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『マイエクササイズ』が示したアニメーション作家によるゲーム開発の可能性

『マイエクササイズ』が示したアニメーション作家によるゲーム開発の可能性

『Mountain』『Kids』をはじめ、アニメーション作家によるインディゲーム開発が注目を集めている。こうした中、癖になるアニメーションで世界的な注目を集める和田 淳氏がゲーム『マイエクササイズ』をリリースした。本作のプロデューサーを務めたニューディアーの土居伸彰氏とともに、話を聞いた。

INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
© Atsushi Wada, New Deer, Playables, 2020

日なたにいた少年が、すっと日陰に入った高校時代

CGWORLD(以下CGW):今日はよろしくお願いします。『マイエクササイズ』楽しく遊んでいます。クリアするごとに新しい発見があって、ずるずる遊んでいます。

和田 淳氏(以下、和田):ありがとうございます。

CGW:本作については、2018年12月~2019年3月までICCで開催された「イン・ア・ゲームスケープ ヴィデオ・ゲームの風景、リアリティ、物語、自我」で先行展示されていて、注目していました。土居さんも展示にかかわられていましたね。

土居伸彰氏(以下、土居):はい、谷口暁彦さんとともに共同キュレーターを担当しました。

CGW:アニメーション作家の和田さんが初めて手がけたゲームということで、まずはセオリー通りクリエイターの人となりからお伺いしていきたいと思います。実際、『マイエクササイズ』も短編映画として制作されて、映画『私の秘かな動く愉しみ』の1本として公開されましたね。

【予告編】『ゲーム「マイエクササイズ」発売記念 和田淳特集上映 私の秘かな動く愉しみ』

和田:そうですね。

CGW:その後、プロデューサーを務められた土居さんにも加わっていただき、ゲーム化についてのながれについてお伺いしていきたいと思います。まず、和田さんは1980年生まれで、神戸出身とのことですが、どんなお子さんだったんですか?

  • 和田 淳/Atsushi Wada
    1980年兵庫県出身。大阪教育大学、イメージフォーラム付属映像研究所、東京藝術大学大学院で映像を学ぶ。「間」と「気持ちいい動き」を大きなテーマにアニメーション作品を発表中。現在、大手前大学准教授、大阪教育大学、京都精華大学非常勤講師
    kankaku.jp

  • 土居伸彰/Nobuaki Doi
    1981年東京都出身。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。ニューディアー代表。新千歳空港国際アニメーション映画祭フェスティバル・ディレクター。著書に『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』(フィルムアート社)がある
    newdeer.net

和田:明るい子どもでしたね。何ていうんでしょうね。陰でこそこそする感じじゃなくて。通知表にも明朗活発って書かれるくらいの男の子でした。外でドッジボールしたり。中学校まではわりと、そういう感じの子で。運動も好きだったし。今のイメージからは想像つかないかもしれませんが、けっこうちゃんとしてたんですよ。

CGW:日なたと日陰だと、日なたの方にいらっしゃったんですね?

和田:もう、だいぶ日光を浴びていたと思います(笑)。

CGW:ファミコンとか遊ばれましたか?

和田:いや、それほどでもなかったですね。まあ、マリオとか、それなりに遊んでいましたけどね。それよりも、テレビっ子でした。アニメよりも、バラエティ番組やドラマばかり見てました。

CGW:よく見ていた番組って何でしたか?

和田:ちょうど小学校のときにダウンタウンや、とんねるずがドカンと出てきたんです。『ダウンタウンのごっつええ感じ』だとか、『とんねるずのみなさんのおかげです』などが好きでした。

CGW:絵に描いたような王道路線ですね。個人制作のアニメーション作家という、今のお仕事から想像がつきにくいというか......。きっかけみたいなものはなんだったんですか?

和田:日なたから、すっと日陰に入ったのは、高校入学からでした。これはもう、明確でしたね。

CGW:そうなんですね。どんな高校でしたか?

和田:普通の公立高校でした。ただ、中学から高校に上がると、生徒数が増えて、校区も広がるので、いろんな生徒が集まるじゃないですか。高校でも引き続き、日なたの方にいるつもりだったんですが、強そうな人とか、怖そうな人とか、いろんな人がいて、つい縮こまっちゃって。性格が変わったわけじゃないですけど、自分から進んで前に出るようなことはなくなりました。

CGW:ちょうど思春期で、アイデンティティが固まる頃なので、そういうこともあるでしょうね。

和田:そこから、わりと陰でこそこそする感じになって。

CGW:部活動などはやられていましたか?

和田:中学のときは『スラムダンク』の影響でバスケ部で。高校ではテニス部でした。ただ、ソフトテニス(軟式テニス)の方なので。そこでちょっと弱いですよね。

CGW:いやいや、そんなことないです。

和田:その中でもわりとこう、仲間内では明るいですけど、人前ではあまり前に出ないようにしていたという。

ダウンタウンに影響を受けた、間と動きの面白さ

CGW:大阪教育大学に進学されましたね。先生になろうと思われたんですか?

和田:いえいえ、もうそこしか受からなくて。現役の頃から美術系の大学を志望していて、一浪したんですけど、やっぱりダメで。そんな中で唯一、受かったのが大阪教育大学の美術コースでした。

CGW:高校生の頃に美術に興味が湧き始めたんですか?

和田:特にしっかりと美術をやりたいっていう感じではなかったんですけど、このまま何も考えずに人のながれに乗っていくのも、なんか怖いなというか。美術は一応、好きは好きだったので、そっちの方向で考えようかなっていう。本当にそれくらいの、ふわっとした感じでしたね。

CGW:どんな絵がお好きでしたか? 油絵とか、デザインとか、日本画とか、それこそメディアアートとか。

和田:もともとやりたかったのはグラフィックデザインでした。ポスターとか。チラシとか。その中にCMとか、映像があって。

CGW:その頃から間や動きなどに興味があったんですか?

和田:そうです。大学の3年生の頃にアニメーションを始めたんですけども。そもそもアニメーションをやろうと思ったのが、間のような表現を映像でやってみたいというところから始まったので。それが一番やりたいことでした。

CGW:当時はどんなツールを使われていましたか?

和田:ノウハウがまったくなかったので、何となく動いていればいいだろう、くらいの感じで。それこそ、ノートの切れ端にちゃちゃっと描いて。スキャンしてPCに取り込んで、Photoshopで加工して、After EffectsPremiereで編集して。キャラクターの腕だけを動かしてみたりだとか。そんな感じでやっ