『Sky 星を紡ぐ子どもたち』における「意図を伝えるためのアート」
このように『風ノ旅ビト』でつちかった「善意のつながりを生むゲームデザイン」は、『Sky 星を紡ぐ子どもたち(以下、Sky)』でも様々なかたちで継承されている。『風ノ旅ビト』がコンソールゲームからローンチしたのに対して、『Sky』がモバイルゲームから始まったのも(※2)、より多くの人に遊んでもらいたいという願いからだ。また、同作を通して揺さぶりたい感情も「他者とのつながり」だけでなく、他者への思いやりや、他人と一緒に体験する驚き・ワクワク感といったものにスケールアップしている。つながることは手段であり、その先の感情をより明確に意識するゲームデザインが志向されたのだ。
※2:『風ノ旅ビト』は2012年3月にPS3、2015年7月にPS4、2019年6月にPC、8月にiOS向けにリリースされた。『Sky 星を紡ぐ子どもたち』は2019年7月にiOS版、同12月にAndroid版をリリース。今後MacOS、tvOS、PC、家庭用ゲームでもリリースが予定されている
ゲームの目的は「雲の中の王国で目覚めた『星の子ども』となり、空から落ちた星々を天に還す」ことだ。もっとも、より間口が広がるように、現代風のソーシャルコミュニケーションがふんだんに採り入れられている(同社は本作を「ソーシャルアドベンチャーゲーム」と称している)。そのためステージの多くは、個々のプレイヤーが自由に過ごしつつ、心地よさが感じられるように、色鮮やかで生命感に満ちあふれ、バラエティに富んだ内容になっている。もっとも、旅の後半で世界が強大に、自分が小さく、傷つきやすい存在になる点は継承されている。その上で自己犠牲の要素を高めている点も特徴だ。
それでは、こうした感情を揺さぶるために、どのようなアートワークが試みられたのだろうか。ここで説明は背景3Dアーティスト&アートマネージャーの吉野令佳氏にスイッチした。吉野氏は「ゲームづくりはまず、プレイヤーの心を動かすために、どのようなゲーム体験を作りたいか考えるところからスタートします」と切り出し、そのための手法や答えは人によって異なると説明した。ゲームデザイナーならゲームデザイン、アーティストならアートワーク、サウンドデザイナーなら音楽や効果音が、そうした手段に相当するというわけだ。
その上で吉野氏は「自分自身が何に動かされるか、どう動かされたいかについて考えたとき、たどり着く先にはいつも『畏怖』という感情があります」と説明した。
もっとも、前述したように人によって答えは異なる。そのため、実際の制作では様々な役職のメンバーが集まり、互いの長所を活かしつつグループを組んで、それぞれのエリアを担当していく。アーティストという立場でいえば、作りたい仮想世界のイメージをビジュアル面でどのように活かしていくのか。どのように仮想世界をエキサイティングにできるかを考えることも重要だ。「海の中の世界、重力法則が異なる世界、スケールがとても大きい、あるいは小さい世界。現実にあって当然のものがない世界。そうした世界を作る努力を弊社では行なっています」。
続いて説明は草原エリア・峡谷エリア・書庫エリアのデザインコンセプトに移った。草原エリアはチュートリアルを兼ねた「孤島」の後に登場し、多くの初心者が集まるエリアだ。そのため重要なことは、プレイヤーを混乱させずに次の目的やゴールまで自然に導いていくこと。そこで本エリアではシンプルで美しく、安らかな印象を与えるアートワークとしたうえで、目印となる地形やモニュメント、道路などが配置された。これらはゲームデザイナー(レベルデザイナー)との共同作業となる。必要な場所は目立たせつつ、それ以外の場所は必要以上に目立たせないことも、重要なテクニックのひとつだ。
これに対して峡谷は明るくハイペースで、ドキドキ感が最も高まるように配慮された。「『Sky』の世界で峡谷は古代文明が最も発達した時代を表していて、プレイヤーが受ける感情も、なるべくそのピークに合わせています」。このエリアまで来たプレイヤーたちであれば、迷子になったり混乱したりする心配はほとんどないため、もう少し自由にアートが作れるという。空に浮いた建物や天球儀、スケートリンク、レースコースなどだ。これらは精霊たちの贅沢な暮らしや古代のテクノロジーを示すとともに、プレイヤーにひと味ちがったゲーム体験を提供することにも貢献している。
最後に書庫エリアのデザインコンセプトも説明された。ここは古代文明の知識が眠る、図書館的な性格をもつエリアだ。神秘的な感じで、草原とは違う意味で安らかであり、峡谷とは違う意味で壮大なエリアでもある。そのため宇宙空間に浮かんでいるような、現実と夢の間にあるようなアートワークが目指された。このように『Sky』では複数のエリアが存在し、それぞれがプレイヤーに対して違った感情をもたらすようにデザインされている。アーティストだけでなく、ゲームデザイナーやエンジニアなど、チーム全体でアイデアを出し合いながら、開発が進められていくのだ。
期間限定イベント「想いを編む季節」のアート制作
続いて2019年11月18日(月)から2020年1月13日(月・祝)まで開催された期間限定イベント「想いを編む季節」について、具体的な制作事例が説明された。
本イベントは時期的にクリスマスなどと重なったが、吉野氏は「コンセプトは特定のイベントの再現ではなく、この季節ならではの感情を想起させることでした」と説明した。家族や親しい人、友人などが集まって食卓を囲むなど、ぬくもりを感じさせる本イベントのコンセプトは、『Sky』全体のコンセプトともつながる。そこで新しい衣装やアイテムなどをデザインする際にも「あたたかさ」というキーワードが意識され、精霊たちがセーターのような衣装を着るアートワークが生まれた。
セーターに身を包んだ精霊たち
アートワークのデザインと並行して、イベント全体のストーリーやアイテムの方向性が決定される。これが固まると、エリアごとに提供される精霊クエストなどの、より細かいストーリーが設定される。各々のストーリーはプレイヤーが精霊からもらえるエモート(=プレイヤーの感情を表すモーション)に関連付ける必要もある。
また、個々のエリアは人生の様々なステージを反映しており、この季節に出てくる精霊たちの年齢とも関係がある。孤島は一番下の弟で、草原エリアは妹、雨林エリアは年頃の兄、峡谷エリアは母親、捨てられた地エリアは父親、書庫エリアは祖父といった具合だ。前述の通り、精霊から与えられるエモートも、エリアに合わせて割り当てられる。捨てられた地エリアでは困難や不安、寂しさなどが体感できるように、「行かないで!」といった、少しがっかりした感情が伝わるエモートが選択された。
エリアごとに展開される精霊クエストのストーリー(左)と、エモート(右)のアイデアスケッチ
エモートの「行かないで!」のモーションで、上が低レベル版、下が高レベル版。モデルは仮だがモーションは完成版だ。エモートは全種類グレードアップできるようになっていて、いずれも高レベル版は意図した感情をより強く表現することを念頭にブラッシュアップされている
もっともアセット制作は開発リソースとの戦いでもある。同社ではゲーム開発に必要なアニメーションを、1人のアニメーターが担当しているという。しかし、限られた時間の中で最大限の成果を得るためには、作業量と優先順位の調整が必要だ。そのためマルチプレイよりもシングルプレイ、エモートよりもポーズといった具合に、比較的軽めのアニメーションを優先しつつ、全体のバランスが取られている。モデリングやオーディオなどのアセットも同様だ。
さらに開発の全工程で、ゲームデザインやプログラミングなどの要素が加わる。そのためワークフローは常に行ったり来たりをくり返すことになるという。約20名程度という小所帯だからこそ可能な、インディゲームならではの開発スタイルだ。「この往復が少なくなって、全てのチームが同じ地点にたどり着くと、最終的なリリースまで残された時間いっぱい、クオリティを磨き上げるフェーズに入ります」。もっとも、仕上げの段階でも相応の期間を必要としたのは、言うまでもない。実際、本作は完成まで7年も要したタイトルとなった。
『Sky』におけるシェーダ構成(左)と、実際の使用例(右)
最後にアートワークの技術的な側面も解説された。本作の特徴のひとつは前述の通り、「大きな世界と小さな自分の対比」だ。実際に世界の住人である精霊やNPCは、「星の子ども」よりスケールが大きめに設定されている。そのため、はじめに参考になるスケールを階段やドアなど、現実で馴染みの深いアセットを用いて表現する。一方で本作はモバイルゲームであるため、できる限りモデルの頂点数やテクスチャの解像度を落として、メモリを節約する必要がある。そのため3Dモデルの制作では、タイリングテクスチャとランプシェーダを併用し、見た目のバリエーションを増やしつつ、単調に感じさせない工夫がなされている。
モチーフから3Dキャラクターがモデリングされる過程もビデオで紹介された。1つの髪型をモデリングするのに、1時間半から2時間が費やされるという