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感情を伝える形と音~『Sky 星を紡ぐ子どもたち』を手がけたthatgamecompanyのクリエイターが学生に伝えたかったこと

感情を伝える形と音~『Sky 星を紡ぐ子どもたち』を手がけたthatgamecompanyのクリエイターが学生に伝えたかったこと

ゲームオーディオがゲーム体験におよぼす影響

続いて講師は水谷氏に戻り、専門分野である「意図を伝えるためのサウンドデザイン」について解説された。水谷氏はオーディオのコンセプトとして、「効果音(SE)で情報だけでなく、『感情』を伝えること」を挙げた。通常ゲームオーディオではBGMで感情を伝え、SEで情報(攻撃がヒットした、ダメージを受けたなど)を伝えることが多い。しかし、本作では効果音にもその役割が求められたのだ。また、「人と人とのつながりを音で感じさせること」を常に意識することも重要だったと述べた。「つながり」はゲームだけでなく、スタジオ全体のビジョンだからだ。その上で5つの項目を紹介した。

●空を飛ぶ時の音

「空を飛ぶこと」は本作で最も基本的なアクションのひとつだ。武器も魔法ももたない「星の子ども」にとって、空を飛ぶことは唯一の特殊能力であり、広大な世界を手軽に移動する上で重要な役割を果たす。また、空を飛ぶことは人間であれば誰しも、子どもの頃に一度は夢見た行為だろう。それだけに空を飛ぶ行為には爽快感と満足感が必要だ。これを演出するため、飛行時の風切り音や羽ばたき音が飛行速度などに基づき、細かく変化するようにプログラムされている。

ただし、ゲーム初心者にとって3D空間を自由に飛行することは、それほど容易な行為ではない。障害物に当たったり、地面に落下してしまったりすることもしばしばだ。そんなときでもネガティブな思いをすることがないように、オーディオ面でも配慮がなされている。具体的には障害物に当たったとき、楽器のように澄んだSEが再生されるのだ。また、空中から地面に降りたときも、地上からジャンプして着地したときに比べて、スムーズでインパクトの少ない音が再生されるようにしている。

雲に触れることや雲を食べることも、子どもなら一度は夢見る行為だ。そこで本作では雲に触れたときだけに再生される、独自のSEが用意されている。「石けんをモコモコに泡立てたときの音」「炭酸飲料がグラスに注がれる音」「熱したフライパンで食材を焼く音」をマイクで録音し、ミックスして使用したのだ。水谷氏は「こうした日常生活で誰もが耳にする音は、生活と密着しているため、記憶と結びつきやすい」と説明する。本作で言えば雲に触れたときに再生することで、飢えや渇きを満たすという、ポジティブな行動の記憶が呼び起こされるというわけだ(※3)。

※3:本作に限らず、こうした現実の音を効果音に活用する手法はフォーリー(生音)と呼ばれ、ゲームや映像作品で多用される。企業によってはフォーリーを収録する専用のスタジオを設置する場合もある

●手をつなぐ音

続いて紹介されたのは手をつなぐ音だ。水谷氏は「手をつなぐ音は本作を象徴する要素であり、人と人とのつながりを表す行為であるとともに、ノンゲーマーに対する共感の輪を広げる意図もこめられている」と説明する。もっとも、実際は手をつなぐ際に何か音が鳴るわけではない。水谷氏も「手をつないだときに、あたたかみを感じさせる音」というオーダーを受けたとき、非常に悩んだという。焚き火の音、夏を感じさせる生物の鳴き声、楽器音など試行錯誤をくり返した結果、たどりついたのが心拍音だった。「改めて考えれば単純な話ですが、相手を感じさせる音になったのではないでしょうか」。

ちなみに実装面でも、本作ならではの工夫がなされている。ゲーム中でくり返し鳴る音だけに、煩わしさを感じさせないように、心拍音は手を繋いで互いが静止しているときだけ、かすかになるように設定されている。その一方で耳に直接聞こえない低音部分のデータを通常より多めに残したため、再生時に端末が効果音に反響して、かすかに震えるのだ。これによって「手をつないだときに鳴る音」の存在に気がついたプレイヤーも多かったという。

●キャラクターの鳴き声

前述した通り本作では、プレイヤー同士がお互いの意思でチャット機能をONにしなければ、直接的な交流はできない。そのためプレイヤーが発する鳴き声は、他のプレイヤーとの重要なコミュニケーションツールになる。また、ゲーム中の生き物に語りかけて様々な助けを得る際にも、鳴き声を発する必要がある。攻撃能力をもたないプレイヤーが危険な場所を越えて先に進む上で、周囲の助けは必要不可欠であり、それだけに鳴き声は重要な役割をもつのだ。「本作のキャラクターは仮面をつけています。そのため鳴き声を素焼きの笛のような音色にすることは、早くから決まりました」。

もっとも、鳴き声のバリエーション制作は試行錯誤の連続だった。本作では困っている生き物を助けて、そのお礼に鳴き方を教えてもらうシーンが多い。そのため生き物をイメージするような音色を様々な「笛」から録音し、当てはめていた時期もあった。鳥はソプラノリコーダー、マンタはオーボエといった具合だ。こうしたデザインは世界観とのつながりを表すには有効だったという。

しかし、生物の特徴を楽器で模倣しただけでは、プレイヤー同士の交流で使用するには役不足だった。ソプラノリコーダーとオーボエの音色を再生し合っても、そこに意味を見出しにくいからだ。試行錯誤の結果、最終的にたどり着いたのが音色は同じでも抑揚を変えることだ。これによって、現実世界と同じように、そのときの感情に即した鳴き声を発せられるようになった。喜びやガッカリといった思いを、鳴き声で相手に示せるようになったのだ。

●ヘッドフォン

本作ではコレクションアイテムのひとつに楽器があり、自由に演奏して互いにコミュニケーションを取ることができる。そこでヘッドフォンというアイテムが考えられた。「星の子ども」が楽器を演奏していると、頭部にヘッドフォンが自動で表示されるアイデアだ。これが転じて、イヤフォン類をつけてゲームを遊んでいるときに、画面上でヘッドフォンが表示されるように仕様変更された。すでに述べてきたように、本作ではサウンドが重要な要素を果たす。一方でモバイルゲームでは、サウンドをミュートにしたまま遊ぶ人も多い。「イヤフォン類をつけて遊ぶことをさりげなく推奨する上で有効だと考えられました」。

ただし、現実世界でヘッドフォンなどを着けているのは、たいてい音楽を聴いているときだ。つまり他人とコミュニケーションを取りたくない、という意思表示につながる。ゲームを遊んでいて、ヘッドフォンを着けた「星の子ども」を見ると、同じような気分にならないか......こうした疑問がもち上がった。その結果、最終的にヘッドフォンはゲームを遊びながら、外部の音楽プレイヤーを再生しているときだけ表示されるようになった。目の前で一緒に遊んでいる人は、もしかしたらゲーム体験の一部を共有していないかもしれない。そのことを見た目で伝えるための機能として用いられるようになったという。

そのかわりに、ゲームの開始時点でイヤフォン類を装着して遊ぶことを推奨するメッセージが表示されるようになった。水谷氏は当初、この表示に違和感があったが、思わぬ効果があったという。スマートフォンユーザーの中には、常時端末をミュート状態にしている人も一定数いる。そのため、βテストの段階ではサウンドの存在に気がついていなかったテスターもいたという。その一方で本作では、イヤフォン類を挿せば、端末の状態によらずゲーム中で音が鳴る仕様になっている。これにより、ゲームサウンドの存在をプレイヤーにしっかり伝えられるようになったのだ。

●楽器インターフェース

前述の通り本作では楽器の演奏を通してプレイヤー間でコミュニケーションが取れる。しかし、楽器の演奏には苦手意識をもつ人も多い。そのため、誰でも手軽に綺麗な音色の音楽が奏でられるように、楽器のUI/UXが工夫された。縦3列、横6行で並んだアイコンがそれだ。中央のアイコンを押すとドの音が鳴り、これを中心に2オクターブの単音が鳴る。ドの音はBGMのキーにあわせてスケールが自動的に移調する上、アイコンの上下の並びは常に6度の和音関係になる。そのため、適当にアイコンをタップするだけでも、常にBGMと調和した演奏が楽しめるというわけだ。

もっとも移動ドという仕様に伴い、同じアイコンをタップしても、BGMの状態で音色が変化するようになった。これはインタラクティブミュージックとしてはユニークだが、既存の曲を演奏する上ではマイナスに働く。幸い演奏中は星の子どもがその場に座り込む姿勢を取る仕様になっていた。そのため星の子どもが静止すると、BGMが徐々にフェードアウトしていき、音が聞こえなくなるのに合わせて、スケールが移動しなくなるように変更された。これに伴い「BGMに合わせて演奏する」という要素は薄まったが、楽器を演奏する楽しさは強まった。

これ以外にも、楽器演奏には様々なアイデアが盛り込まれている。ゲーム中、楽器を演奏中の「星の子ども」を見かけたら、自分の楽器インターフェイスを開いたまま、近づいてみよう。演奏中のアイコンの動きがアニメーションで表示されるはずだ。ゲーム中で演奏方法を教え合う状況が起きることを期待したものだという。他に「ピアノの黒鍵と白鍵の並びをまねる」などのアイデアも検討された。楽器演奏の敷居が高くなりすぎるとして却下されたが、より高度な楽器演奏を楽しみたい人にとって、現状の楽器インターフェイスでは物足りないのも事実。これ以外にも様々なアイデアを温めており、今後のバージョンアップに期待してほしいと述べた。

ミッションを言語化してクリエイティブに活かす

このように『Sky』をはじめ、thatgamecompanyのゲームづくりは、他人とのつながりやポジティブな感情体験というコンセプトに基づいている......水谷氏はこう解説する。アートやサウンドとアセット制作も、そのコンセプトに裏打ちされているというわけだ。その結果、『Sky』はリリース以降、世界中で交流の輪を広げながら、多くの人に愛されるゲームになった。大半のオンラインゲームと異なり、サーバが国や地域別に閉じておらず、世界で共通であることも貢献した。中には日本と中国、アメリカとイランなど、政治的緊張が見られる国々でも、プレイヤー間の交流が数多く見られるという。

もちろん、『Sky』の世界は常にカラフルで平和というわけではない。不安や恐怖を感じさせる演出もあるが、それはプレイヤーをネガティブな気分にさせるためではなく、「世界の大きさと自分の小ささ」を実感させるためだ。これにより、プレイヤー同士が協力して困難を乗り越えようという気持ちが産まれ、絆が育まれるというわけだ。自分が完璧ではないことを認め、その上で他人に何ができるか考えることが、自分という人間を内省することにつながる。「ゲームという体験を通して、自分という人間や、その価値に気がついてもらえる手助けができれば、そう願っています」。

前述したようにゲームがプレイヤーにもたらす感情は、まだまだニッチなものに留まっている。一方でハードウェアの進化に伴い、ゲームクリエイターが表現できる幅はますます広がっている。もっとも、ゲーム開発は慈善事業ではない。高い志と経営面でバランスを取ることが重要だ(水谷氏もQ&Aセッションで「7年にわたる開発の中で、本作が商業的に失敗し、自分のクリエイター人生が終わるかもしれないと、不安にかられたこともあった」と明かした)。それを乗り越える源泉になるものが、個々のクリエイターの勇気であり、他者とのつながりだ。そして、それを育むものがスタジオの社風となる。

ゲーム会社のビジョンには、しばしば「世界一のエンターテインメント企業になる」「面白さを追求する」といった、抽象的な文言が並ぶ。しかし、その内容をきちんと言語化し、クリエイティブにまで落とし込んでいる例は少ない。これが一気通貫しているだけでなく、スタジオの隅々にまで浸透している点が、thatgamecompanyのユニークさにつながっていることが、改めて伝わってきた。「作品に関わる全ての人が、今自分が行なっていることはスタジオのコンセプトをきちんと反映しているか、常に問いかけながら仕事をしています」。世界中のゲームクリエイターに向けられたメッセージだろう。

※『Sky』のストーリーテリングにはGDC2019講演「Evolving Emotional Storytelling in thatgamecompany's 'Sky'」にも詳しい。講演ビデオが有償、講演資料が無償で、それぞれ公開されている。またGDC2020 でも『Sky』のサウンドデザインに関する講演が、水谷氏より行われる予定だ

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