<2>情景としてのリアリティを追求したい
ーー白組では、どのような作品に携わっていましたか?
川サキ:主にCGアニメーターとして活動していました。白組はハイクオリティな作品をたくさん手がけていますが、在籍するアーティストたちも優秀で、自主制作にも意欲的な方も多くいらっしゃいました。恵まれた環境だったと思います。
ーーその後、2012年にイアリンへ移籍されました。
川サキ:白組ではたくさんのことを学ぶことができました。ですが、大きな会社であり劇場長編などの大規模案件に携わると長期間、ひとつのプロジェクトにかかりっきりになることが多く、仕事を続けていくうちに様々な案件に関わりながら色々なスキルを磨きたいと思うようになりました。そんなときに、2011年に発表した『チルリ』がデジコン(第13回 DigiCon6 ASIA)で入賞しました。実は、そのときのデジコン受賞者パーティーに関係者として出席していた笠島(久嗣氏、イアリン ジャパン取締役)に出会い、これが縁となってイアリンへ移籍したのです。
ーー白組、イアリンと、どちらもオリジナル作品がフックとなってキャリアを切り拓かれたわけですね。
"答辞"
ーーそんな川サキさんのオリジナル作品ですが、『チルリ』から昨年の連作まで少し間が空きました。
川サキ:イアリンへ移籍してからしばらくは仕事の中で、やりたいことが実現できたというのが大きいと思います。アーティストとしてだけでなく、企画や演出まで手がけられる機会が増えてきました。ただ、自分のやりたいことを仕事としてやりたいのであれば、どんな表現をやりたいのか普段から個人創作を通じて示していく必要がある、今の時代は"個人としての発信力"が求められるようになってきたと考えるようにもなりました。ディレクターとして活動を続ける上では、オリジナル作品を発表していかなければダメだなと。
ーー確かに。インターネットが定着したことで個人作品が注目を浴びたことから商業デビューにつながるケースも増えましたね。
川サキ:だからまず、世の中に向けて「自分はこういう作品をつくります、やりたいものはこれです」というものを発信して認知されなければいけないと。そうした思いで昨年の連作を制作しました。
ーー昨年の連作は、ストーリーやキャラクターの設定を明確にせずに、1作品が数秒の1カットで仕上げられていることも印象的でした。日本人なら誰もが抱いた(夢想した)であろう、青春時代の甘酸っぱい心象風景とでも言いますか。
川サキ:『チルリ』のような、ストーリーのある作品をつくろうとしたら、ひとつの作品を完成させるのに仕事をしながらだととても長い時間がかかってしまいます。そうした作品をいつかまたつくりたいという思いもありますが、今回はシチュエーションを限定して、やりたいことをやろうと。そもそも自分が一番やりたいこと、描きたいことは何かというと、 それは情景的に訴えかけるもの、感情がゆらぐキャラクター、そういったものでした。だったら、その一番表現したかった部分を切り取って描こうと。そして短尺であることは、SNSなどで多くの人に観てもらいやすいだろうというねらいもありました。
"真夜中、プール、共犯者" pic.twitter.com/gNoDXEcrGH
— 川サキ (@Knji__k) 24 July 2018
"真夜中、プール、共犯者"
ーーいわゆる絵師と呼ばれるイラストレーターさんが、自分が描きたいシチュエーションを一枚画として発表するのに似てますね。
川サキ:そうですね。自分が刺激を受けることがある作品やクリエイターも、TwitterやpixivなどのSNSで目にしたことで知るものが多いので。
ーー昨年の連作をつくる際に意識されたことを教えてください。
川サキ:SNSで観てもらう、というのは一番に考えていて、画面サイズも横長ではなく意図的に正方形にしています。SNSで映像を観るとき、わざわざスマホを横にする人は少なくなっていると思います。だから、縦持ちで観たときの画面占有率を上げようと。そして横に傾けて観た場合にも対応できるから、正方形。あの作品群のシチュエーションは一人称視点で描いているんですが、正方形の画面だと人物以外の要素があまり入ってこないので没入感が上がるんです。
ーーいつ頃から取り組みはじめたのでしょうか?。
川サキ:昨年の頭くらいですね。そのときから月1くらいのペースでコンスタントに発表しようと決めていました。それに加えて、発表する時期の季節感にも合わせたシチュエーションを描こうとも。
ーーキャラクターモデルやシーン(背景)は毎回、新規に作成されていたのですか?
川サキ:キャラクターについてはベースとなる素体があって、つくりたい設定に応じてカスタマイズしています。
ーー川サキさんの作品では、体液、と言うと響きが生々しいですが、涙や鼻血の表現がとても印象的です。一貫したテーマがあるのでしょうか?
川サキ:そうですね。感情的、叙情的な表現を追求していきたいと思っているのですが、人間の感情が表出したものとして、涙、血、汗なども描くことが多いかもしれません。生きていればいろんなものが流れ出ますから(笑)。雨などは情感を高めるシーン演出として定番ですが、何かが滴り落ちると、一気に雰囲気が出ます。CMでいうシズルでしょうか。感情とは、切っても切れないもの。何かが出てる......ってことは、そこにはストーリーがある。決してにぎやかしではなく、「ああ、この子には何かがあったんだ」と、自然と感情移入してもらえる"しかけ"として用いています。
『NOSEBLEED』
ーーそうしたこだわりが、観た人に"リアルだ"と感じさせるのだと思います。
川サキ:見た目がリアル(フォトリアル)というよりも、情景としてのリアリティを追求したいと思っています。これまでの作品はリアル調というよりかはセルやイラストの方が近いルックですが、もし何かリアルなものを感じていただけたのであれば嬉しいです。ノスタルジックで叙情的、そしてキャラクターの感情がビジュアルに込められている。そういった部分を一番大事にしているので。
ーー連作に対する反響はいかがでしたか?
川サキ:Twitterをはじめ、本当に多くの反響をいただくことができました。色々な感想をいただけたのはとてもありがたいですし、そこから新たな人との出会いがあって今までとはちがうお仕事につながったりしたことも大きいです。認知度が上がることによった様々な提案がしやすくなったことにも助けられています。
ーー今後の展望をお聞かせください。
川サキ:昨年10月から活動を開始された、花譜(かふ)というバーチャルシンガーさんの動画、MV制作を担当しています。花譜は世界観を大事にしていて、よりこだわった画づくりにチャレンジできるのが楽しいですね。Twitterでは、彼女のオフショット的な短尺動画もコンスタントに投稿されるのですが、そちらの制作では昨年の連作の経験が役立っています。ネットコンテンツはスピード感やユーザーレスポンス、そのダイレクト感がすごくて、作っていて大きな可能性を感じます。本当に面白いプロジェクトに関わらせてもらっています。
令和一年生。https://t.co/YU4dPPPtsP pic.twitter.com/7SZLjo0ZMX
— 花譜@観測9/11 (@virtual_kaf) 1 May 2019
花譜のTwitterに投稿された動画より。川サキ氏の作家性と花譜のキャラクター性が絶妙にマッチしている
ーーVTuberなど、リアルタイムCG主体のコンテンツ制作は、いわゆるプリレンダーのCG映像制作とは色々な点で異なる世界だと思うのですが、戸惑いや悩みはありませんか?
川サキ:それはなかったですね。もちろん、VTuberシーンでは3DCGソフトウェアはBlenderがよく使われていたり、Unityを使って出力したりと、扱うツールやワークフロー面でのちがいはあります。ですが、MVの監督やライブの映像演出で求められる根本については変わりありません。逆に今までとは異なる制作スタイルにより表現の幅が広がった部分もあると思います。
花譜 #22『過去を喰らう』【オリジナルMV】。川サキ氏がMVの監督を務めた
ーー「ダイレクト感のすごさ」について具体例を教えてください。
川サキ:映画やアニメなど、他のコンテンツでは自分が関わった後に公開までに時間が空くことが多くて完成から作品を観てくれた人たちの反響を得るまでのタイムラグがあり、その頃には次の案件に意識が移っている......なんていうことも多かったです。それに対して、ネット主体のコンテンツでは完成したら即座に公開され、その日のうちに反響を知ることができます。観てくれる方たちとの距離が近いことも特徴です。自分は「VTuber」や「アバター文化」を含む"バーチャルな世界"そのものが一般的になってほしいと思っています。そこに大きな可能性があると思っているんです。それくらい、リアルタイムを前提にした映像表現技術には期待していますね。
ーー次なるオリジナル作品についての構想はありますか?
川サキ:オリジナル作品は継続して出していきたいです。今後は、改めてショートアニメーションをつくりたいと思っています。商業になるのか、個人制作になるのかはさておき、具体的な目標のひとつに掲げています。もちろん仕事もフル稼働するつもりです。イアリンの居心地が良いのは、やるべきことをやっていたら、まったく何も言われないところなんです(笑)。そこは本当に助かってます。それぞれの責任の下で、裁量権のある働き方ができています。自分以外にも個人創作を行なっているクリエイターが在籍しています。元々、プラハのイアリン本社としてもオリジナル作品をつくってこそ、一人前のクリエイターというマインドをもったプロダクションですから。
ーー本日はありがとうございました。さらなるご活躍を期待しています!