>   >  55年ぶりに新設された「専門職大学」とは? 東京国際工科専門職大学デジタルエンタテインメント学科学科長・斎藤直宏氏に聞く
55年ぶりに新設された「専門職大学」とは? 東京国際工科専門職大学デジタルエンタテインメント学科学科長・斎藤直宏氏に聞く

55年ぶりに新設された「専門職大学」とは? 東京国際工科専門職大学デジタルエンタテインメント学科学科長・斎藤直宏氏に聞く

2020年4月、新宿に東京国際工科専門職大学が新設される。専門職大学/短期大学は大学と専門学校の中間領域にあたる大学制度で、「AI・IoT・ロボット」と「ゲーム・CG」では同校が初めての開校だ。バンダイナムコスタジオ出身で、デジタルエンタテインメント学科の学科長に就任した斎藤直宏氏に、学校の理念や教育観などについて聞いた。

なお、最初に断っておくと筆者は同校の設立に浅からぬ縁がある。いわゆる関係者の一人だ。そのため本記事はPR記事ではないが、関係者によるレポートということで、内容を割り引いて読んでいただきたい。もっとも、できるだけ客観的、中立的な立場で執筆したつもりだ。また、文責はすべて筆者にあることを申し添えておく。

INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

キーワードは「Designer in Society」

2020年4月、ゲームやCGの人材教育が大きな節目を迎える。「AI・IoT・ロボット」と「ゲーム・CG」に特化した、東京国際工科専門職大学が新宿に開学するからだ。2019年9月25日には新宿コクーンタワーで開学発表会が行われ、学長の吉川弘之氏が建学の理念について語った。東大総長などを歴任した吉川氏は、「Designer in Society(社会とともにあるデザイナー)」というキーワードを提示。社会の諸問題を自ら発見し、テクノロジーを用いて解決できる人材を輩出してきたいと語った。いわゆるデザイン思考をベースとした、学際的・実践的な教育を行なっていくというわけだ。

第二部ではセガゲームス代表取締役の松原健二氏と、ユカイ工学代表の青木俊介氏をゲストに迎えたパネルディスカッションも実施。企業からみた専門職大学の役割について、様々な議論が行われた。松原氏は「グローバルとプラクティス」をキーワードに挙げ、グローバルに活躍できる人材育成と、産学連携を促進するしくみづくりについて期待したいと述べた。青木氏は「3Dプリンタに代表されるように、今は設計と実装に切れ目がない時代。しかし大学では、いまだに研究と実践が分かれているのが現状だ」と指摘し、両者をつなぐ教育を展開してほしいと期待を寄せた。

吉川弘之氏

パネルディスカッションの模様。左から中谷日出氏(モデレーター)、青木俊介氏、吉川弘之氏、松原健二氏

専門職大学/短期大学は、大学と専門学校の中間領域を担う教育機関として、2019年4月にスタートした新しい大学制度だ。学問を深く研究する大学、就職に必要な技術を習得する専門学校に対して、専門職大学/短期大学は個々の学校が特定の産業界と連携しながら、各分野で中核的存在となり得る人材教育を進める点に特徴がある。大学・短期大学とのちがいは実務家教員を4割以上にすること。企業内実習を重視(※1)すること、などだ。これに対して卒業生が学士/短期大学士の資格を習得できる点が、専門学校との大きなちがいになる。新しい大学制度としては、1964年の短期大学の設立以来55年ぶりとなる。

※1 専門職大学の場合、4年間で400時間以上。東京国際工科専門職大学では後述するように600時間が予定されている。

少子化の進展で18歳以下人口が減少し、大学や専門学校の統廃合が課題となる中、なぜ新しい大学制度が必要なのか。背景にあるのが、技術進化に伴う社会の急速な変化だ。「AIによって職が奪われる」は好例で、メディアの格好のネタになっている。その一方、AIのような専門技術を活用して、社会に新たな価値を創造できる人材を育成するには、従来の教育制度では不十分という議論も続いてきた。吉川氏は開学発表会で、「大学は特定の学問を深く掘り下げて思索するが、分野横断的な視点や機動力に課題があった。専門学校では実践的な教育が行われているが、技術の背後に広がる世界観が重視されてこなかった」と分析。その中間を埋めるのが専門職大学の役割だとした。

それでは同校が掲げる教育理念とは何か。それが冒頭に触れた「Designer in Society」だ。入試要項に記されたアドミッション・ポリシー(入学受入方針)には、「ソフトウェア技術の応用領域におけるイノベーションをめざし、デザイン思考が実践できる情報技術者、"Designer in Society(社会とともにあるデザイナー)"を養成する」という文言が並ぶ。ポイントは問題の解決もさることながら、問題を自ら発見する力を重視する点だ。そのためにはサイエンスだけでなく、アートの視点も重要になる。方程式を解くだけでなく、正しい方程式を立てるには、アートのもつ直感的なセンスが問われるからだ。

東京国際工科専門職大学ホームページ
www.iput.ac.jp/tokyo

ただし、言うのは簡単でも、実現が難しいのは承知の通り。AIによる働き方の変化、地球温暖化、難民問題など、世界には問いを立てることすら難しい問題がひしめいている。より身近な分野までかみ砕けば、これだけ世界にエンターテインメントコンテンツがひしめいているにもかかわらず、「ヒットの法則」が解明されたことはない。そのためには、人間の感性に関するしくみを解き明かすことが必要だと考えられる。では、脳のしくみが解明されれば、ヒットの法則はつかめるのだろうか。そもそも、面白い・つまらないとは、個人の感性のみに起因する現象だろうか。問いの立て方は無数にあるだろう。

こうしたデザイン思考の教育を実践するために、東京国際工科専門職大学では1学部2学科が設置される。工科学部情報工学科と、同デジタルエンタテインメント学科だ。前者は「AI戦略・IoTシステム・ロボット開発」の3コース。後者は「ゲームプロデュース・CGアニメーション」の2コースがあり、学生数は120名と80名。学生は4年間かけて、それぞれの専門分野を学んでいくことになる(※2)。ちなみに発表会に先駆けて、すでにAO入試が開始されていた。前述の入試要項には、一般入試でもAO入試でも、独自のペーパーテスト(マーク式と記述式で、マーク式は一般入試のみ)と面接を組み合わせた選抜方式が採用されるとの説明がある。

「本学の入試のモットーは『全受験生が受けてよかった』と思ってもらえるような内容にすることです。少しでも本学に興味を持ってくれた学生が、受験後に『考えさせられた』『新しい気づきができた』など、人生の転機となるような入試にすることを目的としています。そのうえで「入試から既に教育ははじまっている」という意図のもと、AO入試でも一般入試でも独自のペーパーテストが検査項目に入りました。また『学修意欲』や『知的好奇心』を重視しているため、一般入試でも面接があります」(同校担当者より)

※2 他に国家資格の取得に特化した、国家資格別科(1年制)の設置が計画されている(2020年1月現在)

ただし、発表会では建学の理念や3つのポリシー(アドミッション・ポリシー/カリキュラム・ポリシー/ディプロマ・ポリシー)が表だって明示されることはなかった。また、大学の概要が示されたのみで、具体的なコースの説明は乏しかった。これらは受験生などには開示されるものの、一般向けにはホームページなどを通して、開学までに開示されていくという。それでは、本学ならではの、より深い特徴とは何か。中でもデジタルエンタテインメント学科の特徴や、めざすものとは何か。そこで同学科長に就任した斎藤直宏氏にインタビューを行った。

元CEDEC運営委員長が学科長に就任

  • 斎藤直宏/Naohiro Saito
    東京国際工科専門職大学 デジタルエンタテインメント学科 学科長

ゲーム業界で斎藤直宏氏といえば、CEDEC2012と2013で運営委員長を務めた人物といえば、通りが良いかもしれない。1988年にナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)に入社後、一貫してゲームの技術開発に、主にビジュアル面から取り組んできたエンジニアだ。もっとも、キャリアのスタートはゲームではなく、映像制作だった。東海大学工学部工学科(現:画像工学科)でホログラフィの研究を行い、1984年にCGプロダクションのジャパン・コンピュータ・グラフィック・ラボ(JCGL)に入社したのだ。日本初の商業CGスタジオであり、映画『SF新世紀 レンズマン』(1984)や「It's a SONY」のCMロゴ制作などで知られる、あのJCGLだ。

「入学の動機はホログラフィ。もっとも、ホログラフィといってもデジタルではなく、映画のフィルムを利用した、アナログな表現技術でした。それに映画をやりたかったわけではなく、ライブエンタテインメント志望でした。ステージ演出や、ライブ映像などの仕事がしたかったんです。でも、当時の日本にそんな就職先はなく、研究を通じてプログラミングに触れ、1981年に設立されたばかりのJCGLに入社しました。そこでCG制作のソフトウェアやフィルムやビデオのレコーダー制御ソフトの開発をBSD UNIX上のCで開発するCGエンジニアをしていました。まだ3Dモデルの形状や動きをコマンドラインで、1つずつ作っている時代でした」

その後、「機器の高機能化・低価格化に伴う所有機材の陳腐化や財務状況の悪化、特許に関する訴訟などによってJCGLは次第に疲弊し」(金子満氏のWikipediaより)1988年に解散、ナムコに吸収される。当時のナムコは業務用のシステム基板「システム21」を開発し、初の3DCGレースゲーム『ウイニングラン』(1988)をリリースした前後で、3DCGアーティストの絶対数が不足していた。ゲーム業界ではスプライト技術による2D表現が主流で、3DCGは異端だった。斎藤氏も「3年だけ働いて、転職しよう」と思っていたという。しかし、気がついたら30年近く勤務することになる。業務内容が面白すぎたからだ。

当初はJCGL時代と同じく受注業務を行なっていた斎藤氏だが、次第に内製のゲーム開発支援にシフトしていく。ハードの性能が急激に進化し、表現の幅がどんどん広がったからだ。1990年に登場したSFガンシューティング『ギャラクシアン3』は好例だ。大阪で開催された「国際花と緑の博覧会」で出展されたときは、映像が全てリアルタイム3DCGで制作された。これが1992年にナムコ・ワンダーエッグに移設された際、プリレンダームービーにリアルタイム3DCGで敵キャラクターを重ね合わせる手法に変更。表現力が飛躍的に高まった。この映像システムを制作したのが旧JCGLを中心としたメンバーで、斎藤氏もその1人だった。

もっとも、その後もゲーム開発に直接参加することはなく、研究開発が主戦場だった。その過程でプログラマーの全社的なマネジメントを行なったり、自社エンジンの開発チームやモーションキャプチャチームを起ち上げるなど、開発支援のスペシャリストになっていく。当時のCG映像制作では良く行われていた、エンジニアとアーティストが一体となって画像を作り上げる進め方を、ゲーム開発プロセスにマージしたのも斎藤氏だ(※3)。

※3 バンダイナムコスタジオにはアーティストとしてのバックグラウンドをもとにクリエイティブ作業の効率化やアートの品質向上を図るテクニカルアーティストと、技術的な素養から高度なツール開発や開発パイプライン構築を行うテック(映像でいうところのTDに近い)という2つの職種がある

そうした業務のかたわら、斎藤氏はCEDEC2007にパネリストとして登壇したのを契機に、CEDECの運営に長く係わるようになる。2008年から2011年まで副委員長、2012年と2013年には委員長として運営を牽引した。2013年からはカナダのバンクーバーに設立されたバンダイナムコスタジオ・バンクーバー(以下BNSV、現在は閉鎖)の起ち上げを担当。約1年4ヶ月の現地滞在をはさみ、足かけ2年ほど太平洋を往復する日々が続く。帰国後はバックオフィスの一員として、総務経理や人材採用といった業務に対して、クリエイター視点で取り組んだ。

その後、2018年の秋から東京国際工科専門職大学の設立準備に携わり、2020年に正式に転職。教育者として再スタートを切ることになる。

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点と点が繋がった専門職大学への道

Profileプロフィール

斎藤直宏/Naohiro Saito(東京国際工科専門職大学)

斎藤直宏/Naohiro Saito(東京国際工科専門職大学)

東京国際工科専門職大学デジタルエンタテインメント学科学科長

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