>   >  絵を描くハードルを下げる!? ベテランアニメーター立中順平氏が語るクイックスケッチの極意とは?
絵を描くハードルを下げる!? ベテランアニメーター立中順平氏が語るクイックスケッチの極意とは?

絵を描くハードルを下げる!? ベテランアニメーター立中順平氏が語るクイックスケッチの極意とは?

絵を描くことは、自分の意見を表明すること

CGW:ワークショップの参加者からは、どのような反応がありましたか?

立中:絵を描くのが楽になったという感想をいただきます。嬉しい感想ですね。

CGW:楽になったというのは、どういう意味でしょうか?

立中:「まずは数を描きましょう。上手く描こうとはしないでください」というところでしょうか。「上手く描こう」としてまじめに努力すると、手を動かす前にプレッシャーがかかってしまうように思います。

CGW:絵の勉強は「お手本を真似て描く」イメージが強いように思います。

立中:クイックスケッチは、自分なりの印象でざっくり描けばよいのです。
この人は、どっちに向いて動いているのか、どこに力がかかっているのか、どんな気持ちでいるのか。描き手それぞれが感じて、自分の価値観や経験、今持っているスキルで描くわけです。はじめから名人級の絵を描ける人などいません。足りないところを身に付けるのは、一歩ずつです。
特別なスキルや感性があって「はじめて」絵が描けるようになるとは、思い込まないで欲しい。

CGW:同じ「対象を観察して描く」といっても、デッサンとクイックスケッチでは、注視点が異なるんですね。デッサンしかしてこなかった人だと、最初は面食らうでしょうね。

立中:そうですね、でもすぐに新しい観点を面白がってくれるようになります。クイックスケッチも絵を描くための1つの見方や、1つの道具だと理解していただけているようです。

CGW:立中さんは「動きを感じさせる絵を描く」ことについて、人から何か言われたことがありますか?

立中:特別な指導は受けたことはないです。仕事を通じて、その場その場でいろいろ教えてもらっていました。僕にとっては、自分が描きたいものが描けているかどうかが問題なんです。自分の絵を見て、気に入らなかったら、次、次、と描いていました。
ふつうは、自分の絵を見て点数をつけると落ち込んじゃいますよね。そして描きたくなくなっていく。「ダメだったら、また描けば良い」と気軽に構えると、楽になります。

平谷:立中さんは描きたいモノが「具体的なこと」が強みだと思います。野球やスケート、カンフーやボクシングいろいろなことを面白がって観に行ったり、動画や本で勉強されたりしていますが、スケッチするときには「このときの、こんな動作がとらえたい」と、描きたい瞬間のイメージが強いように思います。

立中:自分の印象や頭の中にあることを超える絵は描けないですからね。「誰かに褒められたい」「絵が上手くなりたい」がゴールだと、広大なゴールのどこを狙えばいいか、わからなくなります。

「自分が描こうと思ったことを描く」「今の実力を率直に認める」という風に考え方を変えると、次にやることがとてもクリアになります。「描きたいことは具体的なのだけれど、それを描くテクニックが足りなければテクニックを磨く」「描きたいことが具体的にならないのなら、具体的にできるだけの情報を集める」といったふうに、スケッチは、次の課題を見つけるためにも良いと思っています。

それに、自分という軸がないと、仕事をするときにも苦しくなると思います。アニメーションの仕事だと、絵コンテがあり、監督との打ち合わせがあって、僕がやっていることはキャラクターの演技の提案です。つまり、外部から得た情報をもとに「自分はこう考えました」と表明することです。その時に自分の意見がないと、その提案に対するチェックバックに対応のしようがなくなってしまうんです。

CGW:ああ、わかります。

立中:「打ち合わせ通りにしたのに、リテイクを受けてしまった」と相談されることがあります。意識の持ち方のわずかな違いですが、「打ち合わせを受けて、自分が持った意見なりアイデアなりをもとに演技をつけた。その意見が、チェックをする人とは違っていた」。こう考えると、次に進みやすくなります。違いを具体的にして、きちんと話し合うことで、どちらがどう歩み寄るのかがクリアになります。

仕事の結果は自分の意見であるという意識を持つと、自分の仕事に責任が持てるようにもなります。

CGW:なるほど。

立中:クイックスケッチは、観察で得た情報(インプット)を自分なりに描き出す(アウトプットする)練習にもなります。普段からやっておくと楽だし、他人のアドバイスも聞きやすくなります。同じ仕事をするなら、自分の責任で作品にかかわりたいじゃないですか。でも、それを言葉にしたのは、この本がはじめてです。

CGW:それを言語化されようとする姿勢がすごいですね。ワークショップをやって、それをもとに本まで書かれて。実際、本を書く作業は大変だったのではないですか?

立中:僕はボーンデジタルの会議室に来て、順番も特に考えずに好きなことを喋って帰っていくだけでした。それを文章に起こしてくれて。いったんざっと話し終わったところでそれを元に何度もリライトを重ねて、最終的な形にまとめました。

輪郭を描くことで生まれる固さを打ち破る

CGW:そもそも、人に教えることがお好きなんですか?

立中:そうですね、好きですね。若いアニメーターに教える機会が、割とありました。そんな中で、僕がアドバイスをさせてもらった人が、何かをつかんだらしくてブレイクスルーする姿を何度か目にしました。それはとても光栄なことです。

CGW:やりがいを感じられたんですね。

立中:はい。若いアニメーターと話すのは、単純に楽しいですしね。

CGW:「ポーズが描ければ動きも描ける」というキャッチが意味深ですね。なぜそうなるんですか?

立中:僕のワークショップに参加される方は、描いた人物が固い、もっと生き生きとした躍動感を描きたいと悩んでいる方が多いのです。人物を描く経験も目的も、それこそ千差万別です。でもみなさん、「固さ」「躍動感」というキーワードに関しては、困っていらっしゃるようでした。

静止した人が対象なら、当然、観察の対象はぴたっと静止しているわけです。うまい下手を考えなければ、描けそうな気がしますよね。

動いている人が目の前にいれば、バランスが崩れた瞬間、髪がなびく瞬間、裾がひるがえる瞬間、こうしたダイナミックな瞬間を「観察」することはできます。観察に慣れてくると、描きたいところが見えてきます。見えたら後は描くだけです。描く作業自体は、静止している人を描くのと変わりません。

一言でいうと、「動いている人は難しいと思っていませんか? 大丈夫、描けますよ」というメッセージです。

CGW:「動きを記号化して描く」ことと、クイックスケッチとの違いはなんでしょうか?

立中:最初は記号からです。書籍の前半で、テンプレートを用いた動きの捉え方を解説しています。テンプレートとは、人体を単純化したものです。そのパーツがどちらを向いているとか、空間の中でどこに配置されているかといったことを分析して、記号のように描きます。

単純化して分析することなく描くのは、しっかりした土台のないまま家を建てるようなもので、後からの修正は難しくなります。

分析して土台をつくる工程は、いくらか練習をすると無意識にできるようになります。そうなったら、ひとつひとつを分析するために頭を悩ませることなく、ポーズ全体を貫く何かだったり、自分が感じた印象を優先して描いていくことができます。

CGW:いわゆる守破離ですね。

立中:その通りです。守って、破って、離れるという。最終的には分析なんていう理論めいたことから離れて、自由に、大きく手を動かして描く方がずっと楽しいですからね。

CGW:この本をどんな人に向けて書かれましたか? また、どんなふうに活用して欲しいですか?

立中:楽しんで、のびのびと絵を描きたい人です。自分なりに試行錯誤するための道具として、この本を使ってもらえればいいと思います。
絵が固いと思うことには、いろいろな原因があると思うんですが、テンプレートからはじめるのは、輪郭を描かないと、人のパーツを自由に動かしやすくなるからです。

CGW:輪郭を描くと動きが止まるということですね。たしかにそうですね。スケッチをたくさん描くことと、しっかり仕上げまで描き込むことは、違うモチベーションなのでしょうか?

立中:根っこの部分は同じだと思います。この本で提案しているクイックスケッチは、試行錯誤だったり、情報を蓄えたりするための道具なんです。スポーツ選手にたとえれば、筋トレですね。地味だけれども最終的なパフォーマンスにじんわり効いてくるような。

だからこそ、「気軽に描ける」「描いて楽しい」ことが大切なんです。

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ジェスチャードローイングとクイックスケッチ

Profileプロフィール

立中順平/Jyunpei Tatenaka

立中順平/Jyunpei Tatenaka

岡山県出身。1993年よりディズニーアニメーションジャパンでアニメーターとして仕事をはじめる。その後アンサースタジオを経て、現在はフリーのアクション作画監督として、さまざまな作品で活躍中。特にスポーツを題材としたアニメ作品でで動きの表現を担当している。

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