<4>『スパイダーマン:スパイダーバース』のビジュアルが支持された理由
ディミアン氏はこの移り変わりの激しい業界にいながら、SPIに20年間も在籍を続けている。このことが本作の制作に果たした意味合いは大きいという。
「これほど長い年月の間、1つのスタジオにいることになるとは思いませんでした。しかし辞めようと思うと、いつも新しくて面白いプロジェクトがやってくるのです。作品が魅力的だっただけではなく、居続けた理由はチームワークにもありました。今作では約800名が関わっていますが、私はその人たちの多くと長い期間で信頼関係を築いてきたのです。良い信頼関係を築くには何年もかかります。素晴らしい仕事をするには信頼関係は大切です。特にこの作品のように新しいこと、見通しの立たないことに挑戦する上ではね」。
Image courtesy of Sony Pictures Imageworks
NUKE上で多くのレイヤーに細かい調整がなされた。コンポジットの段階でアーティストたちが様々な調整を重ねたことにより、デザイン的な違和感が払拭された
こうして築かれた信頼関係は『スパイダーマン:スパイダーバース』における様々な難題解決の中でも重要な武器となった。
「本作ではいつもの作品とはちがって、3人のディレクター、4人のエグゼクティブ・プロデューサー、そしてプロダクション・デザイナーがいました。VFXスーパーバイザーとして、これだけ多くの人たちの意見を取りまとめる必要があるのは、自分のキャリア史上初めてのことでした。通常多くの人が話し合ってものごとを決めると往々にして平均化されてつまらないものになってしまいます。ユニークなものは協議からは生まれません。しかし本作では、自分たちが進んでいる道がどこに向かっているのかわからなくても、みんなが協力して自分たちを信じて突き進むことができました。この映画の場合、どうすれば良いのか最初は皆目見当もつかず、その後も多くの問題を解決しながら進まないといけませんでした。しかし困難に出会ったときは少し立ち止まってふり返るのです。それまでに努力してきた道のり、一緒にやってきた仲間を信じることを。そしてまた次のことに立ち向かう。本作が完成できたのも多くの人が互いに信頼しあい、協力することができたからだと思います」。
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手前の地下鉄のホームの構造物やキャラクターはフォーカスが合っていないでボケている設定だが、通常の実写やCGとは異なり、レンズのボケの効果を使わずに色ずれ、像のダブらし、網点処理によって表現している
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モーションブラーの表現もNUKE上でスミアや像のダブらし処理を施すことで生み出している
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こちらの背景処理では像のダブらしに加え、2Dアニメや漫画などと似た効果線を加えることで回転の動きが強調された
<5>これからのCG、そして未来のアーティストたちへのメッセージ
先進的なビジュアルを生み出したディミアン氏はすでに『スパイダーマン:スパイダーバース』の次回作の制作に取りかかっているとのこと。彼にとってこれからのCGやVFXとはどんなものだろう。
「3DCGの技術は確かに成熟してきています。昔は聞かれたものです。『こんなことできますか?』と。でも今は『これできるでしょ?』と聞かれます。そのため、『なぜそのような表現をしなくてはいけないのか』を考えることが重要になっています。ストーリーを語るためにはビジュアルが必要で、その中でときには新しい技術も必要になります。でも、そのストーリーが問いかけてくるのです。『なぜ、そうするのですか? そのストーリーを最も効果的に語れる方法になっていますか?』と。ツールはツール、テクノロジーはテクノロジーに過ぎません。要はストーリーが手法を決めるのです。今、CG・VFX制作者は『どのようにやるか』ではなく、『なぜそうするのか』を考えることが大切なのです」。
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激しいアクションシーンでは日本のアニメや漫画で多用される効果背景の手法も採り入れられた
普段から油絵具で絵を描いているディミアン氏にとっても「ストーリー」と「イメージ」の関係性は大きなテーマであり続けている。「私は確かにイメージを作る責任のある立場にいます。しかし常にイメージが前面に立つのではなく、ストーリーを語るためにイメージがあるのだと考えています。いつも心にあるのはストーリーを語るためにどんなビジュアルが良いのかです。革新的なイメージは印象に残りこそしますが、ストーリーを語るには有効ではないこともあります。どのようにストーリーを語るか、それが重要なのです。良いストーリー、良いイメージは生み出すものなのです」。
最後にディミアン氏は、これからの未来を担う若いアーティストたちへのメッセージを寄せてくれた。
「現在、CGを学んでいる皆さんにはツールを学ぶのではなく、"ビジュアル・ストーリー・テラー"を目指してもらいたいのです。最も勉強してほしいことはビジュアルでストーリーを語ること。そのためには表現の基礎を蓄積していくことが重要です。ペイントやドローイングのような絵画、カメラの使い方や映画撮影術、文章を書くこと、ストーリーの構造を理解すること、色彩、こうした原理原則をしっかり学ぶことが将来、必ず役に立ちます。ツールなんて今はYouTubeを使えばいくらでも学べるのですから。簡単だとは言いませんけどね(笑)」
そしてディミアン氏は、こうした表現の基礎を学ぶことの重要性を次のように説明する。
「私は様々な基礎を学ぶことを推奨していますが、その全てにおいて達人になれと言うつもりはありません。色々なことをやってみながら自分に何が向いているのかを把握すること、楽しいなと思うことが見つかればそれに集中してもっと深く追求していけば良いのです。でも実は、あなたが何かの分野を選ぶのではありません。その分野があなたを選ぶのです。だから選ばれるためにはあらゆることをやってみなくてはいけないのです」。
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