2019年7月25日(木)、「CGWORLD NEXT FIELD」と題したイベントが秋葉原UDXにて開催された。ファッション・ロボット・医療・建築・漫画の5業界において、3DCGを活用している先駆者を招き、現在の取り組みと今後の活用の可能性を語ってもらった。本イベントの終了後、CGWORLD編集部では全登壇者にインタビューを依頼し、イベントで語られた内容をふり返るだけでなく、さらに掘り下げた話も聞いてみた。その模様を、全5回の記事に分けて公開していく。

「建築は作品か?」 江戸時代に歴史をさかのぼる老舗企業、竹中工務店は誇りをもって「YES」と語る。しかし、その同社をもってしても、建築パースは作品ではなかった----同社で建築ビジュアライゼーションを手がける山口大地氏は講演でこう明かした。建築パースに情緒的なメッセージを載せ、建築がもつストーリーを視覚化しようと孤軍奮闘を始めたとき、「ただの自己満足では?」「建築パースは作品ではない」などと、社内で賛否両論が巻き起こったという。山口大地氏が注力する「建築ビジュアライゼーション」とは何か? 海外ではすでに浸透しているというその取り組みを聞いた。

TEXT_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

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<1>建築パースから、建築ビジュアライゼーションへ

7月25日(木)に開催された「CGWORLD NEXT FIELD」での講演、「その先の未来を描く、建築ビジュアライゼーションの世界」は、建築業界について予備知識がない大半の参加者にとって、非常に刺激的な内容だった。建築パースといえば、工事現場やマンションのチラシなどで目にする「青空をバックに描かれる、当たり障りのない完成予想図」というイメージが一般的だ。しかし、山口氏はビジュアルの力で見る人の心を震わせる、新しい概念が存在することを示したのだ。

もっとも、これにはいくばくかの背景説明が必要だろう。建売住宅から都市のランドマークまで、建築は原則としてクライアントワークとして進められる。求められるのは「施工主のニーズを満たすこと」だ。大規模案件であれば、複数の建築会社に対してコンペティションが行われ、限られた条件の中で最も優れた提案を行なった企業が受注することになる。そこで用いられるのが完成予想図、いわゆる建築パースだ。つまり建築パースとは、クライアントとのコミュニケーションツールなのだ。

建築パースの一般的なイメージ

この建築パース、当初は手描きだったが、BIM(Building Information Modeling)の普及で、急速に3DCG化が進んでいる。山口氏も入社以来、社内設計者からの依頼を基に、3ds Maxで建築パースの制作に取り組んできた。しかし、入社当時から不完全燃焼を感じていたという。設計図を正確に視覚化することだけが求められ、そこに建物がもつストーリーを盛り込めなかったからだ。

「それまで建築業界では、建築そのものの形状が大事だという暗黙の了解がありました」と山口氏は語る。


  • 山口大地/Daichi Yamaguchi
    株式会社竹中工務店
    大阪本店 設計部 スペースデザイン部門 ビジュアライゼーショングループ

    1988年生まれ。兵庫県出身。関西大学建築学科卒業、同大学院修了。卒業制作最優秀賞、他国内コンペ多数入選、国際パースコンペ入選。2013年竹中工務店に入社、主に建築ビジュアライゼーション及びアニメーション、建築VRの制作とディレクションに従事。最近では「建築のポートレート」をテーマにした映像制作や、プロジェクトのクリエイティブディレクションなど、既存のカテゴリーにとらわれることなく活動領域を拡げている
    www.takenaka.co.jp

転機となったのが、あるスポーツ大学の新校舎竣工に関する建築パースを手がけたときだ。青空をバックにピカピカの校舎がそびえ立つ、いつも通りの建築パースを制作したが、違和感がぬぐえなかった。アスリートの孤独感や希望といった、建物にまつわるストーリーが抜け落ちていたからだ。そこで納品後、自主リテイクを行なった。思いきって空を大きくとり、重々しく広がる雲を配置して、色味を調整した。そこに雲の切れ間から差し込む一条の光を描いて、アスリートの希望を加味したのだ。完成したビジュアルは建築パースの枠を越え、映画のスチル写真とでもいうべき内容になった。

山口氏が手がけ、クライアントに納品したあるスポーツ大学の建築パース

納品後に自主的にリテイクを加えたもの

「これを描いたとき、気持ちがスッキリしました。自分はこういう表現がしたかったのだと、ハッキリとわかりました」。

このビジュアルには様々な意見が出たが、設計者には「こういうのが欲しかった! なぜ最初から、このビジュアルを提示してくれなかったのか」と好意的に受け入れられたという。建築パースは単に図面を絵に起こすだけではない。設計者と互いにフィードバックを行いながら、建築の完成度を高めていける......そう確信できた瞬間だった。

<2>淡路島の自然の中で育った少年が建築に出会い、竹中工務店へ

ここで改めて建築パースと建築ビジュアライゼーションのちがいについて、山口氏の言葉を借りて整理しておこう。言うまでもなく、建築は大量の図面(設計図)で構成されている。しかし、施工主をはじめとした一般人にとって、図面だけで最終形をイメージするのは難しい。そこで用いられるのが建築パースだ。2次元の図面を西洋絵画で用いられるパース図法を使用して、立体的な絵として表現したもので、必然的に建築がメインのビジュアルとなる。

建築パースと建築ビジュアライゼーションのちがい

これに対して建築ビジュアライゼーションとは、建築パースと同じくプレゼンテーションのツールであっても、性質が異なる。建築パースがコストや形状をわかりやすく示すのに対して、建築ビジュアライゼーションはクライアントに対して、より情緒的なメッセージを伝えるためのものだ。そのため、必ずしも建物が主役になるとは限らない。建築パースでは「青空をバックに建物を日の丸構図で表現する」のがセオリーだが、建築ビジュアライゼーションでは建物が登場しないこともあり得る。

建物が登場しない建築ビジュアライゼーションの例

また、建築がもつストーリーを静止画で示すだけでなく、時には静止画の連続で動画形式にしたり、実写動画と組み合わせて用いたりすることもある。山口氏は「建築ビジュアライゼーションは、見る人の心に訴えかける非言語的コミュニケーション」だと説明する。コストや形状も重要だが、それだけでは伝わらないものがあるのだ。こうした建築ビジュアライゼーションの概念は、欧米の建築シーンで誕生し、2016年ごろ日本に上陸してきた。しかし、まだまだ一般的な概念ではないのが実情だ。


  • プレゼン用に静止画を組み合わせて制作した動画の一部

こうしたちがいはどこから生まれてくるのだろうか。山口氏は「欧米のアカデミズムでは、建築学部が学問として独立している点が背景にある」と語る。これに対して台風や地震など自然災害が多い日本では、建築学科が工学部に含まれる例が多い。そのため、建築の構造的な意味合いが重視され、美的側面は二の次になりやすい。欧米では街の歴史的景観を重視するのに対して、日本ではスクラップ&ビルドのくり返しで建築が発展してきたため、コンテキストに対する重要性が深まらなかった側面もある。

にもかかわらず、山口氏がいち早く建築ビジュアライゼーションの重要性に気づき、実践してきたのは、その生い立ちによるところが大きい。1988年に名古屋で産まれ、10歳から一家で淡路島に移住した。当時としては珍しいログハウス風の家屋で、豊かな自然に囲まれて育ったのだ。野山を駆け回ったり、ブロック遊びやお絵かき遊びに夢中になったりしながら、のびのびと育った。学校の勉強は嫌いだった。ペーパーテストで評価されることに、子どもながら疑問を感じていたからだ。

山口氏は当時の暮らしをこのようにふり返る。学校からの帰り道、あの山の向こうに何があるのだろう、と想像を巡らすようになったのも、ひとつには「田舎過ぎて何もすることがなかったから」だった。

そんな山口氏の建築に対する価値観を一変させたのが、高校1年生で米カリフォルニアのバークレーに留学したときのことだ。街全体が計画的に造成され、自宅もゴールデンゲートブリッジに夕日が沈む風景を毎日のように眺められる高台に位置していた。そのとき、建築に対する考え方のちがいが、生活体験に大きく影響を及ぼすことに気づかされたという。

帰国後、山口氏は関西大学 環境都市工学部建築学科に進学する。「服飾や美術にも興味がありましたが、自分の才能や実力をそこまで信じられませんでした」。後期試験で何とか滑り込むと、そこから山口氏は水を得た魚のように実力を発揮しはじめ、様々な学生コンペで受賞を重ねていく。卒業制作で最優秀賞を受賞、国内コンペで多数入選などだ。建築業界が学歴や学閥ではなく、作品の善し悪しで評価される実力主義の世界だった点も、自分に合っていたという。

ただし、就職活動は建築業界1本に絞ったわけではなかった。表現者に対する憧れはあったものの、建築以外の分野にも興味があった。広告業界はそのひとつで、「商品の本質は同じでも、見せ方や伝え方で売れ行きが変わる点に興味がありました」。そんな中、竹中工務店で働くOBから、建築を作品と捉える同社のビジョンや、3DCGを用いた建築パースの可能性について説明を受け、共感することになる。「建築に広告的な要素が加わることで、新たな表現ができると感じたのです。天職だと思いました」。

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<3>独学で3DCGを修得し、社内指名を受けるまでに

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<3>独学で3DCGを修得し、社内指名を受けるまでに

しかし、入社2年目にして、その理想は早くも崩れ去った。1年間の研修を経て本配属された山口氏を待っていたのは、設計者の図面を基に当たり障りのない建築パースを描くだけの毎日だった。指導も特になく、「半年間、やりがいのない毎日だった」という。その状態に憤慨した山口氏は、社外セミナーに参加する一方で2級建築士の資格を取得。ビジネス書を読み漁りもした。そして環境を変えようと建築デザイン会社、広告業界への転職活動を開始。

もっとも、転職活動を続ける中で次第に意識が変わっていった。「広告業界で活躍する一流のアートディレクターはみな、自分自身で新しい仕事を創り出している」ことに気づいたからだ。それに対して自分はまだ、社内で何もしていない。そのため、まずは先輩社員と同じレベルの建築パースが描けるようになろう。そして、自分の考える、新しい建築パースの概念を広めていこう。辞めるのはそれからでも遅くない。少なくとも、後悔したまま転職するのは嫌だ......そう感じるようになったのだ。

3DCGについて本格的に学び始めたのも、この時期だ。もともとポリゴン的な絵が嫌いで、学生時代の建築パースは3DCGを使用しない手描きの表現だったという。しかし、BIMの登場で建築パースは一気に3DCGへと移行していった。そのためネットで検索したり、YouTubeでチュートリアルを見たりするなどして、3DCGのテクニックを基礎から学んだ。専門用語の羅列に拒否反応もあったが、3DCGが物理学をベースとしている点が幸いだった。学校のテストは苦手だったが、物理の論理的な考え方は好きだったからだ。

目標は3DCGで空気感を再現することだった。19世紀の米ハドソン・リバー派の絵画技法が参考になった。「よく3DCGで空気感を再現する方法について模索・研究していました。時には『自分の考える空気感って何?』と禅問答のようになることも。しかし、そうした『考え方』について先輩社員や制作会社と議論できたのは良かったです。3DCGは手段にすぎないので」。その世界観が大きな魅力でもある、『もののけ姫』をはじめとするスタジオ・ジブリ作品のメイキングなどもくり返し観たという。こうした取り組みを通じて、映画製作におけるストーリーテリングやコンセプトメイキングと山口氏が追い求める建築ビジュアライゼーションの点と点がつながり、実力が備わっていった。

冒頭で紹介したスポーツ大学の建築パースも、こうした中で描かれたものだ。もっとも当時はまだ、自分の考えを社内で表明する勇気はなかった。しかし、ストーリーを内包した建築パースを描き続けていくことで、次第に社内の設計者から「山口に描いてほしい」と指名がかかるようになったのだ。会社員である以上、社内指名が本当にできるわけではない。しかし、あの手この手で「山口に描かせよう」という動きが、設計者の間で広がっていったのだという。

「設計・建築・ファッションがわかって、CGで表現ができる。設計者から言われたことだけじゃなくて、自分で考えて新しいやり方に挑戦していく。設計者が不安なときでも、専門的な見地からアドバイスできる。その結果、コンペに勝つことにつながる」。こうした働き方は数字に跳ね返り、2016年度の仕事量は前年対比で160%に増加した。2019年には、山口氏が関わる案件の総額は2,000億円に達するまでになった。

山口氏が建築ビジュアライゼーションを手がけた「竹中大工道具館新館」

<4>建築のビジュアルは、建築がもつ物語を描く芸術であるべき

こうした変化に会社もいち早く反応していた。意匠部、プレゼンテーション部などと名前を変えてきた山口氏の所属部署が2016年、ビジュアライゼーショングループに名称変更されたのだ。現在大阪本店のグループに所属するのは7名で、そのうち3DCGを直接制作するは山口氏をはじめとした4名。手がける案件は年間50〜60件にものぼり、山口氏も実作業・ディレクション・管理業務を1/3ずつ手がけるなど、多忙な日々を送っている。

メインで使用するツールは3ds Maxで、これにPhotoshop、After Effects、Premiere Proなど、お馴染みのツールが並ぶ。もっとも、案件によっては実写を使うのも厭わない。山口氏が目指すのは「コンセプトメイキング」であり、それが偶然、建築業界だったからだ。そのためドローンを飛ばしての空撮や、デジタルカメラでの撮影も多用する。実写とCG映像を組み合わせた映像制作も多い。視覚効果を重視して、極端にパースをつけた3DCGのモデリングなども行なっている。

3ds Maxでの作業の様子

レンダリング画像(左)をPhotoshopに読み込み、素材の合成、色調整などレタッチを行う(右)

完成した建築ビジュアライゼーション

さらに山口氏は「建築ビジュアライゼーションは建築前に行う」という業界の常識すら変えようとしている。スポーツウェアの製造・販売を手がけるDESCENTEの研究施設、「DESCENTE INNOVATION STUDIO COMPLEX」(通称DISC)の映像作品は好例だ。

DISC竣工動画 Short ver./DESCENTEの研究施設DISCの竣工動画。実は1カットだけフルCGのカットも登場する(気づくだろうか?)

「建築は大勢の人間が何年もかけてつくり出す作品だが、引き渡し前の内覧会などで実際に見られる関係者は少ない」という問題意識から、ドローンによる空撮をフル活用して制作された。クライアントから非常に喜ばれたという。

山口氏が制作した「DESCENTE INNOVATION STUDIO COMPLEX」の建築ビジュアライゼーション

社内の設計チームが対外発表を行う際に使用する目的で創られたコンセプトムービーも同様だ。DISCの「世界一速いスポーツウェアを創るという企業理念・周囲のユニークな地形に立脚した建築デザイン・そこから産まれるベクトル」という3つの要素を映像で表現するため、モーショングラフィックスが採用された。企業のプロモーションビデオとでもいった内容だ。

「当社の設計部門から、映像の力を借りたいと声がかかりました。タイミング良く、社外のクリエイターとコラボレーションすることもできました」

これらは竣工後につくられた映像作品だ。しかし、こうした映像作品の納品を前提にコンペティションに臨むとしたら、どうだろう。さらに発想を進めて、こうした映像作品をプレゼンで使えるとしたら、どうだろう。クライアントに対して、より強力なメッセージが提案できるはずだ。そのためには広告業界でいう「インサイト」の発見が求められる。それは建築ビジュアライゼーションの「非言語的コミュニケーション」の未来形でもある。ここにおいて、建築と広告が融合するのだ。

「建築の魅力を静止画で伝えることは困難です。本当は体験してもらうのが一番で、バークレーで感じた建築の意味も、自分がその場にいたからこそ理解できたことです。VRにはその可能性がありますが、まだまだ一般的ではありません。そのため今はまだ、映像で提供することが現実的です」。

もっとも、そのための素材はどこにあるのだろう。答えはBIMだ。設計段階から3DCGのモデルデータは揃っている。家電のモデルやAIキャラクターと組み合わせるなど、可能性は無限に広がっていく。

講演中、山口氏は世界的な建築家であるレンゾ・ピアノ氏のTED TALKを引用した。パリのポンピドゥー・センターや関西国際空港旅客ターミナルの設計を手がけたことで知られる、イタリアの巨匠だ。「世界一質素な小屋であっても、物語を語ります。その小屋に住む人たちのアイデンティティを語っています。建築とは物語を語る芸術です」。

そこから山口氏は「建築のビジュアルは、建築がもつ物語を描く芸術であるべきだ」と述べた。建築ビジュアライゼーションもまた、作品というわけだ。

実際に欧米では建築ビジュアライゼーション発の新しい波がすでに到来している。「BIG」の愛称で知られる建築事務所、「ビャルケ・インゲルス・グループ(Bjarke Ingels Group)」を主導するデンマークの建築家、ビャルケ・インゲルス氏はその最右翼だ。観光客がレゴの全てを体験できるLEGO Houseの設計などで知られ、新たに米マウンテンビューと英ロンドンでGoogleの新社屋も手がけている。どの建築ビジュアライゼーションも見る人の心を浮き立たせ、そこで働きたいと思わせるものばかりだ。

BIGの建築ビジュアライゼーション作品にかぎらず、欧米のトップシーンを走るクリエイターたちが描く建築ビジュアライゼーションは映画の1カットとも見まごうファンタジックさとエンターテインメント性を兼ね備えている。山口氏が当面の目標とするのもそうした建築がもつストーリーを視覚化した"映像作品"なのだ。

「今、ふり返ってみて思うのは、あのときに辞めなくて良かったということです。今ならチャンスがあれば海外など色々な経験が得られる環境で挑戦をしたい気持ちが強いですね」。