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映画『海獣の子供』公開記念! STUDIO4℃のCGスタッフが語る制作の舞台裏:第1回〜海洋生物篇〜

映画『海獣の子供』公開記念! STUDIO4℃のCGスタッフが語る制作の舞台裏:第1回〜海洋生物篇〜

ヴィーナス~ザトウクジラのアニメーションを極める〜

秋本:ヴィーナス(ザトウクジラ)を描くにあたって、テクスチャの質感と、躍動感のある動きを両立させるため、CGと作画のハイブリットで挑みました。本作でCGが採用された理由のひとつは、ここにあります。

平野:作品の中で、影の主人公的な重要なキャラクターだったこともありますが、通常のCGのつくり方ではヴィーナスを描くことは無理でしたね。

海老原:ヴィーナス以外の他の魚たちは、骨に合わせてボーンを入れていくという、セオリー通りのやり方でつくっています。ヴィーナスも当初は同じようにセットアップされていました。

秋本:平野さんには、ヴィーナスのアニメーションをつける段階からチームに参加してもらったので、入ったときにはセットアップが終わっている状態でしたね。

平野:基本的に作画アニメにおけるCGは、手描きで描かれたラフなレイアウト、つまり「こう動かしてください」という大まかな指示があって、それに合わせていきます。

秋本:CGを手描きの絵と厳密に合わせるということは、相当難しいことなんです。通常の作品であれば多少ズレていても大丈夫ですが、今回の作品は絶対に合わせなければなりませんでした。

平野:ラフレイアウトの線をそのまま使う勢いで、作画監督の線は絶対という感じでした。ただ、作画の絵とCGなので、通常のやり方をしていたらまず合いません。そこで、腹部や顔などの本当のクジラにはありえないところにも骨を入れて、ラフのシルエットにピッタリと合わせられるセットアップをつくることにしました。

BOIL:どのカットにも自由自在に合わせられるセットアップですか?

平野:いえ、ひとつのセットアップで全てのシルエットに対応するのは不可能なので、カットごとにアニメーションを付けやすいセットアップを考えて組みました。

カットごとに組まれたヴィーナスのセットアップの一部

海老原:テクスチャでも、苦労されていましたよね。

平野:そうですね......。お腹に人型の模様をもつヴィーナスは、その人型も絶対にラフに合わせないといけませんでした。テクスチャは1枚しかないんですけど、ラフで描かれた人型はカットごとに形のバランスが変わっているので、そのままだと合うはずがないんです(苦笑)。

秋本:3Dモデルのシルエットを合わせるだけでも大変な作業なのに、加えて模様まで合わせないといけないのは本当に大変そうでしたね。

平野:MayaのSOuPというプラグインを使って、テクスチャをその場で動かせるように工夫することで、何とか乗り切りました。知り合いのCG屋と話していると「とんでもないですね」と驚かれますよ(笑)。

秋本:この作品は異端ですからね!

平野:この作品は、とにかくCGを否定されまくったようなところがありました。総作画監督の小西賢一さんはバリバリの作画の方で、CGを嫌いとは言わないけど、作画に求める厳しさをCGにも求めていると感じましたね。

秋本:作画がすごいクオリティなので、CGのアニメーションのレベルが足りていないなら作画で描くというところまでいって、ギリギリのところでジャッジをもらいCGにさせてもらった、というところも多々あります。ヴィーナスも、後もうちょっとのところで作画になりそうでした。

平野:3Dモデルを動かしたときに「プラスチックの人形が動いているみたい」とか、よく言われたんです。でも、僕ら自身もCGくさいと感じていたところもあったので、そういうものを完全になくすことをマストに、ひたすら向き合いました。

秋本:ヴィーナスに関しては、ほとんどレンダリングせずに、プレイブラストで対応したのは驚きましたね。

平野:そうなんですよ! だから、After Effectsで加工しまくっています(笑)。どうしてプレイブラストかと言うのにも、こだわりがありまして。作画のアニメーターさんたちは、少し描いてはパラパラ漫画のようにして動きを確認しているじゃないですか。でも、CGは作業中の画面とレンダリング結果が結構ちがうんですよ。

CGIデザイナー・稲葉昌也氏(以下、稲葉):確かにそうですね。

平野:レンダリングしてみないと結果がわからないCGと、描いたものが結果という作画のスピードとの差が、アニメをつくる上で、CGと作画とのクオリティの差に関係しているんじゃないかなと思うんです。作画のアニメーターさんたちは、ラフから形を整えていって、その過程でアニメーションが研ぎ澄まされていくんですが、CGアニメーターは動きをつくってレンダリングして結果を見るまで何時間もかかって、時間的に妥協しないといけない部分があります。

BOIL:スーパーモンスターマシンを積むしかないですね。

平野:CGは何回もつくってやり直さないと、作画アニメのクオリティには達しないので、結果が比較的早く出るプレイブラストを使いました。

秋本:ただ、プレイブラストはラインが出ていないので、そのラインを手で描く作業が増えますよね。

平野:でも、1枚1枚ラインを描いていくことで見えてくるものがありました。その「ライン」で修正ができる点はメリットだと思います。

BOIL:魚群でも1匹1匹ラインを描いて調整していくと、良くなる感覚がありました。

平野:描くと自分の気もちも乗りますよね。そのスピード感は、CGで思い通りにならずに試行錯誤しているときと比べると、ちょっとずつでもゴールに近づいている感じがありました。ラインを手で描くのに2〜3日かかりましたが、最高のレンダリングになったと思えば「良し」です。

海老原:ビューポートの性能が上がったおかげで、ブレイブラストの結果がレンダリング結果とそんなに遜色ないということも後押しになりましたね。

平野:ここは良いけどここはちょっと......ってなったときに、シミュレーションは毎回全てを計算するので、ちがう問題が発生することがあるんですよね。作画だと良いところを残して悪いところを修正できますけど。

海老原:平野さんに直してもらったところも、そんなことがありましたよね。

平野:そうそう。海老原さんの指導をしていたときに、すごく気になる大きなミスと、簡単に直せるけど気になる小さなミスという、2つのミスを見つけたんです。

海老原:そのリテイクのときに、簡単に直せそうなものをその場で直していただいたんですが、そうしたら、すごく気になっていた大きなミスが、気にならなくなって。

平野:アニメーションって連続性なんですよね。

BOIL:パーティクルも手軽にはコントロールできないので、監督に「ここをこうしたい」と言われても、そこだけ直すのはちょっと難しい......。そこでMayaのMASHとかも試したんですけど、なかなかコントロールしにくくて。最終的にnParticleで調整しました。

秋本:結局シンプルじゃないとリテイク対応は難しいんですよね。

平野:『海獣の子供』はリテイクも厳しくて、動かざること山のごとしって感じでチエックに出してもなかなか「Yes」と言ってもらえませんでした。大変でしたけど、だからこそやりがいがあったし、完成して映像を観て、ここまでできたんだと幸せでしたね。

取材後記

第1回でお届けするのはここまで。最新のCG技術を用いながら、最終的には1コマ1コマ進めていく地道な作業工程には驚かされた。しかし、実際の魚と同じように泳ぎ、それに合わせて柔らかに揺れる身体をもつ3Dモデルを見ていると、まるで本当に生きているかのような錯覚に陥る。とすれば、制作工程はさながら、生命を生み出す過程だろうか。本物と造り物の境界があやふやになるような感覚は、この作品全体にも言える。独特なタッチの作風にもかかわらず、いつの間にか映像世界に惹き込まれている。単に「観る」ではなく「体感」する作品だ。ぜひ大きなスクリーンで、海の生き物たちの営みを体感してほしい。

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