>   >  アニメCGのワークフローを劇的に変える! 『BLAME!』の映像表現を支えた「Maneki」のレンダリングソリューションとは(前編)
アニメCGのワークフローを劇的に変える! 『BLAME!』の映像表現を支えた「Maneki」のレンダリングソリューションとは(前編)

アニメCGのワークフローを劇的に変える! 『BLAME!』の映像表現を支えた「Maneki」のレンダリングソリューションとは(前編)

<3>Manekiが掲げる"フォト・シュールレアリスム・レンダリング"


『BLAME!』より

複数のライトを配置した上でアニメの画をつくる意義について片塰氏は次のように語る。「トゥーンスタイルの3DCGは誤解されているな、と感じることがあります。トゥーンは、フォトリアルな表現と比べると、情報を削ぎ落として単純化している分、ルックデヴやライティングは手間がかからない、と思っているアーティストが多いです。例えばライティングは1灯だけで良い、と考える人も多いでしょう。もちろん作品のスタイルによっては1つの光源で充分な場合もあります。でも、『シドニアの騎士』や『亜人』の目指す画づくりにおいては、それでは不十分だと考えていました。特に問題だと感じていたのは、カゲ色の面積が多くなる逆光や、あるいは闇の中といった状況のライティングです。こういった場合、作画のアニメーションでは、リムライトや2号カゲといった塗りを増やしたり、特殊効果としてエアブラシでグラデーションを追加したりします。これを3DCGに置き換えると、リムライトやカゲの中の階調は、複数のライトによって表現する、あるいは従来よりも階調数の多い特別なトゥーンシェーダで描画する、という方法が考えられます」。

制作現場に蔓延する「ライトは1灯」という考え方と、複数のライトで階調を増やしたいという欲求、ここでも2つのシステムが混在している事実があった。この問題意識を吉平氏とも共有する。「現代のCGでは環境・照明演出のために多様なライトを必要なだけ置くというのは当然のアプローチですので、"アニメ"を意識した手法がCG制作フローの中でガラパゴス化していたわけです。本来CGというツールが発揮できるはずのポテンシャルを活かしきれない状況がありました」。

  • 片塰満則氏
    (『BLAME!』ディレクター・オブ・フォトグラフィー/ポリゴン・ピクチュアズ)

このようなライティングへの高度な要求は、ただリッチな画面を得るためだけのものではない。遠未来を舞台とするBLAME!は、異常増殖した都市の中でストーリーが展開するため、屋外であっても背景は大小様々な建造物で埋め尽くされることになる。こうした現実から大きくかけ離れた"異世界"の中では見る側は世界観へ入りこむ取っかかりを失い、作品世界に没入することができない。そこで手がかりとなるのがライトである。キャラクターが受ける光、照り返しや、背景の照明が照らす範囲などを現実と同じように忠実に描き、異世界への没入の手引きとするためにも、実写のような情報量で画面に落とし込む必要があったのだ。

「その環境にいるような感覚を呼び起こすためにも、アニメ的なアプローチとCG的なアプローチの2つの考え方を内包できるようなパッケージが求められました。VFX作品の画づくりに比べればアニメは情報が削がれているかもしれませんが、その分、映し出されているディテールには意識が向きやすいという特性があります。画面に映るもの一点一点にフォーカスされて見られてしまうのです。この点ではフォトリアルな画づくりよりも難しいと言えるでしょう」(パオロ氏)。


『BLAME!』より

Manekiを用いたフローでは、画づくりに必要なだけライトを配置することができる。計算は物理ベース(PBR)で行われ、照度に基づいた塗り分け結果となる。つまり「フォトリアルなレンダリング(PBR)と非現実的なレンダリング(Non-Photoreal Rendering = NPR)の統合」がManekiの根幹となるコンセプトであり、両者の間で柔軟にルック開発を行うことができる。実際、Manekiのサンプルページには、フォトリアルなルック、いわゆるトゥーンシェーディング、さらに塗り分け境界を大胆に省略したルックまで様々なレンダリング結果が掲載されている。

「Manekiの特徴はPBRとNPRを統合したことにあり、ここから生まれるルックはトゥーン表現に限らず無限の可能性があると考えています。両者のインターセクションにあるこの表現を、私は"フォト・シュールレアリスム・レンダリング(Photo-Surreal Rendering = PSR)"と名付けました」。「超現実」、「現実離れ」などと訳されることの多いシュールレアリスムだが、立体的でありつつ平面的でもある、アニメの画づくりはまさにシュールレアリスムそのものだとパオロ氏は語る。「このPSRという呼び方は自分で考えました。様々なルックを実現できるManekiのための新しい言葉です」。

Maneki and "Photo Surreal Rendering"

Manekiの開発では、片塰氏からはアニメの画づくりについてスケッチを交えたレクチャーがくり返し行われ、技術陣とともに様々な課題を乗り越えていったという。開発当初、片塰氏はPBRの考え方に基づく3Delightの特質が、求めているアニメの画とは馴染まないのではないかと危惧していた。「自由にグラデーションの階調を制御したり、任意の場所に特効を加えたりするといったことが、PBRの観点からすれば"嘘をつく"、すなわちPBRの利点を損ねているのでは、というネガティブな印象をぬぐえなかったのです。でもパオロは我々の要求を柔軟に解釈し、『アーティスティックな制御が必要なんだね』と理解を示してくれたのです。この言葉は、フェイクではないかという私の中にあったモヤモヤした感情を拭い去ってくれました」(片塰氏)。

これはまさにPBRとNPRを統合するManekiの本質を表すエピソードと言えるだろう。ただ2次元に落とし込んだだけではない、アニメの中のリアリズムを追求する「PPIの目指す理想のアニメ表現」のためのソリューションなのである。

『BLAME!』より

ちなみに「Maneki」という名前の由来についてだが、パオロ氏は「今日はこの質問に答えるのを一番楽しみにしていたんだ!(笑)」と笑いながら次のように語ってくれた。

「私が思うに、"招き猫"というのは日本が発明した理想的なキャラクターだと思っています。謎めかした表情、ミニマリスティックな要素で構成された造形など、余分なものを配した日本のデザインを感じます。そして、遊び心があってかわいらしい。これらは、日本のアニメのエッセンスをも表しているように私には感じられ、このツールを表すものとして最高にふさわしいと考えました。もちろん、この名前が元来もっている『幸福を招く』という意味も意識し、これを使えば美しいビジュアルを招くことができるよ、ハッピーになれるよというメッセージも込めています」。

「デフォルメされた造形や、白を基調とした配色の美しさがあり、招き猫とはいいところに目を付けたなと非常に納得しました」(片塰氏)。「造形的にも、レンダリングサンプルにするのにちょうどいい複雑さですね。ユタティーポットやハッピーブッダに並ぶ存在になってくれるのではないでしょうか(笑)」(吉平氏)。


Manekiのトゥーンシェーディングサンプル

Maneki公式サイトでレンダリングサンプルに用いられている招き猫のモデルは、BLAME!でモデリングスーパーバイザーを務めた綿引 健氏が空き時間を見つけて3ヵ月ほどバージョンアップを重ねつつ作成、その後はJ Cubeのホルヘ・アドルニ/Jorge Adorni氏に引き継がれ、各種マテリアルの計算結果を確認するため細かい修正が重ねられた。「綿引はBLAME!のサナカン、KOSではつむぎなど、重要なキャラクターを担当してもらうことの多いモデラーです」(片塰氏)。「彼だったんだね! 今度ご飯をおごってあげなきゃ」(パオロ氏)。「それがいいね。彼、痩せてるから」(片塰氏)。「チャンコ鍋にしよう、太ってもらおう!」(パオロ氏)。

『BLAME!』より

<後編に続く>

  • 劇場アニメ『BLAME!』
    Blu-ray DISC発売中!


    原作:弐瓶 勉『BLAME!』(講談社「アフタヌーン」所載)
    総監修:弐瓶 勉
    監督:瀬下寛之
    副監督・CGスーパーバイザー:吉平"Tady"直弘
    アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
    配給:クロックワークス
    製作:東亜重工動画制作局

    www.blame.jp

  • 対応アプリケーション:Autodesk Maya 2015 SP6 以降(NUKE対応版開発中)
    価格(1ライセンスあたり):
    ●3Delightライセンス付き
    70,000円(20~50ライセンス)、60,000円(51~100ライセンス)他
    ●3Delightライセンスなし
    35,000円(20~50ライセンス)、30,000円(51~100ライセンス)他
    ※メンテナンス・サポート&製品アップデート含む
    問い合わせ:support@j-cube.jp
    maneki.sh

Profileプロフィール

J Cube x ポリゴン・ピクチュアズ

J Cube x ポリゴン・ピクチュアズ

写真左から パオロ・ベルト・デュランテ/Paolo Berto Durante氏(J Cube CEO)、吉平 "Tady" 直弘氏(『BLAME!』副監督・CGスーパーバイザー/ポリゴン・ピクチュアズ)、片塰満則氏(『BLAME!』ディレクター・オブ・フォトグラフィー/ポリゴン・ピクチュアズ)

スペシャルインタビュー