今やすっかり撮影現場に定着したデジタルツール。しかし、仕事に必要なツールを自分自身でつくるクリエイターは少ない。その数少ない例外がシネマトグラファーとして活躍する倉田良太氏だ。iOS向けに4本のアプリをリリースし、中でも「AR Finder」はNHKスペシャル『恐竜超世界』の制作にも使われたほど。映像業界とアプリ開発の世界をシームレスに行き来する倉田氏に、これまでのキャリアとアプリ開発について聞いた。

INTERVIEW_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

<1>北海道の田舎でパソコンと映像に触れた中高生時代

CGWORLD(以下、CGW):今日はよろしくお願いします。映像業界歴は何年目になるのですか?

倉田良太氏(以下、倉田):撮影助手を24歳くらいからやったので、25〜26年くらいになりますね。

倉田良太/Ryota Kurata
北海道北見市出身。今はなき東京映像芸術学院卒。フィルムの撮影助手を経てシネマトグラファーとして独立。最近の仕事は、西川貴教&ASCA『天秤-Libra-』MV撮影。2014年からiOS用アプリを開発。FeelShot(カメラ)、ShotsData(撮影データ記録)、台本ビューア、AR Finderの4本を軸に鋭意開発中
rkLab.net



CGW:撮影を志したきっかけや、感銘を受けた作品はありますか?

倉田:もともと映画が好きだったこともありますが、仕事との関連性でいえば『ゴットファーザー』でしょうね。もちろん、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか、『時計じかけのオレンジ』とか、好きな作品はたくさんあります。ただし絵として迫力があって、見る人間に訴えかける意味では、『ゴッドファーザー』ですね。

CGW:『ゴッドファーザー』はいつ、どんなシチュエーションでご覧になったのですか? テレビの洋画劇場で観たとか?

倉田:どういう順番で観たのか、今となっては記憶が定かではありませんが、『III』の公開前に『I』と『II』の内容を再編集した『ゴッドファーザー・サーガ』というテレビドラマが、アメリカで放映されたんですよ。それがむちゃくちゃ好きでしたね。高校の頃にビデオで観たのかな?

『ゴッドファーザー・サーガ』トレーラー

倉田:余談ですが、僕らの子供の頃って映画は本当に映画館で、1回きりで見るものだったから。スクリーンに対する集中度合いがすごかったと思うんですよ。今みたいにスマホを見ながら......なんて信じられないですよね。

CGW:その感覚はよくわかります。ちなみに『ゴッドファーザー』で好きなシーンなどはありますか?

倉田:特定のシーンというわけではありませんが、『ゴッドファーザー』はトップライトが多用されていて、目がちょっと隠れて見えるんですよね。あのへんの迫力の付け方が......見ていて重いんですね。そのときは迫力がちがうなと思って見ていた程度でしたが......これがライティングのせいだと気づいたのは、相当後のことでした。あのとき、ギャングものの映画をけっこう見ていたんですが、何か全部絵が軽かったんです。『ゴッドファーザー』だけちがっていました。

CGW:そこはプロならではの視点ですね。

倉田:いえいえ、すごく素人的な説明で恐縮ですが。そういえばこれも余談ですが、『ゴッドファーザー』のアスペクト比って、『I』〜『III』まで4:3のアカデミーサイズなんですよ。ちまたに出ている映像コンテンツは上下を切って16:9のビスタサイズにしているんです。

CGW:ええっ!? それは気づきませんでした。もったいない感じがしますね。

倉田:そうですね。機会があったら、昔のビデオなどで確認してください。

自主映画制作時代

CGW:ちなみに、学生時代から自主映画の作成などはされていたのでしょうか?

倉田:高校のときに、少しだけやっていました。北海道の北見市で、知る限り周りに8ミリなどの文化が全然なくて......。ベータマックスのビデオカメラやビデオデッキを使っていました。高校のときに編集室があって、ベータマックスで編集ができたんですよ。

CGW:創作活動に力を入れていた高校だったんですか?

倉田:そんなこともなく......北海道北見北斗高等学校という、ラグビーが強いことで有名な学校ですが。最近ではカーリングで有名になった北見市です。

CGW:一方でプログラミングの経験はありましたか? 遊びで何かゲームをつくってみたとか。

倉田:それは中学生の頃からやってました。はじめて触ったパソコンはNECのPC-8001です。年がばれちゃうけど、僕が中学生の頃って、今のカラオケボックスみたいな感じで、パソコンを1時間三百円とかで、時間貸しで使わせてくれる場所があったんです。北見の駅前にありました。

CGW:それは知りませんでした。その後もパソコンは触っていらっしゃったんですか?

倉田:そうですね。パソコン通信の時代からネットもやってましたし。NiftyServeもPC-VANも入っていましたし、最初に買ったモデムの通信速度は1200bpsでした。たしかPC-8801SRだったかな。

CGW:とてもシネマトグラファーの原体験をお聞きしている感じはしないんですが(笑)。そこで大半のパソコン少年のようにゲーム業界に行くのではなく、映像業界に行かれた理由はなんでしたか?

倉田:電気的・電子的なことも好きだったんですが、映画はもっと普遍的じゃないですか。コンピューターは今でも進化してますけど、もっと普遍的なことやりたいっていう欲求は、今でもありますね。

CGW:なるほど。プログラムは刹那的な面がありますよね。スマホがなくなったら、アプリも動かないですからね。

倉田:そうですね。もうちょっと後生に残せるようにしたいなと思ってるんですけどね。

CGW:明確に映像業界に入りたいと思われたのはいつでしたか?

倉田:大学時代に、映像の撮影のアルバイトをしてたんですよ。大学は北見工業大学の工学部でしたが、中退して東京に出てくるんですよね。電気系・電子系が好きだったながれで、そのまま地元の国立大学に進学しましたが、実はあんまり向いてなかった気がしますね。

CGW:数IIIとかできるだけで、大したものかと。

倉田:いや、もうできないですよ。ただ、「AR Finder」は行列をけっこう使いました。それで少しは役だったかな。ただ、ARの部分はアップル純正のフレームワーク「ARKit」を使っているので、そんなにたいしたことをやっているわけじゃないです。むしろ「AR Finder」の誇れるところは、動画を撮影できるところなんです。そこの開発には一番時間を費やしました。

CGW:話を戻しますが、上京されたきっかけは何でしたか?

倉田:やりたいことをやりたいってことですかね。特にツテなどはなかったので、東京映像芸術学院という専門学校に行きました。今はもうなくなっちゃったんですが、校舎が赤坂と北千束にあって。卒業生でいえば、後に仕事でご一緒する故・市川 準監督などが有名ですね。

CGW:そこで撮影の勉強をされて?

倉田:学校で何かを具体的に学んだという意識はないのですが、同じような奴らがいっぱいいたので。みんなで自主映画をつくっていました。今の環境だったら、もっと簡単に、良いクオリティのものがつくれるだろうなって思いますけどね。

CGW:当時は8ミリで撮影されていたんですか?

倉田:そうですね。Hi8もありましたが、ほとんど8ミリで撮ってましたね。

CGW:何か当時から好きなジャンルや、好きなモチーフはありましたか?

倉田:その頃は......がむしゃらだったから。何でもやったかな。とにかく、まわりに死ぬほど映画を観ている学生が多くて、驚きました。

撮影助手時代

<2>デジタルシネマカメラの上陸でプログラミングを再開

CGW:当然、その頃はプログラムとかやっていなかったと思います。

倉田:やってないですね。東京に出てきてから、撮影助手をはじめて3年目くらいまでは、パソコンの類はいっさいさわらなかったです。ひたすらアナログな環境で生きていました。

CGW:プロになられてから、ジャンルとしてはどのようなお仕事を中心に?

倉田:コマーシャルと映画です。35ミリのフィルムを使う現場ですね。今から20〜25年前くらいだと、ビデオ撮影の現場と、フィルム撮影の現場では、働く人たちが完全に別れていました。テレビ業界はビデオで、映画とコマーシャルはフィルム中心でしたよね。映画を年に1〜2本やって、その合間にコマーシャルをやって。そんな感じで11年くらい、撮影助手をやっていました。

CGW:現在はいかがですか?

倉田:撮影助手のときよりは忙しくないので......一番多いのはWeb広告系ですね。最近だと西川貴教さんのミュージックビデオの撮影をやりました。もうすぐ公開されると思います。

西川貴教+ASCA「天秤-Libra-」Music Video (Short ver.) (TVアニメ『白猫プロジェクト ZERO CHRONICLE』OPテーマ)

CGW:今はデジタルカメラが主流になっているわけですか?

倉田:99%デジタルですね。自分自身でいえば、フィルムの仕事は映画『散り椿』(2018)でCカメをやったのが最後です。

CGW:映像業界での仕事と、プログラミングが交差するのは、いつくらいでしたか?

倉田:初代iMacが出る直前だから、1997〜8年くらいですね。撮影助手をやって、多少お金ができた頃で、Windows PCを買いに行ったんですよ。それまでマニアックなパソコンばかり使っていたので。話に出しませんでしたが、X68000も使っていました。

CGW:それは業が深いですね。

倉田:なので、いちばんメジャーなPCを買おうと思って。ただ、お店でちょっと触って、全角と半角が入り交じったデスクトップ画面に耐えられなくて......。結局Power Macintosh 7600を買いました。

CGW:購入の主な用途は何でしたか?

倉田:特に何かってわけじゃないけど、インターネットかなあ......。ブラウザがNetscapeの時代で、HyperCardが現役の時代でしたね。そこから相当、Macに無駄な金を使っています。次に買ったのが、たぶんPowerBook 2400cで、そこからiMacを買って......十数台は買ってますね。仕事場にはPower Mac G3やG4が転がっています。今から考えれば、買い替えるタイミングをまちがってましたね。まだ高いうちに下取りに出していけばよかった(苦笑)。

倉田氏が購入した歴代アップル製品たち

CGW:プログラミングを再開されたのはいつ頃でしたか?

倉田:そこから10年くらい経って、Red Digital Cinemaの「RED ONE」を使うようになったことがきっかけでした。この製品が日本に入ってきたのが2008年で、当時は今のように個人で使えるDaVinci Resolveなどがなかったので(※)、撮影した素材を「REDCINE」でデジタル現像する必要がありました。

※2009年にブラックマジックデザインが当時の開発元であるda Vinci Systems社を買収。2010年9月に公開されたVersion 7.0にて、Macintosh版(ソフトウェア版)がリリースされる以前は、ポストプロダクション向けのカラーコレクションシステムであり、ユーザーは限られていた

倉田:そのうちFinal Cut Proでオフライン編集したXMLデータをREDCINEにエクスポートする手段がどうしても必要になって、「TestPiece」という専用のMac用アプリを開発したのです。プログラミング言語のObjective-Cでつくって3,000円で販売したら、あっという間に30万円くらいの売上になりました。

CGW:そんな成功体験があったんですね。Objective-Cは独学で学ばれたのですか?

倉田:独学ですね。もともと数学的な思考みたいなものは好きなんですよ。ただ、今になって思うと、もうObjective-Cでコードを書きたくはないですね。

CGW:ちょうどプロの現場がデジタルに移行する過渡期だったんですね。その後も倉田さんがつくられているアプリは、「FeelShot」(後述)以外は、プロ向けに開発されたものだと思います。

倉田:そうですね。ニッチな分野向けというか。

CGW:最初に開発されたTestPieceは、どれくらいの期間でつくられたのですか?

倉田:3ヵ月くらいだったと思います。当時はMacしかなかったし、Swiftもなかったから、Objective-CでmacOS向けアプリをつくるための情報が、けっこう潤沢だったんですよ。技術書とか、Webとか......。今は逆にiOSアプリ開発向けの本はたくさんあるんですが、macOS向けの情報はほとんどないので、逆に大変ですね。

CGW:反響は如何でしたか?

倉田:ネスト化されたシーケンスでも対応してほしいなど、海外も含めて、いくつか要望がありました。その後、REDCINEがXMLデータの読み込みに対応したので、自作アプリの存在価値が良い感じでなくなったので、サポートを終了しました。昨年リリースした「AR Finder」(後述)もそうなるかもしれませんね。アップルが今、純正のフレームワーク「Reality Composer」を開発していて、そこに組み込まれる可能性があるので。

CGW:倉田さんからすれば、わざわざ自分で手を動かしてつくらなくても、アップルやツールベンダーが理想のものをつくってくれれば、そっちの方が全然いいっていう感じでしょうか?

倉田:まさしくそうですね。逆に公式でサポートされない、ニッチな機能をいかに提供していくかが、僕のアプリの存在価値になるので。

CGW:ただ、誰もつくってくれないから、自分でつくるしかない。

倉田:そのとおりですね。これまでに4つのアプリをリリースしました。カメラアプリの「FeelShot」、撮影データ記録アプリの「ShotsData」、台本をiPhoneで読むための「台本ビューア」、そして「AR Finder」です。「台本ビューア」だけ日本限定で、その他はワールドワイドで出しています。

CGW:アプリ開発の知識も完全独学ですか?

倉田:そうです。ただ、アプリ開発のうちの9割ぐらいは、労働感がすごいんですよ。1割ぐらいは数学的思考でけっこう楽しいんだけど、9割ぐらいは頭脳労働って言うのかな。労働感が半端ないですね。プログラム言語はSwiftを使っていて、コード部分は全てコピペできるんですが、それとは別に周辺に機能があって、1つずつ関連付けていかないといけなくて。そういう作業が無尽蔵にある感じです。

自主映画制作時代

次ページ:
<3>アップルが公式で開発してくれるなら、それでいい

[[SplitPage]]

<3>アップルが公式で開発してくれるなら、それでいい

CGW:iOS以外に、Android向けにアプリを出されていないんですか?

倉田:個人的にWindowsやAndroidが苦手なんですよ。特にWindowsが苦手で。この前、子供が何か学校に提出する書類を作成したいと言うから、Wordで書いたのですが、そのときにWindowsをシャットダウンできなかったくらい、苦手です(苦笑)。Cドライブとか、Dドライブとか言われても、なんだそりゃって。

CGW:なるほど。

倉田:あとはiPhoneがスマホの最初だったから、というのもありますね。余談ですが、スティーブ・ジョブズが初代iPhoneを発表したときのプレゼンって、すごく面白いですよね。先日、初めて動画サイトで観たのですが、すごく先進的だなあと思いました。

CGW:新作アプリをつくるのに費やす期間はどれくらいですか?

倉田:はっきりとは決めてませんが、半年から1年ぐらいですかね。「FeelShot」は開発期間が3ヵ月くらいでしたが、何をもってバージョン1とするかが難しいですね。僕的には途中段階でも出しちゃって、みんなに使ってもらいながらバージョンアップしていきたいのですが、「何だこれ、使えないじゃないか」ってなっちゃう恐れもあるので。その辺の便利さ加減が難しくて......。

倉田:面白いことに、「便利が増えると、不便も増える」んですよね。アプリをつくっていると、便利になればなるほど不便さが増えていくんです。そこから使い勝手を良くしていって、だんだん不便さが解消されていって......。そのバランスがとれたときが、ひとつの到達点かなと思って。本来はその域に達してからリリースすべきなんだろうなとは思いますが。

だから、どのアプリも1年くらいはかかっています。ただ、プログラムづくりってずっと毎日、ひたすらやってる訳じゃなくて。大体どこかで何か詰まって、解決できなくなるんですよ。あまりにも情報が少ないこともあって。特にAppleは情報が少なすぎて。1回煮詰まると、半年くらい何もできなくなることもあるので。OSやフレームワークがバージョンアップされて、やっとやりたいことができるようになったり。

CGW:その間はアプリを開発したり、本業の撮影の仕事に専念されたりって感じですか?

倉田:そうですね。実際のところ、アプリ開発はほとんどお金になっていないので。一番売れたのが「FeelShot」かな。お金になっていないので、よっぽど何かこれをやりたいというか、つくりたいというモチベーションが続かないと、なかなかやりづらいんです。

「FeelShot」
apps.apple.com/jp/app/feelshot/id927670252

CGW:「FeelShot」に話を戻すと、iPhone純正のカメラアプリがある中で、なぜわざわざ自分でカメラアプリをつくられたのでしょうか?

倉田:iOSがバージョン8にアップデートして、マニュアルでカメラが操作できるようになったことが契機でした。iPhoneのカメラで不満だったのが、ホワイトバランスがオートで勝手に変わること。露出も一定にしたかったし。普通にやりたいことを、普通にやりたくて、アプリの開発を始めました。ちょうど同じタイミングでSwiftもリリースされて、独学で勉強しながらつくりました。

CGW:そこはプロならではですね。

倉田:一眼レフを常にもち歩いていればいいわけですが、もち歩かないですよね。それに対してスマホは常にもち歩いている。そのアドバンテージを活かしたいなと。気づいたら、手元にカメラがiPhoneしかないという状況があったこともたくさんあります。

CGW:「FeelShot」には4倍ズームという機能がありますよね。ワンボタンで4倍デジタルズームができるという機能ですが、これはどういった用途を想定されて実装されたのでしょうか?

倉田:例えば結婚式にしましょうか。結婚式の撮影って、たいていワンカメラで、1人でやるわけです。そんなとき、引きの画があって、ポンと寄りたかったりするわけですが、一般的なカメラアプリではできません。ぐぐーっと、ズームしていくしかなくて。あとから編集すれば良いんでしょうが、普通は面倒くさがってやらない。そんなときに便利なはず。

CGW:なるほど、発想がスチールカメラではなくて、ムービーカメラなんですね。

倉田:そうですね。実際に試していないので確実なことは言えないんですが、iPhone 11 Proには標準のレンズに加えて、2倍の望遠レンズがありますよね。レンズを切り替えることで、もっとこの機能が生きてくると思います。早く試してみたいですね。

CGW:もうひとつ、露出を調整するのにシャッタースピードと絞りではなく、シャッタースピードと感度(ISO値)で行われていますよね。これはどういった意図からですか?

倉田:この点はiOSの制限に依ります。iOS8でカメラがマニュアルで制御できるようになったときから、絞りが開放で固定されてしまったんです。理由は不明ですが、絞りを絞るとレンズに付着したゴミが写るからじゃないかなあと......。

CGW:なるほど、確かにそういった事情があったのかもしれませんね。ちなみにiPhoneの撮影機能を仕事で使うこともあるのですか? リファレンスを撮影するというか。

倉田:それはしょっちゅうですね。ロケハンで一番使ってます。実際、スマホが出てからほとんどの人にとって、写真との付き合い方が変わったと思うんですよ。昔はやっぱり写真っていうのは、何か記念に、大事にするものを撮ったと。でも今はもう、写真を撮らないことの方が少ないじゃないですか。僕は逆にSNSなどは文章で遊んでいるくらいで。それくらい写真があふれているので。

「ShotsData」
apps.apple.com/jp/app/shotsdata/id1070546741

CGW:続いて、「ShotsData」を開発された理由を教えてください。

倉田:撮影では本来、全カットで全データの記録をとるべきなんですよ。特に映画だと、そのシーンのそのカットだけリテイクになったときに同じように再現できることが求められるので。使用したカメラ、レンズ、アングル、フィルム、ライティング......そういった記録を撮影助手時代にやっていました。ただ、手書きのメモだと、時間がかかったんですね。そのため、なるべくスピーディーに記録が取れるアプリがほしかったんです。

倉田:本当は撮影と同時にカメラ側で記録してくれればいいんですけどね。実際、今のムービーカメラはデジカメのExif情報のように、ある程度のメタデータが記録されるんですが、それでもいろんなカメラがありますからね。

CGW:撮影現場でiPhoneで写真を撮り、そこに手で情報を選択していく感じなんですね。

倉田:そうですね。そんなころ、MultipeerConnectivityという機能を使えば、誰かが入力したデータをiPhone同士で、手軽に共有できることがわかったんです。じゃあつくろうかと。監督がいて、カメラマンがいて、撮影助手がいて......みんなで共有できた方が便利ですよね。

CGW:それで無料で出されているわけですね。

倉田:そうですね。50カットまでの3プロジェクトは無料で使えて、それ以上使うなら課金してもらうかたちです。この内容ならコマーシャルの撮影であれば、2〜3回くらい対応できるんじゃないかな。身近なところでは、撮影部の友達が使ってくれています。CSVに加えてPDFでの出力にも対応しました。ただ、iOS標準のPDF変換機能だと、テキストの埋め込みができないので、後から検索できないんですね。そこを早く改良しなくちゃいけないんだけど、ちょっと時間がなくて、後回しになっています。

「台本ビューア」
apps.apple.com/jp/app/%E5%8F%B0%E6%9C%AC%E3%83%93
%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A2/id13445523691

CGW:第3弾が「台本ビューア」ですよね。このアプリだけ異質な印象も受けるのですが......?

倉田:準備稿など印刷前の台本はPDFファイルとして、メール添付で送られてくるのが一般的なのです。そのPDFをiPhoneに入れて、iBooks(ブック)で読んでいたのですが、まあ頭がおかしくなるんじゃないかと思うくらい面倒なんですよ。ページを連続して右側にスクロールできればいいだけなのですが......。僕の知る限り、そうしたアプリがなかったので、自分でつくりました。縦書きで、右から左に読むという文化が、欧米にないからだと思います。

CGW:なるほど!

倉田:縦書きに対応するだけでも十分だったのですが、せっかくつくったので、シーンジャンプという機能も加えました。これは、シーンナンバーを自動認識して、一気にジャンプさせることができる機能になります。シーンが100近くある台本だと、パッと飛べるので便利なんですよ。他に昼のシーンか夜のシーンか、ロケかスタジオかなどのメタデータを付けたり、撮影済みのシーンに印を付けたり、劇中で日替わりが発生するタイミングで印を付けることもできます。

撮影済みを「はい」に設定すると、該当シーンのシナリオが赤くハイライトされる

CGW:プロの現場で役立ちそうな機能がたくさんついていますね。

倉田:伝統的な日本の台本文化を重んじつつ、いかに使いやすくするかに気を配った感じです。

<4>NHKのVFXスーパーバイザーからのリクエストで誕生した「AR Finder」

CGW:そして、「AR Finder」につながるわけですね。

倉田:iOS向けにAR Kitが登場したタイミングで技術検証を兼ねて辞書アプリをつくったのです。iPhoneで何か写すと、英名が表示されるというものです。ただ、物体認識の精度が低かったので、途中でほったらかしています。今なら機械学習などを組み合わせて、もう少し認識精度が高められるのかもしれないですけどね。

その後、AR Kitがバージョンアップしたので試してみたら、3DCGオブジェクトの実在感が劇的に向上していて、驚きました。ギターのモデルを配置したところ、すごくリアリティがあって。

倉田:AR機能を活用してカメラの動きをモーションデータとして残したいなと思っていたところ、NHKでVFXスーパーバイザーをされている松永孝治さんから「3DCGのキャラクターを外部から取り込んで、ARで配置したい」という相談を受けました。じゃあ、つくろうかと。それが恐竜のモデルだと気がついたのは、ずっと後になってからでした(※)。

※参考記事「日本の恐竜VFX最新形がここにある! NHKスペシャル『恐竜超世界』」 

「AR Finder」
itunes.apple.com/jp/app/ar-finder/id1440132308?mt=8

CGW:松永さんとは、以前からの知り合いだったのですか?

倉田:「ShotsData」をリリースした頃に知り合いました。松永さんは、技術講演なども精力的に行われているのですが、そうした講演を聴講したのをきっかけに交流させていただいています。

CGW:なるほど。

倉田:あとは単純に、CGモデルをリアルに配置してみたい、という思いもありました。そのためライティングと影をリアルに表現することにこだわりました。AR空間内に光源となる太陽を配置して、CGモデルの影を発生させるなどは、そのひとつです。スマホの位置情報を基に、そこからの影を計算できるので、ロケ時の太陽の位置を記録することもできます。たまにズレることがありますけど(苦笑)。

倉田:こんな風に「AR Finder」は松永さんからのリクエストが半分、自分の興味が半分でした。ただ、松永さんの存在は大きかったですね。開発中もいろいろと試してもらって、感想を聞きながら、ピークでは毎日のように改良を重ねていました。実際に使ってもらえると、こちらもモチベーションが上がりますしね。

CGW:すばらしいですね。解決すべき課題が明確であればあるほど、良いアプリがつくれますし、相手からフィードバックをもらって改善をくり返していけばいくほど、完成度が高まります。

倉田:たしかに、それはありますね。

「AR Finder」使用例

CGW:リリース後の反響はいかがですか? 倉田さんのブログでは「100m先に高さ100mのオブジェクトを配置したい」という要望がきたと書かれていましたね。

倉田:著名な特撮監督の方からの要望でした。ただ実際は買いきりで、3060円という価格設定にしたこともあり、ほとんど売れてないのが正直なところです(笑)。

CGW:いえいえ、そんな風にニッチな要望から順番に叶えていくことが重要だと思います。

倉田:ありがとうございます。より多くの人の要望を叶えていけるようになると良いのですが。

CGW:どんどん新しい技術が出てくるので、これからも楽しみですね。

倉田:新しいiPad Proのカメラに、レーザー測光技術「LiDAR」が搭載されましたよね。iPadに続いて、iPhoneの次期モデルにも搭載されると思うので、どんなことができるようになるか楽しみです。

CGW:次回策の構想やテーマなどはありますか?

倉田:アイデアだけは大量にあります。しょっちゅう浮かんでは消えて。コロナ禍に直面して、カレンダーアプリみたいなものをつくりたいな、と思ったりもします。一日を5段階で評価するみたいなもので、毎日を充実して過ごすことが大切なんだろうなあと、最近はよく思います。

ただ、ほかにもやりたいことや、やらなくてはいけないことがあって、なかなか時間がとれないのも事実です。最近だとmacOSがCatalinaにアップデートして、iPadアプリがmacOS上で動作するようになったので、その技術検証もやりたいし。一方でiOSをアップデートしたら、「AR Finder」でキャラクターのテクスチャがヌケてしまうバグが発生してしまって。こっちも早急に直さなくてはいけなくて。

CGW:そのようなときは、どのように対応されるんでしょうか? バグを直す上でも、何かしらの情報収集が必要ですよね?

アプリ開発について、Swiftを操作しながら説明する倉田氏。このインタビューは、コロナ禍への配慮からZoomによるビデオチャットで行われた

倉田:ネットの情報にはほとんど期待しなくなりました。ネットで調べてわかる情報って、誰でもわかることだったり、情報が古かったり......。過去5年くらいで、有益な情報がだんだんネットに上がらなくなってきた感じがします。SwiftやiOS関係に関しては、アップルの公式リファレンスが一番ですね。あとはそれを見て、自分で試すという感じです。

例えば「台本ビューア」の場合、PDFのデータを表示するのに、アップルのPDFKitというフレームワークを使用しているんですが、縦書きに対応していないんですよ。縦書きの文字を選択できなくて、横に選択されちゃうんですね。これに対してAcrobatReaderとGoogleChromeは縦書きに対応しているんです。いつまでたってもアップルが対応してくれないので、無理矢理がんばって対応させています。

CGW:アップルに限らず外資系の企業はそういったところがありますよね。日本はワールドワイドでみればニッチな市場にすぎなくて、優先順位が下げられてしまうのは、しかたがないでしょうから。そうした中で、倉田さんが個人で様々な小技を駆使して対応されていることを知り、すごいなと思いました。ちなみに、そうした情報は得てして英語になると思うのですが、英語への抵抗はありませんか?

倉田:技術英語は定型文が多いので、なんとかなっていますね。RED ONEが入ってきたときも、ネットの掲示板をウォッチしていました。撮影に関することなど、技術的な情報については、それほど難しくないんですが、ユーザー同士で論争し始めたときは困りましたね。短縮形やスラングの応酬になるので。ただ、苦労したにもかかわらず、あんまり成果が出ないこともあって、めげることも多いですけどね。

CGW:アプリ開発は孤独な作業ですからね。ちなみに、日本でApple User GroupのMeetingに参加したことはありますか?

倉田:ありません。イベントや勉強会などで、同好の方と話したいとは思うのですが。

CGW:まさに孤高の存在ですね。倉田さんのように、本職はシネマトグラファーでありながら、プロ向けのアプリ開発もされているという方は、そうはいらっしゃらないと思います。そこも含めて、「自分が使いたいアプリを自分でつくる」という、新しい時代を象徴されていると思います。

倉田:PCとちがって、スマホのアプリはもっと単機能で十分だと思うんですね。PhotoshopIllustratorはすごく多機能で、それはそれで良いのですが、それはPC向けだからこそ。スマホのアプリは、もっと機能を絞って、目的が明確な方が、かえって使いやすいのではないかと。

CGW:スマホ自体が手のひらに収まる形状ですし、シンプルな課題をシンプルに解決していくイメージがありますね。倉田さんのようなクリエイターがもっと増えていくと、もっと楽しい世の中になっていくのではないかなと思います。

倉田:まあ、誰かがつくってくれれば、僕もつくらなくて済みますしね(笑)。

CGW:最後に何か倉田さんから、メッセージはありますか?

倉田:感想でも、要望でも、ぜひ寄せていただければ。なにか反響をいただけると嬉しいです。

CGW:この記事で何か読者から反響があると面白いですね。今日は、ありがとうございました!