マンガキャラクターから『DEEP HUNTER』への道
CGW:そういった才能をプロデュースすることに、やりがいを感じられてきたんですね。
坂本:そうですね。秋元きつねもそうだし、テライユキのプロジェクト展開もそうだし。2001年に書籍『CG大学』を書いたのも、笹原和也君をはじめ、LightWaveを中心とした3DCGクリエイターを広くアピールすることが目的の1つでした。また、ゲームの3DCGムービーバブルが終わりつつあったころで、自分たちでIPをもつことも目的としていました。
▲書籍『CG大学』(左)と、CGで描かれたキャラクター(右)
CGW:その頃からIPを意識されていたんですね。
坂本:テライユキを通してキャラクタービジネスに触れることができましたが、残念ながら当時はまだ、予算と労力が合わなかったんですよね。ゲームならまだしも、映像作品でIPをもつことは簡単なことではありませんでした。そんな中、マンガのキャラクターを使った映像はどうだろうと考えました。それでつくったのが、書籍『CG大学』に出てくる某キャラクターの3DCGムービーです。
プロデューサーは私で、演出は映画『BLOOD THE LAST VAMPIRE』の北久保弘之、コンセプトワークとシナリオは佐藤 大、音楽に池 頼広を起用しました。3DCG制作は笹原組で、CGディレクターは和也君です。映画『ファイナルファンタジー』よりも、もう少しセルルックに似せた画づくりで、LightWaveでそれほど予算をかけず、アニメ監督アニメ的な手法をミックスしながら演出してもらうことがねらいでした。1分半くらいのデモムービーで、かなり完成度が高いものができました。これがちゃんと着地できていたら、またちがう展開になったかも知れません。
CGW:錚々たるメンバーですね。
坂本:ただ、制作中に映画『リング』や映画『アップルシード』のスポンサー企業が不祥事を起こして、倒産してしまったんですよね。しかも版権元にきちんと話が伝わっておらず、トラブルが起きました。本当に残念でしたね。こんな風に、これまで受注案件は山ほどやっていますが、残念ながらIPとしてビジネス化できていないところに、忸怩(じくじ)たる思いがありました。
CGW:なるほど。
坂本:だからこそ、いま自分たちのIPで、『Deep Hunter』という映像作品をつくろうとしています。2019年に東京都が主催している「アニメーションビジネス海外展開支援事業」という事業に採択されて、アヌシー国際アニメーション映画祭に併催する見本市「MIFA」に出展しました。これがきっかけで様々な交流が生まれ、海外のプロデューサーと組みながら、現在12話のプロットと1話のシナリオができたところです。それと並行して1分弱のデモムービーを作成し、これを基に営業をかけているところです。オリジナル作品なので、そんなに簡単に着地はしないと思いますが、今後も続けていきたいですね。
CGW:SF的な世界観がお好きですか?
坂本:3DCGで日常生活を描くよりも、アクションを描く方がやりやすいので、作品化しやすいところはありますね。また、本作では昆虫食の話をモチーフにしているんです。これから2050年に食糧危機が起きると国連が発表し、昆虫食の時代が来ると言われています。そこで鍵となるのがバイオテクノロジーです。もっとも、技術が進化するとそれに伴い問題も発生する。バイオテクノロジーで昆虫食が身近になった世界で、突然変異によって野生化したり凶暴化したりする昆虫が出てきたので、それを退治するDeep Hunterが活躍する。しかしそこには裏があって、AIが絡んでいて......、という設定です。
CGW:昆虫食という発想がユニークですね。
坂本:山梨県出身で、イナゴの佃煮や蜂の子を食べる食文化がありました。もっとも、本格的に興味を覚えてリサーチを始めたのは20年前からです。昨年、浅草橋に昆虫食のレストラン「ANTCICADA」が開店し、関係者とひょんなことで知り合ったんです。彼らは昆虫を食材に、今までにない調理法で見た目にも美しいスタイルで提供しようとしていて。その1つが「コオロギラーメン」です。すごく面白いと思ったんですね。それ以来、彼らが新種の昆虫採集のために日本各地に趣くとき、同行してカメラを回すようになりました。今後コロナが収まったら世界中にある昆虫食の伝統文化や、スタートアップ・ベンチャー企業の取材を予定しています。
▲ANTCICADA公式ホームページより
CGW:ドキュメンタリーもお好きなんですか?
坂本:そうですね、にっかつ撮影所時代からプロデュースしていました。『鉄腕アトム』をはじめ、初期のアニメ作品の効果音制作をテーマにした映画『アトムの足音が聞こえる』(2011)と、マンガ家の赤塚不二夫の生涯を描いた映画『マンガをはみだした男~赤塚不二夫~』(2016)をプロデュースしています。どちらも劇場で公開されました。
CGW:『アトムの足音が聞こえる』は自分も拝見しました。ゲームの効果音を制作しているクリエイターに紹介されたのですが、たいへん興味深い内容でした。
坂本:アニメ『鉄腕アトム』で、アトムが歩くときの「キュッキュッ」という電子音は、生まれて初めて聞いて触発された「不思議な音」でした。それをつくった音響デザイナーがまだご存命で、たまたま自分の知り合いがコンサートを開くと聞いて、カメラを回しはじめました。
CGW:ここでもまた、異能を世に送り出すことに力を注がれていますね。
坂本:いつか映画化したいテーマに、「インセクトハンター」という職業をモチーフにしたミステリー作品があります。いまだに発見されていない昆虫を探し出して、製薬会社に販売する仕事です。昆虫がもっている、ある種の細胞が特効薬の原料になるんですね。しかも地球上にいる昆虫のうち、発見されているのは20%にすぎないと言われています。世界最大の昆虫王国と言われているのが南米のコスタリカで、35万種もいるんですよ。
CGW:坂本さんご自身の興味や関心みたいなものが、作品に反映されていますね。
坂本:着地するかどうかわからないですけど、だからこそ、関心を惹かれることに情熱を注ぎたいと思っています。
コロナ禍で本社を移転し、新しい働き方を進める
CGW:そんなふうに活動を進めながら、2016年にグループ会社を再編して、新たにグリオグルーヴをつくられましたね。
坂本:CGスタジオをレーベル、チームをバンドに見立てて経営しそれなりに上手くいっていました。その一方で、ある程度の規模でなければ良い仕事が取れない時代にもなってきました。昔は、数多くのスタジオが協業して1つの作品をつくっていましたが、クライアントがそうしたスタイルを望まなくなってきたように思います。「丸ごと1本やりますか?」といった風に依頼されることが多くなってきたんですね。そこで2016年にグループ会社を再編し、一箇所にまとめてグリオグルーヴを設立しました。1つの会社の中で共鳴しあうようなかたちをと思っています。
▲グリオグルーヴ公式ホームページよりCGW:新人も積極的に採用されていますね。
坂本:数年前から定期採用を行なっています。ただ、新人を採用したからといってすぐに戦力にはなりませんよね。特に東京は人材の取り合いになっています。今の若い人はみんなゲームの仕事をやりたいんですよ。映像をやりたい人はほとんどいないですね。そうした兆候を感じたので、7年前に京都支社をつくり、2年前に神戸支社をつくりました。関西の方が競合他社が少ないので、新人を採用しやすいですね。おかげさまで京都が20人、神戸が10人くらいになっています。今後は東京採用は抑えめにして、関西で人を増やしていくことも考えています。
CGW:関西以外への展開は考えられました?
坂本:金沢、北海道、福岡なども考えましたが、そこは「人ありき」なので。それに、起ち上げと運営で求められるものがちがったりしますし。関西でいえば、神戸出身のプロデューサーが京都スタジオと神戸スタジオを統括してくれています。
CGW:東京は何人ですか?
坂本:正社員は全社合わせて100人なので、東京は業務委託を入れて80人ですね。それがLiNDA、Cinegriot、アニマロイドの各チームに分かれていて、関連会社としてEDENがあります。ただ、そんなふうに総合スタジオ的になると、他との差別化が逆に難しくなるところもあります。LiNDA ZOOやHoudini Bros.といった突出した個性をもつチームがあるのも、そうした理由からです。
CGW:3DCGスタジオのあり方自体が問われていきますね。
坂本:これも時代のながれですね。これは私見ですが、今後はプリレンダリングの仕事がほぼなくなっていくと睨んでいます。もちろんNetflixなどアニメ系の仕事は、ポリゴン・ピクチュアズさんをはじめとして、これからも残ると思います。ただ、そのためには人数が必要だし大規模な投資も求められます。それをやりたいのか、ということですね。ファクトリー化して経営を安定させていくのは、ビジネスとしては正しいんですが、自分としてはどうなんだろうと。
CGW:なるほど。
坂本:うちもNetflixで配信されている、アメリカの音楽家Sturgill Simpsonの『SOUND&FURY』(2019)で、森本晃司監督と『Mercury In Retrograde』のMVを手がけました。短編だったので何とか制作できましたが、フルCGの長編アニメをNetflixの予算規模で、かつ国内だけでつくるのは当社だと難しいのが現状です。予算と制作工数が合わないんですね。ポリゴン・ピクチュアズのようにマレーシアのスタジオを活用して制作する、などの投資が必要になります、
CGW:そうなんですね。
▲MV『Mercury In Retrograde』より ©2019 High Top Mountain Films, LLC / Elektra Records.
坂本:その一方で、ニッチな分野に専念するのはアリだと思っていて。「実写でクリーチャーを出したい」などのニーズは変わらずありますし、当社の強みでもあります。直近では三池崇史の最新作映画『妖怪大戦争 ガーディアンズ』(2021)の制作にかかわりました。
また、Netflixはアニメ以外にも実写映画への投資を本格的にはじめました。巨大なLEDスクリーンを背景にしたバーチャルプロダクション撮影には非常に注目しており、邦画では予算やスケジュールの都合で出せなかったクオリティを高い水準で達成できるようになると期待しています。
CGW:その後、2021年3月に創業以来ご縁が深いアニマと改めて業務提携を行い、本社を市ヶ谷から高田馬場に移されました。どういったねらいがありましたか?
坂本:コロナ禍で弊社も大きな痛手を受けました。東京オリンピック関係の案件をはじめ、実写映画や海外の大型案件が軒並みキャンセル・延期となってしまい、実写VFXチームの仕事が3ヶ月くらいなくなったほどです。東日本大震災のときでも1ヶ月程度で元の仕事量に戻りましたから、過去初めてのケースですね。
その一方、コロナ禍になって良いこともありました。その筆頭が「無駄が可視化されたこと」です。みんな出社しなくなってテレワークが中心になりましたよね。私も5年後くらいには、テレワークが普及すると思っていましたが、一気に時間のながれが加速しました。当社ではスタッフの希望でテレワークが続いていて、ほとんどのスタッフが自宅で作業をしています。
CGW:なるほど。
坂本:そうなると、誰も出社しないのにオフィスの賃貸料を払うのがもったいないじゃないですか。2016年にグリオグルーヴとして再始動したとき、スタジオを市ヶ谷に移しました。全スタッフがまとまれたのは良かったのですが、賃貸料がかなり高くなりましたし、電源容量の問題も出てきました。プロジェクトが佳境になると、みんな怖々と作業をしていたほどです。他に適したオフィスがないか結構探したのですが、意外とないんですよ。
一方でアニマが入居している高田馬場のビルは、十分な電源容量を確保していました。他に会議室などは他社と共用したほうが効率的だし、同じビルに入っていることで、ちょっとした相談などがしやすいメリットもありました。
CGW:よくわかります。
坂本:まとめると、「コロナ禍になってスタジオの賃貸料が無駄になった」、「電源容量の安定化が課題だった」、「同じビルに入居することで協業しやすい」の3つですね。余談ですが、グリオの会社設立が実は高田馬場で、現在のビルから100m程度の場所だったこともあり、色々な意味で因縁を感じています。
CGW:なるほど、それは奇縁ですね。ちなみに、オフィス面積に増減はありましたか?
坂本:席数を市ヶ谷時代の半分にしました。スタッフの机は減らして、PCだけ配置しています。みんな自宅からVPN経由でPCを動作させ、作業しているんですよ。思ったよりスムーズに移行できた上、在宅作業のうま味を知りますます出社しなくなりましたね。市ヶ谷から高田馬場に移ってから、一度も出社していない社員もかなりいます。
また、最近は30代から40代のデザイナーから「親の介護」の相談を受けるケースが出てきました。テレワークの常態化に伴い、地方の自宅で仕事をしてもらうことになりそうです。今後も田舎での子育てなども含め、働き方に多様性が出てきそうですね。その一方で、リモート状況での新人教育は課題だと感じています。