今つくらなければならない作品は何か、学生が真摯に向き合った
CGWORLD(以下、CGW):審査お疲れさまでした。ふり返ってみれば、例年になくユニークな作品が集まったのではないでしょうか?
稲見昌彦氏(以下、稲見):ありがとうございます。特に「瞼内映像投影装置」には驚かされました。すでにコモディティ化したともいえるVR HMDで、できることがまだ残っていたと多くの審査員が口にしていましたね。
CGW:残念ながらSEED STAGEで留まってしまったもの中から、他にもキラリと光る作品はありましたか?
稲見:岐阜大学の学生チームが開発した『お散歩彼女』でしょうか。恋人つなぎをして歩くことができるロボットアームです。コロナ禍にマッチした内容でした。
CGW:興味深いですね。LEAP STAGEの10作品についても、コロナ禍における身体性をテーマにしたものが多かったように思います。
稲見:そうですね。まさにコロナ禍という環境において何をつくるべきか、こういうものがあったら嬉しいんじゃないか、そういったことを学生が真摯に考えてくれたように思います。それがIVRCをはじめとする、コンテストの意義ではないでしょうか。実は自分自身も大学教員として教えている中で、これまでと同じことを教えていて大丈夫なんだろうかという悩みがあるんですよ。それとも符合しているように思います。
CGW:なるほど。
稲見:大学の授業は、社会が変わっても通用するような、普遍的な内容です。その一方で、今までの社会で必要とされるような知識やスキルを教えている......そんな側面があることも事実です。こうした中、ポストコロナの社会をつくっていくのは学生たちなんですよね。そう考えたとき、IVRCをはじめとしたコンテストは社会をどういう風にしたいのか。そのためには何が必要なのかを実際につくって試すことができる場だといえます。そういった意味で、IVRC 2020はポストコロナを見すえた非常に良いチャレンジの場だったし、大学とはちがう教育システムとして意義があったと思っています。
CGW:XR技術が今後どういう風に寄与していけるかという話でもありますね。実際、様々な学会やイベントがオンライン開催に移行しています。その一方でスマートフォンの進化が頭打ちになる中で、これからXRデバイスが新しいテクノロジードライバーになるのではないかという期待が寄せられています。XR技術は今後、どのように社会に貢献していけるでしょうか?
稲見:ゲームがそうであるように、XR技術もまたインタラクティブな体験をリアリティをもってパブリッシュできるメディアだと思っています。巷ではソーシャルディスタンスという言葉が定着してしまいましたが、私自身はあまり良い言葉だと思っていません。むしろフィジカルディスタンス(物理的距離)とソーシャルインティマシー(心の親密性)を両立させることが重要で、そこにXR技術は寄与できると思っています。
CGW:XR技術を研究開発するエンジニアや、それを用いてサービスやコンテンツをデザインするクリエイターには、そうした視野なり視点が求められるということですね。
稲見:そうだと思います。
CGW:ちなみにIVRC 2021はどのような形式になるのでしょうか?
稲見:まだ具体的な議論はこれからですが、来年もおそらく今年のようなかたちになるのかなとは思います。今年の問題点も含め今後もう一度議論しなおして、参加した学生が自分の経験値がアップしたな、成長したなと思える場であってほしいと思っています。
CGW:稲見氏の視点で、今年良かった点を上げるとどのようなことがありますか?
稲見:『きっとCutKit』のチームがオープンハードウェアとして作品のつくり方をWebに公開しましたよね。あれによって、多くの人が作品を自分で追体験できるようになりました。料理でいうところのレシピ公開ですよね。こういうスタイルを増やしていきたいですね。
CGW:そうなると、IVRCの社会的意義がより増していきそうですね。ますますXRが身近になるのではないでしょうか。
稲見:コンテストを繰り返していく中でクオリティが向上するのは良いのですが、その一方で技術的なハードルがどんどん上がって新規参加者を狭めてしまうという懸念があります。そのため、参入のハードルを下げる努力が必要なんじゃないかなと思いますね。これなら自分たちでもできるかもしれないというような。
CGW:その意味では、今年は青山学院大学から「在宅茶会」という初参加でLaval Virtual Prizeを獲得した、すごい作品が登場しましたね。
稲見:そうですね。ああいったことがどんどん起きるようにしたいですね。これまでにない参加者にまでリーチできたという点で、まさにリニューアルの一番の成果だったかもしれません。
CGW:漫画でもアニメでもゲームでもCGでもそうですが、「これなら自分たちの方が上手くできる」と誤解してもらうことがジャンルの活性化には重要です。もちろん、実際にはそうじゃなかったりする訳ですけどね。そのための方策の1つとしてレシピ公開は有効かも知れませんね。
稲見:レシピを見てまずつくってもらって。その上で興味がもてたら自分たちの作品をどんどんつくっていけば良くて。それこそ、どんなバンドでも最初はコピーバンドから始めるわけです。色んな曲を演奏しているうちにだんだん自分の中でメロディーが見えてきて、そこからオリジナル曲に進んでいきます。ゲームでも同じで、自分たちでちょっとつくってみようという人たちが出てくるとすそ野が広がります。
CGW:雑誌『子供の科学』のように、小学生が参加できるIVRCがあったりすると面白いかもしれませんね。
稲見:それは良いですね。プログラミング教育も始まりましたし、参加者の低年齢化が進むというのは良いですね。良いお題をいただきました。
CGW:こちらこそ、ありがとうございました。