られているように「キット・バッシング」と呼ばれる手法が使われている。これは宇宙船の巨大感を演出するために、各部に既存のプラモデルの細かなパーツを無数に貼り付ける手法であり、特に旧三部作(エピソード4~6)では『スター・ウォーズ』のデザインの特徴の1つにもなっている。

「これを造形業界用語で"グリーブル(Greebles)"と呼びます。70年代当時のタミヤやバンダイなどの様々なプラモデルのパーツが使われていました。今回我々はオリジナルのミニチュアを制作したモデラーたちにインタビューした上で、制作に使われたプラモデルの型番をできる限り特定し、それをeBayなどでかき集めるところから始めました。またこの分野のマニアたちからも情報を得ました。例えばブロッケード・ランナーの砲口の先端にはサターン・ロケットの噴射口のパーツが使われているとかね」。そうして集めたプラモデルのパーツは全て3Dスキャニング、データ化され、ライブラリとしてILMのモデラーたちが自由に使えるようになった。「『ローグ・ワン』が『スター・ウォーズ』制作時よりも有利だったのは、当時は同じパーツを複数手に入れるには同じプラモデルを何個も買わなくてはいけなかったので棚がすごいことになっていましたが、我々はデータ化できるので、それぞれ1つずつあればよかったということでしょうか(笑)」。

Behind the Magic: Creating the space battle for Rogue One: A Star Wars Story


TOPIC 4.「クワッドノキュラー」のビジュアル

旧三部作には「クワッドノキュラー」と呼ばれる4眼の望遠鏡を通して見たビジュアルが登場する。『ローグ・ワン』における同様のビジュアルにも、旧作の雰囲気に近づけるためにただならぬこだわりがみられた。クワッドノキュラーで覗いたときの風景は旧作では当然アナログな手法でつくられており、映像の乱れやノイズなどが多くみられる。今回はそれを実現するため、非常に回りくどい方法が採られている。

「まず普通に撮影した映像をスーパーバイザーがPCで再生します。それをビデオ信号に変換してCRTモニタに映します。このCRTモニタにはSONYのトリニトロンを使うのですが、CRTモニタはすでに正規には販売されていないため、サンフランシスコ中の中古電気製品店からかき集めた28台の中から選んだものを使っています。最初にモニタに電源を入れたときは中から煙が出ました。大量の埃が溜まっていたのです。それでカバーを外して中の埃を全部飛ばすことから始めました。それからCRTに映像を映した状態で、スーパーバイザーがケーブルを引っ張ったり、ドライバーでコネクタを叩いたりして映像を乱し、その画面をデジタルカメラで再撮しました。スーパーバイザーは何度か感電しそうになりました(笑)。これでオリジナルに近いフィーリングが再現できたのではないかと思っています」。



TOPIC 5.脇役キャラクターの一貫性

『ローグ・ワン』は『スター・ウォーズ』の直前の話ということもあって、共通のキャラクターが多数登場する。ダース・ベイダー、C3POやR2D2はコスチュームで、主要なキャラクターであったレイア姫やターキン提督は似た俳優が演じた素材の顔の部分をCGでリプレイスすることで再現しているが、その他の脇役でも再登場するためにこだわりの作業が行われた。それは、Xウイングと呼ばれる戦闘機で構成されるレッド中隊のリーダーと、同じくYウイングと呼ばれる戦闘機で構成されるゴールド中隊のリーダーである。

「ILMでは40年前のフィルムのアーカイブから、彼らが映っている、当時使われなかったフッテージを発掘し、それを使うことにしました。ゴールド中隊のリーダーの素材は、40年も経っていることを考えると非常に状態が良かったです。ペイントでクリーンナップし、グレーディングを施すだけでそのまま使えました。背景に映る宇宙船や、窓の傷を合成したくらいですね。レッド中隊のリーダーについては少々大変でした。使われず残っていたフィルムというのは露出不足で使えなかったものだったのです。これをペイントで丁寧に救い出し、コクピットのデザインもちがっていたので、CGのコクピットに差し替えました」。こうして40年前の『スター・ウォーズ』と同じ役柄を同じ俳優が演じるという、離れ業を実現できたのである。

Behind the Magic of Rogue One: A Star Wars Story/2:25~レッド・リーダーのブレイクダウンが紹介されている


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<2>数千万本の毛を1本ずつ手で生やしたキングコングの制作

Profileプロフィール

フィル・ヴェト・ファム/Phil Viet Pham(Industrial Light & Magic Singapore / CGTech Supervisor)

フィル・ヴェト・ファム/Phil Viet Pham(Industrial Light & Magic Singapore / CGTech Supervisor)

業界歴15年以上、ILMシンガポールに勤務し10年を迎える。映画『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』(2011)で3D映像スーパーバイザー、『アベンジャーズ』(2012)でシニアコンポジター、『グレートウォール』(2016)でCGスーパーバイザーを経て現職。CGテクノロジースーパーバイザーとしての専門領域はコンポジティング。ILMのサンフランシスコ本社、バンクーバー、ロンドンの支社と連携し、作業効率の最大化と、クライアントが求める高度なVFX映像の実現に取り組んでいる

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