<3>アップルが公式で開発してくれるなら、それでいい
CGW:iOS以外に、Android向けにアプリを出されていないんですか?
倉田:個人的にWindowsやAndroidが苦手なんですよ。特にWindowsが苦手で。この前、子供が何か学校に提出する書類を作成したいと言うから、Wordで書いたのですが、そのときにWindowsをシャットダウンできなかったくらい、苦手です(苦笑)。Cドライブとか、Dドライブとか言われても、なんだそりゃって。
CGW:なるほど。
倉田:あとはiPhoneがスマホの最初だったから、というのもありますね。余談ですが、スティーブ・ジョブズが初代iPhoneを発表したときのプレゼンって、すごく面白いですよね。先日、初めて動画サイトで観たのですが、すごく先進的だなあと思いました。
CGW:新作アプリをつくるのに費やす期間はどれくらいですか?
倉田:はっきりとは決めてませんが、半年から1年ぐらいですかね。「FeelShot」は開発期間が3ヵ月くらいでしたが、何をもってバージョン1とするかが難しいですね。僕的には途中段階でも出しちゃって、みんなに使ってもらいながらバージョンアップしていきたいのですが、「何だこれ、使えないじゃないか」ってなっちゃう恐れもあるので。その辺の便利さ加減が難しくて......。
倉田:面白いことに、「便利が増えると、不便も増える」んですよね。アプリをつくっていると、便利になればなるほど不便さが増えていくんです。そこから使い勝手を良くしていって、だんだん不便さが解消されていって......。そのバランスがとれたときが、ひとつの到達点かなと思って。本来はその域に達してからリリースすべきなんだろうなとは思いますが。
だから、どのアプリも1年くらいはかかっています。ただ、プログラムづくりってずっと毎日、ひたすらやってる訳じゃなくて。大体どこかで何か詰まって、解決できなくなるんですよ。あまりにも情報が少ないこともあって。特にAppleは情報が少なすぎて。1回煮詰まると、半年くらい何もできなくなることもあるので。OSやフレームワークがバージョンアップされて、やっとやりたいことができるようになったり。
CGW:その間はアプリを開発したり、本業の撮影の仕事に専念されたりって感じですか?
倉田:そうですね。実際のところ、アプリ開発はほとんどお金になっていないので。一番売れたのが「FeelShot」かな。お金になっていないので、よっぽど何かこれをやりたいというか、つくりたいというモチベーションが続かないと、なかなかやりづらいんです。
「FeelShot」
apps.apple.com/jp/app/feelshot/id927670252
CGW:「FeelShot」に話を戻すと、iPhone純正のカメラアプリがある中で、なぜわざわざ自分でカメラアプリをつくられたのでしょうか?
倉田:iOSがバージョン8にアップデートして、マニュアルでカメラが操作できるようになったことが契機でした。iPhoneのカメラで不満だったのが、ホワイトバランスがオートで勝手に変わること。露出も一定にしたかったし。普通にやりたいことを、普通にやりたくて、アプリの開発を始めました。ちょうど同じタイミングでSwiftもリリースされて、独学で勉強しながらつくりました。
CGW:そこはプロならではですね。
倉田:一眼レフを常にもち歩いていればいいわけですが、もち歩かないですよね。それに対してスマホは常にもち歩いている。そのアドバンテージを活かしたいなと。気づいたら、手元にカメラがiPhoneしかないという状況があったこともたくさんあります。
CGW:「FeelShot」には4倍ズームという機能がありますよね。ワンボタンで4倍デジタルズームができるという機能ですが、これはどういった用途を想定されて実装されたのでしょうか?
倉田:例えば結婚式にしましょうか。結婚式の撮影って、たいていワンカメラで、1人でやるわけです。そんなとき、引きの画があって、ポンと寄りたかったりするわけですが、一般的なカメラアプリではできません。ぐぐーっと、ズームしていくしかなくて。あとから編集すれば良いんでしょうが、普通は面倒くさがってやらない。そんなときに便利なはず。
CGW:なるほど、発想がスチールカメラではなくて、ムービーカメラなんですね。
倉田:そうですね。実際に試していないので確実なことは言えないんですが、iPhone 11 Proには標準のレンズに加えて、2倍の望遠レンズがありますよね。レンズを切り替えることで、もっとこの機能が生きてくると思います。早く試してみたいですね。
CGW:もうひとつ、露出を調整するのにシャッタースピードと絞りではなく、シャッタースピードと感度(ISO値)で行われていますよね。これはどういった意図からですか?
倉田:この点はiOSの制限に依ります。iOS8でカメラがマニュアルで制御できるようになったときから、絞りが開放で固定されてしまったんです。理由は不明ですが、絞りを絞るとレンズに付着したゴミが写るからじゃないかなあと......。
CGW:なるほど、確かにそういった事情があったのかもしれませんね。ちなみにiPhoneの撮影機能を仕事で使うこともあるのですか? リファレンスを撮影するというか。
倉田:それはしょっちゅうですね。ロケハンで一番使ってます。実際、スマホが出てからほとんどの人にとって、写真との付き合い方が変わったと思うんですよ。昔はやっぱり写真っていうのは、何か記念に、大事にするものを撮ったと。でも今はもう、写真を撮らないことの方が少ないじゃないですか。僕は逆にSNSなどは文章で遊んでいるくらいで。それくらい写真があふれているので。
「ShotsData」
apps.apple.com/jp/app/shotsdata/id1070546741
CGW:続いて、「ShotsData」を開発された理由を教えてください。
倉田:撮影では本来、全カットで全データの記録をとるべきなんですよ。特に映画だと、そのシーンのそのカットだけリテイクになったときに同じように再現できることが求められるので。使用したカメラ、レンズ、アングル、フィルム、ライティング......そういった記録を撮影助手時代にやっていました。ただ、手書きのメモだと、時間がかかったんですね。そのため、なるべくスピーディーに記録が取れるアプリがほしかったんです。
倉田:本当は撮影と同時にカメラ側で記録してくれればいいんですけどね。実際、今のムービーカメラはデジカメのExif情報のように、ある程度のメタデータが記録されるんですが、それでもいろんなカメラがありますからね。
CGW:撮影現場でiPhoneで写真を撮り、そこに手で情報を選択していく感じなんですね。
倉田:そうですね。そんなころ、MultipeerConnectivityという機能を使えば、誰かが入力したデータをiPhone同士で、手軽に共有できることがわかったんです。じゃあつくろうかと。監督がいて、カメラマンがいて、撮影助手がいて......みんなで共有できた方が便利ですよね。
CGW:それで無料で出されているわけですね。
倉田:そうですね。50カットまでの3プロジェクトは無料で使えて、それ以上使うなら課金してもらうかたちです。この内容ならコマーシャルの撮影であれば、2〜3回くらい対応できるんじゃないかな。身近なところでは、撮影部の友達が使ってくれています。CSVに加えてPDFでの出力にも対応しました。ただ、iOS標準のPDF変換機能だと、テキストの埋め込みができないので、後から検索できないんですね。そこを早く改良しなくちゃいけないんだけど、ちょっと時間がなくて、後回しになっています。
「台本ビューア」
apps.apple.com/jp/app/%E5%8F%B0%E6%9C%AC%E3%83%93
%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A2/id13445523691
CGW:第3弾が「台本ビューア」ですよね。このアプリだけ異質な印象も受けるのですが......?
倉田:準備稿など印刷前の台本はPDFファイルとして、メール添付で送られてくるのが一般的なのです。そのPDFをiPhoneに入れて、iBooks(ブック)で読んでいたのですが、まあ頭がおかしくなるんじゃないかと思うくらい面倒なんですよ。ページを連続して右側にスクロールできればいいだけなのですが......。僕の知る限り、そうしたアプリがなかったので、自分でつくりました。縦書きで、右から左に読むという文化が、欧米にないからだと思います。
CGW:なるほど!
倉田:縦書きに対応するだけでも十分だったのですが、せっかくつくったので、シーンジャンプという機能も加えました。これは、シーンナンバーを自動認識して、一気にジャンプさせることができる機能になります。シーンが100近くある台本だと、パッと飛べるので便利なんですよ。他に昼のシーンか夜のシーンか、ロケかスタジオかなどのメタデータを付けたり、撮影済みのシーンに印を付けたり、劇中で日替わりが発生するタイミングで印を付けることもできます。
撮影済みを「はい」に設定すると、該当シーンのシナリオが赤くハイライトされる
CGW:プロの現場で役立ちそうな機能がたくさんついていますね。
倉田:伝統的な日本の台本文化を重んじつつ、いかに使いやすくするかに気を配った感じです。
<4>NHKのVFXスーパーバイザーからのリクエストで誕生した「AR Finder」
CGW:そして、「AR Finder」につながるわけですね。
倉田:iOS向けにAR Kitが登場したタイミングで技術検証を兼ねて辞書アプリをつくったのです。iPhoneで何か写すと、英名が表示されるというものです。ただ、物体認識の精度が低かったので、途中でほったらかしています。今なら機械学習などを組み合わせて、もう少し認識精度が高められるのかもしれないですけどね。
その後、AR Kitがバージョンアップしたので試してみたら、3DCGオブジェクトの実在感が劇的に向上していて、驚きました。ギターのモデルを配置したところ、すごくリアリティがあって。
倉田:AR機能を活用してカメラの動きをモーションデータとして残したいなと思っていたところ、NHKでVFXスーパーバイザーをされている松永孝治さんから「3DCGのキャラクターを外部から取り込んで、ARで配置したい」という相談を受けました。じゃあ、つくろうかと。それが恐竜のモデルだと気がついたのは、ずっと後になってからでした(※)。
※参考記事「日本の恐竜VFX最新形がここにある! NHKスペシャル『恐竜超世界』」
「AR Finder」
itunes.apple.com/jp/app/ar-finder/id1440132308?mt=8
CGW:松永さんとは、以前からの知り合いだったのですか?
倉田:「ShotsData」をリリースした頃に知り合いました。松永さんは、技術講演なども精力的に行われているのですが、そうした講演を聴講したのをきっかけに交流させていただいています。
CGW:なるほど。
倉田:あとは単純に、CGモデルをリアルに配置してみたい、という思いもありました。そのためライティングと影をリアルに表現することにこだわりました。AR空間内に光源となる太陽を配置して、CGモデルの影を発生させるなどは、そのひとつです。スマホの位置情報を基に、そこからの影を計算できるので、ロケ時の太陽の位置を記録することもできます。たまにズレることがありますけど(苦笑)。
倉田:こんな風に「AR Finder」は松永さんからのリクエストが半分、自分の興味が半分でした。ただ、松永さんの存在は大きかったですね。開発中もいろいろと試してもらって、感想を聞きながら、ピークでは毎日のように改良を重ねていました。実際に使ってもらえると、こちらもモチベーションが上がりますしね。
CGW:すばらしいですね。解決すべき課題が明確であればあるほど、良いアプリがつくれますし、相手からフィードバックをもらって改善をくり返していけばいくほど、完成度が高まります。
倉田:たしかに、それはありますね。
「AR Finder」使用例
CGW:リリース後の反響はいかがですか? 倉田さんのブログでは「100m先に高さ100mのオブジェクトを配置したい」という要望がきたと書かれていましたね。
倉田:著名な特撮監督の方からの要望でした。ただ実際は買いきりで、3060円という価格設定にしたこともあり、ほとんど売れてないのが正直なところです(笑)。
CGW:いえいえ、そんな風にニッチな要望から順番に叶えていくことが重要だと思います。
倉田:ありがとうございます。より多くの人の要望を叶えていけるようになると良いのですが。
CGW:どんどん新しい技術が出てくるので、これからも楽しみですね。
倉田:新しいiPad Proのカメラに、レーザー測光技術「LiDAR」が搭載されましたよね。iPadに続いて、iPhoneの次期モデルにも搭載されると思うので、どんなことができるようになるか楽しみです。
CGW:次回策の構想やテーマなどはありますか?
倉田:アイデアだけは大量にあります。しょっちゅう浮かんでは消えて。コロナ禍に直面して、カレンダーアプリみたいなものをつくりたいな、と思ったりもします。一日を5段階で評価するみたいなもので、毎日を充実して過ごすことが大切なんだろうなあと、最近はよく思います。
ただ、ほかにもやりたいことや、やらなくてはいけないことがあって、なかなか時間がとれないのも事実です。最近だとmacOSがCatalinaにアップデートして、iPadアプリがmacOS上で動作するようになったので、その技術検証もやりたいし。一方でiOSをアップデートしたら、「AR Finder」でキャラクターのテクスチャがヌケてしまうバグが発生してしまって。こっちも早急に直さなくてはいけなくて。
CGW:そのようなときは、どのように対応されるんでしょうか? バグを直す上でも、何かしらの情報収集が必要ですよね?
アプリ開発について、Swiftを操作しながら説明する倉田氏。このインタビューは、コロナ禍への配慮からZoomによるビデオチャットで行われた
倉田:ネットの情報にはほとんど期待しなくなりました。ネットで調べてわかる情報って、誰でもわかることだったり、情報が古かったり......。過去5年くらいで、有益な情報がだんだんネットに上がらなくなってきた感じがします。SwiftやiOS関係に関しては、アップルの公式リファレンスが一番ですね。あとはそれを見て、自分で試すという感じです。
例えば「台本ビューア」の場合、PDFのデータを表示するのに、アップルのPDFKitというフレームワークを使用しているんですが、縦書きに対応していないんですよ。縦書きの文字を選択できなくて、横に選択されちゃうんですね。これに対してAcrobatReaderとGoogleChromeは縦書きに対応しているんです。いつまでたってもアップルが対応してくれないので、無理矢理がんばって対応させています。
CGW:アップルに限らず外資系の企業はそういったところがありますよね。日本はワールドワイドでみればニッチな市場にすぎなくて、優先順位が下げられてしまうのは、しかたがないでしょうから。そうした中で、倉田さんが個人で様々な小技を駆使して対応されていることを知り、すごいなと思いました。ちなみに、そうした情報は得てして英語になると思うのですが、英語への抵抗はありませんか?
倉田:技術英語は定型文が多いので、なんとかなっていますね。RED ONEが入ってきたときも、ネットの掲示板をウォッチしていました。撮影に関することなど、技術的な情報については、それほど難しくないんですが、ユーザー同士で論争し始めたときは困りましたね。短縮形やスラングの応酬になるので。ただ、苦労したにもかかわらず、あんまり成果が出ないこともあって、めげることも多いですけどね。
CGW:アプリ開発は孤独な作業ですからね。ちなみに、日本でApple User GroupのMeetingに参加したことはありますか?
倉田:ありません。イベントや勉強会などで、同好の方と話したいとは思うのですが。
CGW:まさに孤高の存在ですね。倉田さんのように、本職はシネマトグラファーでありながら、プロ向けのアプリ開発もされているという方は、そうはいらっしゃらないと思います。そこも含めて、「自分が使いたいアプリを自分でつくる」という、新しい時代を象徴されていると思います。
倉田:PCとちがって、スマホのアプリはもっと単機能で十分だと思うんですね。PhotoshopやIllustratorはすごく多機能で、それはそれで良いのですが、それはPC向けだからこそ。スマホのアプリは、もっと機能を絞って、目的が明確な方が、かえって使いやすいのではないかと。
CGW:スマホ自体が手のひらに収まる形状ですし、シンプルな課題をシンプルに解決していくイメージがありますね。倉田さんのようなクリエイターがもっと増えていくと、もっと楽しい世の中になっていくのではないかなと思います。
倉田:まあ、誰かがつくってくれれば、僕もつくらなくて済みますしね(笑)。
CGW:最後に何か倉田さんから、メッセージはありますか?
倉田:感想でも、要望でも、ぜひ寄せていただければ。なにか反響をいただけると嬉しいです。
CGW:この記事で何か読者から反響があると面白いですね。今日は、ありがとうございました!