>   >  NEXT FIELD 5:異分野間の連携が革命を起こす〜Mayaを操る脳神経外科医が語る、医療と3DCGの可能性
NEXT FIELD 5:異分野間の連携が革命を起こす〜Mayaを操る脳神経外科医が語る、医療と3DCGの可能性

NEXT FIELD 5:異分野間の連携が革命を起こす〜Mayaを操る脳神経外科医が語る、医療と3DCGの可能性

<2>「脳みそが溶けてる」と言われるくらい自由な発想で

CGW:研究の広がりは、現在どんな状況なんでしょうか。若手の参入なども増えましたか?

:やっぱり増えてはいると思います。今では研究者が5〜6人になりましたね。あとは共同研究の件数も増えたし、プロジェクトも予算が増えました。また、医療系の学会では発表するセッションの分類が伝統的に決まっているため、「3DCG」というセッションはもともとないんですね。それが最近は「仮想手術シミュレーション」というセッションが追加されることも多いんです。ひとつのジャンルとして認められるまでになってきていて嬉しいです。すごく人気があるし、白熱していますね。


金先生の研究室。ほかの先生方もMayaなどの3DCGソフトを日常的に扱っている

CGW:現在、主な研究チームはどのような体制なんでしょうか?

:現在一緒に取り組むことが多いのは、東京医科歯科大学で教授をされている中島義和先生。あとは東大で臨床情報工学を専門とされている小山博史先生。ユーザーインタラクションや情報理工学が専門の五十嵐健夫先生。五十嵐先生は東大の先生なんですが、実は東大ではなくUnite Tokyo 2018で知り合ったんです。この3名が共同研究者ですね。

あとは、企業としてはKompath(コンパス)さんや、武井デザイン事務所の武井泰門さんと長いことお付き合いさせていただいています。あとは、Unityの開発に関して、ポケット・クエリーズさんにも加わってもらいました。この2〜3年でUnite Tokyoをはじめ、様々なイベントへの登壇のお誘もいいただいているのですが、こうした講演に力を入れていたのは、パートナー探しという目的が大きいです。

大学も"産学連携"というか、ビジネスを意識するべきフェーズに来ているんですね。研究をして「すごいだろう?」で終わるのはもうやめにして、それを社会に還元して自分たちも相応の取り分をもらう、という風にしていかなければならない。そうなるとどうしても脳外科という閉じられた中でやっていくには限界を感じていたんです。おかげさまでここ数年で様々なパートナーさんに恵まれて、研究も進んでいますよ。

CGW:今年1月には頭部の正常解剖3DCGモデルを無償で提供する「東京大学脳神経外科 頭部3DCGデータベース」が公開されましたね。

:実はこれには、元となる3DCGデータがあるんです。そのデータをつくられたのは柿澤幸成先生という、当時信州大学医学部附属病院にいらした方で、現在は諏訪赤十字病院の脳神経外科部長を務めていらっしゃいます。


: 柿澤先生は、アメリカの脳神経外科の権威であるアルバート・L・ロートン先生(Albert L. Rhoton Jr., M.D.)の指導の下、2006年に"Three-Dimensional Computerized Anatomy"※2)という研究を発表されました。この研究では、Maya 6.0 Unlimited(※2004年6月リリース)を使って頭蓋骨と脳神経の3DCGモデルを作成されたのですが、謙遜でも何でもなく、僕の10倍くらい大変な作業だったと思います。

※2:"Three-Dimensional Computerized Anatomy" , Yukinari Kakizawa, Kazuhiro Hongo, Albert L Rhoton Jr, Skull Base 2006; 16 - A074

CGW:当時としては世界的にも新しい研究だったということでしょうか?

:研究って「実験して何かの役に立った」までいかないと、普通は論文にならないんですけど、頭部の3DCGモデル化は「作った」というだけで当時は論文になる価値があったと言うことです。試みとしても相当新しいですし、今でも十分通用するくらい詳細につくられていました。

ただ、当時は柿澤先生のこの発表は知る人ぞ知る状態で、僕も4〜5年前に偶然知ったんです。さっそく信州大学を訪問して、「一緒にやりませんか?」と提案しました。そうした貴重なデータをベースにして出来上がったのが「東京大学脳神経外科 頭部3DCGデータベース」なんです。

先ほど海外では3DCGによる手術検討にはあまり需要がないとお話ししましたが、この頭部3DCGデータベースは、実は海外でもかなりダウンロードされているんですよね。アメリカ、オーストラリア、中国とか。教えていただけた範囲の用途としては、トロフィーの造形に使うという企業がいたり、ヨガの先生も欲しいって言ってくれたり(笑)

ほかにも、iPhoneでDICOM画像を表示できるアプリ「eMma」や、正常解剖3DCGモデルの表示できるアプリ「iRis」などもリリースしました。様々なアプリやソフトを開発して、「CGWORLD NEXT FIELD」の講演でも申し上げたとおり8つの特許も取得しました。興味をもっていただく幅は広がっていると実感しています。

医用画像閲覧アプリ「eMma」

高精細頭部解剖アプリ「iRis」


Unityアセットストアにて、DICOM画像をUnity上で表示する「Simple DICOM Loader」、DICOM画像から3次元データを構築する「High Speed CPU-Based Marching Cubes」も販売中

CGW:3DCGの作成にあたって、課題はありますか? 例えば、もうちょっとレンダリングが速くならないのか、とか。

:課題はやっぱり、時間ですね。僕が今使っているツールがMaya、ZBrush、医用画像から3DCGをつくるソフトが2つくらい、全部で5つくらいを使い分けて、そのほかにもPhotoshop、After Effectsなども使いますし......常時7〜8つのソフトを使い分けなければならない。そうすると、毎月何かのアップデートがあって、そのたびにお気に入りの設定が消えたり、昔のデータが開けなくなったりするんです。ソフトの数が増えると、それだけで追いつかなくなっちゃう。

もちろん、僕もソフトを開発しているのでアップデートが必要であることは理解しています。ですが、毎日2時間ほどの作業時間の中ではアップデートに対応しきれないので、いくつかのツールに関しては外部の企業さんなどに委託せざるを得なくなってきて、そこは少し残念ではあります。

CGW:でも、そうした外部との交流から新しい職業が生まれる余地があるかもしれませんね。

:そうなんです、間を取りもつ人、通訳みたいな人が必要だと思うんです。自分で言うのはおこがましいですが、僕が世間からやや注目されているのは、3DCG側と医療側の両方をたまたま知っている通訳みたいな役割だからだと思うんですね。そういう人種が増えると、すごく良いと思いますね。異分野間での非連続イノベーションを進めるためのポイントは、やっぱりコミュニケーションだと思うので。

例えば、この研究を1人でやっていたとき、様々な企業さんに協力していただいて、DICOMデータの3DCG化を進めていたんですが、あるとき、1年ほどお付き合いした某企業の方から、作業の末に3DCGが出来上がろうとしたタイミングで「もしかしてこれって脳ですか?」と聞かれました。こちらは当然伝わっているものと思っていたので、本当に衝撃でした。

CGW:それくらい、お互いの分野がかけ離れているということですよね。

:医療分野外の方からしたら「今MRIって進んでるから、何もかも全部映ってるでしょ?」って感じなんですよね。MRIには手術検討に必要な情報がほとんど映っていないこととか、想定すらしないから質問もされません。こちらとしても当たり前すぎることなので、(聞かれないので)説明もしないし。だから、注意するのは"しっかりコミュニケーションを取ること"。しかも、自分が当たり前だと思っていることは、相手にとってはそうではないということを意識して接することですね。

CGW:お互いにわからないことだらけの中で、手探りで共同開発をするわけですからね。

:当たり前のことなんだけど、お互いのメリットというか、やりたいことをやってもらえるように気をつけなきゃいけない。こちらが「役に立つ」と思うことでも、無理にやってもらわないようにはしているつもりです。

CGW:この研究の、ご自身で想定する目標はありますか?

:あまり明確なゴールというか、これでOKというところはないと思います。当たり前ですけど、Mayaの機能は1/100も使ってないと思うので。そういう意味ではゴールはないんじゃないかと思うんですね。でも、究極は医用画像を見ないで3DCGだけで手術検討が済んじゃうのが希望ではあるかな。

CGW:CGWORLD NEXT FIELDの講演の中で、AIが医用画像から3DCGを自動生成する研究が進んでいるとのお話もありましたが、そういう技術進歩も視野に入ってますか?

:そうなんです、ちょうど今月に受注開始しました。AIが医用画像から3DCGを自動生成してくれるソフトで「LIVRET」という名称です。東大の中では、もうすでに実用されています。このAIは、医用画像を3〜4枚読み込んで、1分そこそこで3DCGデータにしてくれる。人間がつくると1時間はかかりますよ。ある程度の精度まで仕上げたら、細かい血管などは人間が手でつけないといけないんですが。細かい血管などを付けたら、OBJで書き出してMayaに読み込み、レンダリングします。


: 価格はサブスクリプションで年間100万円を想定しています。買い切りが300万円。医用画像ソフトって1本1,000万くらいが相場なので、それを考えると破格ですね。こういう技術をより普及させて発展させるために、儲けるよりも普及を目標として販売にふみきりました。

CGW:それでは、CGWORLD読者世代の若いCGクリエイターに、金先生がアドバイスすることはありますか?

「目的を明確にした方がいい」ということですね。漠然と「MayaでCGを使って手術検討したい」ではなく、どの機能を使って何がしたいかという明確な目標を立ててください。学術的には、そのような大きなモチベーションのことを「リサーチクエスチョン」と言うんです。僕だったら「医療でCGを使って何かしたい」ということですよね。

そのリサーチクエスチョンから1つ仮説を立てます。すごく簡単に言うと「Mayaのレンダリング画像が、僕が連載している教科書の図版として役に立つんじゃないか?」という仮説などですね。そこに向かってやっていけば良い。なので、大きなリサーチクエスチョンの中から仮説を立てて、それを検証し、評価する、というやり方をオススメしますね。論文執筆や研究の際のテクニックなんですけどね。


CGW:若いデジタルアーティストやビジネスマンたちが、医用CGの開発というところに商機を見出して医療業界にアプローチしてくることがあるとしたら、金先生はどう思われますか?

:大歓迎ですね! 実際たくさん問い合わせをいただいています。いろんな人にどんどん関わってもらわないと、研究は進まない。ぜひ、医学的知識がない人にこそ来てほしいと思っていますね。

僕は「脳が溶けてるんじゃないの!?」ってくらいの奇抜な発想の方が好きで、例えば正常解剖も、われわれが研究に携わっているセンサ付精巧人体モデル「バイオニックヒューマノイド」で行えるようになればいいんじゃないか、と思ってるんです。それくらいの奇抜な発想ができる方が、必ず発展していくものがあるはず。僕のPhotoshopですら役に立ってるんですから(笑)。なので、敷居を感じずにどんどん参入してきてほしいと思います。

Profileプロフィール

金 太一/Taichi Kin(東京大学医学部脳神経外科)

金 太一/Taichi Kin(東京大学医学部脳神経外科)

2011年東京大学大学院博士課程修了。2001年から東京大学医学部附属病院などで脳神経外科医として臨床医療に従事しつつ、医用画像処理、3DCG手術シミュレーション、アプリケーション開発に従事。ドイツ連邦共和国エアランゲン大学リサーチフェローを経て2014年より東京大学医学部脳神経外科助教。脳神経外科専門医
www.h.u-tokyo.ac.jp/neurosurg/staff/kin.html

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