リアルタイムCGへの潮流に即して準備を進める
CGW:リアルタイムCGの割合は、どの程度ですか?
坂本:現状だと、リアルタイムCGはまだ一部ですね。ただ、それをやらないとどんどんコスト的に合わなくなっています。2004年にアニマロイドを起ち上げたときから、「これからはリアルタイムCGの時代になる」と言っていました。さすがにその当時は早すぎましたが、制作環境が整ってきてようやくそうなってきました。どんなに遅くても、3年以内にはリアルタイムの映像チームが主流になっていくだろうなと思います。
CGW:VRもARもあるし、いろいろと展開がしやすいですからね。
坂本:道筋は見えているんだけど、まだ仕事がそこまであるわけではないのが悩ましいですね。VRの仕事も何本かやっていますが、予算が付きにくいですし。
CGW:ポートフォリオで最も大きい分野は何ですか?
坂本:ゲームが70%ですね。オープニングムービーは1年に1本あるかないかで、プリレンダーのイベントムービーが中心です。他にモデリングなどのアセット制作も受注しています。あとは2割がCMで、1割が映画やイベントなどです。2000年頃に「第1次ゲームバブル」のようなものが弾け、それもあってIP制作などに乗り出したんですが、実際はそこから「遊技機バブル」、「ソシャゲバブル」と波があり、今後は5G時代の大型ゲーム案件が主流になっていくと考えています。
CGW:これまでをふり返ってみて、最も大きなちがいは何ですか?
坂本:CM映像業界がだいぶ変わりましたね。我々が3DCGを始めた頃は、みんなCMの仕事を受注することが目的でした。高いクオリティが求められる反面、予算も良かった。それが、ちょうど林田が亡くなった頃から急激に変化して。当社で言うと2010年前後がピークで、年間200本くらいやっていました。今は短いものも含めると100本くらいでしょうか。ただ、予算が少なく納期が厳しくて、クオリティもそれほど求められない仕事が増えました。「ウチでやることに意味がある仕事」を獲得するために、我々も姿勢を改める必要があったので、ブランド力に磨きをかけています。
こんなふうに国内のニーズは変わっていきますが、世界をターゲットにするなら、「まだ全然アリ」だと思っていて。これは半分余談になりますが、ルーデンスという、小規模ながらもCM分野に特化した、業界でトップクラスの評価を受けていたライバル会社がありました。その会社がAOI TYO Holdings株式会社の事業部に吸収されたのですが、それを聞いてショックを覚えると共に、3DCGの歴史が変わっていくんだなあと実感しました。
CGW:ファッション業界でいう「デザイナーズブランド」のような少数精鋭チームだと厳しく、3DCGも資金力と組織力の時代になってきたと。コロナ収束後も、元の世の中に戻るとは考えにくいですからね。震災のとき以上に社会が大きく変わっていくんでしょうね。
NFTアート、そしてインディゲームへの関心
坂本:これは極端な話ですが、テレワークが常態化したら、本社機能をどうするかを考えたんですよ。そんなとき、ふと「(埼玉県)飯能市はどうだろう?」と閃きました。私は自宅が西武池袋線沿線で、すぐ隣が埼玉県。ちょっと行けば飯能市で、そこから秩父まで一直線です。実際、飯能市から市ヶ谷まで通っていた社員もいましたからね。いけるんじゃないかと。
物件をいろいろと調べて、不動産屋も回ったんですよ。潰れかけた温泉宿があれば、そこを買い取って本社にしても良いかなとか。普段は自宅で作業して、月に1回みんなで集まって温泉に入りながらミーティングして。お子さんがいるスタッフも増えてきたので、遠足がてら家族で来てもらったりすると、楽しいんじゃないかとか。それくらいダイナミックな発想がないと、乗り切れないだろうなと思ったんです。
CGW:スクウェア・エニックスをはじめ、ゲーム業界ではテレワークが常態化しています。どこも賃貸費は重要な経営課題になっていますね。
坂本:さすがに大手であっても、年内で引っ越すと思いますけどね。飯能市に本社を置くアイデアも、半分冗談で半分本気でした。残念ながら良い物件がなくて頓挫してしまいましたが、IT業界だとそうした動きがダイナミックじゃないですか。2015年に鎌倉スタジオをつくったことで、面白法人カヤックさんと交流が生まれたんですが、300人ほどの社員を一気に鎌倉に移動させましたよね。あの発想と行動力はすごいなと。
CGW:ゲームもCGもどう変わっていくかわかりませんが、だからこそ次の時代に乗れたところが、ググッと伸びるのかもしれませんね。
坂本:本当に世の中の変化が速くて。直近の話題だとNFTアートが急速に盛り上がってきましたよね。3DCGクリエイターが受注ではなく、オリジナルの作品をつくって食べられる時代になってきました。
CGW:日本でもVRアーティスト・せきぐちあいみ氏のNFTアート作品が約1,300万円で落札され、話題を集めました。
坂本:まさに林田が夢見ていた世界ですし、彼が生きていたら、絶対に作品を出展していたと思います。
▲『Alternate dimension 幻想絢爛』(せきぐちあいみ)
CGW:自分も2020年から東京藝大のゲームコースで非常勤講師を始めました。そこで感じたのは、VRの映像作品やインタラクティブ作品をつくりたい学生が多いことです。ただ残念ながら、日本だと大学院の修了制作が代表作になりやすいんですね。それだけアーティストとして自活することが難しい。もっとも、これからNFTアートが一般的になって、1点モノのデジタルファイルが売買されることが普通になれば、大きく変わっていくだろうなと感じました。
坂本:私も長く、アート作品でエンターテインメント性があるものをやりたいという夢がありました。なかなかビジネスに結びつきませんでしたが、状況が変わりつつありますよね。ニューディアーの土居伸彰さんがやっている新千歳空港国際アニメーション映画祭などは、その1つです。ああいう作品でアーティストがちゃんと食えるようになれば良いかなと。あれは新しい可能性だと思うんです。
CGW:その土居さんがゲームをつくられたのも面白いですよね。自分もCGWORLD.jpでインタビューしました。
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『マイエクササイズ』が示したアニメーション作家によるゲーム開発の可能性
坂本:『マイエクササイズ』ですよね。すごく面白くて。『せがれいじり』でつくりたかった世界に近いなと思いました。
CGW:なるほど、一周回って繋がりましたね。
坂本:Steamというプラットフォームができて、そこでリリースできるようになった点が大きいですよね。個人的にもアートアニメをモチーフにしたインディペンデントのゲームについて、ちょっと考えています。ビジネスはビジネスでちゃんとやるんだけど、それだけではない、ちがう可能性が出てきたことに気づいて欲しいんです。
CGW:藝大のゲームコースが考えていることも、映像作家ベースのゲームデザインです。まさに坂本さんが言われたような分野ですね。
坂本:ぜひ、良い学生がいたら紹介してください。これまでやりたかったことが、ようやくできる時代になってきました。別の例で言えば、VRアドベンチャーゲーム『東京クロノス』(2019)をつくった、MyDearestという会社をご存じですか? 彼らの作品の3DCG制作を一部引き受けたり、クリエイターを紹介したりしました。実は『東京クロノス』のシナリオライターは、私の従兄弟の息子なんですよ。
CGW:そうなんですか。驚きました。
坂本:初期の作品はアマチュアが手探りでつくったという印象を受けますが、熱い思いと、「こういったものが遊びたい」というユーザーに近しい部分がありました。だからこそ、高い評価を受けたわけで。そこは本当に偉いなと思いますし、すごく可能性を感じますね。
CGW:2021年の文化庁メディア芸術祭のエンターテインメント部門では、審査員推薦作品を含めると、受賞作がグッと増加しました。その背景にインディーゲームの受賞が増えたことがあります。しかもメキシコ、チェコ、ポーランド、チリと、エマージングマーケットの作品が多いんですね。そういうものが単に審査員に評価されるだけじゃなくて、日本市場で受け入れられているんですね。
坂本:それはすごく興味深いですね。
CGW:一方でPlaystation 5/Xbox Series X 世代になって、業界の再編が続いています。ソニー・インタラクティブエンタテインメントのジャパンスタジオが規模を縮小したのは、象徴的な出来事でした。中途半端な企業が生きていけない時代になってきていますね。
坂本:本当にそうですね。一方でそこにチャンスも生まれてきます。私たちももうちょっと気合いを入れて、長年鍛錬した太極拳のごとく、時代のながれに揺蕩う(たゆたう)ように新しいCG道を生きていこうかと思います。
CGW:坂本さん、今日は貴重なお話をありがとうございました。