>   >  なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第4回:不気味の谷を乗り越える日〜2000年代後半から、現在(2016年)まで〜)
なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第4回:不気味の谷を乗り越える日〜2000年代後半から、現在(2016年)まで〜)

なぜ、CGは嫌われる? ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題を追う(第4回:不気味の谷を乗り越える日〜2000年代後半から、現在(2016年)まで〜)

<6>亡くなった有名人を蘇らせる

2012年にデジタル・ドメインは、サンディエゴにあるイベント向けAV機器コンサルタント会社のAV Conceptからの依頼で、1996年に殺害された米国のラッパー「Tupac(Tupac Shakur)」のヴァーチャル再現【図9】に取り組んだ。これは音楽フェステイバル「コーチェラ・フェス」(Coachella Valley Music and Arts Festival)の、スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)とドクター・ドレー(Dr. Dre)のステージに2パックが出現して共演し、最後はまた消えてしまうといった演出で、VFXスーパーバイザーはジャネール・クロショウ(Janelle Croshaw)だった。『Tupac Hologram Snoop Dogg and Dr. Dre Perform Coachella Live 2012』と名付けられているが、ホログラム技術とは一切関係なく、英ミュージョン社(Musion IP Limited)のウーヴェ・マース(Uwe Maass)が開発したペッパーズ・ゴースト・システム「ミュージョン・アイライナー/Musion EyeLiner」が用いられている。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(第4回:不気味の谷を乗り越える日)

【図9】『Virtual Tupac』

2013年に香港のサン・イノベーション・ホールディングス/奧亮集團の傘下となったデジタル・ドメインは、鄧麗君文教基金會(テレサ・テン財団)の依頼で、歌手テレサ・テン(※3)の没後20年追悼コンサート向けに『ヴァーチャル・テレサ・テン』(Virtual Teresa Teng)を制作するプロジェクトに取り組んだ。【図10】
これは基本的にヴァーチャル・2パックの応用だったが、ディテールの少ないアジア人女性という、極めて難しい題材である。しかしVFXスーパーバイザーのデイブ・ホジンズ(Dave Hodgins)を中心とするスタッフは、見事に「不気味の谷」を乗り越えてみせた。ただし、約5カ月の時間と1500万ドル(約16億5000万円)の費用が掛かっており、人物1人の映像を数分間描くだけにこれほどのコストが費やされていることは無視できない。

※3:テレサ・テンを知らない若い人もいるだろうから一応説明しておくと、台湾出身の歌手で、日本を含む各国で活動した。その絶大な人気から「アジアの歌姫」と呼ばれたが、1995年に42歳の若さで亡くなっている。

完成した映像は、2015年5月9日(土)に台北アリーナ、5月23日に渋谷公会堂、8月8日に上海大舞台で行われたコンサートで披露され、中国語で『我只在乎你(時の流れに身をまかせ)』と『月亮代表我的心(月はわが心)』『甜蜜蜜』などの歌唱が再現された。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(第4回:不気味の谷を乗り越える日)

【図10】"Virtual Teresa Teng"

2006年からデジタル・ドメインの会長兼CEOを務めていたジョン・テクスター/John Textorは、2013年に新会社パルス・エヴォリューション/Pulse Evolution Co.を、フロリダ州セントルーシーに設立する。そして『ヴァーチャル・2パック』の主要スタッフを引き抜き、故人の復活を専門とするビジネスを始め、マイケル・ジャクソン、エルヴィス・プレスリー(※4)、マリリン・モンローのデジタル肖像権を取得した。

※4:ちなみにエルヴィス・プレスリーは、2007年に放送されたアメリカの人気TV番組『アメリカン・アイドル』(American Idol)の中でも、セリーヌ・ディオンとのデュエットを果たしている。だがこの時は3DCGではなく、1968年に撮影されたフィルムからロトスコープで抜き出された映像と合成されたものだった。

同社の最初の仕事は、2014年のビルボード・ミュージック・アワード授賞式で披露された、マイケル・ジャクソンの『スレイヴ・トゥ・ザ・リズム』(Slave to the Rhythm)のヴァーチャル・コンサート『Michael Jackson Hologram - Billboard Awards 2014』【図11】である。

ヴァーチャル・ヒューマンに対する「不気味の谷現象」問題(第4回:不気味の谷を乗り越える日)

【図11】『Michael Jackson Hologram - Billboard Awards 2014』

演出を務めたのは、シルク・ドゥ・ソレイユのショー『Michael Jackson: One』(※5)でもディレクターを担当しているジェイミー・キング/Jamie Kingだった。しかしここに用いられたペッパーズ・ゴースト・システムが、ミュージョン社の特許(US 8328361)を侵害していると、そのシステムの使用権を持っているHologram USA、ミュージョン社、ウーヴェ・マースの3者が訴えている。
このような故人の音楽アーティストを復活させる試みは次々と行われており、その多くは楽曲の権利と肖像権を管理している会社によって企画されている。だが本人は亡くなる前に、死後に自分の姿がそのように扱われるか、想像すらしていなかっただろう。

※5:この『Michael Jackson: One』に用いられているペッパーズ・ゴースト・システムに関しても、ミュージョン社とHologram USA社が、シルク・ドゥ・ソレイユに対して特許侵害で訴訟を起こしている。

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<7>ILMにおける挑戦

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