>   >  NEXT FIELD 5:異分野間の連携が革命を起こす〜Mayaを操る脳神経外科医が語る、医療と3DCGの可能性
NEXT FIELD 5:異分野間の連携が革命を起こす〜Mayaを操る脳神経外科医が語る、医療と3DCGの可能性

NEXT FIELD 5:異分野間の連携が革命を起こす〜Mayaを操る脳神経外科医が語る、医療と3DCGの可能性

2019年7月25日(木)、「CGWORLD NEXT FIELD」と題したイベントが秋葉原UDXにて開催された。ファッション・ロボット・医療・建築・漫画の5業界において、3DCGを活用している先駆者を招き、現在の取り組みと今後の活用の可能性を語ってもらった。本イベントの終了後、CGWORLD編集部では全登壇者にインタビューを依頼し、イベントで語られた内容をふり返るだけでなく、さらに掘り下げた話も聞いてみた。その模様を、全5回の記事に分けて公開していく。

東京大学医学部脳神経外科で脳神経外科医として19年のキャリアをもつ金 太一氏。CTやMRIによる画像診断が一般的となった現在、1つの症例に対して発行される医用画像は数十種類、数千枚にもおよぶ。金氏はそうした医用データを基に、患者ごとに精巧な頭部3DCGモデルを制作し手術前のシミュレーションに活用することで、これまで手術不可能とされていた症例の根治や、手術スタッフとの情報共有に役立てている。アプリ開発や3DCGモデルの無償提供なども幅広く手がけ、「非連続イノベーションを起こすには、医療者と技術者という異分野間での連携が必要」だと語る氏に、その研究のきっかけや、将来の見通しについて聞いた。

TEXT_戸崎友莉 / Yuri Tozaki
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

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<1>2クリックするとMayaが落ちるマシンからのスタート

CGWORLD(以下、CGW):まずは、金先生が医療の道を選ばれたきっかけを教えてください。

金 太一氏(以下、金):小学生の頃、僕は科学者になりたかったんです。でも、父親に「医者になれば食うに困らないから医者になれ。医者の免許を取ればあとは好きにしてかまわない」と言われて、医者を目指すことにしました。そもそも脳神経外科を選んだのも「頭」に興味があったから。科学者になりたかったのも、頭の機能や意識などを科学したいと思ったからだったんです。


  • 金 太一/Taichi Kin
    東京大学医学部脳神経外科

    2011年東京大学大学院博士課程修了。2001年から東京大学医学部附属病院などで脳神経外科医として臨床医療に従事しつつ、医用画像処理、3DCG手術シミュレーション、アプリケーション開発に従事。ドイツ連邦共和国エアランゲン大学リサーチフェローを経て2014年より東京大学医学部脳神経外科助教。脳神経外科専門医
    www.h.u-tokyo.ac.jp/neurosurg/staff/kin.html

CGW:金先生は3DCGの医療応用のひとつとして、CTやMRIなどの医用画像を基に頭部の3DCGモデルを構築し、手術のシミュレーションに活用する研究を進めていらっしゃいますが、この研究はそもそもどのようにして始められたんでしょうか?

:僕自身は2008年の後半からこの研究を始めたのですが、実は自発的に取り組み始めたのではなく、当時の上司であった齊藤延人先生(東京大学脳神経外科 教授)の提案に従うという受け身のスタートでした。当時は3DCGよりも別の研究テーマに興味があったので、最初の半年くらいは「嫌だなあ、嫌だなあ」と周りに愚痴を言っていました(苦笑)。

作業環境もGPUが載っていない一般的な事務用PCにMayaをインストールしていましたが、メモリも2GBくらいで、2回連続でクリックすると落ちてしまう始末で......。ワンクリック、セーブ、ワンクリック、セーブ、という根気のいる環境で4年くらいCG制作を行なっていました(苦笑)。

CGW:それは大変でしたね。

:また、3Dを勉強するには2Dを知らなきゃいけないと思って、なぜか最初にPhotoshopの勉強もしました。あまり役には立ちませんでしたけど(苦笑)。ただ、今では学会発表用のポスターを作成したりするときにPhotoshopの知識を重宝していますよ。

CGW:そもそも手術シミュレーションとは、どういったものなのでしょうか?

:まず、背景としていくつかご説明させていただきたいのですが、脳神経外科手術では数cmという狭い範囲で手術を行います。(直下のスライド画像をモニタに映しながら)左の写真は脳腫瘍の手術のもので、脳幹(延髄)という直径2cm程度の場所を手術している様子です。隣の正常解剖(※1)3DCGモデルと比較するとわかりますが、実際の手術では、この場所に走っている重要な神経線維はほとんど見えません。この部分には非常に重要な神経が密集しているのですが、これを避けて手術を完遂するためには、手先の器用さよりも医学的知識、戦略、判断の3つの方が重要と言われています。僕の師匠も「術前検討がきっちりできれば勝負あり」と言っていますが、その言葉の通り術前のシミュレーションによる戦略が非常に重要になるんです。

※1 正常解剖:大学の医学部や歯学部において、教育・研究を目的として献体を用いて行われる解剖。また、それによる解剖図


: また、「診断」「手術シミュレーション」も明確に分ける必要があります。例えば、診断では、MRIやCTなどの医用画像データを忠実に3次元化したものを見て、病気があるかないかを判断すればおしまいです。そして、どうやってその病気を手術するのかを検討するのが術前検討、手術シミュレーションです。診断に対して、動的・時間的なパラメータが入ってきます。


: そして、病院には医用画像から簡単な3次元データを構築する医用画像処理ソフトというものはありますが、このソフトは医用画像を見るだけのもので、手術シミュレーションはできません。僕がMayaにたどり着く以前の研究では、この複数の医用画像を融合し、細かい組織を検出することで、3次元データを限界までキレイに可視化する、ということをしていました。ここまではDICOMという医用画像フォーマットの中での画像処理でしたが、現在はこれをOBJ形式でMayaに読み込み、Maya上で3DCGモデルを制作しています。


: では、ただとにかくキレイに、高精細に作ればそれで良いのか? という疑問があるかと思いますが、それで良いのです。実際、高精細な3DCGモデルが患者さんを救った例があります。顔面けいれんで、医用画像による診断では血管が顔面神経を貫通しているため手術が不可能だとされ、26年間治療ができなかった患者さんがいました。その方が東大病院で診察を受け僕が脳を3DCG化してみたところ、血管は神経を圧迫しているが貫通はしていないことがわかり、手術可能だと判断され、手術をして完治されました。つまり、高精細につくることは、それだけで医療の現場で直接的な効果があるということなのです。


: しかし、こうした医用画像情報は日々増え続けており、脳腫瘍の検討だけでも神経線維や血管の状態など様々な情報を確認しなければなりません。大学病院では、脳腫瘍の患者1人あたり、術前に得られる医用画像は6,000枚にも上ります。医師はこれを毎日見なければならないわけですが、もはや全て見るのは不可能な量になってきているのが現状です。この膨大な量の医用画像を3DCGモデルとして1つにまとめて、術前検討に活かそうというのが僕の研究です。2008年に研究を起ち上げてから、約1,000人の患者さんで3DCGによる検討を実施してきました。


CGW:3DCGによる手術シミュレーションは、どのような場面において需要があるのでしょうか?

:まず大前提として、医用画像というのは解像度があまり高くないんです。最新のMRI画像でも、白黒で、1枚あたり512✕512ピクセル程度。これは、頭部でいうと1mmの太さの血管がぎりぎり映るくらいの解像度です。ところが、脳神経外科手術において最も重要な血管の太さは1mm前後なんですね。また、分解能も低く、重要な組織は医用画像には実はほとんど映りません。現状では、1症例あたり数千枚にものぼる画像を医師の頭の中でのみ融合させて診断している状況なんです。これでは他の医療スタッフと情報の共有ができませんし、正しく3次元化できているかわからないのでいざ手術をするときのリスクも高くなります。


:根本を覆すようですが、例えば顔面けいれんの手術では、検討に3DCGはいらないんです。手術でやることが決まっているからなんですね。脳を決まった方向にどけて、神経を圧迫している血管をどけるって言うのは、患者が誰であっても絶対に同じやり方なんです。実際、すごく手術が上手い人はほとんど画像を見ません。左右を確認するためだけに見るとか、極論するとそういう感じです。しかし、それでも3DCGの有用性というのはあります。

ひとつは「自分が頭で組み立てた手術手順が正しいかどうかの目視確認」。指さし確認みたいなものです。もうひとつは「自分の頭の中の情報をみんなに共有する」ためです。手術前のカンファレンスでとても需要があるんです。今までは、術前カンファレンスでは手術患部をイラストに描いて情報共有をしていました。

上手い人と若手医師の情報認識格差を均す意味もあるけれど、一番は患者さんのために、みんなで「この人にはこういう手術をします」って情報を共有することが大事です。手術室には看護師さんもいれば助手もいますし、麻酔科の先生もいる。これから僕たちはこういう手術をするぞっていうのが、3DCGがあればみんなに可視化されて、わかりやすく説明できるんです。手術スタッフ全員が6,000枚の医用画像を見ることは不可能なので。


: 3DCGデータは、執刀医の手術への認識を共有するためのツールでもあるわけです。ですから、今はこちらの有用性の方が強いと思います。少なくともうちの大学病院では約10年間、毎日3DCGを手術検討に使っています。

CGW:金先生が3DCGの医療への応用に取り組みはじめた当初、周りの反応はいかがでしたか?

:最初は反発もありましたよ。そもそも医用画像の医療応用がなぜ発展しないのかという理由が「医用画像とは人を忠実に可視化するのが目標」だからなんです。当たり前のことですが、これが当たり前になりすぎて「医用画像=いじっちゃいけない」というのが、セントラルドグマ的な存在になっていたんですね。「医用画像を加工するとは何事か!」などと、かなり厳しく言われたこともありました。

また、これは日本らしい話なんですけど「6,000枚の医用画像を見て、瞬時に頭の中で組み立てられないヤツは外科医になるな」という風潮もありました。3DCGを使うと6,000枚の医用画像を読まなくなってしまう、という風に受け止められていたんですね。でも、もう画像を1枚1枚キチンと読む時代は終わっていて、新しい概念を創造したり進歩しないと、そこでイノベーションはストップしてしまうと、僕は考えています。

CGW:その厳しい風当たりが変わったタイミングはどこだったんでしょうか?

:2008年、研究を始めたときにつくった3DCGモデルを見て、齊藤教授が「これはいける」と仰り、本格的にGOサインが出ました。そこがターニングポイントでしたね。当時はCTやMRIなど複数の情報をミックスして必要な情報だけを3DCG化する技術がすでにあったんです。それを応用して3DCG化し、血管などを色分けするなど当時できる限界までキレイにして見せることで、手術検討にものすごく役に立ちました。今見ると全然キレイじゃないプアな表現でしたが、それでも革新的だったんです。

例えば、このスライド(下記)の左下の画像で、紫色で示してあるのが脳腫瘍です。赤い血管が腫瘍に栄養を送っていて、青色の血管は腫瘍から出ていく血を表している。つまり、青の血管から遮断すると腫瘍にどんどん血液が入ってきて破裂しちゃう。だから、赤の血管を先に遮断しなければならないわけですね。実は、この順番が目視でわかるだけでめちゃくちゃ役に立ったんですよ。当時の医用CGには赤/青(動脈/静脈)の概念はありませんでしたから。齊藤教授は未だにこの画像を気に入られていて、学会発表にもお使いです。


: 今見ると「どこがそんなに有用なの?」って思うかもしれないけど、当時はこれがすごくキレイだったんですよ。「見た目」なんですね結局。見た目がキレイなので研究が進んだ。小脳は2つあるんですけど、今までの医用画像の3次元化ではそれが1つの塊になってしまっていたんです。一方、僕がつくった3DCGだと何となく2つあるのがわかります。左側の方、とか目印が付けやすくなるので、それだけで十分なんですよ。

小脳の手術であれば脳を持ち上げて覗くわけなんですが、「どこを持ち上げるか?」というのがこれまでの医用画像による検討ではわからなかった。それが「ここだけちょっと持ち上げれば見える」「最初に見えた血管は、入っていく血管だ」というのが3DCGによってわかっていれば、それでほとんど手術としての勝負はできているんです。

あとは、やはり「キレイに見せたい」という需要もある気がします。学会で珍しい症例や自分の手術経験を発表するときも、手術のビデオは血が映っていなくて、キレイで美しくササッとやったように見えるものを抽出するわけですよね。参考書の執筆や学会発表のときには、キーフレームアニメーションというのはすごく便利なんですよ。「どうやって作ってるんですか?」とよく訊かれます。僕はAfter EffectsとMotionを使っています。

また、トゥーンシェーダを使って3DCGデータを線画でレンダリングして、プリントアウトしたものに色をつけて手術記載に載せる、ということもよくやっています。黙ってると気づかれないですよ。僕がイチから描いたと思われてると思います(笑)。それに、トゥーンシェーダはレンダリングが速いんですよ! 1カットだけなら1分かからないので。

トゥーンシェーダで線画のみレンダリングし(左)、それに金氏が手書きで着色や書き込みを行った手術記載(右)

CGW:現在脳神経外科医として臨床もされながら、色々な分野で活躍されていますね。かなり多忙だと想定されるのですが、教育や研究、開発など、どういう配分で働かれていますか?

:働き方改革的にどう答えていいのか、悩む質問ですね(笑)。比率でいえば、いわゆる診療(手術を含む)や外来、その他患者さんと相対するような医療の直接的な業務は3割くらいを占めています。残りの7割が、CGを用いた研究活動などですね。


金氏がこれまでに発表した論文・著書の一覧。氏は「臨床に有用である」「日々使われる」ことからブレないことをモットーにかかげ、研究を進めている

CGW:金先生は、自ら3DCGのソフトウェアも使われますよね。そのような"CG制作"の配分はどれくらいなんですか?

:けっこう長いですよ。複数のソフトウェアを利用しているので、どのツールで何時間作業していると明言するのは難しいですけど、少なくとも毎日1〜2時間は何かのソフトを触っています。現在のメインツールはMaya 2019です。特に多いのは、日々の手術検討のための作業ですね。あとは、研究室でも上の方の立場になってきたので、執筆活動もあります。今は参考書や手術書などを書いていますが、そういった発行物に掲載する写真......というか、レンダリングした画像を用意したりもします。


金氏の発表資料より、使用ツールはMaya、ZBrush、Unity、RealFlowなど多岐に渡る

CGW:金先生と同じように、臨床もしながらツールとしてCGを使われる方は、海外などでは一般的なのでしょうか?

:一般的ではないと思います。欧米の医療シーンでは、内容には非常に興味をもってもらえるけど「モデラーさんや技術屋さんは何の役に立つの?」と医者に言われます。逆に3DCG業界では「私たちの技術で医療に何ができるの?」って......お互いわからないんですよね、何ができるのか。根本部分が理解されていないので、なかなか普及は難しいと思いますね。

海外で発表すると、まず最初に聞かれるのは「(3DCGの)作成時間はどのくらいですか?」ということ。基本的に術前に作らなければならないので、かけられる作業時間はマックス1日なんです。だから「数時間です」と答えれば、アメリカだったら即却下。向こうは1日に何十件も手術をしますので、数時間かけてつくる時点でもうコストパフォーマンスが見合わないということです。

語弊を恐れずに言えば、欧米は日本ほど時間をかけて手術をしないんです。日本はひとりの患者さんが具合が悪くて病院に来たら「検査→結果説明→手術→術後」という、長い場合は数年にもわたる過程を基本はひとりの医者が全て見るんですね。それに対して欧米では、診る人、検査をする人、手術の説明をする人、手術をする人、全部分担制なんです。だから、手術検討をそこまで丁寧にやる必要がないのだと思いますね。

CGW:金先生の研究は、日本だからこそ受け皿がある、とも言えるのかも知れませんね。

:僕は先進性や特許性というよりも、ノウハウやコンテンツをアピールしていきたいと思ってるんです。それは日本が得意としていることのはずだし、すごく重要なことだと思っています。

次ページ:
<2>「脳みそが溶けてる」と言われるくらい自由な発想で

Profileプロフィール

金 太一/Taichi Kin(東京大学医学部脳神経外科)

金 太一/Taichi Kin(東京大学医学部脳神経外科)

2011年東京大学大学院博士課程修了。2001年から東京大学医学部附属病院などで脳神経外科医として臨床医療に従事しつつ、医用画像処理、3DCG手術シミュレーション、アプリケーション開発に従事。ドイツ連邦共和国エアランゲン大学リサーチフェローを経て2014年より東京大学医学部脳神経外科助教。脳神経外科専門医
www.h.u-tokyo.ac.jp/neurosurg/staff/kin.html

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