ジェスチャードローイングとクイックスケッチ
CGW:クイックスケッチのような考え方やノウハウを実践されている方は、他にいらっしゃいますか?
立中:「ジェスチャードローイング」と呼ばれるものと似ています。海外では、ディズニーをはじめとするアニメーターも、ファインアーティストの間でも実践されています。誰がいつジェスチャードローイングと呼び始めたのかは不明ですが、ディズニーアニメーションにこのコンセプトを持ち込んだのが、グレン・ビルプ先生だそうです。
平谷:『グレン・ビルプのドローイングマニュアル』の著者ですね。『マイケル・ハンプトンの人体の描き方』の著者のマイケル・ハンプトン、『リズムとフォース』のマイケル・マテジなど、ジェスチャードローイングをそれぞれの解釈で教えている人は大勢います。教えている人がたくさんいるので、生徒数は膨大です。日本ではこの1年ほどで、だんだんと広まってきたように感じています。
CGW:クイックスケッチとジェスチャードローイングはどのように違うのですか?
平谷:本質的には同じです。言葉上の小さい違いですが、クイックスケッチはスケッチすること自体が目的で、ジェスチャードローイングは、仕上げに持っていく作品のベースにするために描くこともあることくらいでしょうか。
ざっくり言うと、「対象を観察して「動きや感情、エネルギー」といったものをシンプルな線画でしっかりとらえましょう」というのが、ジェスチャードローイングです。ジェスチャーがしっかりしていないと、面白みや動き・生命力に欠ける絵になってしまいます。トレーニングとして、ジェスチャードローイングを取り入れている人もたくさんいらっしゃいます。
CGW:話を「たてなか流クイックスケッチ」に戻しましょう。ボールを投げる、ボールを蹴る、ボールを打つといった、いろんな動きの一瞬を捉えて描いていく方が良いのか。それともボールを投げるなど、一つの動きの中でキーフレーム的に動作を連続でとらえて描く方が良いのか、どちらのやり方がお勧めなんでしょうか。
立中:どちらも本質的には変わらないと思います。付け加えれば、そこには知識が必要だと思っています。ボールをバットで打つという動作は、スイングの過程でいつ体の軸が回転するのか、どのタイミングで、どこから来たエネルギーがどこに伝わっていくのかが知りたいことです。でも実際には速いですからね。見てもよく分からない。
スポーツの本や雑誌はそういった情報が詰まっています。情報を仕入れたうえで、選手の動きを見ると、深いところまで理解できるようになります。
CGW:そういった知識がないと、ただ眺めるだけになってしまいますからね。
立中:矛盾するようですが、はじめは眺めるだけ、楽しむだけでも全然かまわないと思います。興味を持つことが一番大事ですから。どんなことでも「勉強」っぽくなると、つまらないじゃないですか。
いろんな本を読んで、予習していっても選手の動きを見て、全然わからないことだってよくあります。「あー、今日は大惨敗だな」って。そうしたら次に本を読むときには、ぐっと本気度が上がります。
クイックスケッチはメモのためのツール
CGW:立中さんでも惨敗されることがあるんですか?
立中:普通に負けます。
平谷:この率直さは、立中さんの強さだと思います。ラフでも、失敗したスケッチでも、どんどん見せてくれて、私もお話ししていて、楽な気持ちになります。
立中:人物画では、ジェスチャーやクイックスケッチと呼んでいますが、風景画にも同じようなコンセプトで、「サムネイル」と呼ばれるものがあります。小さいサイズのモノクロスケッチです。構図の練習であり、作品の方向性を決めるためにも描かれます。
どちらも「アイデアスケッチ」と呼べると思います。短時間でたくさん描いて、描くアプローチを探るわけです。たった1つのアイデアに固執するのではなく、楽な気持ちでアイデアをいくつも出して、その中から選ぶ。プロでやっていこうとしたら特に、このアイデア出しに使える道具を身に付けておくと有利だと思います。
身の回りからさまざまなモノをインプットして、自分の中にため込んでおくことも大切ですね。実際、何の役に立つか分かりませんからね。クイックスケッチはそのための道具でもあります。
CGW:本の出版後もクイックスケッチのワークショップは継続されるんでしょうか?
立中:はい、続けていく予定です。
CGW:ということは、この本を買って読むと、ワークショップの予習になるんですね。
立中:そうですね。棒人間を描くのが速くなります(笑)。実際、順番はどちらでもかまいません。前提知識なしでワークショップに参加していただいて、このアプローチが気に入ったら、さらに書籍で理解を深めるような使い方でもまったく問題はありません。
はじめのうちは、ワークショップが棒人間みたいな絵からはじまったら、みなさん、拍子抜けしないかなと心配だったんです。でも、共通認識のベースをつくってからはじめることで、ワークショップの内容が整理されましたし、長く描いている方にもこのアプローチを受け入れていただけました。
今は、自信をもって棒人間を解説しています(笑)。
クイックスケッチではディテールは扱いません。それは別のものとして考えてください。しっかり仕上げる作品を描く段階が10工程に分かれるとしたら、ディテールは9とか10の段階だと思うんです。クイックスケッチ(あるいはジェスチャードローイング)は、その順番で言えばゼロか1にあたるところです。
CGW:最後に、この本で読者に一番伝えたいことは何でしょうか?
立中:描くことを楽しんでほしいということです。人によって描きたいことは違います。感じ方、見てきたもの、すべてが絵に影響します。まったく同じ人は、2人いないわけです。それに、絵にはどこかに誰かが決めた「正解」があるわけでもない。
テクニックがどれほど未熟でも、関係ありません。絵は楽しんで描くべきです。
立中:「こんなことが描きたい」と考えるのは楽しいものです。そのアイデアさえあれば、描けなかったときには「もう少しここを強化してもう一度描こう」と思えばいいし、描けたときには「楽しい」と思えるはずです。どんなに小さいことでも、できたときには、まずは自分が喜びましょう。
CGW:クイックスケッチって、とても主観的な行為なんですね。シンプルなだけに、余計に描き手の主観が反映されるというか。
立中:そうですね。それぞれのやり方で、楽しんで描くための参考にしてもらえれば幸いです。
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ポーズが描ければ 動きも描ける
たてなか流クイックスケッチ
著者:立中順平
定価:本体2,700円+税
ISBN:978-4-86246-445-3
総ページ数:226ページ
サイズ:190mm×257mm
発売日:2019年05月25日
www.borndigital.co.jp/book/14071.html