デジタルメディア産業の一大拠点として知られるカナダ。その中でも、とりわけユニークな存在で知られるのがケベック・シティーだ。筆者は今回、非営利団体Québec Internationalが主催したメディアツアーに参加。4月5日から15日まで、街をあげて開催されたDigital Weekや、地元企業などを取材できた。産官学連携で発展する同市のデジタルメディア産業について、2回にわけてレポートする。

TEXT_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

<1>ケベック・シティーのデジタルメディア産業とその歴史

今や世界各地で開催されるGameJam(※)。毎年1月末に開催されるGlobal Game Jamの成功で、48時間でゲームをチーム制作するといっても、驚かれることは少なくなった。しかしプロ・アマ含めて400名近くの参加者が一堂に会するとなると、話は別だ。さらにゲームだけでなく、CGアニメーションも制作されるジャムは、世界的にも珍しいと思われる。それを地方自治体が主催しているとなると、なおさらだ。

※GameJam:クリエイターが集まり、短時間でゲーム制作を行うイベント

ゲーム開発だけではない。会場の一角には参加者向けにマッサージコーナーも併設。入り口には巨大なガンシューティングゲームの筐体も設置され、一息入れるために遊んでいる参加者もいた。本年4月にケベック・シティー中心部の特設会場で開催された複合型GameJam、Pixel Challenge会場に足を踏み入れた瞬間、今まで見たことがない風景が広がった。役所が主催するお仕着せのイメージとは、ほど遠い印象だったからだ。


約360名が参加し、48時間でデジタルコンテンツを制作するPixel Challenge



  • 今年は初めてマッサージコーナーが設置された



  • 4人で同時プレイできるガンシューティングを設置



  • 地元UBIケベック協賛のカフェが登場



  • 食事は全てケータリングで賄われた

デジタルメディア産業で知られるカナダ。日本とちがい連邦制をとるカナダでは、州や自治体の権限が強く、各地で個性あふれる取り組みが行われている。中でも日本と異なるのが、産官学連携による産業支援の手厚さだ。2018年4月5日から15日まで、カナダ東北部に位置するケベック州の州都、ケベック・シティーで開催されたDigital Weekは、その象徴とも言える総合イベントだ。

Digital WeekではPixel Challengeと、IT系カンファレンスの「WAQ(WEB À QUÉBEC)」を筆頭に、大小28種類の関連イベントを開催。主催は地元自治体のケベック・シティーで、非営利団体のQuébec Numériqueに企画・運営が委託され、大小約30の団体・組織・企業などがアライアンスを組んで実施される。初開催は2015年で、今年で開催4回目。受付・誘導などの雑用は地元のボランティアで、まさに街をあげてのプロジェクトとなる。


約1500名が参加し、約80セッションで開催される「WAQ」



  • インディゲーム開発者向けのピッチイベントCatapult



  • 今年初めて開催されたPixelWarzoneではeスポーツの親善試合を実施



  • 市内の文明博物館ではIT・デジタルメディア関連の展覧会を実施



  • 地元ラバル大のメディア研究センター、LANTISSでの招待客向けツアー

ケベック・シティーはカナダ東部に位置するケベック州の州都で、市全域の人口は約80万人。新潟市や浜松市と同程度の規模感だ。ケベック州はカナダでもフランス系の住人が多い地域で、第一言語はフランス語。英語も公用語だが、ほとんどの住人は日常会話でフランス語を使用する。アメリカ文化が強い北米において、生活様式や文化の面でフランス文化が強いという独自性を保っている。

人口面ではモントリオールの約160万人に大きく差をつけられている。両市の距離は約230kmで、東京・名古屋間に匹敵し、気風も異なる。経済の中心であるモントリオールに対して、ケベック・シティーは北米以北では唯一現存する城塞都市を中心に発展し、旧市街は世界遺産に登録されるなど、観光業に力を入れている。モントリオールが大阪でケベック・シティーが京都......と例えると両市民から「違う」と怒られるかもしれないが、日本人である筆者の目からはそのように感じられた。



  • 城塞からセントローレンス川をのぞむ



  • 欧州風の建築様式をもつ市中央駅



  • 大勢の観光客でにぎわう旧市街



  • 旧市街にはフランス風の街並みが続く

カナダ・デジタルメディア産業の歴史は、2017年に筆者が参加したカナダ投資局主催のツアーレポートで解説したとおり、1986年にモントリオールでSoftimage(現Autodesk)が設立されたことに遡る。その後、1991年にバンクーバーでEAカナダ、1997年にモントリオールでUBIモントリオールが設立。この両都市を中心にゲーム・CG企業の集積が始まった。背景にあるのが人件費の安さと、豊富な人財、各州政府の税制優遇策、そして国策として掲げられている管理移民制度だ。

こうした一連のながれの中で、ケベック・シティーでも1990年代後半からゲーム・CG系の企業が育ち始める。その筆頭が2003年に設立されたアニメーションスタジオのFLIMAだ。3DCGへの参入を経て、現在はゲームやVRコンテンツ開発も手がけるまでに成長した。2005年にはUBIケベックが設立され、アクティビジョンも同年、地元企業を買収してBeenoxスタジオを設立させた。いずれも500名規模のスタジオで、市内では大手3社として知られている。



  • 市中心部にそびえるUBIケベックビル



  • ゲーム分野でオリジナルIPを輩出するFLIMA



  • 小規模スタジオが低価格で入居できるLE HUB



  • インディのコワーキングスペース、LE CAMP

このように大手スタジオが設立して数年が経過すると、そこから独立したインディゲーム開発者が周辺にスタートアップを設立し、産業クラスターを形成し始める。バンクーバーやモントリオールでも見慣れた光景だ。これを見こして地元自治体は、海外の大手企業に対してスタジオの誘致合戦を繰り広げる。誘致政策が一段落すると、次はコワーキングスペースやファンドなどを整備し、スタートアップに対して育成支援を進めていくのが常道だ。

実際、ケベック・シティーでもコワーキングスペースのLE CAMP、中小スタジオ向けの入居施設LE HUB、インディゲーム開発者が対象のピッチイベントCatapultといった施策を整備し、確実に成果を上げてきた。その集大成とも言えるのがDigital Weekだ。最大のポイントは、これを自治体が音頭をとって進めていること。その結果、ケベック・シティーでは過去5年間で社員数5-6名のインディゲームスタジオが5社から30社近くにまで増加したという。

2017年に実施されたカナダ投資局主催のメディアツアーで筆者は、カナダが世界のゲーム・VFX工場から、スタートアップによるオリジナルIPの創出へと、産業構造が広がりつつある様を解説した。その中でも近年、特にインディゲームの支援に注力しているのがケベック・シティーだ。今回のツアーでは現地に11日間滞在し、さまざまなイベントや、地元企業・自治体関係者への取材を進める過程で、新たな可能性や課題について感じ取ることができた。

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<2>海外からの参加者も招いて盛り上がるPixel Challenge

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<2>海外からの参加者も招いて盛り上がるPixel Challenge

それではPixel Challenge、WAQ、そしてCatapultの主要3イベントについて、より詳細に紹介していこう。前述の通りPixel Challengeは参加者がグループに別れ、48時間かけて1本のコンテンツをつくるハッカソン(ハック+マラソンの意味の造語)であり、GameJamだ。2013年にスタートし、今回で5回目の開催となる。初年度の参加者数は102名だったが、年々拡大し、今年度は384名にまで成長。直前の雪嵐を受けて設定されたテーマ「パーフェクトストーム」に沿って進められた。

主な参加者は地元のゲーム開発者と学生で、参加者総数は384名。プロとアマの割合は1:4といったところ。中にはフランスから38名、メキシコから45名、ベルギーから15名の学生の姿もみられた。フランスとベルギーはフランス語圏の国々でもあり、渡航費用の一部を助成するなど、戦略的に参加を受け入れている。メキシコのゲーム産業とも近年、海外分業で関係性が強まっているという。


Pixel Challenge2018のメキシコ人学生チーム
www.pixelchallenge.org/

そのほか、Pixel Challengeでは他のGameJamでは見られない特徴がある。それが総額15500カナダドル(約131万円)の賞金が用意されている点だ。前述の通りゲームだけでなく、短編アニメーション(30秒以上)部門や、シナリオ、サウンドの個人賞部門も存在する。今年度の参加内訳ではゲーム部門が252名、アニメーション部門が100名、サウンド部門が29名、シナリオ部門が3名となった。にもかかわらず、会場内はトゲトゲした雰囲気がなく、終始楽しみながら開発が進められてた。

こうしたレギュレーションについて、Pixel Challengeのディレクターを務めるLouis Leclerc氏は「Pixel Challengeの主目的は地元の開発力を世界にアピールすること。そのため、全力でコンテンツをつくってもらえるように、チーム参加としている。トランスメディア(=メディアミックス)の重要性から、ゲーム以外のコンテンツ部門も第1回目から設置している」と説明された。



  • GameJamといえども、液晶タブレットの使用率が高く、驚かされる



  • デスクトップPCとマルチモニターによる開発環境が多く見られた



  • 全体で1/3強を占めたアニメーション部門の開発風景



  • ゲーム開発(プロ)部門の優勝チームには5000カナダドル(約44万円)が贈られた

ちなみにPixel Challengeの参加費は200カナダドル(約17800円)で、参加者には食事と飲み物、軽食、そして仮眠コーナーが提供される。これに協賛企業からの協賛費が加わり、不足分を市税で補填する形で予算が組まれている。会場は夏期だけ運行されるクルーズ船の発着場で、市所有の施設を流用。Leclerc氏は市税と協賛費の割合は4:6だとあかした。

このほか本年度で初めての試みとして、施設内にeスポーツのエキシビジョンマッチとレトロゲームの試遊コーナーPixelWarzoneが設置された。1Fでゲーム開発が行われ、2Fでeスポーツの観戦やレトロゲームが楽しめる趣向だ。Leclerc氏は「Pixel Challengeにもっと一般層を引き込みたかった」とコメント。ゲーム開発の風景を地元の家族連れが見学して回るといった風景も見られた。来場者数は500名を見こしているという。



  • モントリオールとケベック・シティーのプロチームが親善試合



  • ブラウン管のテレビがずらりと並んだレトロゲームコーナー



  • 人気ゲームのタイムアタック大会などを開催



  • 色とりどりのビーズを用いたドット絵体験コーナーは家族連れに人気だった

<3>インディゲームを世界の市場に打ち出すCatapult


優勝したSWEET BANDITSのプレゼンテーション

一般的にGameJamではゲームのプロトタイプをつくることに終始しがちだ。しかし、Digital Weekではそこからステップアップする手段も提示されている。それがインディゲーム開発者向けのピッチイベントCatapultだ。Pixel Challengeがはじまった翌年、2014年にスタートしたもので、優勝者は現金5万5000カナダドル(約480万円)を含む、総額10万カナダドル(約890万円)の支援が受けられる。

第1回目の優勝者は最大8人までオンライン対戦ができる、『ボンバーマン』と『ガントレット』を融合させたようなアクションゲーム『Knight Squad』(Chainsaw Games)。FLIMA出身の開発者3名で2012年に設立されたスタジオによるもので、同作のプロトタイプはPixel Challenge 2013で開発された。48時間で制作したゲームがアワードを受賞したことがきっかけで、イベント終了後も開発が継続され、Catapult 2014に応募。見事、初代受賞者に輝いたのだ。

その後、『Knight Squad』は2015年にSteamとXbox Oneでリリースされ、累計140万ダウンロードを記録したという。Steamでは1480円で販売されており、単純に乗算すると、約20億円程度の売上を達成したことになる。Pixel ChallengeからCatapultへのながれが早くも成果をあげたというわけだ。第2回目の受賞作『Light Fall』(Berzerk Studio)も2018年夏にリリースを控えており、5月に京都で開催されるインディゲーム展示会BitSummit 2018にも出展が予定されている。

こうした中、今年度は個性豊かな5作がファイナリストとして壇上にあがり、企画概要・開発概要・資金調達などのプレゼンテーションを実施。その結果、動画共有サイトのTwitchと連携する新機軸のマルチプレイ・スパイアクション『DECEIVE INC.』(SWEET BANDITS)が受賞した。代表のPhilippe Pelletier Baribault氏は、現在はバーティパルスライス(ゲームの一部分を完成形に近いレベルまでつくり込んだもの)の段階と説明し、2019年11月のリリースに向けて意欲を示した。


Philippe Pelletier Baribault氏(中央)と歴代の受賞者



  • 第1回受賞作『Knight Squad』(Chainsaw Games)



  • 第2回受賞作『Light Fall』(Berzerk Studio)

CatapultはQuébec Internationalと、同じく非営利組織のDigital Arts and Interactive Entertainment (ANDI)の協業によってスタートした。どちらもケベック・シティーの経済活性化と貿易振興などを目的としており、日本で言えば商工会議所などに相当する。

このほか、審査員にはUBIケベックなどの名前が並ぶ。前述のように彼の地では、多くのインディゲーム開発者は大手スタジオから独立する。こうしたながれを奨励する行為にもつながりかねず、日本では考えにくい光景だ。

実際、Baribault氏はインディの人材採用について「ケベック・シティーのゲーム開発者コミュニティは非常に小さいため、互いに顔なじみだ。一方で自分たちが学生にリーチするのは難しいし、育てる余裕もない。そのため大手スタジオが人材を育成し、そこから独立する開発者を直接すくい上げる方式が一般的」とあかした。日本でもしばしば見られる光景だが、これをあっけらかんと言ってのける点が興味深い。

審査員の一人で、UBIケベックでゼネラルマネージャーをつとめるPatrick Klaus氏も「どれか一社だけでなく、ケベック・シティー全体でデジタルメディア産業のエコシステムが構成されていて、互いに連携して成長していく。そこに意義を感じてCatapultに協賛している」と語った。そこには、地域に根ざして発展する大手スタジオの責任感や理想が感じられた。

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<4>総合カンファレンスに成長するWAQ

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<4>総合カンファレンスに成長するWAQ


Pixel Challengeと同じ会場で開催されたWAQ
webaquebec.org/

Digital Weekの前半の目玉がPixel Challengeなら、後半の目玉が4月10日から12日まで開催されたWAQ(WEB À QUÉBEC)だ。その名の通り、Web業界のカンファレンスとして2012年にスタートし、年々規模が拡大。今年度は3日間で7トラック、80セッション以上が開催され、約1500名の参加者を数えた。セッション内容もマーケティング、エンジニアリング、デザイン、イノベーションと多岐にわたり、総合カンファレンスに成長しているさまがうかがえた。

WAQの特徴はフランス語と英語のセッションがバランス良く配置されていることだ。Québec Numériqueで2014年から3年間エグゼクティブ・ディレクターをつとめDigital Week立ち上げにも参加し、現在はVille de Quebecで起業家育成に取り組むPierre-Luc Lachance氏は「フランス語と英語のセッション割合は7:3で、これは我々にとって良いバランス」だと説明した。この割合はまた、ケベック・シティーを取り巻く環境を、そのまま現しているようにも感じられた。


ジャーナリスト出身の研究者、Alberto Cairo氏(マイアミ大学)

もっとも、アメリカ人といっても属性はさまざまだ。米大統領選挙でトランプ陣営の選挙戦術とデータビジュアライゼーションの功罪について解説したマイアミ大学のAlberto Cairo氏はその好例で、バルセロナ出身のスペイン人。世界最高峰の学術環境を求めてアメリカに渡ってきた研究者で、元ジャーナリストの経歴を併せもつ。そのため講演では「個々のデータは正しくても、見せ方1つで世論を誘導できる」と警鐘を鳴らした。なお、当日の講演資料はこちらで公開されている。


全体の得票数差はわずかでも、地域ごとに勝敗を色分けすると、全米がこぞってトランプ氏を支持したように見える

カナダの立ち位置も同様だ。アメリカの状況を注視し、長所を取り入れ、短所もまた反面教師として生かすというわけだ。そこにはカナダ人の8割が国境から100km圏内に住みつつも、アメリカと同化しなかった歴史的経緯がある。カナダとアメリカでは民族も宗教も文化も異なっており、フランス文化を色濃く残すケベック・シティーはその最右翼だ。Lachance氏も「だからこそ、最先端の情報を取り入れつつ、自分たちの独自性を発揮することができる」と応じた。



  • Webデザイナー出身で、公共政策に携わるChris Govias氏



  • 公共部門が民間部門、特にWeb業界から学べる6箇条

カナダ連邦政府でWebデザインを手がけるChris Govias氏の講演も興味深いものだった。カナダ出身だが、英ロンドンでWebデザイナーとしてのキャリアを積み、次第に活動の比重を公共政策に移していったGovias氏。英国法務省での業務を経て、カナダに帰国した今は、Canadian Digital ServiceのUI/UX改善などに携わっている。

Govias氏は講演で「民間の知見を生かして行政のあり方を変えよう」と主張し、「アジャイル(俊敏)になろう」、「小さいことは良いことだ」など、Web開発のトレンドを行政の言葉に変換して説明した。質疑応答ではモントリオール市の職員から「そうはいっても、組織の壁を崩すのは難しい」などと、現場ならではの悩みも飛び出し、関心の高さを感じさせた。

筆者も講演終了後、「逆に民間が行政から学ぶことはないか?」と質問してみた。すると「民間企業は利潤を求めて効率化・集約化の方向に向かうが、公共部門では多様性を担保できる。そこからイノベーションが生まれることもある」と回答された。両部門をダイナミックに往来している人物ならではの知見だろう。こうした議論はまさにWAQならではのもののように感じられた。

<5>自治体がリードする産官学連携


Digital Weekを主導したQuébec Numériqueと関係者たち

これまで見てきたように、Digital Weekは市の公共政策部門が旗を振り、民間企業や大学を巻き込んで実施されている。いわば「官主導」の産官学連携だ。広告代理店なども介さず、手づくり感あふれるイベントとなっている。「まるで明るい社会主義だ」と感想を述べると、Lachance氏も笑いながら「こうしたスキームは、アメリカではあり得ないだろう。フランスでも見られないと思う」と同意した。

この背景にはケベック・シティーの経済が官主導で発展してきた経緯がある。1944年にケベック州政府は発電・送電・配電事業を営む公益事業体「イドロ・ケベック」を設立。ケベック州全体での経済発展に大きく貢献してきた。ケベック・シティーでは雇用の大部分が行政機関・公共サービス・旅行業に集中しており、州政府はケベック・シティーで最大の雇用主でもある。このようにケベック・シティーでは、官主導での産業支援に適した地域特性がみられる(参考:Wikipediaより)。

もっとも、「2015年にDigital Weekをはじめて企画したときは、多くの地元企業から怪訝な顔をされた」とLachance氏は振り返った。こうした企業の多くは規模が小さく、各々の技術とアイディアで成長してきたからだ。そのため各企業に電話をしても、なかなか話が進展しなかったという。しかし、こうした逆風にもめげず、開催にこぎ着けたことで、次第に理解が得られるようになった。すでに会場キャパシティは限界に近く、別会場への移転も検討しているという。

一方でDigital Weekが非常に少人数の専従スタッフと、多数のボランティアとの連携で運営されている点にも驚かされた。Québec Numérique自体、職員数は10名という小所帯だ。宣伝・広報担当を経て半年前にエグゼクティブ・ディレクターに就任したMatrine Riouxさんはジャーナリスト出身だ。教育政策に関心があり、自分も母親の一人として、「最先端のデジタル技術は怖くないことを、より多くの人に知ってもらいたい」と企画意図を語った。

デジタルメディアの産業関係者だけでなく、より多くの人に足を運んでもらえるように、今年からPixel Warzoneを開催したのも、その一環だ。イベントの一環として、文明博物館では企業や大学がブース出展を行い、最先端の研究成果や商品のデモ展示などを実施。多くの親子連れで賑わった。今後はケベック・シティーの主産業の1つである、観光業とも連携を進めていきたいという。

また、Pixel ChallengeやWAQの会場では、Leclerc氏やRiouxさんをはじめ、主要スタッフが頻繁に行き来する姿がみられた。会場の多くの参加者と顔見知りで、コンパクトシティならではの風通しの良さが伝わってきた。



  • Louis Leclerc氏(Pixel)



  • Matrine Rioux氏(QUÉBEC NUMÉRIQUE)



  • Pierre-Luc Lachance氏(Ville de Quebec)



  • Sylvie Fortin氏(Québec International)

もっとも、ケベック・シティーのデジタルメディア産業には課題も存在する。その1つが地域の雇用問題だ。市内にはラバル大学を筆頭に総合大学が5校、単科大学が16校、専門学校や職業訓練校が22校存在し、毎年2万人の卒業生を輩出する。その中でもゲーム業界やアニメ・CG業界に進みたい学生にとって、Pixel Challengeは実力を示す良い機会となっている。

しかし、残念ながら学生にとって地元企業への就職は、狭き門なのだという。前述のようにインディには採用の枠がなく、大手スタジオには世界中から求人が殺到するからだ。そのため多くの学生が職を求めて、市外に流出することになる。Québec Internationalの広報担当、Sylvie Fortinさんは「企業が求めるレベルまで、教育機関が学生を育てられていないのは事実で、重要な課題の1つ」と現状を分析した。

それでは、学生の実力はどの程度なのだろうか。後半ではPixel Challengeで開発された作品を紹介することで、この問題により深掘りしていく。

<後半につづく>