2018年を通して連作で発表された、叙情的なシチュエーションを描くショートCGアニメーション。それはそのクオリティと圧倒的な表現力で、ほんの数秒足らずの作品群にも関わらず瞬く間にSNSで拡散し、発表するごとに大きな注目を浴びた。"川サキケンジ"とは何者か? 現在、話題となりつつあるバーチャルシンガー『花譜』のビジュアルディレクションも手がける彼の、クリエイターとしてのルーツを聞いた。
※本インタビューは、2019年3月19日に実施した取材内容に基づきます。

TEXT_高木貞武 / Sadamu Takagi
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)



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2018年に発表した連作CGアニメーションの一編


<1>時代の巡り合わせから、ごく自然にCGを選択

ーー今回のようなインタビューは以前にもございましたか?

川サキケンジ(以下、川サキ):作品への取材やメールでのインタビューなどはいくつかあった気がしますが......こうして対面で質問にお答えする、というのは初めてではないでしょうか。





ーーまずは作風について。昨年話題をあつめた連作アニメーションもそうなのですが、2011年に発表された自主制作アニメ『チルリ』を拝見しても、世界観が独特というか、常に人の細やかな心情を切り取るような、叙情的、感情的な表現をされているように思いました。

川サキ:そういう細やかなものがどうやったら表現できるのか?  を意識しながらつくるようにしています。3DCGは、実はそうした表現にとても向いている技法なので。感情の振れ、瞳の動きやちょっとした仕草、流れる汗、涙......。一般的に、感情を描くのがCGは苦手のように言われていますが、決してそんなことはないと思っています。繊細な動きにこそCGの利点があるんじゃないかなと思いながら制作しています。

2011年に発表された、川サキ氏のオリジナルCGアニメーション短編『チルリ』

ーー昨年は2月から11月にかけて発表された、オリジナルの短尺CGアニメーションの連作が大きな注目を集めましたね。普段のお仕事ではどのような作品を手がけていらっしゃるのでしょうか?

"記憶"

川サキ:これまではCGディレクター的な役回りを務めることが多かったのですが、今は3DCGか手描き(2D)かを問わず、CMやPV等の映像ディレクションを幅広く手がけています。もちろん、自分で手も動かしますよ。自分はCG畑出身ですが、2D、3D、実写など、表現技法自体にはこだわりはありません。つくるものには表現したいテーマが明確にあるはずなので、それを様々な方法論を用いて意図した雰囲気を引き出せればOK。そうしたスタイルは、僕だけでなく、イアリン(※1)全体に通じるものじゃないですかね。

※1:2012年から川サキ氏が在籍するイアリン ジャパン(Eallin Japan Co.,Ltd. )は、2000年にチェコ共和国・プラハでスタートした映像制作会社イアリンと提携している。起業当時のイアリンは伝統的なチェコのコマ撮りアニメーションを制作していたが、市場のニーズと共にコンピューターグラフィックス、実写撮影技術などを取り入れ、現在では様々な映像技術をミックスした独自の映像表現を確立させている。

EALLIN_Global_DEMO2016 from Eallin Japan on Vimeo.

ーーそうした業務の合間をぬって、オリジナル作品を発表されているのですね。

川サキ:自分にやりたいことが明確にある、というのが大きいと思います。あとは、周りに商業活動と並行してオリジナル作品をつくり続けている人がいることもありますね。現在所属するイアリンの同僚たちもそうですし、以前に勤めていた白組にもオリジナルを積極的に発表される人たちがいました。そういった方が周囲にいると自分の刺激にもなります。

ーー川サキさんのルーツというか、これまでのキャリアについて聞かせていただけますか?

川サキ:3DCGについては、2006年にデジタルハリウッド 大阪校へ1年間通って学びました。そしてデジハリを卒業後(2007年4月)、白組へ入社しました。

ーーデジハリには、毎日通われてたのですか?

川サキ:そうですね。当時の大阪校は人数も少なくて、僕が通っていたコースは30人くらいでした。空き時間は教室を開放していて自由に制作に使えたので、自宅に作業環境がなかったのでとても助かりました。

ーーずばり、CG創作をはじめようと思われた動機は?

川サキ:自分の世代だと、ゲームなどで子どもの頃からCGに触れる機会が多くて。中高生の頃はNHKの『デジタル・スタジアム』(2000〜2010)を好んで観ていました。創作ということでは、子供の頃から作ることや絵を描くことが好きでした。兄が絵を描くのが上手くて。3歳上なのですが、その兄の影響は大きかったかもしれません。

ーー部活動も文化部でしたか?

川サキ:いいえ、サッカー部でした。今でも草サッカーを続けているのですが、体を動かすことも好きですね。その辺は、あまりつながっていませんけど(笑)

ーー漠然と、創作したいという思いがあったということでしょうか?

川サキ:そうですね、ですが、やりたいことに対して自分の画力では思うようなものはつくれないと感じていて。そんなときに「CGならできるかもしれない、やってみる価値はあるんじゃないか」と思えたのです。究極的には、"ひとりでつくれる"ということも大きかったですね。

ーーなるほど。

川サキ:当時は3Dを使った作品はまだ少なく、チャンスも多いと感じていました。3DCGソフトでひと通りのことが無理なくできるようになったタイミングでしたし、インターネットでオリジナル作品を発表できる場も広がりはじめた時期だったことも後押しになりましたね

ーー話をもどして、白組に入社された経緯を教えてください。

川サキ:普通にWebで新卒採用の募集を見つけて、応募しました。デジハリの卒業制作としてつくった『はな』という作品が、デジハリグループ内のアワードでグランプリに選ばれたのですが、そうしたことを評価していただけたのかもしれません。

オリジナル短編『はな』(2006)
デジハリ卒業制作として発表。「DIGITAL FRONTIER GRAND PRIX 2006」グランプリ&ベストライティング賞を受賞した


ーー『はな』を拝見して、学生作品とは思えない良質な出来だと思いました。ストーリーも独創的ですし、プロになってから発表された作品と相通じるものも感じます。川サキさんが一貫して追い求めるテーマがあるのでしょうか?

川サキ:テーマではなく制作スタイルになりますが、オリジナル作品をつくるときは、"今できることを最大限やろう"ということは学生時代から意識しています。自分の強みを最大限活かせる技法だけで表現するというか。労力に対してあまり効果的ではない技法は基本的に採り入れないようにしています。例えば、昨年公開した連作の場合は、フォトリアルに仕上げるつもりは最初からありませんでした。やりだしたらキリがないので。逆に、背景は加工した実写素材を利用しています。限られた時間で自分の注力したい部分に集中したかったので。そうした意味でも2Dか3Dか、はたまた実写など技法へのこだわりはありません。思い描いた世界を最も効果的に表現できる技法をその都度、用いています。



"ごっこ"

ーーでは、昨年の連作で表現したかったことは?

川サキ:映像全体としての雰囲気を高めることですね。ひとくちにリアルと言っても様々なリアルがありますが、このシリーズでは"感情のリアリティ"を目指しました。

ーー技術的な追求よりも、ご自身が表現されたいことを重視されているわけですね。

川サキ:現実的に、できることは限られますよね。時間的制約もそうだし、技術的にもそう。器用な人に比べれば、自分なんてまだまだです。自分のできる中で最高のパフォーマンスを発揮できる表現手法は何か? それを意識することは学生時代から変わっていませんね。

ーー感情をリアルに描くというのは、川サキさんのオリジナル作品に共通するテーマのように感じます。その原点というか、影響を受けたものはありませんか?

川サキ:強いて挙げれば"音楽"でしょうか。そこから転じて、ミュージックビデオですね。ハリウッド映画のVFXやCGキャラクター、そういったCG作品よりも、音楽から受けるインスピレーションの方が大きかった気がします。中高生の頃はNUMBER GIRLSUPERCARなどの邦楽ロックが好きでよく聴いていたり、それらのMVを観るのが好きでしたね。テレビで流れるMV特集を録画してよく観ていたりも。そうした感情をゆさぶるものへの憧れがありました。

ーー技術的な研究という意味で、ハリウッドのVFX大作を観るといったこともありませんでしたか?

川サキ:もちろん、子供の頃からそういった映画も大好きでよく観ていました。ですが影響を受けたものとなると、どちらかというと静かに時間がながれる映画、例えば岩井俊二監督作品のような叙情的な実写映画などに感化されている部分の方が多いと思います。



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<2>情景としてのリアリティを追求したい

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<2>情景としてのリアリティを追求したい

ーー白組では、どのような作品に携わっていましたか?

川サキ:主にCGアニメーターとして活動していました。白組はハイクオリティな作品をたくさん手がけていますが、在籍するアーティストたちも優秀で、自主制作にも意欲的な方も多くいらっしゃいました。恵まれた環境だったと思います。

ーーその後、2012年にイアリンへ移籍されました。

川サキ:白組ではたくさんのことを学ぶことができました。ですが、大きな会社であり劇場長編などの大規模案件に携わると長期間、ひとつのプロジェクトにかかりっきりになることが多く、仕事を続けていくうちに様々な案件に関わりながら色々なスキルを磨きたいと思うようになりました。そんなときに、2011年に発表した『チルリ』がデジコン(第13回 DigiCon6 ASIA)で入賞しました。実は、そのときのデジコン受賞者パーティーに関係者として出席していた笠島(久嗣氏、イアリン ジャパン取締役)に出会い、これが縁となってイアリンへ移籍したのです。

ーー白組、イアリンと、どちらもオリジナル作品がフックとなってキャリアを切り拓かれたわけですね。

"答辞"

ーーそんな川サキさんのオリジナル作品ですが、『チルリ』から昨年の連作まで少し間が空きました。

川サキ:イアリンへ移籍してからしばらくは仕事の中で、やりたいことが実現できたというのが大きいと思います。アーティストとしてだけでなく、企画や演出まで手がけられる機会が増えてきました。ただ、自分のやりたいことを仕事としてやりたいのであれば、どんな表現をやりたいのか普段から個人創作を通じて示していく必要がある、今の時代は"個人としての発信力"が求められるようになってきたと考えるようにもなりました。ディレクターとして活動を続ける上では、オリジナル作品を発表していかなければダメだなと。

ーー確かに。インターネットが定着したことで個人作品が注目を浴びたことから商業デビューにつながるケースも増えましたね。

川サキ:だからまず、世の中に向けて「自分はこういう作品をつくります、やりたいものはこれです」というものを発信して認知されなければいけないと。そうした思いで昨年の連作を制作しました。

ーー昨年の連作は、ストーリーやキャラクターの設定を明確にせずに、1作品が数秒の1カットで仕上げられていることも印象的でした。日本人なら誰もが抱いた(夢想した)であろう、青春時代の甘酸っぱい心象風景とでも言いますか。

川サキ:『チルリ』のような、ストーリーのある作品をつくろうとしたら、ひとつの作品を完成させるのに仕事をしながらだととても長い時間がかかってしまいます。そうした作品をいつかまたつくりたいという思いもありますが、今回はシチュエーションを限定して、やりたいことをやろうと。そもそも自分が一番やりたいこと、描きたいことは何かというと、 それは情景的に訴えかけるもの、感情がゆらぐキャラクター、そういったものでした。だったら、その一番表現したかった部分を切り取って描こうと。そして短尺であることは、SNSなどで多くの人に観てもらいやすいだろうというねらいもありました。

"真夜中、プール、共犯者"

ーーいわゆる絵師と呼ばれるイラストレーターさんが、自分が描きたいシチュエーションを一枚画として発表するのに似てますね。

川サキ:そうですね。自分が刺激を受けることがある作品やクリエイターも、TwitterやpixivなどのSNSで目にしたことで知るものが多いので。





ーー昨年の連作をつくる際に意識されたことを教えてください。

川サキ:SNSで観てもらう、というのは一番に考えていて、画面サイズも横長ではなく意図的に正方形にしています。SNSで映像を観るとき、わざわざスマホを横にする人は少なくなっていると思います。だから、縦持ちで観たときの画面占有率を上げようと。そして横に傾けて観た場合にも対応できるから、正方形。あの作品群のシチュエーションは一人称視点で描いているんですが、正方形の画面だと人物以外の要素があまり入ってこないので没入感が上がるんです。

ーーいつ頃から取り組みはじめたのでしょうか?。

川サキ:昨年の頭くらいですね。そのときから月1くらいのペースでコンスタントに発表しようと決めていました。それに加えて、発表する時期の季節感にも合わせたシチュエーションを描こうとも。

ーーキャラクターモデルやシーン(背景)は毎回、新規に作成されていたのですか?

川サキ:キャラクターについてはベースとなる素体があって、つくりたい設定に応じてカスタマイズしています。

ーー川サキさんの作品では、体液、と言うと響きが生々しいですが、涙や鼻血の表現がとても印象的です。一貫したテーマがあるのでしょうか?

川サキ:そうですね。感情的、叙情的な表現を追求していきたいと思っているのですが、人間の感情が表出したものとして、涙、血、汗なども描くことが多いかもしれません。生きていればいろんなものが流れ出ますから(笑)。雨などは情感を高めるシーン演出として定番ですが、何かが滴り落ちると、一気に雰囲気が出ます。CMでいうシズルでしょうか。感情とは、切っても切れないもの。何かが出てる......ってことは、そこにはストーリーがある。決してにぎやかしではなく、「ああ、この子には何かがあったんだ」と、自然と感情移入してもらえる"しかけ"として用いています。

『NOSEBLEED』

ーーそうしたこだわりが、観た人に"リアルだ"と感じさせるのだと思います。

川サキ:見た目がリアル(フォトリアル)というよりも、情景としてのリアリティを追求したいと思っています。これまでの作品はリアル調というよりかはセルやイラストの方が近いルックですが、もし何かリアルなものを感じていただけたのであれば嬉しいです。ノスタルジックで叙情的、そしてキャラクターの感情がビジュアルに込められている。そういった部分を一番大事にしているので。





ーー連作に対する反響はいかがでしたか?

川サキ:Twitterをはじめ、本当に多くの反響をいただくことができました。色々な感想をいただけたのはとてもありがたいですし、そこから新たな人との出会いがあって今までとはちがうお仕事につながったりしたことも大きいです。認知度が上がることによった様々な提案がしやすくなったことにも助けられています。

ーー今後の展望をお聞かせください。

川サキ:昨年10月から活動を開始された、花譜(かふ)というバーチャルシンガーさんの動画、MV制作を担当しています。花譜は世界観を大事にしていて、よりこだわった画づくりにチャレンジできるのが楽しいですね。Twitterでは、彼女のオフショット的な短尺動画もコンスタントに投稿されるのですが、そちらの制作では昨年の連作の経験が役立っています。ネットコンテンツはスピード感やユーザーレスポンス、そのダイレクト感がすごくて、作っていて大きな可能性を感じます。本当に面白いプロジェクトに関わらせてもらっています。

花譜のTwitterに投稿された動画より。川サキ氏の作家性と花譜のキャラクター性が絶妙にマッチしている

ーーVTuberなど、リアルタイムCG主体のコンテンツ制作は、いわゆるプリレンダーのCG映像制作とは色々な点で異なる世界だと思うのですが、戸惑いや悩みはありませんか?

川サキ:それはなかったですね。もちろん、VTuberシーンでは3DCGソフトウェアはBlenderがよく使われていたり、Unityを使って出力したりと、扱うツールやワークフロー面でのちがいはあります。ですが、MVの監督やライブの映像演出で求められる根本については変わりありません。逆に今までとは異なる制作スタイルにより表現の幅が広がった部分もあると思います。

花譜 #22『過去を喰らう』【オリジナルMV】。川サキ氏がMVの監督を務めた

ーー「ダイレクト感のすごさ」について具体例を教えてください。

川サキ:映画やアニメなど、他のコンテンツでは自分が関わった後に公開までに時間が空くことが多くて完成から作品を観てくれた人たちの反響を得るまでのタイムラグがあり、その頃には次の案件に意識が移っている......なんていうことも多かったです。それに対して、ネット主体のコンテンツでは完成したら即座に公開され、その日のうちに反響を知ることができます。観てくれる方たちとの距離が近いことも特徴です。自分は「VTuber」や「アバター文化」を含む"バーチャルな世界"そのものが一般的になってほしいと思っています。そこに大きな可能性があると思っているんです。それくらい、リアルタイムを前提にした映像表現技術には期待していますね。

ーー次なるオリジナル作品についての構想はありますか?

川サキ:オリジナル作品は継続して出していきたいです。今後は、改めてショートアニメーションをつくりたいと思っています。商業になるのか、個人制作になるのかはさておき、具体的な目標のひとつに掲げています。もちろん仕事もフル稼働するつもりです。イアリンの居心地が良いのは、やるべきことをやっていたら、まったく何も言われないところなんです(笑)。そこは本当に助かってます。それぞれの責任の下で、裁量権のある働き方ができています。自分以外にも個人創作を行なっているクリエイターが在籍しています。元々、プラハのイアリン本社としてもオリジナル作品をつくってこそ、一人前のクリエイターというマインドをもったプロダクションですから。

ーー本日はありがとうございました。さらなるご活躍を期待しています!