点と点が繋がった専門職大学への道
このように、社内外で多彩な経験を積んできた斎藤氏。今になってふり返ってみると「点と点がきれいにつながった」という。共通しているのは社外活動に精力的に取り組み、最新の技術や情報を社内にもち帰ろうとした姿勢だ。1990年代、ゲーム業界にとって3DCGは未知の存在だった。SIGGRAPHの存在もマイナーだったほどだ。そこで斎藤氏は社外で技術講演などを行いつつ、3DCGの啓蒙活動を展開した。この成功体験を下敷きに、2000年代になるとCEDECの運営に注力しはじめた。当時は国産ゲームが低迷し始めた時期で、CEDECの運営をとおして、社内に刺激をもたらそうとしたのだ。
2010年代になると、人材教育に活動がシフトしていく。BNSVの起ち上げに際して、米シアトルにあるデジペン工科大学を訪問したのは好例だ。BNSVはバンクーバー郊外にある大学院、CENTRE FOR DIGITAL MEDIA(CDM)の施設内にあり、産学連携によるゲーム開発をミッションに掲げていた。そこで企業側として大学とどのような連携をとるべきか、同大学を訪問して情報収集を行なったのだ。デジペン工科大学は、設立に任天堂アメリカが関わったことで知られる、ゲーム教育の名門校。その内容が東京国際工科専門職大学のカリキュラムにも間接的に影響を与えているという。
「デジペン工科大学のカリキュラムで驚いたのは、ゲームデザインのコースが3年次からしか存在せず、履修を希望する学生は1~2年次にプログラマーとアーティストの授業を受講することが必須という点でした。海外のゲームデザイナーにMayaでレベルデザインをしたり、スクリプトでイベントを組める割合が多いことと、関係があるように感じました」。東京国際工科専門職大学でも専門コースに分科する前に、全学生がプログラミングやゲームデザイン、アーティストの授業を履修する。その結果、プログラムとCGと企画の概論を習得した上で、ゲームプロデュースコースとCGアニメーションコースに分かれていくのだ。
また、バンクーバーから帰国後、バックオフィスに移ってからは、人材採用目的で全国の大学や専門学校を精力的に訪問。数多くの学生と交流してきた。2018年からは業界団体のCESA人材育成部会が主導する、日本ゲーム大賞U18部門の運営にもかかわっている。「そんなふうに子供たちの成長を間近でみたり、これからプログラミング教育が始まって、社会がどんどん変わっていくだろうなあというのが見えてきたので、そういったところにちゃんと行って、新しいことを勉強してみても良いかなあ。新しいチャレンジをしてみても良いかなあと。そんな風に考えるようになりました」。
もっとも、転職に際しては戸惑いもあった。長く親しんだゲーム開発の現場で、もっと活躍したいという想いもあったからだ。専門職大学という制度が新設されることも初耳だった。しかし、開学準備に際して学校の関係者と話を重ねながら、徐々に考えが固まっていった。ゲームの開発技術を社会に役立てることにも、以前から関心があった。「ゲームは様々な要素技術のかたまりです。逆にいうと技術の切り売りも可能です。ゲームを構成する技術を社会に還元したり、いろいろな社会問題を解決したりすることもできると思っています」。転職理由について聞く中で、斎藤氏はそのように語った。
バンダイナムコスタジオが2015年に開発した、バーチャルキャラクターを活用したライブ配信システム「BanaCAST」は好例だ。リアルタイムモーションキャプチャ技術と、リアルタイム3DCGキャラクターを用いた、インタラクティブなライブコンテンツ提供サービスで、ライブイベントなどに最適だ。これまで東京ゲームショウのステージイベントや、『THE IDOLM@STER PRODUCER MEETING 2017』ライブなどで使用され、好評を博してきた。もともとライブエンターテインメント志望だった斎藤氏にとって、理想の技術だった。
他に大学と専門学校だけでは、企業が求める人材に達しにくいという問題意識もあった。専門学校では就職のための実践的な教育が行われる。そのため学生が即戦力として活躍が期待できる一方、就職後に伸び悩む例もみられる。これに対して大学は幅広い教養や専門的な教育を行なっているが、モノづくりの経験に乏しい。どちらも一長一短というわけだ。またCG分野に限ると、デッサンや静止画のスキルはモデリングには活かしやすい。しかし、モーション制作やVFXを教えている大学は、ほとんど存在しない。その結果、専門学校に頼ることになる。このように人材教育に偏りがみられるのが現状だという。
TAを育成する日本初のCGアニメーションコース
それでは東京国際工科専門職大学では、どのような教育が行われるのだろうか。前述のようにデジタルエンタテインメント学科には、ゲームプロデュースコースとCGアニメーションコースがあり、2年前期から分かれる設計になっている。また、ゲームプロデュースコースはプログラミングとゲームデザインの選択が可能だ。すべての科目は必修と選択科目に設定されており、選択したコースでは選択科目の必修履修があるため、高い専門性を学修できる。大学のようなゼミは存在しないが、卒業研究や卒業制作は実施される。また、個々の教員が10名程度の学生を担当し、個別の学習・進路相談などにのる「担任制」がとられる。「通常の大学より、はるかに教員と学生の関係性は濃密になる」という。
もっとも、大学や専門学校とは、コースの意味合いが異なっている。まず、ゲームプロデュースコースは、一般的なプロデューサー教育を行うわけではない。前述の通り社会の様々なニーズにこたえるための考え方や、具体的なアプリケーションの開発技術について学ぶ。エンターテイメントとしてのゲームの範疇を超えた、より幅の広い表現や作品制作が対象になるというわけだ。前述の「BanaCAST」は一例で、シリアスゲームやゲーミフィケーションも範疇に入る。逆に「ゲーム」開発について特化して学びたい学生であれば、専門学校の方が適している......そのように語る。
CGアニメーションコースの内容も特殊だ。本コースでは一般的な3DCGアーティスト育成のみの授業は行われない。そのかわり、重視するのがCG制作で必要になる、幅広い技術を学ぶための授業だ。リギング・モーションキャプチャー・アニメーションなどは一例で、Python等のプログラミングやアセットマネージメントも学ぶ。「他にシェーダーもやりたいですし、カラーグレーディングやHDR系の授業も行いたいですね。CGだけでなく、実写との合成も視野に入れたカリキュラムになっています。学内にグリーンバックを備えたモーションキャプチャールームを作りますし、編集室も設置されます」。つまり、テクニカルアーティスト(TA)やテクニカルディレクター(TD)を養成するためのコースというわけだ。
実際、業界のTA、TD不足は深刻な状況になりつつある。大手を中心にTAを新卒で採用する例も見られるほどだ。ただし、そのための専門的な教育をほどこす学校は存在しない。そのため、本学が開学すれば日本で唯一無二の存在になるだろう。その一方で、業界内ではTAやTDはアーティストの上級職という見方もある。はたして、本学のCGアーティストコースを卒業した学生は、TAとして企業に就職できるのだろうか。
「まさに、そうした学生を育てたいと思っています。企業側からすれば、現場でいろいろなアートの職種を体験した上で、TAになってほしいと考えるのが普通です。しかし基礎的なスキル、例えば『プログラムが書ける』、『映像データを制作するプロセスを知っている』なども重要です。CGアニメーションコースのカリキュラムは、まさにそうした基礎を学ぶ内容になっています」。
また、TAに必要な必要なCG技術のコアについて学ぶことは、CGにいろいろな職種が存在することを学ぶことにもなる。そのため、自分が将来何をやりたいかについて考えるきっかけになるともいう。他に4年間で600時間以上という企業内実習を通して、企業人と交流をすることができるため、そこでも自分の職業観について考えが深められるのではないかとした。企業内実習の受け入れ先は、海外実習先も含めると数十社程度。斎藤氏の古巣のバンダイナムコスタジオや、スクウェア・エニックスUSA、チームラボなどの企業名が並ぶ。
他に「国際」と校名に名前がつくとおり、4年間を通して英語科目があり、英文の技術仕様書や論文を読みこなしたり、英語でプレゼンテーションを行ったりといった授業も用意されている。ただし、現時点で交換留学制度は存在せず、校費留学制度のみ。学校運営を通して、粛々と準備を進めていきたいとした。
乖離が広がる産業界と教育界の架け橋になれるか
最後に専門職大学ならではの特徴について、あらためて聞いてみた。前述の通り専門職大学は、学校ごとに特定の産業界との結びつきが強く打ち出されている点が特徴だ。これには急速な社会の変化に伴い、産業界自体が大きな変化に晒されている点が背景にある。中でもデジタルエンタテインメント分野は、その傾向が顕著だと言えるだろう。そのため人材を送り出す学校側にも、産業界の将来変化を見据えて、どういう能力を学生の間に身につけておくべきか、見識が問われることになる。実際、文科省も専門職大学の設置基準に際して、「専門職大学等の設置構想のポイント」という資料を作成し、この点を強く打ち出している(30ページ/白抜きの部分)。
これに対して斎藤氏は「全体を通してのカリキュラムはありますが、授業での知識やスキルにとどまらないプロとしての姿勢や考え方をどの様に身に着けてもらうか、ギリギリまで詰めていきたいと思っています。学生に『答え』を教えるのではなく、学生が『答えに至る道筋』を自分たちで発見していくような内容にしていこう......そういったことを日々議論しています。ツールの使い方ではなく、なぜそのツールが必要なのか。なぜ、そうしたアルゴリズムが産まれてきたのか、といったことを含む本質を理解する力ですね。ただ、同じような授業は姉妹校のHALでも、実施されているかもしれませんね」と答えた。
具体的には一年生の前期で、知的好奇心や学習意欲を刺激するような授業を数多く取り入れるという。「社会の諸問題を自ら発見し、テクノロジーを用いて解決できる」人間になるためには、社会に対するモノの見方を育むことが重要で、そのためには入学したての、フレッシュなうちが良いというわけだ。その後、一年生の後期から理論を学ぶ授業が並ぶ。「線形代数」「離散数学(情報数学)」「確率統計論」など、エンタテインメントといいながら、数学の授業も数多い。その上で3年次・4年次では応用力・展開力を育むような展開科目が配置されている。地域の課題を企業などと共に発見し、解決していく「地域共創デザイン実習」などは好例だ。「この展開科目こそが専門職大学の目玉であり、大学や専門学校などと違うところ」と斎藤氏は指摘する。物事の本質を理解する上で、こうした科目編成が必須だったと続けた。
もっとも、専門職大学自体が過去にない取り組みであり、学校側も、文科省側も、試行錯誤しながら進めているのが現状だ。同校においても現在、まさに1期生の授業に向けて準備が進められているところだという。その一方で企業で求められるスキルと、教育機関で教えられる内容の乖離は、年々広がっている。2020年末にはソニー・インタラクティブエンタテインメントとマイクロソフトから相次いで次世代ゲーム機が発売され、CGで求められる技術が上昇することは確実だ。中でもリアルタイムレイトレーシングは従来のCG制作のスタイルを一変させるとして、高い注目を集めている。
その一方で大学や専門学校の授業年数がいきなり伸びたり、教育内容が拡充されるわけではない。諸外国と異なり、新卒一括採用が中心で、社会人むけのリカレント教育が少ないことも、企業の負担が増す結果につながっている。こうした中、産業界と教育界を繋ぐ専門職大学の役割はますます大きなものになると推察される。
専門学校がカリキュラムを重視した学校運営を行うのに対して、大学では個々の教員が最大の資産だ。いまや学生が大学名や学部・学科名だけでなく、研究室の名前で大学を選び、入試にのぞむ時代。これは専門職大学についても当てはまる。こうした中、斎藤氏のように業界の第一線で活躍してきた人材が多数参画している点は、同校ならではの魅力だろう。はたして4年後にどのような卒業生が輩出されるのか。そして10~20年後、どのような変化が業界ひいては社会全体にもたらされるのか。注意深く見守っていきたい。