環境と年齢がもたらす
働き方の変化
米岡:日本に帰ってきて「働きやすくなった? 働きにくくなった?」とよく聞かれるんですが、クライアントも年を取ったのか、落ち着いたような印象はありますね。
菊地:成熟したのかなと思いますよね。変に体育会系みたいなところも和らいできたという点では働きやすくなっていると思います。
米岡:CM制作をやっていたときは、とにかく「パターン出し」が多かったですね。千本ノック。選ぶ側は実際に目で見て気に入ったものを選べば良いのでスムーズかもしれませんが、出す側は何日も徹夜して取り組んで、すり減っちゃう。昔はそういったことが横行していましたけど、最近はスケジュールこそきつくなったとはいえ、そのぶん「二本ノック」くらいになった感はあります。「どちらがいいですか?」「じゃ、こっちで」という。元同僚に聞いても、スケジュールは短くなったけど、楽にはなったと。
菊地:一律「楽になった」とは聞きますよね。Blizzardも、今は天国のような制作環境と言われていますが、僕が入った当時は労働時間だけで言えばブラックでしたからね(笑)。
米岡:どうしても海外ってクリーンなイメージですけど、自分がPIXOMONDOやScanlineで働いた感覚だと、業務としてのハードさは日本とあんまり変わらないなという部分はありましたね。3ds Max使いの最高峰集団であるScanlineに行って、やはりダメなところは日本と同じでダメだなと(笑)。ただし、バカンスは絶対取る。
菊地:確かに海外はどこでもそうでしたね。休みを申請したら、マネージャーがそれを考慮してどう業務をふり分けるかという動き方をする。
米岡:僕が移籍した当時、Scanlineは伸び盛りでイケイケでした。そういうところはやはりどこかで無理をする。ごくたまにですが、23時とか、朝の4時までとか、働いたりするんです。忙しくないときは一般的な海外の会社なんですが、忙しいときの詰め込まれ方が尋常じゃない。そして重要なのが、標準的な業務時間8時間で結果を出すスピードがものすごいんです。アーティストにはかなりスペックの高いマシンが割り当てられて、3ds Maxを5~6個、RealFlowを10個くらい起ち上げて作業していましたね。
菊地:エフェクトは純粋に待ち時間が長いのもあって、そうなりますよね。ただ、個人的には並行するなら3ショットくらいかな。それを超えてくると破綻してくる感じがちょっとあります。
米岡:以前勤めていた会社の同僚と話すと「あの頃は無茶苦茶だったねー」という話題になるんですよね。でも、当時突き詰めてやったからこそ今やれている部分もあるという話にもなる。クオリティも効率も海外だからとは思わずに、海外のレベルの高いワークフローを日本でも実践できればと思いますね。パイプラインは持ち込めないけれど、今は「Scanlineメソッド」というかたちで取り組んでいて、ばっちりフィットしてやれています。
菊地:個人的には、忙しいことよりも「終わりが見えない」のが嫌ですね。忙しいのが嫌かというとそういうことは全然なくて、どこまで進めたら休める、というのが見えないのはすごく消耗します。
米岡:自分も子どもができて、昔みたいな働き方はできないので、ここぞというときにガっと仕事をして、9時とか10時に会社行って17時には帰って、ご飯や風呂の準備、というのをやれないと意味がないなと気づいたんです。そして、やってみると意外とやれるなって。
鈴木:僕も今は9時に会社に行って18時に帰って、子どもと遊んで、子どもを寝かしつけつつ一緒に21時くらいに寝ちゃって、4時に起きて、フリーランスの方の仕事をして、9時に出社という感じです。会社の方では後進の育成がメインになっていて、やはり教えるだけでは自分が伸びないので、並行してフリーの仕事もやらせてもらっています。
米岡:それまでヤバいヤバいといくら思っても変えられなかった仕事のやり方が、子どもができてしまうとそれに半強制的に合わせないといけなくなって、不思議と変えられるんですよね。
鈴木:僕はBlizzardに行ったのが良かったと思いますね。Blizzardに入ったばかりのころ、ある日18時ごろに「ここを直しておいて」とチェックバックがあって、そのまま修正作業をして19時半ごろに相手に見せにいったんですよね。そうしたら、帰ってた(笑)。すぐ使うかと思ったのに! と、日本の感覚が抜けていない僕は思ってしまったんですが、向こうは「忘れないうちに言っとこう」くらいの感覚だったんですよね。
菊地:一方で、アーティストのメンタリティというところでは、日本も海外も同じなのかなと思いますね。Blizzardでも、エフェクトリードをやるにあたって、すごく厳しく言われたんですよ。「オーバータイム、これくらいしか取ってないから、絶対収まるように割り振ってね」って。それでもアーティストはついつい突っ込んでやっちゃいますから、割り振る側が気をつけないといけない。
鈴木:画づくりに関して言えば、日本は「どのショットも100にしようとする」というのはありますよね。指示出しについても、「ここをこうしてください」と言うだけで、どこがどう悪いからそういう指示なのかという説明はなかったりする。解き方を伝えていないために、答えに対して遠回りになることが多いですよね。日本に帰ってきて、教えるときに気をつけているのは、できるだけ解き方を教えるようにすること。Blizzardでもそうしていたのですが、そうすると7割までは誰でもいけるので、後はアートディレクターと直接やりとりしてくださいと言えるんですよね。
米岡:自分も若い子に教えるときは、ソフトのオペレーションもそうなんですが、「何が足りないとリアルにならないか」を教えるようにしています。それはどちらかというと、オペレーションよりライフスタイルを変えてもらうのに近い。通勤中にも窓ガラスの質感を観察するとか、そういう過ごし方を少し変えるだけで、本当に数ヶ月でも差が出てくる。
鈴木:結局日本のアーティストは、海外と比べてもクオリティにそう差はないと思うんですよ。でも、ありがちなのは「CGに対するストーリー」がないということ。オペレーターに近いですよね。
米岡:やはり学校出たてとかだとオペレーションで手一杯な部分もあって、「温度が高いと物質はどうなる」みたいな根本の部分まで気持ちがいかない。
菊地:いい画には理屈があるんですよね。マテリアルやレンダリングでも、値を変えるのには理由が必要。数字を打つときに根拠がないと、いつまで経っても同じところから脱せない。
鈴木:「ビルを上手に造るヤツは山ほどいるけど、瓦礫を上手くつくるヤツはなかなかいない」という話があるんです。要するに、本当に吹き飛んだ瓦礫にはどこかしら隙間があるはずなんですが、ついつい怖くて埋めちゃうという。
菊地:そこがまさにストーリーってことですよね。
米岡:後輩や若い子には「一日中仕事のことを考えなくてもいいけど、仕事以外でもCGのことを考えろ」と言うようにしています。僕たちが若かったころ、めちゃくちゃ大変ではあったんですが、時期的には「こんなん働き方してたらダメだよね」という人が出はじめたころでもあります。印象深いのは、そういう時期にがっつり詰め込まれた人は後で頭角を現してくるのですが、ワークライフバランスを意識して完全に切り分けた人は、だんだんダメになっていったんですよね。勉強したり、アンテナを張ったり、それだけで腕はキープできるんですが、それすらやらずにプライベートと分けてしまった人は、やはり伸びてない。
鈴木:そのあたりは、教わった人にもよるのかなと思います。
菊地:確かに人を見るのは大事だと思います。国内に戻ってからまたILMへ出るとき、考えていたのは「もう一度すごい人たちを見に行きたいな」ということ。だから、ILMも本拠地のサンフランシスコ以外には行かないと決めていて、めでたく通ったんですが、やはりすごい人がたくさんいましたね。まず眼がいい。的確で、何を見るべきかわかっている。さっき「根拠」の話がありましたが、ILMにはフルイドダイナミクスの第一人者がいるんですね。その人はHoudiniは使っていないんですが、そこに使われている技術や理論を全て理解している。で、「ここにこういうパラメータがあるはずで、それをこうするとこうなるから」とアドバイスをもらって、実際やると言われた通りになるんですよね。ツールは関係ないんだなと実感しました。ディレクターでもVFXスーパーバイザーでも同じような感じで、2~3回見て「ここを少し暗く」とか一直線の指示が返ってくる。その究極がスピルバーグ。「OK、1/4EV絞ったら俺のほしい画になるから。見せなくていいよ、パブリッシュ」って。
一同:(感嘆)
鈴木:ちょっと細く、ではなくて「25%ダウン」といった、指示出しの的確さは確かに大きいですよね。
菊地:そうそう。ちょっと遅くではなくて10%遅く、とか。
米岡:指示が曖昧だと、「この人、指示を出す側でもちょっと迷ってるな」と思いますよね。
-
『KINGSGLAIVE FINALFANTASYXV』
7 月9 日(土)公開(フォトン・アーツとして、モデリングほか複数セクションで参加)。
kingsglaive-jp.com
© 2016 SQUARE ENIX CO., LTD.All Rights Reserved.
また、フォトン・アーツでは制作管理も含め全セクション幅広く求人募集中!
photonarts.co.jp
cgworld.jp/stdatabase/30226.html
海外で目の当たりにした 日本とのちがい
米岡:PIXOMONDOでもScanlineでも、日本と全然ちがうなと思ったのが、ヒーローショットをやるときに、アーティストが寄ってたかって何人もでつくるって決まってるんですよね。『SPACE BATTLESHIP ヤマト』のときは、自分ひとりで完結するようなやり方で進めていたんですが、PIXOMONDOに行って最初の大きな気づきは、「とにかくエレメントを分ける」ということ。「この煙は誰」「火花は誰」と細かく分けていく。そうすると何がいいかというと、画面を構成する要素が洗い出せるし、ひとりひとりは担当の要素に集中できる、作業が並列で進められる。日本ではそれができないということではなくて、そういうメンタリティがなかった。自分がPIXOMONDOやScanlineで、「なるほど、ヒーローショットはこうやって仕上げていくんだ」と、様々な人が関わって、要素を足していくんだというのを目の当たりにしてきた。今自分は日本でそれを実践していて、ベースのつくりは同じにして誰かがつくったベースを基にシームレスにつながるようにワークフローを組んでいます。このやり方、考え方を統一してやったら、作業効率が格段に上がって、自分の時間も確保できたし、最終的なクオリティも上がった。海外のやり方を採り入れてよかったなと思います。
菊地:自分はゲームムービーから入ったのが良かったかなと思いますね。ワンショットをひとりで担当するところは米岡さんと逆なんですけど。それによって、自分で何でもできるようになったし、まんべんなくやり方を覚えることができた。その点は日本の良さでもあって、やらせてあげちゃうという気概がある。それはすなわち、ガイドラインがないという悪さでもあるけれど。いろいろ習得していると、それは海外でも活きる、むしろ重宝される。水のスペシャリスト、炎のスペシャリストはいるけど、あれもこれもを適度にできる人というのは、海外ではむしろ珍しいので。
米岡:Scanlineで『300』に参加したとき、血しぶきをリアルに表現しないといけなかったんです。ScanlineにはFlowlineというインハウスの流体ソフトがあって、それを使えばさぞかし良いものができるんだろうなと思っていたんですが、あれはラージスケール用で、血しぶきのようなエリアの限定される表現には向いていなかった。結局、かつて日本で『少林少女』の足払いの水しぶきで使ったRealFlowの簡単なしくみで、言ってみれば誰でもできるようなやり方でやったんです。それを使って出したら「あ、いいじゃん」って。そのときは不本意ながら血しぶき専門になってしまいました(笑)。でも後でプロデューサーから「ザック・シュナイダー監督がKeiの作った血しぶき超気に入ってたよ」と言われて苦労が報われました。それでも血しぶきよりも派手な破壊エフェクトをやりたかった気持ちは変わりませんが(苦笑)。
一同:(笑)
菊地:ゼネラリストの時代というのが来てるなと感じます。いろいろできて、プラス「メインで何か」という習熟の仕方というか。
鈴木:超一流とはちがうけど、一流のこれと二流のそれ、その合わせ技で「ないもの」をつくっていける人。ただいろいろできる難しさというものもあって、「モデリングできます」「加えてデザインもできます」というアピールで仕事をするときに、デザインの方の工数取っちゃっていいのかなと。
菊地:そこは、取るべきなんじゃないですか? でも確かに、悩ましいところだと思います。僕は最近コンサルとしての仕事もあるのですが、実務的にはあんまり時間を使わないのに、お金はちゃんと請求するのか、という葛藤があります。今までは、時間分の成果を出して金額を求めてきたので、そうではない業務のときに、自分の単価をどのあたりに設定するべきなのかなと。
鈴木:エフェクトは、形のわからないものをつくるから、見積もるのは難しくないですか? エフェクトはそのあたりセンスがいるなと思います。
菊地:そこは「終わらせる」という意識が大事ですね。6〜7割のところまではすぐ進めるんですよ。で、「最悪ここまで進めていれば納品できるよね」というところまでたどり着いて、そこから細かいところを詰めたり改良を進めたりする。
米岡:見積もりという部分では、確かにエフェクトは気を遣うんですよね。「背景やっててよかった」の話にもつながるんですが、「つくるもの決まったからこれでお願いします」みたいなのは一番苦しいんですよね。企画の段階から呼んでくれるよう機会があるごとに言うようにしています。こういうのは大変ですよとか、アニメーターやモデラーにどういうかたちで上げてもらうのがベストかといった段取りを伝えたりとか、そういう根回しをしておかないと工数を絞れないんですよね。