テレワークの推進を阻む様々な要因
もっとも、ゲームやCGでテレワークの導入に二の足を踏む企業の関係者にヒアリングすると、下記のような理由が返ってくることが多い。
1:社員の自宅にWi-FiやハイスペックなPCがない/開発機など専用の機材が必要で、外部にもち出せない
2:セキュリティ面の問題で自宅から社内のサーバやシステムに接続できない
3:プロジェクトマネジメントが円滑に遂行できない
4:社員同士のコミュニケーション不足が発生する
5:適切な粒度で作業を分割し、対価が設定できない
6:労務管理や人事評価が正しく行えない
ただし、このように問題の切り分けが行われていれば良い方だ。実際には、個々の問題が有機的に絡まったまま、必要以上に肥大化してしまうことも少なくない。これに「従来のワークフローを変えたくない」という現場の消極的抵抗が加わって、テレワーク担当者が社内で孤立してしまい、導入が見送られる例もある。
すでに見てきたように、同社でテレワーク推進が円滑に進んだのも、それに適したビジネスモデルや業務フローを構築してきたからだ。
同社は2011年に設立され、2012年より社内向けテレワークを進めている。その背景にあるのが「創ることで生きる人を増やす」というビジョンだ。つまりテレワーク推進はトップダウンで進めなければ難しい、ということになる。
近年、同社は政府諸官庁や関係団体が連携開催する働き方改革のキャンペーン「テレワーク・デイズ」に2年連続で特別協賛。プレイベントでは名だたる企業や小池百合子・東京都知事と並んで代表の伊藤勝悟氏が登壇し、2018年には東京・大阪・名古屋で行われたテレワークセミナーで講演するなど、業界を越えた旗振り役も務めている。
そうした中で見えてきたものがある。「なぜテレワークを導入するのか、目的をハッキリさせることが大事」ということだ。
導入の目的は「大量生産を効率化するため」や、「オフィスコストを削減するため」など、企業の立ち位置によって変わってくる。ただし、できるだけ具体的であることが望ましい。目的によって改善すべき業務フローや、導入すべきツールなどが異なるからだ。
その上で同社では、一般的に成功しやすい目的として「人材確保」を挙げた。テレワークの導入で、大都市圏から離れた遠隔地に居住している高スキル人材へのアプローチが可能になる上、育児や介護など個人の事情に合わせた働き方も実現できる。その結果、採用した人材のリテンションも高まるからだ。
このように目的が明文化されると、テレワーク導入における諸問題も切り分けが容易になる。複雑な問題の塊も、個別に切り分けることができれば各個撃破することも可能だ。逆にこれが曖昧だとグズグズになったり、勢いで導入したものの、上手くいかずに、社内でアレルギーが残ってしまったりするという。
先の項目に照らし合わせると、同社では在宅勤務に移行する社員に対して、必要に応じてPCや機材を貸与している。CPUにIntel Core i5、GPUにGeForce、メモリ32GBを搭載した、クリエイター向けとして標準的なものだ。「Houdiniなどの高度なシミュレーションを行う機会は少ないので、これで問題ありません」(星田氏)。
MUGENUPの全社的なテレワーク推進は2月18日(火)から始まり、週ごとに延長を判断、現在(3月30日(月))も続いている
同社らしいなと感じたのが、ほとんどの在宅クリエイターが3DCGツールにBlenderを使用していることだ。Mayaや3ds Maxを経験せず、いきなりBlenderというクリエイターも増えているという。もっとも、長くMayaを使ってきた星田氏にとって、乗り換えはやはり戸惑いがあった。
「機能面では問題ありませんし、働き方の多様化に伴い、今後もBlenderの比率は高まっていくと感じます。学生のうちにMayaとBlenderの両方を経験しておくと、後々になって役立つかもしれません」。
セキュリティ面では、扱うデータの重要性に合わせて、複数のサービスが使い分けられている。基幹業務を扱う社内のイントラネットと、それ以外といった具合だ。
成果物の受け渡しや進捗管理などには社内ツールの「WORK STATION」や、それをSaaS化したプロジェクト管理ツールの「Save Point」を利用。コミュニケーション用途に使用するチャットワーク、そして制作に必要な資料を共有するためのGoogle Driveがメインとなる。
また、同社ではメールアドレスにGmailが使用されるなど、G Suiteがフル活用されている。重要な内容はメールで送信し、エビデンスを残すなど、両者が使い分けるスタイルだ。「もっとも、コミュニケーションはほとんどチャットワークで行うため、メール文化が廃れてきていますね」。
ただし、クライアントによってはクラウドサーバの使用が禁止されている場合もある。その場合はクライアントごとに社内サーバにアクセス可能な特別アカウントを発行してもらい、その中で運用するなど、柔軟な対応を行なっていると述べた。
ポイントは「G Suiteが使用できなければ業務に支障をきたす」と言うほど、クラウドサービスが積極的に使用されていることだ。一方で機密性の低いデータに限定しているため、VPNなどの導入は行なっていない。また、プロジェクトの進捗に合わせて定期的にメンテナンスし、不用なファイルを削除するなど注意しているという。
このうちSave Pointについては、少々補足が必要だろう。同社が進捗管理用に開発した内製ツール「WORK STATION」がベースで、在宅クリエイターの進捗管理やコミュニケーションなどに使用されている。成果物の納品やフィードバックでやりとりされたスレッドを、丸ごと保存して全文検索したり、3DCGモデルをプレビューできたり、大量のアセットの進捗状況をガントチャートで表示して確認できたりと、様々な独自機能が備わっている。
Save Pointは外販されており、ゲームやCG制作にとどまらず、様々な企業で使用されている。ブラウザ上で動作するSaaSとして提供され、データセンターはAWSだ。全ての通信はSSLで暗号化され、ISMS認証を取得するなど、セキュリティにも留意されている。
なお、今回の取材後に感染症対策として、2020年3月18日(水)から5月31日(日)まで無償提供が行われることが決定した。興味があれば試用してみると良いだろう。
Save Pointの主要機能
スレッドビュー
クライアントや外注企業との間でコミュニケーションが可能で、やりとりをスレッド形式表示したり、保存したりできる。全文検索も可能なので、ナレッジデータベースとして活用されるケースもある
ガントチャート
数千件にも及ぶアセットの進捗状況を一覧表示し、わかりやすく確認できる
3Dプレビュー
2Dデータだけでなく、Spineや3Dデータをプレビューできる。m4a、wav、mov、mp4(H.264)など動画ファイルにも対応する
手描きでフィードバック
納品物にコメントをつけたり、手描きで指示を加えたりして、効率の良いチェックバックが返せる
このほか森田氏は意外と知られていない便利機能として、「ステータスの登録機能」を挙げた。デフォルトで入っているものに加えて、新規ステータスを任意で追加できる。これによって社内用や外注用など、状況に応じて細かくステータスを設定できる。ガントチャートとも連動し、大量のアセットの進捗状況が一元管理できる。
星田氏は「見たよ」ボタンの有効性を挙げた。スレッドに投稿されたレスの内容ごとに既読マークがつけられるもので、いちいち返答を返す必要がなく、確認もれをチェックする上でも便利だという。「もともと大量生産を支援するためのツールとして創られたので、ステータスの一覧性が高い点が特徴です」(星田氏)。
コミュニケーションについてはどうだろうか。同社ではZoomやSkypeなどのツールも活用されているが、対面での打ち合わせに比べて、まだまだ敷居が高い点は否めない。一方で距離や時間の制約から解放されるメリットもある。状況に応じて使い分けることが重要だ。
その上で、相手の問いかけには「即レス」を求めない一方で、こちらからはできるだけ「即レス」を心がける......などが挙げられた。目の前に相手がいない状況は、それだけでコミュニケーションの阻害要因になる。そんなときでも即レスが得られれば、心理的な距離がぐっと縮められる。
他にテキストチャットではどうしても、文面が硬くなりやすい。そのため、あえて絵文字を多用しているという。「使いすぎじゃない? っていうくらい、社内で使用しています。時には絵文字だけで会話していることもありますね」(森田氏)。
一方でビデオチャットでは、相手の顔を見て話ができるので、より理解が深まる。在宅勤務中の社員との打ち合わせ中、子どもの声が聞こえたり、パートナーの姿が映ったりして、ほっこりすることもある。
「管理する側からすると、相手の顔が見えるのは良いですね。やっぱり安心しますし、相づちなども打ちやすいですし。お互いの人となりがわかった状態で仕事をする方が、絶対スムーズですしね」(森田氏)。
ただし、自分の顔や室内が映ることに抵抗感を感じる人も少なくないという。また、相手の環境によっては、帯域不足で通信が不安定になることもある。そのためアバターを使用したり、挨拶だけビデオチャットで行い、すぐにボイスチャットに切り替えたりする例もあるという。
いずれにせよ、これからテレワークを導入するのであれば、ビデオチャットに関するルールづくりを最初に定めると良いのではないか......森田氏はそう話した。
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