<4>総合カンファレンスに成長するWAQ
Pixel Challengeと同じ会場で開催されたWAQ
webaquebec.org/
Digital Weekの前半の目玉がPixel Challengeなら、後半の目玉が4月10日から12日まで開催されたWAQ(WEB À QUÉBEC)だ。その名の通り、Web業界のカンファレンスとして2012年にスタートし、年々規模が拡大。今年度は3日間で7トラック、80セッション以上が開催され、約1500名の参加者を数えた。セッション内容もマーケティング、エンジニアリング、デザイン、イノベーションと多岐にわたり、総合カンファレンスに成長しているさまがうかがえた。
WAQの特徴はフランス語と英語のセッションがバランス良く配置されていることだ。Québec Numériqueで2014年から3年間エグゼクティブ・ディレクターをつとめDigital Week立ち上げにも参加し、現在はVille de Quebecで起業家育成に取り組むPierre-Luc Lachance氏は「フランス語と英語のセッション割合は7:3で、これは我々にとって良いバランス」だと説明した。この割合はまた、ケベック・シティーを取り巻く環境を、そのまま現しているようにも感じられた。
ジャーナリスト出身の研究者、Alberto Cairo氏(マイアミ大学)
もっとも、アメリカ人といっても属性はさまざまだ。米大統領選挙でトランプ陣営の選挙戦術とデータビジュアライゼーションの功罪について解説したマイアミ大学のAlberto Cairo氏はその好例で、バルセロナ出身のスペイン人。世界最高峰の学術環境を求めてアメリカに渡ってきた研究者で、元ジャーナリストの経歴を併せもつ。そのため講演では「個々のデータは正しくても、見せ方1つで世論を誘導できる」と警鐘を鳴らした。なお、当日の講演資料はこちらで公開されている。
全体の得票数差はわずかでも、地域ごとに勝敗を色分けすると、全米がこぞってトランプ氏を支持したように見える
カナダの立ち位置も同様だ。アメリカの状況を注視し、長所を取り入れ、短所もまた反面教師として生かすというわけだ。そこにはカナダ人の8割が国境から100km圏内に住みつつも、アメリカと同化しなかった歴史的経緯がある。カナダとアメリカでは民族も宗教も文化も異なっており、フランス文化を色濃く残すケベック・シティーはその最右翼だ。Lachance氏も「だからこそ、最先端の情報を取り入れつつ、自分たちの独自性を発揮することができる」と応じた。
カナダ連邦政府でWebデザインを手がけるChris Govias氏の講演も興味深いものだった。カナダ出身だが、英ロンドンでWebデザイナーとしてのキャリアを積み、次第に活動の比重を公共政策に移していったGovias氏。英国法務省での業務を経て、カナダに帰国した今は、Canadian Digital ServiceのUI/UX改善などに携わっている。
Govias氏は講演で「民間の知見を生かして行政のあり方を変えよう」と主張し、「アジャイル(俊敏)になろう」、「小さいことは良いことだ」など、Web開発のトレンドを行政の言葉に変換して説明した。質疑応答ではモントリオール市の職員から「そうはいっても、組織の壁を崩すのは難しい」などと、現場ならではの悩みも飛び出し、関心の高さを感じさせた。
筆者も講演終了後、「逆に民間が行政から学ぶことはないか?」と質問してみた。すると「民間企業は利潤を求めて効率化・集約化の方向に向かうが、公共部門では多様性を担保できる。そこからイノベーションが生まれることもある」と回答された。両部門をダイナミックに往来している人物ならではの知見だろう。こうした議論はまさにWAQならではのもののように感じられた。
<5>自治体がリードする産官学連携
Digital Weekを主導したQuébec Numériqueと関係者たち
これまで見てきたように、Digital Weekは市の公共政策部門が旗を振り、民間企業や大学を巻き込んで実施されている。いわば「官主導」の産官学連携だ。広告代理店なども介さず、手づくり感あふれるイベントとなっている。「まるで明るい社会主義だ」と感想を述べると、Lachance氏も笑いながら「こうしたスキームは、アメリカではあり得ないだろう。フランスでも見られないと思う」と同意した。
この背景にはケベック・シティーの経済が官主導で発展してきた経緯がある。1944年にケベック州政府は発電・送電・配電事業を営む公益事業体「イドロ・ケベック」を設立。ケベック州全体での経済発展に大きく貢献してきた。ケベック・シティーでは雇用の大部分が行政機関・公共サービス・旅行業に集中しており、州政府はケベック・シティーで最大の雇用主でもある。このようにケベック・シティーでは、官主導での産業支援に適した地域特性がみられる(参考:Wikipediaより)。
もっとも、「2015年にDigital Weekをはじめて企画したときは、多くの地元企業から怪訝な顔をされた」とLachance氏は振り返った。こうした企業の多くは規模が小さく、各々の技術とアイディアで成長してきたからだ。そのため各企業に電話をしても、なかなか話が進展しなかったという。しかし、こうした逆風にもめげず、開催にこぎ着けたことで、次第に理解が得られるようになった。すでに会場キャパシティは限界に近く、別会場への移転も検討しているという。
一方でDigital Weekが非常に少人数の専従スタッフと、多数のボランティアとの連携で運営されている点にも驚かされた。Québec Numérique自体、職員数は10名という小所帯だ。宣伝・広報担当を経て半年前にエグゼクティブ・ディレクターに就任したMatrine Riouxさんはジャーナリスト出身だ。教育政策に関心があり、自分も母親の一人として、「最先端のデジタル技術は怖くないことを、より多くの人に知ってもらいたい」と企画意図を語った。
デジタルメディアの産業関係者だけでなく、より多くの人に足を運んでもらえるように、今年からPixel Warzoneを開催したのも、その一環だ。イベントの一環として、文明博物館では企業や大学がブース出展を行い、最先端の研究成果や商品のデモ展示などを実施。多くの親子連れで賑わった。今後はケベック・シティーの主産業の1つである、観光業とも連携を進めていきたいという。
また、Pixel ChallengeやWAQの会場では、Leclerc氏やRiouxさんをはじめ、主要スタッフが頻繁に行き来する姿がみられた。会場の多くの参加者と顔見知りで、コンパクトシティならではの風通しの良さが伝わってきた。
もっとも、ケベック・シティーのデジタルメディア産業には課題も存在する。その1つが地域の雇用問題だ。市内にはラバル大学を筆頭に総合大学が5校、単科大学が16校、専門学校や職業訓練校が22校存在し、毎年2万人の卒業生を輩出する。その中でもゲーム業界やアニメ・CG業界に進みたい学生にとって、Pixel Challengeは実力を示す良い機会となっている。
しかし、残念ながら学生にとって地元企業への就職は、狭き門なのだという。前述のようにインディには採用の枠がなく、大手スタジオには世界中から求人が殺到するからだ。そのため多くの学生が職を求めて、市外に流出することになる。Québec Internationalの広報担当、Sylvie Fortinさんは「企業が求めるレベルまで、教育機関が学生を育てられていないのは事実で、重要な課題の1つ」と現状を分析した。
それでは、学生の実力はどの程度なのだろうか。後半ではPixel Challengeで開発された作品を紹介することで、この問題により深掘りしていく。
<後半につづく>